機関誌 『文学と教育』 総目次 (Ⅰ)      創刊号 (1958.10) ~ 第64号 (1970.6) 
∥(Ⅰ) 創刊号~第64号(Ⅱ) 第65号~第122号(Ⅲ) 第123号~最新号 

 創刊号~第14号 ガリ版印刷(B5判・更紙)時代   
『文学と教育』創刊号 (1958.10)
○私たちのしごと
○改訂・学習指導要領(国語科)の問題点―熊谷孝氏をかこんで
○サークル・文学と教育の会成立まで  木村敬太郎
○サークルへの私の期待
○Profile 
○会員名簿
○会の運営について
○研究会略報
○次回のお知らせ
○編集後記

『文学と教育』第2号 (1958.11)
○国語教育の機能的本質と役割― 十一月研究集会報告
○改訂指導要領と国語教育
○改訂学習指導要領をめぐって(文献リスト)
○サークルへの反響
○プロフィール 
○研究会略報
○研究会のお知らせ
○編集後記

『文学と教育』第3号 (1958.12)
○今日の課題―― 国語教育の側面から
○十二月研究集会 ほうこく
○一月研究例会 お知らせ
○おわび と おねがい
 
『文学と教育』第4号 (1959.2)
○一月例会報告 鑑賞について―体験をくぐるということ
○仲間の体験をくぐるということ―科学と文学との二つの軸から〈資料による素描〉  荒川有史
○二月例会のお知らせ
○新入会委員紹介
○会員消息 
○あとがき

『文学と教育』第5号 (1959.3)
○国語教育としての文学教育  熊谷孝
○〈報告〉仲間の体験をくぐるということ―科学と文学との二つの軸から  荒川有史
○二月研究例会略報
○サークルへの期待
○プロフィール 
○三月例会案内
○編集後記


『文学と教育』第6号 (1959.4)
○原則的と現実的と  熊谷孝
○〈報告〉文学と科学―その対象と方法(1)  小沢雄樹男
○三月研究例会の問題点
○お知らせ 四月例会
○ニュース・その他 
○編集後記

『文学と教育』第7号 (1959.5)
○文学と科学(Ⅱ)  木村敬太郎
○〈報告要旨〉文学の方法―『桜の園』を中心として  篠原由喜子
○抵抗論は正しいか 改訂指導要領反対闘争をめぐって
○チェーホフの作品・参考文献
○四月研究例会の問題点
○お知らせ 五月例会
○“文学と教育”によせて―問題点、その他
○会員プロフィール
○新入会員
○編集後記

『文学と教育』第8号 (1959.6)
○文学の方法―『桜の園』をめぐって  篠原由喜子
○喜劇的方法と典型の問題  西沢静子
○科学と文学―その表現について  川越怜子
○五月研究例会
○六月研究例会 ご案内 
○編集後記


『文学と教育』第9号 (1959.7)
○ “講師団の日教組批判”の問題によせて
《 特集 文学教育の会第2次研究集会》
 ○〈報告〉道徳教育と文学教育  小沢雄樹男
 ○〈助言〉岐路に立つ文学教育  熊谷 孝
《 文学における典型の問題―6月の例会―》 
 ○〈報告 1〉典型的認識と喜劇精神  西沢静子
 ○〈報告 2〉文学的表現と科学的表現  川越怜子
○すこしカチンときた  くまがい・たかし
○〈実践記録〉「倍も倍も、ぼくはしあわせです」― 『にあんちゃん』と新橋の子  小川 勇  
○問題点―六月の研究例会
○八月の研究例会〈ご案内〉
○ニュース
○動向:文学と教育の会によせて
○文学教育の会編 講座・文学教育
○編集後記

  
『文学と教育』第10号 (1959.9)
○小学校教育と日本の古典  小川 勇
○全青協別府集会 報告  福田隆義
○10月研究例会
○(編集後記)

『文学と教育』第11号 (1959.10)
○〈現代語訳〉池の尾の禅珍内供の鼻のものがたり  小川 勇
○〈サークルの交流〉集団的思考を支えるもの―熊本文学サークルの場合  文責 荒川有史
○ある日の国語の時間  宗岡裕忠
○会員消息
○九月研究会略報
○10月例会
○編集後記

『文学と教育』第12号 (1959.11)
○古典教育の視点  熊谷 孝
○〈実践記録〉特殊学級での民話  篠原由喜子
○会員消息・其他
○十月研究会略報
○十一月例会ご案内
○あとがき


『文学と教育』第13号 (1959.12)
○〈十一月研究会速報〉小学校における古典教育―小川氏実践の中間報告をめぐって  
○〈誌上参加〉荒川氏からの便り
○十一月研究会略報
○研究会のお知らせ
○親睦会(忘年会)のおしらせ!
○あとがき

