岐路に立つ国語教育
 熊谷 孝著『岐路に立つ国語教育――国語教育時評集』より
国語教育時評 4
現場白書
〈付・大久保忠利氏とのディスカッション〉 (初出:明治図書刊「教育科学 国語教育」1965年7月号) 


  悪循環の根を絶つには……

 ここに教師用教科書(?)という、はなはだ珍なシロモノがある。なんのことはない、巧妙に作られた教師用カンペーである。カンペー
(カンニング・ペーパア)といっていけなければ、アンチョコ、虎の巻といいかえてもいい。だが、ただのアンチョコなら、表紙の感じから本の厚みまで、どうして教科書そっくりに造本する必要があるのか。
 中身は先刻ご案内の通りの、二色刷りの凝ったのもである。まず、そこに教科書の本文がそのままのかたちで再録されている。これが、普通の黒刷り。本文の行間には、朱刷りで語注や、ことばのいいかえや何やが、ぎっしり。
 本文のこの個所の、ことばのいい回しのうまみ をよく味わわせなさいとか、それをわからせるためには、こんな発問をしたらいいだろう、といった意味のことまで、そこには書かれている。それらが一見、教師が自分で教科書に書きこみしたみたいな体裁に、朱刷りになっているのだ。
 ウカツな話だが、いまだにこの手のものが行なわれているということを、つい最近まで私は知らなかった。数年前、この手の指導書がジャーナリズムでこっぴどく叩かれた。それぎり、もう、そういうものは姿を消しさったに違いないと、なぜか私はひとりぎめに、そう思いこんでいた。甘かった。
 ともかく、このカンペーあるかぎり、「国語」を教えることなど、軽い軽い。ぶっつけ本番、下調べの必要もなく教室に姿をあらわし、黒板を背に左手にこの本をもち、右手をぐっとうしろに回し胸を張れば教権ここに確立――とは小学校の現場にいる友人のジョークだが、しかし「これは、ただの冗談ぐちじゃありませんよ」と、この友人はつけ加えるのである。
 が、いくらなんでも、それを教室へ持ちこんで、子どもたちの目を盗み盗みカンニングする、というようなことがあろうはずはない。ただいえることは、カンペーとして使おうと思えば使えるようにこの指導書が作られている、ということだ。
 ともかく、こういうものが出回っているということは、現場が足もとを見られている、ということだ。が、考えてみれば、この手のものとは違う「良心的」な指導書にしたって、それが教師の足もとを見すかして編集されたものだ、という点では同じことだ。結果は、「指導書のマイクロフォン」みたいな授業、「教師の自分というものがない」授業がそこ、ここに行なわれている
(本誌No.78・本欄)ということにもなるのだ。
 私は思うのだが、ひとの足もとを見すかしたみたいな、ナメたまね をする連中に対しては、怒りをあらわにぶつけて然るべきである。カンペーも、アンチョコも、指導書の類はいっさい返上、と行きたいところだ。指導書無用の声が、現場人みんなの声となる日を私は期待したい。
 そういう期待はもつが、しかし今すぐここで指導書全廃論、撲滅論を一席ぶったろ、という気にはなれない。職場の雑用を毎日のように家へ持ち帰って、十二時、一時までそれにかかりっきり、という現状の変革を前提としない撲滅論では、ただの書生論にすぎない。もっとも、こんにち必要とされるのは実は書生論である、というのが私の持論だけれども。
 ともあれ、教師という職業は他の職業とは違う。教職は「聖職」だなどといっているのではない。職種の特殊性、人間工場の労働者・技術者としてのその特殊性をいっているのである。この職業は自身に不断の学習意欲をもち、常時学習可能な条件が与えられていなくては、結果は人間のオシャカをこしらえてしまうことになる。日々、はればれとした顔で子どもたちに接することのできるだけの睡眠時間と、教材研究や授業の準備、またそのための基礎的な学習にうちこめるだけの時間のゆとりは、最低そこに保障されていなければならない。
 ことのついでにいうが、小学校の全科担任制――あれは、ムチャだ。ひとりで何もかも教える、というようなことが一体、できることかできないことか。不可能なことを可能に見せかけるためには、心ならずも科目によっては指導者ベッタリの授業ということにもなってしまうのである。
 自分はどの教科だって上手に、達者に教えてみせる、というふうな人があったら、たとえその教師が十年選手、二十年選手であったとしても、私はその人の教師としての感覚を疑う。「達者」なところが問題なのである。指導書一辺倒の紋切り型におちこんだ、自分の技能のひずみ
(経験主義的なひずみ)に気づかぬところが問題なのである。

