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文学教育研究者集団 略称:文教研》 [サイト・マップ]
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  熊谷孝著『芸術とことば』 機関誌再録状況 を追加(3/21)[『芸術とことば』再録状況]

《抄録》芸術の論理――熊谷孝著作から を追加(2/14) [抄録]

「現実(像)/世界」 を追加(2/13) [key word]

『文学と教育』全既刊号(創刊号~224号)の J-STAGE登載完了(3/20)
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[《抄録》芸術の論理]
[《再読》巻頭言]  

【合宿予定変更】

3月27-29日

八王子
大学セミナー・ハウス

   …変更あり…

・『日米安保…』総括
・山上さんを偲ぶ会
・『芸術とことば』の検討
・全国集会へ向けて
・ほか
 
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花森安治の仕事展

2/11~4/9
東京・世田谷美術館


[企画展]


   ……終了……
2016年 文教研 秋季集会
[プログラム]
【テーマ】 平和をつくる―― 一人ひとりの暮しの中から
 ≪ 花森安治「戦場」 と 大岡昇平「野火」 ≫

11月13日(日) PM1:15~6:00 /川崎市総合自治会館
[参加者の声]
  ……終了……
文教研[私の大学] 第65回全国集会
[プログラム]
岐路に立つ文学教育
――「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎)と「朽助のいる谷間」(井伏鱒二)

8月5日(金) ~7日(日)/東京八王子・大学セミナーハウス
[参加者の声]
     
    ★今日の国語教育が抱えている諸問題について考える
   熊谷 孝著『岐路に立つ国語教育―国語教育時評集 (復刻) [目次]/[語録]




《現実(像)/世界》

現実は本来、
動的なものであり
多義的なものである。…


[key word]


『ざぶらん通信』

[目次]

   ≪抄録≫ 芸術の論理――熊谷孝著作より   [『芸術研究 2』(1947.12)掲載全文][抄録]   
  ● われわれの作家に求めるものは、「真理のかりうどであり生命の番人である」芸術家の眼である。体験に徹することによつて体験を超え、おのれをむなしうすることによつて物のまことに至ろうとする、芸術家の態度である。それは、現象のうわべを描くということではなくして、現象を描くことをとおして、それの背後にあるものを見究めるということであり、あるいは、それのもつ意味の認識において本質的なものと偶然的なものとを識別し概括する、ということでなければならぬ。(p.123) <20170324>

 
 
★児童文学から成人文学まで ケストナー文学の全体像を浮彫りにする
   
『ケストナー文学への探検地図――「飛ぶ教室」/「動物会議」の世界へ
    文学教育研究者集団 著 (こうち書房刊)                 [Book Review]  

『岐路に立つ…』 《語録》

《再読》巻頭言

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       《再読》 巻頭言    『文学と教育』 №115  1981.2
    
     教室・職場・集団―沈黙からの解放   事務局長 荒川有史  


 文学教育の理想は何であろうか。
 人によって様々な答えがはねかえってくるであろう。教育現場において直面しているひとりひとりの課題の重さが、理想追求の思索に深くかわってくるからである。
 私の場合、対話精神にあふれた教室の現実をめざしたい。児童生徒の可能性を最大限にひきだせる道筋を発見したいのである。どの教室にも、普段発言しない子供がいるだろう。そういう子供に機械的な指名で口を開かせるのではなく、彼らの内部にゆさぶりをかけ、彼ら自身の内発性において対話する道を切り開きたいのである。
 80年10月。高校三年の国語教室での体験である。テキストは金田一春彦氏の「日本語の特異性」(『現代国語』3筑摩書房刊所収)。川端康成の『雪国』とサイデンステッカーの翻訳とを対比した評論である。『雪国』に、「向こう側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落とした。雪の冷気が流れこんだ。」という一節がある。この部分に関して、金田一氏は次のように指摘する。――「<ガラス窓を落とした>の<落とした>は訳文では opened とある。<開けた>だ。たしかに<落とす>のは<開ける>ことにちがいないが、この落とすようなガラス窓は、今の列車には少なくなったもので、ただちに、昔の三等列車を思わせる。雪国――信号所に止まる汽車――娘――落として開けるガラス窓。こんなものを頭に描くことによって読者は、冬の夜の寒々とした地方の三等車を頭に描くことができる。……こういうことは外国人にわかるだろうか。」
 金田一氏のこの問いかけは、異なった言語文化の翻訳を考えるさいに、見すごすことのできない基本的な問いかけでもあるだろう。異なった生活圏を生きる人々の間に、言葉を通しての交流がどこまで可能か、もし可能であるとするならば、どのようなスタイルの翻訳で可能なのか、そこで問われていることにもなる。
 ところで、打ちあけて言えば、私は金田一氏の提言をうのみにして教室に臨んでいたきらいがある。授業が終わった直後、普段はほとんど発言しない生徒から質問を受けた。アメリカの汽車の発達過程は知らないが、日本の場合イギリスから伝わってきたのではなかろうか、日本の一昔前の三等車は、イギリスの昔の汽車の構造と同一ではあるまいか、とするならば戦後の若い読者が『雪国』のある部分を理解できない条件と、英語圏の読者が理解できない条件と同一のものがありはしないか、というのである。この発言に接して、私は自己の怠慢さにいたく気づいた。外国古典と日本近代古典との共軛性、相違性を視野に入れて授業の準備をしていなかったことである。教師の側の論理的な怠慢さが、高校生の論理的可能性をひき出すブレーキになっていたのである。と同時に、さゝやかな疑問でも自由に発表しうる雰囲気の教室を作りえなかった教師集団――もちろん自己をふくめての――の弱さも指摘せざるをえない。
 生徒の沈黙。それにはさまざまの要因があろう。その基本的な要因の一つに、小・中・高における教師集団の管理主義的な姿勢の反映を見る。
 職場において、私たちは、言わずにおれない何かを、言うべき時期に持続的に主張し続けてきているであろうか。子どもたちの精神の糧ともいうべき教材体系の編成に関して、人間としての原則を主張しているであろうか。精神の毒を与えないという原則に固執しているか。多数決の状況に埋没せず、一致点を土台に不一致点はねばり強く検討するという学風を堅持しているであろうか。職場では沈黙している教師が、教室でのみ生徒の沈黙を解き放つことはできないのではなかろうか。文学教育にたずさわる教師には、教室の内外を問わず切実な問題を提起し続ける姿勢が必要なように思われる。
 生徒の沈黙に心を痛める教師は、研究サークルの一方通行にも心を痛めざるをえない。独自な学問的成果をただ拝聴して、教室で受け売りすることは許されない。自己の主体を賭けた対話を実現しなければならない。国家的規模での問答無用に抗するためにも!
 (20170326)
   
 
 
     [《再読》巻頭言]

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