『文学と教育』第14号 (1960.1)
○共同報告 『今昔物語』の世界―小川報告によせて
○翻訳の罪 小学校に於ける古典教育〈補足〉  小川 勇
○誤った体験から  福田隆義
○研究会略報
○サークルのみなさんへ
○研究会案内
○あとがき



  ……私たちの集団の前身「サークル・文学と教育の会」(58年10月)発足から「文学教育研究者集団」(60年2月)創立までの期間。私たちが冗談口にいう文教研神話時代にあたる。……ザラ紙、ガリ版刷り、14頁。なんとも貧弱な体裁である。発行部数は、会員二十数名プラス寄贈分で、80部くらいだったと記憶している。が、おそらく今は、日本に数部くらいしか残っていないだろう。そう思うと限りない愛着がわいてくる。というのは、体裁は貧弱だったが、内容は充実していたと思うからである。たとえば、……熊谷孝先生の「国語教育としての文学教育」……特にこの論文に対しては、読者の反響が大きかった。栗栖良夫・永積安明・鴻巣良雄氏らをはじめ、国民教育研究所などから、賛意と期待が寄せられた。(№100「『文学と教育』百号の歩み」より 福田隆義記)

第15号~第64号 タイプ版印刷(B5判)時代 
『文学と教育』第15号 (1960.4)   第一回研究集会のために
○文学教育は子どもの認識をどう育てるか  熊谷 孝
《教室と作家との交流》
 ○教科書と文学教育  岡本良雄
 ○“馬鹿はひとりで”について  塚原亮一
 ○〈報告a〉文学教育・方法上の問題  小川 勇
 ○〈報告b〉文学作品と読者  木村敬太郎
《 児童文学の系譜》
  ○巖谷小波とその周囲  巖谷栄二
  ○「赤い鳥」前後  関 英雄
《 国語教育と文学教育》
  ○日文協の文学教育運動  荒木 繁
  ○改訂指導要領の文学観  荒川有史・鈴木 勝
○教育課程の自主編成  川合 章
○戦後文学教育小史―資料によるスケッチ  荒川有史
○集団の自己紹介  鈴木 勝
○研究集会日程
○集会に期待する
○うれしいたより/仲間のたより/ハガキから
○『文学と教育』主要目次

『文学と教育』第16号 (1960.6?)
○〈講演記録〉教育課程の自主編成  川合 章
     ・戦後教育の展開と自主編成
     ・教育課程編成の原則
     ・自主編成の手続き上の問題
○〈共同研究〉作家の内部  鈴木 勝 福田隆義 佐藤和男 篠原由喜子 熊谷 孝 荒川有史
     ・夏の研究集会にそなえて
     ・本来の読者と非本来の読者
     ・文学者の姿勢
     ・童心主義の変形
     ・流露―ハンドルは受け手の側に
     ・生活綴り方と文学教育
○集会に参加して―母親の立場から 
○夏の集会によせて
○集団の動静
○編集後記

『文学と教育』第17号 (1960.8)
《子どもの認識をはぐくむ国語教育―夏期研究集会報告特集―》
 ○「空気がなくなる日」を実践して〈未分化の段階・三年生に〉  福田隆義
 ○「空気がなくなる日」をどうとらえたか〈五年生の場合の実践報告〉  篠原由喜子
○国語教育の基本路線  熊谷 孝
○文学教育研究者集団への期待  吉良敏雄
○〈夏期集会の成果と反省〉全面発達への志向と国語教育
○この子たちを  日台愛子
○集団ニュース
○編集後記

『文学と教育』第18号 (1960.12)
○ことばと認識―文学教育の視点から  荒川有史
《 文教研における私の位置と大阪グループへの期待》
 ○理論と実践の結びつきを  千葉一雄
 ○集団の新しい発展によせて  福田隆義
○文教研大阪グループの抱負  多田 晋 田中満夫 荒川有史
○自画像
○文教研一年生の経験主義的発言  田中満夫
○一つの感想  鈴木 勝
○ある日の伝達講習会 教育課程改悪をめぐって
○集団ニュース
○編集後記

『文学と教育』第19号 (1961.2)
○読解指導ブームに寄せて  熊谷 孝
     1.理論と実践のあいだ
     2.学習領域の問題
     3.思考力というようなものはないのではないか
○教研全国集会 国語分科会に参加して  荒川有史
     1.問題意識の種々相
     2.文教研理論の再確認
○回顧と展望  鈴木 勝
○“三十と三年”と“明治十七年”  福田隆義
○集団ニュース