  さか立ちした国語教育観

 さし当たって私のいいたいのは、こう言うことだ。今の指導書に書いてあるようなことを、なぞって みたところで「国語」を教えたことにはならない、ということである。
 さいきん本誌で教材研究例・実践例として話題になっている、椋鳩十作の『つきのわぐま』だが、私が偶然眼にした指導書では、この作品の作中人物のひとりである「わたし」をイコール作者その人とおさえて、「作者のそのときの気持はどんなでしたか」式の設問
(児童向けの発問)を教師のために用意しているが、文学表現のイロハをまちがえた、こういう指導をやられては困るのだ。三つ子のたましい百まで、である。
 あえていえば、この時期、この段階の指導はイロハをわからせることが出来れば十分なのである。反対に、イロハ――つまり方向づけを誤った指導をしたのでは、これはアウトである。この時期に植えつけられた観念は三十、四十になっても、心の裏側にベッタリ貼りついて離れない。ともあれ、文学がわからなくなるように文学を指導する、という文学の授業、国語の授業だけはご免蒙りたいのである。
 石川達三氏もいっているように、文学作品から受ける「読者の印象は鮮明であり、その印象が直接に作家と結びつき、作品がその作家の体験ではないか、または体験であるに違いないという風に解釈され」がちなのもある意味で当然だが、しかしそれは「勘違い」なのだ。たしかに、「真実の自己を発見し自己を解放しようとする努力から、作家たちは敢えて自己の私生活に取材する」ような場合もある。けれど、それを書くということは、「作者はすでにその場所」にいない、ということ、「その場所からずっと先の方を歩いている」ということ以外ではない。
 作ちゅうの「わたし」は、このようにして、作者の自己とはすでに次元を異にしている。『つきのわぐま』の「わたし」という人間像の場合も、けっして例外ではない。それは文学――文学作品なのである。この自明の前提をふみはずし、方向
(方向感覚)を狂わせた指導では、たとえそこでなにがしかの新出語や新出文字をおぼえさせることが出来たとしても、それは真実の意味で「国語」を教えたことにはならない。
 前号のこの欄で語ったように、たんに日常生活にこと欠かぬための実用日本語のを指導というのでは国語教育にはならない。民主民族的な思考の発想に結びつき、民族的な「ことば」体験をそこに実現するような「ことば」操作の指導――それが国語教育というものなのである。そのような、民族の共通信号としての国語の指導、国語教育にとって、文学
(文学体験)の指導、文学教育は欠きえない。国語による文学体験は、まさに、もっとも洗練された、含蓄ある民族的な「ことば」体験であるからだ。
 だから、上記の指導書ふうにこの作品を文学でないものにしてしまったのでは、それは民族的「ことば」体験を実現する国語教材にはならない。文字が読めて書けるように、という、いわば外人向けの実用日本語指導の教材にはなりえても、である。
 端的にいうが、一般にどうも次のような考え方が染みついているのではないのか。何のかんのいっても、国語の読解というのは要するに、文字が読めて書けて、ごく普通の意味での語義や文意をわからせることが目的であって、その文章表現の意味を問うというようなことは指導の本筋ではない、という考え方が。
 いいかえれば、表現の意味について考えるというような仕事は、指導のアクセサリー的な部分であるか、いわゆる意味の語義・文意・書写などの理解・操作を実現するための手段だ、という考え方である。本末転倒とは、このことである。その表現の
意味 を不問に付して一体、文 がつかめるというのか。語 がつかめるというのか。こういうナンセンスな国語教育観が、つまり直接的には指導書に飼いならされた国語教育観にほかならない。
 このへんで話題を変えよう。

