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文学教育研究者集団 略称:文教研》 [サイト・マップ]
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《熊谷孝 広島・教育基礎講座記録》 文学教育の理論と方法(5/20)[熊谷孝 講演記録]

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 ……終了……
文教研[私の大学]第66回全国集会

今こそ、真の “対話体験” を 文学教育で
―― 井伏鱒二 「さざなみ軍記」 と 井上ひさし 「ナイン」 ――

8月5日(土)~7日(月)
大学セミナーハウス(東京・八王子)


[プログラム]


  ……終了……
2016年 文教研 秋季集会
[プログラム]
平和をつくる―― 一人ひとりの暮らしの中から
 ≪ 花森安治「戦場」 と 大岡昇平「野火」 ≫

11月13日(日)/川崎市総合自治会館
[参加者の声]



『文学と教育』全既刊号(創刊号~224号)の J-STAGE登載完了(3/20)
……半世紀余にわたり『文学と教育』誌に掲載された約3000編の記事にフリーアクセスできる……

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巻号について
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[《抄録》芸術の論理]
[《再読》巻頭言]  

【例会予定】

9月9日

総合自治会館
(武蔵小杉)

全国集会総括
秋季集会へ向けて


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≪追加≫あり(8/15)




 文学と教育
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反戦の思いを語る
花森安治(音声)

朝日新聞DIGITAL
http://t.asahi.com/no63


     
    ★今日の国語教育が抱えている諸問題について考える
   熊谷 孝著『岐路に立つ国語教育―国語教育時評集 (復刻) [目次]/[語録]




《現実(像)/世界》

現実は本来、
動的なものであり
多義的なものである。…


[key word]


『ざぶらん通信』

[目次]

   ≪抄録≫ 芸術の論理――熊谷孝著作より   [『芸術研究 2』(1947.12)掲載全文][抄録]   
  一個人の観照を以てすべてを断ずることはナンセンスも甚だしい。にもかかわらず、作品理解の一資料にすぎぬ自己の享受を彼我あい通ずる一般的なものであるかに考え、それを規準として作品の表現を論じ芸術を語るということは、科学的批評たることを以て自認する唯物論芸術批評のばあいであつても、決して珍らしい例ではない。それの発達にとつてクリティシズムがいちばん密接な関係にあるとされている芸術の分野において、しかもそれが最も立遅れを経験しているという事態は、芸術的体験の自己完結性による、享受と批評との混同によつて導かれている。(p.135-136) <20170814>

 
 
★児童文学から成人文学まで ケストナー文学の全体像を浮彫りにする
   
『ケストナー文学への探検地図――「飛ぶ教室」/「動物会議」の世界へ
    文学教育研究者集団 著 (こうち書房刊)                 [Book Review]  

『岐路に立つ…』 《語録》

《再読》巻頭言

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       《再読》 巻頭言                  『文学と教育』 №128  1984.5
    
    教育臨調/文教懇の欺瞞性――文学教育の視点から批判する   さとう・みつる   


 教育の対象は人間である。この自明の事実を今もう一度思い起こす必要があるのではないだろうか。教育の対象とする人間とは、一人ひとりの人間の生きかたや行動を直接規定する、その意味での人間精神のことであろう。この人間精神を豊かに開花させるための営みとして教育はある。教育は、だからこそ、人間が真に人間らしくあるための教養を培うものでなくてはならない。
 三月二二日に出された「文化と教育に関する懇談会」(文教懇)の答申は、こうした視点からみて大きな問題を含んでいる。この答申は、一見、人間ぬきの画一教育を批判するような素振りを見せている。が、教育から人間を奪って来た元凶については故意に目をつぶっている。また、例えば、大学における専門課程の重視(実は産業界の要請)という美名のもとに一般教養課程の見直しを提唱している。見直しというと聞こえはよいが、一般教養課程を改善していこうという姿勢は全く見られない。戦後のマスプロ大学の中で一般教養課程は軽視されてきたわけだが、さらに廃止に向かって一歩を踏みだしたようだ。
 教育はまた、教師の人間性をぬきにしてはありえない。大学は、教員を養成する機関としての意味も持っている。そこでどういう教育を受けてきたかということが教師の人間形成に大きな意味をもってくる。前述したように、一人の人間の、人間としての豊かさを保障するのは、幅のある深い教養である。そのような教育があればこそ、自己の専門に関しても、真に深い理解をもつことが可能となる。文学だけしか知らなくて何が文学だ、である。文学しか知らない教師には本当の文学教育などできはしないのだ。ところでこうした専門に偏しない、そして自己の人生、行動の選択に関わっていく幅広い教養を身につける場が、実は、大学の一般教養課程ではなかったのか。教員養成のありかたを、答申が本気で言うのなら、こうした視点から、囚われない自由な精神をもった教師が育つことを可能にするような条件の整備をこそ考えるべきなのだ。
 しかし、「人並み意識」が画一化をもたらしたなどと言っているようでは、とても期待などできぬ。「人並み意識」をこえるなどと言っても、それは要するに、体制側の要求にどれだけ巧みに対応できる人間になるかということにすぎぬ。文学教育の、ひいては教育全体の目ざす、人間の精神など、どこ吹く風なのである。
 こうした体制側の動きに同調するかのように、最近、「知とのたわむれ」などというキャッチフレーズとともに浅田彰氏などの本がもてはやされている。また、「カルチャッぽい」などという訳のわからない言葉がテレビを通じて流れて行く。両者とも、次元の違いはあるにせよ、そこで取り上げられるのは、要するにアクセサリーとしての「教養」である。行動の系とは切り離された、真のインテリジェンスを欠いた教養主義の戯れにすぎないのだ。そしてまた、エンターテインメントに終始する「文化」が、感性のみを強調した「主体性」が、わがもの顔に道を行く。そこでは個々の人間の、大切なセンシビリティーが愚弄されている。
 こうしたマスコミの体制迎合の姿勢を巧みに誘発しながら、また一方では、先程の私的機関にすぎぬ文教懇をもなしくずしに巻き込んでの臨時教育審議会(教育臨調)設置という形で、さらに教育状況を悪化させようというのが、中曽根政権のやり方である。一見スマートな「まやかし言葉」に胡麻化されず、その奪人間化の教育政策糾弾せねばならぬ。
(20170816)  
 
 
     [《再読》巻頭言]

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