『文学と教育』第20号 (1961.5)
○コトバと認識―第二信号系理論にふれて  荒川有史
     1.国語教育の独自な任務
     2.第二信号系理論の認識論的意義
     3.第二信号系理論と国語教育
○訴える表現―書くことをめぐって  福田隆義
《私の履歴》
 ○なぜ文学教育に取り組むか  Y
 ○文教研にめぐりあうまで  A
○担任制について  さとうかずお
○夏の研究集会は丹後宮津で
○集団ニュース
○編集後記


『文学と教育』第21号 (1961.7)
○教材研究とその実践 『おかあさんの手のひら』  福田隆義
     1.作品と子ども
     2.作者の意図をさぐる
     3.どう与えたか
○「アンネの日記」をめぐって  浅井芳江
○六月研究例会報告 『次郎物語』   蓬田静子
○夏の合宿研究会 国語部会テーマ
○夏の集会では  小師通子
○サークルメンバーの活字活動
○研究活動
○編集後記 

『文学と教育』第22号 (1961.11)
○作家の内部  熊谷 孝
     Ⅰ.はじめに
     Ⅱ.自己凝視
     Ⅲ.対象化された作家の自己
     Ⅳ.創作過程
     Ⅴ.内なる読者―創造過程(二)
     Ⅵ.創作と鑑賞の弁証法
     Ⅶ.未分化から分化へ
     Ⅷ.子守唄と行進曲
○文学教育論への反省  荒川有史
     Ⅰ.創造的な姿勢をもとめて
     Ⅱ.文学教育は誰にでもできるだろうか
     Ⅲ.教科構造からみた文学教育
○会員の活字活動
○会員消息
○頑張る明星グループ
○研究活動
○(編集後記)

『文学と教育』第23号 (1962.3)
○波多野理論の新しい展開と芸術教育  荒川有史
     まるごとの認識をめぐって
     芸術教育と映像
     科学教育と映像
     映像の成立とその機能
○教師生活一年間の決算報告  内藤哲彦
《第十一次全国教研集会》
 ○国語分科会に出席して  蓬田静子
 ○福井集会傍聴記  小枝木昭定
○文教研新入生  S
○サークルの動静


『文学と教育』第24号 (1962.5)
○『経験としての芸術』ジョン・デューイ― 報告のためのノートから  鈴木 勝
○デューイの芸術理論と文教研理論の対応するところ  小枝木昭定
○国語教室の現状―あるつぶやきによせて  福田隆義
《文教研に期待する》
 ○1  教科書をもとにした学年プランの検討をしていただけませんか  高木浩朗
 ○2 最近の論文に学ぶ  千葉一雄
○第五回研究集会案内
○夏期合宿研究集会案内
○会員の動静
○研究活動
○あとがき


『文学と教育』第25号 (1962.8)
○文学教育的モティーフ ―芸術過程と象徴過程(一)   熊谷 孝
     文学教師の条件
     文学観念の変革を
○〈座談〉文学教育の可能性―第五回文教研集会をふりかえって
     第一印象をもとに
     生活綴方と文学教育
     文学教育主義への傾斜
     認識と象徴
     文学教育否定論をめぐって
○第五回研究集会 略報  佐藤和男
《四者共催 山中湖集会》
 ○編集部
 ○自己紹介―山中湖集会を機に  Y
 ○文教研に肌でふれて  D
 ○霧晴れて  M
 ○新入生の弁  H
○集団ニュース

『文学と教育』第26号 (1962.11)
○言語過程説とその国語教育観についての若干の疑問   熊谷 孝
     時枝氏の国語教育観
     わたしの国語教育観(一)
     わたしの国語教育観(二)
     言語観の問題を中心に
○『ごんぎつね』を扱って  木村敬太郎
     教科書への不満
     子どもの感動
     子どものうけとりと問題点
     ことばのこと
○文学の表現理解と国語教育―木村報告をめぐって
○明星学園研究発表会に参加して―自主編成はすすんでいる  福田隆義
○自己紹介
○会員の活動
○教研集会
○集団ニュース
○あとがき

『文学と教育』第27号 (1963.4)
○『芸術とことば』の出版によせて  文教研編集グループ
○『芸術とことば』目次  
○事物とコトバをつきあわせるということ  福田隆義
○『きゅうり』の授業  佐伯昭定  
《集団ニュース》
 ○館山グループ  土橋保夫
 ○戸畑小学校グループ  大垣清次
○文教研六月集会テーマ(案)
○研究活動
○会員の活動
○新会員紹介
○〈烏語蛙声〉ひたり読み・うっかり読み  寒川道夫 
○あとがき