  「ことば」の規定性・融通性

 『児言研国語』第二号で小松善之助氏が、第三号で大久保忠利氏が、それぞれ拙著『芸術とことば』
(牧書店刊)と、拙稿「文学教育の現状と問題点」(岩波・『文学』)に対する批判を書いている。問題の共通理解を求めての、スカッとした批判である。
 熊谷のいう「ことばの規定性・融通性」云々という場合の融通性だが、結局、パロール
(言行為・大久保忠利氏の訳語)のすべてが融通性だということになってしまいそうだけれど、どうか、というのが小松氏の論点である。もう先の、大久保氏による熊谷批判(孔版刷「児言研」No.2)をうけつぐ批判である。
 一方、「熊谷とのディスカッション」と題して展開された、大久保氏の論点の中心は、形象的認識が「内言参加による認識」すなわち「概念的認識」を伴っているという点を熊谷は見おとしているのではないか、という批判にあるようだ。「およそ人間の認識は概念によらないものはないのだから」云々。
 人間の認知・認識が概念操作を支えとして行なわれる、ということは自明の事実だ。そのかぎり、形象的認識も概念的認識を伴っていると言えるわけなので、氏の所論に対して私として別に異議はない。が、
(大久保さん、相手があなただから歯にきぬ 着せずにいうのだが)熊谷がこの自明の事実を見おとしているんじゃないか、と大久保氏が懸念されたように、私のほうからすれば、氏の考え方のどこかに、概念だけの自己操作で概念的認識が成り立つみたいな考え方がひそんでいるのではないか、という気がしてならないのだ。
 ことのついでに言わせてもらうが、熊谷が批判しているような、「文意は文意として概念化してつかみ、修辞の仕方はまたそれとして味わって読む、といった二元的な表現理解の方法」
(前掲拙稿)を、自分としては「正当化などする気持はないが、その一文、その行をたどる過程では、これに似た順序でおこなわれることは避け難い」云々、というふうな大久保氏の発言には、どうも引っかかるのだ。
 つまり、正当化するつもりはなくとも、これでは事実上、二元的理解を正当化する結果になってしまっているように思われるからだ。そこで、形象的認識は概念的認識を伴う、と大久保氏がいう場合の「伴う」ということの実質的な中身なのだが、氏のこうした読解過程論につなげて考えると、なにかこの二種類の認識をつきまぜたところに文学が生まれる、とでも言っているみたいな印象になってしまうのだ。
 これだと結局、漱石あたりの、「およそ文学的内容の形式はFプラスfなることを要す」
(つまり、文学の認識・表現は説明描写 の二要素の加算の上に成り立つ)という方式の理解に逆もどりしてしまうことになる。
 文学の伝え・伝えあい
(あるいは認識・表現)は、しかし、概念的な説明の部分と、形象的な描写の部分とをつきまぜて成り立っているのではない。むしろ、説明ということでいえば、その表現のいっさいが説明なのだ。(そのことが、つまり、形象的認識は概念的認識を伴う 、ということの第一次的な意味だろう。)ところが、説明 以外のものではない、それぞれの表現部分が、部分相互の相克において、作品表現全体に対する部分としての位相づけにおいては描写に転化するというのが文学の表現構造・認識構造の特徴ではないのか。
 上記、概念的認識を伴う、ということの第二次的な意味は、このようにして、部分相互の相克・対立の統一として、それに支えられつつ形象
(形象的認識)に転化する、ということにほかならないのである。
 文学のことばとか文学語というようなことがよく言われるが、単語や語句や文そのものに関して、なにか特別に“文学語”というようなものがあるわけではない。語と語、語句と語句、文と文、あるいは文章相互の相克において、いわばコンテクストとしてそれが生まれる、ということ以外ではないだろう。伝えを概念的な伝えとしてではなしに、芸術の伝えとして実現するものは、そして実は送り手と受け手が置かれている場面の、共軛する場面規定である、といわなければならない。ツボをおさえた表現というのは、つまり受け手の場面
(場面規定)を、感情ぐるみにきちんとつかんだ表現だ、ということだろう。
 「ことば」の融通性・規定性云々というのも、そのことに関連している。あえていえば、作用因としてのいっさいの「ことば」は、そのそれぞれの場面に応じて融通性において操作される。このように場面に応じて操作されることで、実はその「ことば」がその場面、場面における規定性をかちえるのである。「お利口さんね。」ということば
(ことばづかい)が、使われる場面の場面規定に応じて賞賛の意味にも、また皮肉やあてこすり の意味にも融通して用いられるのだ。
 学術語などの場合にしても同じことだ。それは、あるとりきめ の上に共通の場面を設定し、彼我(ひが)共通のその場面規定のもとで「ことば」が融通性において操作されている、というだけのことだ。たとえば、もとは感覚的にある種の色どりを示すにすぎない「赤」とか「赤い」ということば が、物理学の場面では、なんミクロンからなんミクロンまでの波長をあらわす語として厳密に規定される、そんなふうに融通して「ことば」が操作されている、ということなのだ。
 だからして、「ことば」の規定性・融通性というのは、いわばこのテクニカル・タームとしての用法がそのことば の規定性で、日常語的な用法が融通性だ、というようなことではない。むろん、そのことば 本来の用法と、応用的な使い方という区別でもない。
 くり返しになるが、作用因としての「ことば」
(信号としての言語)は、すべて融通性において操作される。パロールとして、またラング(共有語・大久保氏の訳語)としてである。この、場面(場面規定)に応じた融通性における「ことば」操作が、そこの場面での伝え・伝えあい、表現と表現理解、思考と認知に対して、具体的かつ明確な規定性を与えることにもなるのである。当然、ある作品、ある文章ちゅうの一文の文意、語義などの、そこでの場面規定にしたがった理解・把握も、受け手におけるこのような「ことば」操作によってのみ実現されるのである。
 大久保氏のいう「その一文、その行をたどる」場合だが、私たちは何もわざわざ、先行する部分からその部分だけを孤立させて「文意」を誤解・曲解するようなまね はしないだろう。「その一文」の文意は、先行する文章との関連における場面規定において生まれるのだ。表の意味も裏の意味もありはしない。それは場面規定の問題だ。
 だから、指導過程の問題として考えてみても、まず作用因の面で「その一文」を先行する文章との関連の中でつかめるように指導するのが当然だろう。何よりも「ことば」操作の生きた本当の姿を、その文章表現の実際の文脈
(場面規定)の中でつかませるべきだ、という意味である。作用果の次元での整理は、作用因としての「ことば」操作の把握の(子どもたちにおける)そのような成果を、持続的・発展的なものとして保障するために――そういう目的にとって必要である、ということ以外ではない。


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