作品発表舞台の変遷――初出雑誌“あとがき”抄   【井伏鱒二 Ⅱ 昭和初年代】
(作品初出誌は手近な資料 ―原本及び複写― から適宜選択した。)

1927.2

井伏鱒二
「歪なる図案」
  『不同調』
昭和2年2月号
二月新人号
不同調社
(発売)
新潮社
(発行兼編輯者)
中村武羅夫

《編輯者雑記》 ▲不同調も、今年は一段の飛躍をするつもりである。いろいろな計画はあるのだが、何分にも頁数が、狭隘なため、実行が出来ないのは、遺憾だ。今月号は、特別の計画で、新人諸氏の作品十一篇を集めたので、臨時特別号とするの止むなきに至つた。三月号からはもう二三十頁増して、定価を二十五銭に決めたいと思つてゐる。創作も多く載せたいし、演劇映画欄を設けたいのだ。〔…〕(中村)
▲新人台頭の気運の動きかけた今、新人号を出した意義を認めてほしい。十一人十一篇、これだけ集めたところは壮観ではないか。これからの作者は、多くは同人雑誌の作家であつて、それぞれ相当の評判のある人達だ。むろん、この他にも新人は数限りなくゐるだらうが、ここでは、これまであまり他の雑誌に現れたことのない人を選んだ。諸氏がやがて文壇に立つその機縁ともなれば、それも亦
[また]われわれの愉快とするところである。〔…〕(藤森)
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「歪なる図案」
・中村正常「青髯の食卓」
・蔵原伸二郎「留学生鄭の話」

主な執筆者
尾崎士郎/上司小剣/葛西善蔵/今東光/谷崎精一/富澤有為男/室生犀星/森田草平/中村武羅夫
1927.9

井伏鱒二
「埋憂記」
『文芸公論』
昭和2年9月号
文芸公論社
(編輯・発行・印刷者)
橋爪健
  
《編輯後記》 〔…〕▼表紙から内容から悉[ことごと]く好評だった八月号に比べて、新秋号としてはやゝ淋しい気がないでもないが、内容の充分読みごたへある点は、毎度ながら私[ひそ]かに自慢し、執筆諸氏の厚情を感謝してゐる次第だ。萩原朔太郎氏の芥川氏を中心としたエツセイが、九月号諸雑誌の芥川氏に関する諸文章中、最も特異な好文字であらう事は疑ひなく、又本荘可宗、大槻憲二両氏の堂々たる評論も新秋論壇に異彩を放つに違ひない。〔…〕
▼創作欄にも各方面の新進が集まつた。中央公論の「彼等」以後殆ど作を見せなかつた高橋新吉氏の新作、同じく「放浪」に進出した下村千秋氏の好短篇、畑耕一氏の珍しい小品劇、加ふるに横光利一しが推挙措かざる橋本英吉氏、及び「鷲の巣」の異才を以て嘱目されてゐる井伏鱒二氏の力作など、皆夫々の特色を以て新秋文壇を賑はすであらう。〔…〕(橋爪)
 
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「埋憂記」
・高橋新吉「遍路抄」
・橋本英吉「飢餓の記」

主な執筆者
萩原朔太郎/舟橋聖一/黒島伝治/野口米次郎
1928.1

井伏鱒二
「幻のさゝやき」
  
『少女画報』
新年特大幻想号
昭和3年1月号
東京社 
《編輯室から》 (奥付欠損、未見) ・井伏鱒二「幻のさゝやき」

主な執筆者
蕗谷虹児/サトウハチロー/横山美智子/北村寿夫/富田常雄/伊福部隆輝/福田正夫
 
1928.3

井伏鱒二
「夜更と梅の花」
   
『文芸都市』
第二号
昭和3年3月号
新人倶楽部  
《編輯後記》 「文芸都市」の二号を御覧に入れる。編輯当番の私は決してこの内容を恥ずかしいなどと思つてゐない――
 蔵原君、尾崎君、梶井君、井伏君、高橋君それから弟
[崎山正毅]など、私の好きな作家の小説を並べ得たことだけでも前号にまさる愉快だ。梶井君は発熱をものともせず私の為に書いてくれた――梶井君、早く癒えて、早く東京に来た給ひ[ママ]、湯ヶ島の梅はもう散ったか知ら。〔…〕
 大阪もやつぱり寒い、今夜は特に寒い―― 三月号は高橋君に渡し以上に働いて貰つた。忙しい彼にすまなく思つてゐる……だのに私は今高橋君の家の二階で一人、更けて行く二時頃から飲みはじめた。朝までに外は雪になつてゐる様な気がする。胸にぴんと響く夜更けだ。(二月十七日 大阪にて 崎山猷逸) 
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「夜更と梅の花」
・蔵原伸二郎「リーザ」
・尾崎一雄「再たび」
・梶井基次郎「蒼穹」