『文学と教育』第28号 (1963.5)   文教研第七回研究集会特集
○言語主義との対決  熊谷 孝
○ことばと生活体験  佐伯昭定  
○表現理解の方向さ・個人差 『虔十公園林』をめぐって  福田隆義
○第七回研究集会プログラム  
○夏期合宿集会案内
○研究会略報
○会員消息
○『芸術とことば』
○あとがき

『文学と教育』第29号 (1963.7)
○芸術体験の基底にあるもの―夏期集会のレジュメに代えて  熊谷 孝
     ・行きずりの恋
     ・ノーモア・ヒロシマ
     ・体験ということ・先行体験ということ
     ・鑑賞活動と先行体験
     ・佐伯批判をめぐって
     ・フィクションと、もとになる体験
     ・鑑賞指導の役割
○音楽教育・芸術教育の関連から  大内寿恵麿
○コミュニケーション理論と文学教育―文教研第七回集会討議の記録  編集部
○研究集会案内
○新会員紹介・会員消息・活字活動
○あとがきにかえて

『文学と教育』第30号 (1963.10)   文教研館山集会特集
《教科書教材の再検討》
 ○1 『ごんぎつね』のばあい  山田松治
 ○2 教科書教材のウラをさぐる  福田隆義
 ○3 中学校の場合―『信号』の指導を通して  吉田 宏
○〈ことばの機能と文学〉表現理解の地域差をめぐって  千葉一雄
○〈教材化の視点〉『河童』をめぐって―ゼミナール報告  内藤哲彦
○文教研第8回/安文教第1回・館山集会の成果と残された問題  佐伯昭定
○館山集会・その後  津村 武
○新入りのことば  H・T
○活字活動
○会員消息
○研究活動
○あとがき

『文学と教育』第31号 (1963.12)
○〈文教研・十二月集会・基調報告レジュメ〉集団主義文学教育の理論による学習指導体系の構想  熊谷 孝
○“私の大学”文教研版
○文教研・十二月研究集会案内
○〈実践研究会報告〉 『手ぶくろを買いに』をどう評価するか―作品論の立場から  佐伯昭定
○ご批判ください―活字活動
○会員消息
○研究活動 
○あとがき

『文学と教育』第32号 (1964.3)   特集・学習指導体系案(その1)
《学習指導体系案》
 ○小学校  岩倉政治『空気がなくなる日』  福田隆義
 ○中学校  黒島伝治の作品群をめぐって  夏目武子
 ○高  校  井原西鶴『大晦日はあはぬ算用』  荒川有史
○第13次「日教組研究集会」からの報告  下沢勝井
○盛会だった十二月集会 
○文・教・研 春の研究会
○文・教・研 事務局設置
○研究活動
○会員の活字活動
○会員消息
○あとがき


『文学と教育』第33号 (1965.5)   特集・文学の教授過程
○監修者の弁―小学校編から中学校編へ  熊谷 孝
○文教研協同研究『文学の教授過程』(目次)
○『文学の教授=学習過程』―中学校編と取りくむ  夏目武子 
○報告『屋根の上のサワン』―孤独の質こそ問題  福田隆義
○三分の一の話  小枝木昇天
○文教研の“家庭の事情”  熊谷 孝
○夏の研究集会案内
○おしらせ
○『文学の教授過程』購読案内
○あとがき

『文学と教育』第34号 (1965.8)   文教研武蔵野集会特集
《基調報告 〈レジュメ〉 》
 ○文学教育の方法原理  熊谷 孝
 ○文学の教授過程・そのねらいと手順  夏目武子
《報告》
 ○『りょうしと金のさかな』 〈4年〉  佐伯昭定 
 ○『屋根の上のサワン』の“私”の内面  川越怜子
○継承すべき民族精神  福田・荒川
《講師プロフィール》
 ○乾 孝先生
 ○荒木 繁先生
 ○林 進治先生
 ○寒川道夫先生
○集会への期待  林 進治
○「文学の教授過程」

『文学と教育』第35号 (1965.10)   文教研武蔵野集会報告特集
○中学校・文学の教授過程に関する構想―熊谷提案のまとめ  夏目武子
○発達と文学教育―乾先生の講演から  荒川有史
○『文学の教授過程』の反響 
○第十二回研究集会の成果と問題点  佐伯昭定
○第十二回武蔵野集会を終わるにあたって  蓬田静子
《文教研武蔵野集会に参加して》
 ○千葉・館山第二中学校  本間義人
 ○宮城・池月小学校  千葉一雄
 ○神奈川・大綱中学校  芝崎文仁
○新入の弁  かけはしのためと 自分のためと M
○あとがき


