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『君たちはどう生きるか』
(吉野源三郎):作品と作者をめぐって
作品を読む/作者の生涯と仕事/さまざまな評価
[目次]



『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎)―全国集会ゼミナールの記録―(1/3)[全文]

2017文教研秋季集会参加者の声(11/28)[秋季集会参加者の声]

 
機関誌『文学と教育』第225号
[目次]
12/31  J-STAGE 公開  
  大学セミナーハウス「利用者ご紹介」

(文教研は1970年以降、長期にわたり大学セミナーハウスを利用させていただいています。)
[参照] 

 『文学と教育』(創刊号~225号)の J-STAGE登載完了(12/31)[『文学と教育』巻号一覧]
……『文学と教育』全既刊号の記事にフリーアクセスできる……
【J-STAGE 利用法↓】
巻号について(1992年発行の160号<特集号:熊谷孝 人と学問>を例に)
   ・
[『文学と教育』巻号一覧]画面の左列(表紙画像下)に<巻号一覧>表示される。
   ・J-STAGEでは号の発行年として設定されることになっている。
   ・本誌は本来を持たないが、160号の巻は自動的に1992巻となる。
   ・さらに、にはその発行年を( )内に示す決まりなので、1992巻(1992)と表示される。
   ・の右方にある「+」印をクリックすると、その巻に属する158号~160号が下部に示される。
標題と本文の表示

  
[『文学と教育』巻号一覧]で目的のをクリックすると、右の列に標題が示される。
   標題の下部にある<PDF形式でダウンロード>をクリックすると、各記事の本文画面が開く。

                         
[詳細]


-----------終了 [参加者の声]-----------

2017年 文教研秋季集会
王様は裸だ! でも 「今さら、やめるわけにはいかない」
――
アンデルセン「皇帝の新しい着物」――


2017年11月26日/渋谷区勤労福祉会館

[詳細]
 


【例会予定】

1月27日

川崎市総合自治会館
(武蔵小杉)


漫画
君たちはどう生きるか


の検討


[詳細]




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いま、なぜ、
『君たちはどう生きるか』
(吉野源三郎)


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『戸坂潤セレクション』
林淑美 編

平凡社ライブラリー
2018.1.10発行


[抄録]

    ★今日の国語教育が抱えている諸問題について考える
   熊谷 孝著『岐路に立つ国語教育―国語教育時評集     [目次]/[語録]

  ★児童文学から成人文学まで ケストナー文学の全体像を浮彫りにする
   
『ケストナー文学への探検地図――「飛ぶ教室」/「動物会議」の世界へ
    文学教育研究者集団 著 (こうち書房刊)                 [Book Review]

 
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         《再読》巻頭言                    『 文学と教育 』 №144  1988.5
    
