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『文学と教育』全既刊号(創刊号~224号)の J-STAGE登載完了(3/20)
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[《抄録》芸術の論理]
[《再読》巻頭言]  

【例会予定】

5月13日(土)

武蔵小杉
川崎市総合自治会館

「さざなみ軍記」


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   ……終了……
2016年 文教研 秋季集会
[プログラム]
【テーマ】 平和をつくる―― 一人ひとりの暮しの中から
 ≪ 花森安治「戦場」 と 大岡昇平「野火」 ≫

11月13日(日) PM1:15~6:00 /川崎市総合自治会館
[参加者の声]
  ……終了……
文教研[私の大学] 第65回全国集会
[プログラム]
岐路に立つ文学教育
――「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎)と「朽助のいる谷間」(井伏鱒二)

8月5日(金) ~7日(日)/東京八王子・大学セミナーハウス
[参加者の声]
     
    ★今日の国語教育が抱えている諸問題について考える
   熊谷 孝著『岐路に立つ国語教育―国語教育時評集 (復刻) [目次]/[語録]




《現実(像)/世界》

現実は本来、
動的なものであり
多義的なものである。…


[key word]


『ざぶらん通信』

[目次]

   ≪抄録≫ 芸術の論理――熊谷孝著作より   [『芸術研究 2』(1947.12)掲載全文][抄録]   
  芸術に対象性を与えるところの現実が、動的な現実であり移ろう現実であるがゆえに、時代の問題であつたものも、それ自身の秩序においては次の時代の問題たり得ず、あるいは全く問題性を喪失するに至るのである。特に、芸術における問題の把握は、準体験的・形象的な問題認識であるがゆえに、表現者(芸術家)と享受者とのあいだに体験の共軛的な一致の存する限り、それは日常的生活感情に訴える直接的なものをもつのであるが、問題表現のそうした日常的リアリティーのなまなましさのゆえにこそ、芸術の生命は短いのであり、またそれが時代の制約を超え得ないという、そのことこそが、芸術を芸術として意義あらしめるものなのである。(p.125-126)<20170424> 

 
 
★児童文学から成人文学まで ケストナー文学の全体像を浮彫りにする
   
『ケストナー文学への探検地図――「飛ぶ教室」/「動物会議」の世界へ
    文学教育研究者集団 著 (こうち書房刊)                 [Book Review]  

『岐路に立つ…』 《語録》

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       《再読》 巻頭言    『文学と教育』 №118  1981.11
    
    今われわれに求められているもの    委員長 福田隆義   


 文学教育研究者集団第30回全国集会は、自民党ならびに文部省に「教育への不当な介入に抗議する」声明を、集会の名で採択した。いわゆる教科書「偏向」キャンペーンに対する、文教研としての態度表明である。それは、理不尽な教科書攻撃に対する参加者全員の怒りの集約でもあった。(本誌15頁、参照)
 しかし、子どもや若者たちの教育に直接たずさわる、われわれ教育労働者の抗議は、声明を出すことでは終わらない。抗議集会やデモに参加することだけでは完結しない。われわれの抗議は、教育という日常的な実践を通しての反撃でなければならない。それは、子どもたちを未来の主権者に育てることである。民族の担い手としての人間に育てることでなければならない。それはしかし、地味で根気のいるしんどいたたかいである。が、われわれは、すでに二十数年、そうした課題意識をもって、国語教育・文学教育の側面から研究をつづけてきた。今この時点で、その意味と意義を確認しあいたい。今次集会も、そういう研究活動の一環だった。
 文教研80年度は、研究対象を北村透谷に絞って出発した。そして、透谷をくぐることで近代文学史をたどり直した。例えば、鷗外の歴史小説、あるいは、藤村詩集や藤村童話のつかみ直しである。そのことで、教材化の視点もさらに明確になってきた。また、透谷の西鶴評価や鷗外の眼に映じた近世的現実をふまえ、われわれの文学史構築の基礎研究を近世にまですすめた。そうした研究の過程が、今次集会の統一テーマ「文学史の中の近世と近代 ―― その接点について考える ――」である。具体的には、透谷・鷗外・藤村、そして、西鶴・芭蕉と取り組んだ。そして、これら作家に共通して脈うつ文学的イデオロギーを<精神の自由>という言い方で、われわれの脳裏に刻印した。教養的中流下層階級者の視点に立つ文学につながる系譜、われわれが継承し、発展させなければならない民族の遺産としてである。
 <精神の自由>、これはしかし、戦わずして得ることはできない。守ることはできない。透谷の呼びかけ「吾人は記憶す、人間は戦ふ為に生れたるを。戦ふは戦ふ為に戦ふにあらずして、戦ふべきものあるが故に戦ふものなるを。」(「人生に相渉るとは何の謂ぞ」)が聞こえてくる。かつて藤村が「―略― ふしぎにもそのお友達は亡くなった後になって、いろいろわたしに話しかけるようになりました。その人ののこしたことばが物を言うようになりました。――」(「若いお友達の死」 『藤村の童話・力餅』所収)と、透谷の声を聞いたように……
 ところで、学校教育の現場はどうか。勤評を境に「ものいわぬ教師」が増えたといわれる。が、その傾向は「主任」の制度化以降、一段ときわだってきたように思う。一方には教師の主体的、創造的な実践に枠をはめ、画一化、平均化しようとする管理体制がある。他方、出る釘は打たれる ――足並を揃えなければ不安――、そこで、一歩も二歩も後退したところで線を揃えるという自己規制が醸成されているように思えてならない。その精神構造が、教育課程の自主編成意識を後退させる。教科書の「国定化」を許す土壌になる。また、教育界の停滞、沈滞を招く。それが、教育の荒廃といわれる非行・校内暴力などの要因だといえないだろうか。反動勢力の教育に対する攻撃、教師に対する攻撃は、教科書の「国定化」をめざすにとどまらない。第十三期中央教育審議会に、戦後の文教政策の根本的な見直しを諮問すると伝え聞く。さらに、管理と統制の強化をもくろんでいることは確かだ。そうなればもはや教育の荒廃どころではない。権力による教育破壊である。今、われわれに求められているのは何か。われわれは何をなすべきか。
 <精神の自由>、これはしかし、戦わずして得ることはできない。守ることはできない。教師その人に、精神の自由がないとき、教育に自由はあり得ない。教育の自由が失われたとき、民族に明るい未来はない。 (20170426)
 
 
     [《再読》巻頭言]

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