『文学と教育』第36号 (1965.12)
○国語教育としての文学教育  熊谷孝
○文学の眼をそだてるもの  荒川有史
○『女生徒』か『走れメロス』か  福田隆義 
○森鴎外『山椒大夫』をめぐって―荒川区中学校国語部会報告  蓬田静子
《公開研究会略報》
 ○太宰研究会(鳩山荘)  本間義人
 ○『文学の教授過程』読書会  夏目武子
○悪意と善意  荒川有史
○あとがき

『文学と教育』第37号 (1966.2)
○全国教研参加の記―信号としてのことばを軸に  夏目武子
○十五次教研国語部会傍聴記  蓬田静子
○『文学の教授過程』を読んで  津村 武 
○熊谷孝監修・文学教育研究者集団著『文学の授業構造』(仮題) 明治図書近刊
○二・二六事件文教研版  熊谷孝
○文教研誕生の頃  福田隆義
○福島の空―全国教研第二日  津村 武
○横浜・武蔵野 そして浅草へ?

『文学と教育』第38号 (1966.5)
○文教研・66年度ゼミナール(一)=戸坂理論学習会の発足  文教研 理論部会
○独断と批判のあいだ―奥田靖雄「文学教育における主観主義」の問題点  荒川有史
○第13回文教研集会案内
○文教研活字活動―1965年度決算報告/1966年度の抱負
○文教研御中  H・E・M
○おくれてすみません

『文学と教育』第39号 (1966.7)   文教研 第13回文学教育研究集会 特集
○基本提案=文学の授業構造  熊谷 孝
○文教研・一年間の報告  夏目武子
○発達と文学教育  乾孝
○戦後の創作児童文学から何を教材にえらぶか  関 英雄
○政治と教育  川合章
○『マーシャとくま』―小学校低学年の授業  福田隆義
○『山椒大夫』の中に何を読むべきか  川越怜子
○太宰治『女生徒』の授業をどうくむか  荒川有史
○夏の集会への期待  津村 武
○文教研 宮城集会案内
○〈推せん〉『中学校の文学教材研究と授業過程』  乾 孝・荒木 繁

『文学と教育』第40号 (1966.9)   武蔵野・宮城研究集会特集
○第二信号系理論と国語教育  熊谷 孝
○国語研究会でうんざりさせられること  伊藤清一
○発達と教育―乾先生の講演要旨  福田隆義
○〈声明〉民間教育団体の内部撹乱者について
《文教研(武蔵野・宮城)集会に参加して》
○一つの感想  武井美子
○武蔵野集会に参加して  鈴木益弘
○むさしの集会の成果をたたえて  本間義人
○第十三回集会に参加して  蓬田静子
○宮城集会をおえて  千葉一雄
○文教研・文学教育への期待  石川孝子
○新会員紹介

『文学と教育』第41号 (1966.11)
○組合運動と教研活動の統一のために  熊谷 孝
○客観三層読み批判  遠藤庄治
○文教研・第三の仕事  福田隆義
○会員の動静
○自己紹介 Y
○熊谷孝著『言語観・文学観の変革と国語教育』(まえがき抜粋/構成)
○あとがき

『文学と教育』第42号 (1967.1)
○“私の文学”の成立―『トロッコ』との対立をとおして  荒川有史
○アンデルセン童話『皇帝の新しい着物』を三年生で取扱ってみて 寺坂みさよ
○文教研冬期合宿研究集会略報  福田隆義
○『言語観・文学観と国語教育』を読んで  土橋保夫
○わたしたちのサークル  新開惟展
○自己紹介 T
○文教研 一九六七年のスタート
○あとがき

『文学と教育』第43号 (1967.3)
○文学の授業構造と教材体系―文教研 四月の合宿研究会のために基調報告にかえて若干の提案を  熊谷 孝
《第十六次全国教研国語分科会報告》
 ○原理にたちかえって考えること〈神奈川〉  夏目武子
 ○“期待される人間像”と国語教育〈京都〉  遠藤庄治
○国語教育とは何か―四月合宿研究会基調報告(Ⅱ)  熊谷 孝
○『科学論』(戸坂潤)ゼミに関する中間報告  文教研 理論部会
○二月例会報告=民話 創造的継承  芝崎文仁
○あとがき

『文学と教育』第44号 (1967.5)
○鴎外の歴史小説―『山椒大夫』を中心に  山下 明・高沢健三
○春の合宿集会略報  佐伯昭定
○文教研第15回/安文教第4回 館山集会案内
○良き師・良き友へ―よろしくの弁 S
○交流―とよなか文教研
○あとがき