    二人の作家の死を悼む   常任委員 佐藤嗣男 

 親しんだ人の死に遭遇することはつらい。
 友人を荒涼とした都会の野辺に送ったのもつかのま、四月に入ると、たてつづけに、読み親しんで来た二人の作家の訃報に接することとなった。
 四月一日、鶴田知也、逝く。
 ≪こうして西蝦夷の漁場は、日本人(シャモ)の跳梁を(ほしいまま)にする所となったけれど、幾何(いくばく)もなくしてタナケシの妹の子たる若い酋長ヘナウケが、神聖な幣柵(ぬささん)を冒した二人の日本人を殴ち殺し、その(チャシ)に拠った。併し彼には十分な準備もなかったので、六つの部落が彼に援助を申出た時、彼はその凡てを断って云うには、「私は同族の胸に火を出来るだけ掻き立てて死ねばよい。今はまだ戦争(ウライケ)(とき)ではないのだから。君達は怒りを慎しみ多くの部落と相謀って期の到るを待たなければならない。」≫
  『コシャマイン記』(一九三六)の一節である。日中戦争下の悪現実を形象的思索の眼をとおして冷徹に顕在化して行った抵抗の文学である。娘の名の一字に「(とき)」をいただいた、そのおおもとでもあっただけに、寂しさとだけは言い切れぬ何かがのこる。
 四月九日、田宮虎彦が逝く。
 ≪……大学を出たところでむなしい人生しか残されていはしないことが、既にのぞき見ていた世の中から私にははっきりわかっているように思えていた。私はあてどもなく東京の町をあるき、生きて行く仕事をさがしもとめようとした。しかし、そんな努力がどんな実を結んだことか。……私は死にたかった。死ぬ以外に自分を支えるものがなかった。≫
 一九三一、二年。『足摺岬』(一九四九)の<私>は、その時、二十三歳である。一九三一年、満州事変勃発。三年後の、一九三四年、太宰治は『葉』の冒頭を「死のうと思っていた。」ではじめている。はたちになるやならずのころに階級闘争の嵐にまきこまれ、そして満州事変だの何だの、ひでえめにばかり遭って来た<怒涛の葉っぱ>世代=太宰世代の心底からの叫びである。『足摺岬』の<私>は、ちょうど、太宰の兄きかぶになるわけだが、彼の想いもまた、そうした怒涛の葉っぱの世代とふれあうものであったのだろう。≪理由ははっきりとは言えはしなかっただろう≫けれど、≪理由もなく死にたかった≫のである。病弱が、困窮が、母の死が、ましてや父との憎みあいが、その理由なのではない。<私>の自覚にはいたっていないが、そこには生きるに値しない悪時代への、悪現実への倦怠感が渦巻いている。――自殺行。
 ≪のう、おぬし、生きることは辛いものじゃが、生きておる方がなんぼよいことか。≫
 足摺岬の宿に居ついた八十を越えた遍路が言う。戊申の戦いで官軍に滅ぼされた黒菅藩の生き残りの言葉である。彼は妻子をわが手にかけている。老遍路は言う、≪夢だ≫と。
 妻にした宿の娘、八重が死んでから、長い戦争がすんだ翌年、八重の墓参に宿のある町を訪れる。そして、<私>は思う。≪夢であった、――すべてが夢であった。どこに夢でない真実があるのか。≫
 そうした<私>の想いは、また、敗戦後の田宮虎彦、その人の想いでもあったろう。そこには、たとえ、過去が夢(悪夢)であったとしても、それが自分の人生であったという現実に正面から対峙して行こうという姿勢が見えてくる。おざなりの悔恨とは違う、戦後の現実に真摯に生きていくための、自己凝視の姿が浮かび上がってくる。病床から澄んだ眼でじっとみつめる『絵本』(一九五〇)の少年の、それと同質の眼が注がれている。
 心に残る二人の作家はもういない。二人は文教研にとってもなじみの深い作家だった。
 (20180116)

 
 
      [《再読》巻頭言]

  
      ≪抄録≫  道徳に関する文学的観念  戸坂 潤    〔 『道徳論』 1936.5 〕
(…)芸術作品に於ける、特に直接には文芸作品における、道徳(…)それが仮に芸術のための芸術であり、また純粋文学であるにしても、それだけにそれが表わすモラル(、、、)は、却(かえ)って純粋だとも云えるのだ。所謂道徳なるものを目指していなければいない程、そのモラルは純粋になりリアリティーを(も)ったものとなる。道徳の否定そのものが、又優れた道徳だ(多少文学的とも云うべき哲学者、ニーチェやスティルナー[シュティルナー]などを見よ)。そしてこういう文学は、よい常識・良識ならば、実は苦もなく(それ)を理解出来る処のものだ。そういう大衆性(、、、)を有たない純粋文学は、その偉大でないからこそ、ケチ臭ければこそ、非大衆的なのだ。 
 だから、常識のある常識は、世間の道徳や人格商売屋や倫理学者達などが道徳を感じない処にこそ、却って自由な生きた闊達な道徳を発見するのだというのが事実である。殆
(ほと)んどあらゆる文化領域・社会領域に即して、道徳が見出される。だからこの道徳は、もはや単なる一領域の主人を意味するのではない* ことが判るのだ。(…) p.228-229  
 * 「通俗常識では極めて漫然と、倫理学では不変不動な超越的な一つの永久世界として、社会科学では発生変化消滅せねばならぬ一イデオロギーとして、取り扱われた道徳は、結局、道徳という一つの何等か特定な領域(、、)を意味するのであった。」という、この論文の冒頭部分を受けている。(抄録編者注)
 (20180120)
 [《抄録》戸坂潤]


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