『文学と教育』第45号 (1967.7)
○児童観の問題と文学教育  熊谷 孝
○小説『山椒大夫』における授業の構想  本間義人
○〈講演〉「文学の授業をめぐる諸問題」(講師 岩沢文夫先生)
○『山椒大夫』の魅力をさぐる―中学二年生との対話の記録  荒川有史
○研究会略報
○館山集会プログラム変更
○あとがき

『文学と教育』第46号 (1967.9)
○文体喪失時代の文学教育  熊谷 孝
○横浜合宿集会略報  鈴木益弘
《文教研第15回・安文教第4回 館山集会》
 ○館山集会総括  佐伯昭定
 ○小学校分科会  荒川有史
 ○中学校分科会  高沢健三
○自己紹介 O
○会員の動静
○あとがき

『文学と教育』第47号 (1967.10)
○働くものへの連帯感を―黒島文学の文体的特質  夏目武子
○文教研・横浜グループ研究会  芝崎文仁
○独唱会によせて  大内寿恵麿
○新会員紹介
○事務局だより

『文学と教育』第48号 (1968.1)
○画期的な集会を  福田隆義
《資料》
 ○解釈学的国語教育(形象理論)の問題点  熊谷 孝・他
 ○文教研理論の形成―資料に即して  荒川有史
○文教研基本用語解説=精神・意識・発達、心的過程、認識過程、概念、感覚・感情、主題、読解、
                準体験と追体験、表示と表現、場面規定、構造と構造論的
○文教研一年間のあゆみ  荒川有史・佐伯昭定・福田隆義
○冬の合宿集会プログラム(一九六七)
○あとがき

『文学と教育』第49号 (1968.1)
○〈声明〉灘尾文相「国防発言」に抗議する  福田隆義
○言論抑圧はこんな形で―国防意識育成へのステップ  夏目武子
○〈座談会〉国防意識に結びつく改訂学習指導要領の問題点  熊谷 孝・他
○文教研理論への模索―冬期合宿研究集会の課題と展望  荒川有史
○夏期研究集会予告
○あとがき

『文学と教育』第50号 (1968.3)
編集部確立 編集長 夏目武子
○文教研の今日的課題―『文学と教育』№50に寄せて  福田隆義
○飛躍的前進―第十七次教研に参加して  夏目武子
○やっぱりそこには前進がある―日教組全国教研国語分科会の潮流  荒川有史
○〈中間報告〉文相“国防発言”への抗議運動  佐伯昭定
○文教研・用語解説=客観主義・主観主義
○夏期合宿集会案内
○文教研組織改造
○次号予告
○あとがき

『文学と教育』第51号 (1968.5)
○生の解釈学と母国語の教育(第一回)  熊谷 孝
○文教研・基本文献改題=「読みの三層構造」をめぐって
○文部次官との一五分間  福田隆義
○〈声明〉「外国人学校法案」に反対する  土橋保夫
○文教研・用語解説=文体(その一)
○第十七回文教研横浜集会へのよびかけ
○文教研月例研究会
○新会員・自己紹介 S
○会員の動静
○次号予告
○あとがき

『文学と教育』第52号 (1968.6)   生の解釈学と母国語の教育・その2
○一九六八・五・二二 民教連加盟  福田隆義
《解釈学的国語教育の一現象》
 ○その1 指導要領改悪史  福田隆義
 ○その2 教師用指導書批判  黒川 実
○印象の追跡としての文章把握(一)  熊谷 孝
○まとめて学ぶ特権  浅井芳江
○〈文教研ニュース〉教育実践の資料
○次号予告
○あとがき

『文学と教育』第53号 (1968.8)   第17回研究会・特集
○日本の教育と母国語の教育  熊谷 孝
○わたしたちの立場と課題  夏目武子
○国語教育に望むこと  徳永啓子・沢村しづ子
《教科書教材の問題点》
 ○小 教材化の面から  黒川 実・郷 キミ子
 ○中 文体の面から  高木春枝・尾上文子
《わたしたちは教材体系をこう考える》
 ○小 “一本勝負”式発想の克服  佐伯昭定
 ○中 文体と発達の視点から  高沢健三・山下 明
 ○わたしたちはなぜ文体を問題視するか  荒川有史
《認識の発達と総合読み》
 ○小 作品に応じた読みの方法  福田隆義
 ○中・前期 総合読み―自己との対決を通して  芝崎文仁
 ○中・後期 『電報』とわたし  夏目武子
 ○高 高校段階の特色  鈴木益弘
○文教研・用語解説=文体 その2
○〈おさそい〉文教研会員になりませんか
○第十七回研究会プログラム(一九六八年・横浜)
○あとがき

『文学と教育』第54号 (1968.10)   特集・文体づくりの国語教育と総合読み
○〈主張〉文体づくりの国語教育  福田隆義
○〈座談会〉民族の課題に応える 文体づくりの国語教育と総合読み―『コシャマイン記』に即して  熊谷 孝・他
○『コシャマイン記』のストーリー
○文教研基本用語解説=印象の追跡としての総合読み(その一)  黒川 実
○12月合宿集会プログラム(案)
○文教研会員になりませんか
○あとがき

『文学と教育』第55号 (1968.12)   特集・総合読みと文体
《『牛づれ兵隊』をめぐって》
 ○〈提案〉民衆の姿“おとうちゃん”―体制の中で体制を破る眼  芝崎文仁
 ○〈資料〉作者が語る創作の動機―宮原無花樹氏との交信  郷キミ子
 ○〈意見1〉文体的特質をえぐる必要  黒川 実
 ○〈意見2〉児童文学独自の発想を位置づけよう  荒川有史
○〈文教研/私の大学・提案〉日本近代小説をどう読むか―芥川文学の場合  熊谷 孝
○民族の課題に応える 文体づくりの国語教育(題名)(近刊書内容構成)
○冬期合宿研究会プログラム
○盛会だった大内さんリサイタル
○あとがき

『文学と教育』第56号 (1969.2)   特集・日教組教育研究全国集会報告
《特集=日教組教育研究全国集会 国語分科会報告》
 ○〈報告1〉新しい段階への胎動  福田隆義
 ○〈報告2〉やっぱり文体が問題だ  夏目武子
 ○〈座談会〉複数参加の強み・市民権を得た「文体」  司会 黒川 実/出席 福田隆義・夏目武子・荒川有史
○文教研基本用語解説=形象(その一)
○熊本の仲間
○文教研の商法―『文体づくりの国語教育』売りあげ報告記』
○〈文教研・春の合宿集会〉“私の大学(再開第3回)”―文体と総合読み(プログラム)
○あとがき

『文学と教育』第57号 (1969.4)   文体と総合読み・芥川文学の場合
○良秀像の再検討―『地獄変』の読み方の問題点二、三にふれて  高沢健三
○児童文学史のためのメモ・『牛づれ兵隊』における作家の印象の追跡  黒川 実
○『民族の課題に応える 文体づくりの国語教育』を読んで  いぬいたかし〈談〉
○〈文教研/第3回 私の大学・報告レジュメ〉“状況”の根底にあるもの―当日の報告のための若干の資料の提示  熊谷 孝
○あとがき

『文学と教育』第58号 (1969.6)   特集・文教研《私の大学》
○〈文教研/私の大学 第4回 ・報告レジュメ〉解釈学的人間学の基本的発想―和辻哲郎「もののあはれ」をどう読むか  熊谷 孝
○〈文教研/第3回 私の大学・学習リポート〉私の印象の追跡  『大導寺信輔の半生』を読んで  黒川 実
○「『文体づくりの国語教育』を読んで」に答えて  浅井芳江
○民族の自画像1=永井荷風『冷笑』―幸徳事件の市民的心象風景理解のために  熊谷 孝
○文教研〈私の大学〉宣言  福田隆義
○文教研第18回全国集会 言語観・文学観の変革と国語教育―文体づくりの国語教育確立のために (プログラム)
○会員動静
○あとがき

『文学と教育』第59号 (1969.8)   第18回全国集会・特集
○私たちの立場と課題  福田隆義
《“私の大学”文学と教育》
 ○虚構・想像・典型―汎言語主義との対決  熊谷 孝
 ○文学教育の構造化  夏目武子
《国語教育で何をするか―文学教育を中心に》
 ○1 その民族的課題は―連帯の回復  鈴木益弘
 ○2 それに応える教材(教科書)は―文体のある文章を  高沢健三
 ○3 その指導法は―印象の追跡としての総合読み  司会 山下 明/報告グループ 荒川有史・他
《資料》
 ○文体喪失時代の文学教育  熊谷 孝 (第46号より転載)
 ○文教研基本用語解説 (第48号より転載)
○夏期集会への期待  椎名伸子

『文学と教育』第60号 (1969.10)   第18回全国集会・特集
○〈声明〉「大学の運営に関する臨時措置法」に反対し政府・自民党の暴挙に抗議する  文教研第18回全国集会
○〈夏季公開集会報告〉虚構・想像・典型(第2回)  熊谷 孝
○印象の追跡としての総合読み(その二)  荒川有史
○第十八回全国集会を終えて  黒川 実
○機関誌による文教研史―「『文学と教育』№60によせて  福田隆義
○民族の自画像=妻を娶らば―徳冨蘆花『思出の記』(一九〇一)の菊地慎太郎  熊谷 孝
○文教研告知板
  
『文学と教育』第61号 (1969.12)   総合読みの確立―『最後の一句』をめぐって
○〈熊谷孝氏の報告―その要約〉鴎外『最後の一句』をめぐって―総合読みの視点から  尾上文子・福田隆義
《私の印象の追跡》
 ○1 立体的印象への変換  荒川有史
 ○2 『歴史文学論』をふまえて  黒川 実
 ○3 “読み”の解きくち  鈴木益弘
○ほんとうのことを教えるために―第十九次全国教育研究集会への期待  夏目武子
○『日本イデオロギー論』(戸坂潤)をテキストにした戸坂理論学習会の報告  椎名伸子
○民族の自画像=絶望―井伏鱒二『山椒魚』(一九二三年)の人間像  熊谷 孝
○来春・三省堂より刊行 熊谷孝著『文体づくりの国語教育の提唱』(仮題)目次
○文教研第四の仕事 『印象の追跡としての総合読み』(仮題) (予告)
○巖谷栄二氏を悼む
○文教研告知板

『文学と教育』第62号 (1970.2)   特集・’69年冬季合宿総括/19次全国教研報告
○概念・観念・発想・典型―冬季「私の大学」オリエンテーションから  熊谷 孝(談)
○「私が文教研」―一九六九年冬季合宿総括から  山崎 宏・佐藤嗣男・郷 キミ子・瀬戸ふみ子
《第十九次日教組教育研究全国集会報告》
 ○1 言語観・教科構造を明らかにしよう―全国教研を傍聴して  芝崎文仁
 ○2 ことば・文学をみなおすことから―しごく荒っぽい感想  新開惟展
 ○3 傍聴者の席から  蓬田静子
○民族の自画像 5=インテリゲンチャと労働者―『一九二八・三・一五』(1928年 小林多喜二)の龍吉と渡  熊谷 孝
○機関誌への期待 №61への声
○一九七〇年春季合宿日程
○おめでとう 荒木繁先生
○あとがき

『文学と教育』第63号 (1970.4)   特集・’70春季合宿総括 その1
《文学にとってテーマとは何か―芥川龍之介『六の宮の姫君』を中心に》
 ○主題論争のことなど―新開惟展氏の所論にふれて  熊谷 孝(談)・文責 編集部
 ○『六の宮の姫君』と私 その1  夏目武子
 ○『六の宮の姫君』と私 その2  安瀬早苗
 ○『六の宮の姫君』と私 その3  吉田 梢
 ○『六の宮の姫君』と私 その4  井筒 満
 ○『六の宮の姫君』と私 その5  荒川有史
○「民族に自画像」休載のお知らせ
○文教研第十九回全国集会 (予告)
○新会員の推せん・加入について
○『文学と教育』バック・ナンバー紹介
○あとがき

『文学と教育』第64号 (1970.6)   特集・’70春季合宿総括 その2
○夏の大会テーマはこんな過程で生まれた  記録 安田清子・文責 編集部
○国語科の授業構造―小学校一年生の場合  椎名伸子
《『六の宮の姫君』をめぐって》
 ○その一 『六の宮の姫君』論・討議過程  文責 編集部
 ○その二 五章の「乞食法師」のイメージ  夏目武子
○発刊によせて 『文体づくりの国語教育』への文教研的追跡  荒川有史
○文教研第十九回全国集会―第十九回全国集会へのよびかけ・集会プログラム
○文教研告知板
○あとがき


 ……№15は、タイプ印刷第一号。文教研と改称し、会員の再登録をした最初の号。また、文教研第一回全国集会レジュメ号でもある。この時期の会員は、大阪にいた荒川さんを含めて、わずか八名。機関誌のタイプ化も、全国集会も、実に思いきった企画であった。……販路の見とおしはまったくないまま、二百部を印刷した。多い時は、百部以上がお蔵入り。残りの百部もほとんどが寄贈本だった。したがって、一号出すごとに数千円の赤字をかかえ込んだ。№14に「私たちは臨時会費五百円を拠出し、運転資金にした」と記してある。当時としてはかなりの高額だった。だが、それくらいでは焼け石に水。ボーナスカンパだの、外部からの依頼原稿の稿料は文教研で没収するなどの非常手段で切り抜けた。(№100「『文学と教育』百号の歩み」より 福田隆義記)

(Ⅰ) 第1号~第64号(Ⅱ) 第65号~第122号(Ⅲ) 第123号~最新号


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