主な執筆者
今日出海/舟橋聖一/崎山猷逸
 
(参考)  『新文化』
創刊号
昭和3年3月号
(発行所)
新文化建設者聯合
(発行兼編輯人)
森本巌夫
  
《編輯後記》 1. 新文化建設者聯合の結成! 我等同人のバリケード「新文化」は、真にプロレタリア的環境の中に打建てられ、党派心を克服して大衆的文芸行動の先駆をする。
 2. 本誌の編輯の根本基調は、他のプロレタリア文芸雑誌、他の凡
[あら]ゆる文芸同人雑誌と異つてゐることが、読者諸氏に一見しておわかりのことと思ふ。無産階級運動は、一部意識的団体の独占すべき仕事ではなく、広く全国の労働者、農民、小市民、インテリゲンチヤの悉[ことごと]くが参加を要する大事業であるから、我々は各団体陣営内の計算や宣伝に煩はされないで、着々として意識的実践的に向上をはからねばならない。本誌は号を逐ふてますます独特の研究批判的戦闘啓蒙的雑誌にして行くと同時に、同人以外の同志のためにも、出来るだけ多くの誌面を提供しようと思ふ。
 3. 時代は変つた。最早単なる文芸雑誌が向上的無産青年の知識欲活動欲を満足はさせない。才能ある青年は悉く本誌に集れ。やがて本誌は政治経済社会等々の広汎な問題を取入れて行くことになるであらう。読者の支持さへあれば、その計画は数ヶ月を出ない内に実現し得られると確信する。〔…〕
 
主な執筆者
森本巌夫/前田河広一郎/本荘可宗/ヤルスラウスキー/井上修吉
[井上ひさしの父] 
1928.3

井伏鱒二
「少年たち!」
 
『新文化』
第二号
昭和3年4月号
(編輯所)
新文化建設者聯合
(発行所)
江戸屋書店
(発行編輯兼印刷人)
森本巌夫
《編輯後記》  1 無産階級解放の運動方針は今や大衆組織――特に農民の組織化と日常闘争への召集[ママ]に向けられてゐる。普選に於ける苦戦の経験から、各無産政党の戦術は今後全力を尽して農村進出へ集注されようとしてゐる。単純で、執拗で、鈍重な未組織農民大衆! そこに我等の文化戦線の最も重大な目標がある。無自覚な農民に、その階級的地位、政治的地位の自覚を促すことは、あらゆる無産階級運動団体の急務であつて、文芸の領域に於ても独り農民文芸家のみの任務でない。わが「新文化」は今後出来得る限りの力を、農民大衆獲得の運動に加へて行くだらう。
 2 本号から連載する「独逸農民戦争」は、新社会の建設に農民がいかなる役割を持つかを歴史的に考究し説明しようとしたエンゲルスの名著であつて、とつくに翻訳されてゐなければならないものであるにもかゝはらず、未だ何人も着手しなかつたといふのは、実に不思議と言つてもいい。初めて本荘氏の労力によつて、これが本誌上に発表されることの喜びを我等は諸君と共にわかちたい。この文献の中には、よきプロレタリア文芸の題材的小話が無数に挿入されてゐるし、挿画も随分面白い。切に愛読を望む。いづれ一冊にまとめた上極めて安い定価で江戸屋書店が発売する予定であることも、序でに広告して置く。
 3 〔…〕創作欄の不振は、付録の「独逸農民戦争」が多少償ふだらうが、甚だ不満だ。文芸は技術である。いかに意識が発達してゐようとも、技術が拙劣ならば問題でない。文芸行動の最も有効なものは、立派な作品である。よき技術! よき作品! それさへあれば議論はないのだ。諸君ただよき創作を本誌の上に生め!
 5
[ママ] 我々無名作家は、よき作品を創造することにのみ専念であるべきである。名声を偸[ぬす]まうとする欲念を我々が些少なりとも抱く時、我々の未来から光明は消え失せる。諸君! 卑しむべき欲念のために自滅するのみならず、我等の共同の機関をも敢て汚すが如きこと勿れ!〔…〕
・井伏鱒二「少年たち!」
(ソウエート教育ポスター翻訳)

主な執筆者
森本巌夫/平林初之輔/ヤロスラウスキー/山内房吉/井上修吉/本荘可宗/内田伝一/倉田潮/蔵惟人/エンゲルス(本荘可宗 訳)
 
 (参考) 『新文化』
第三号
昭和3年5月号
(編輯所等は前号に同じ) 
《編輯後記》 1. 今回の共産党事件や労農党の解散事件については我々はここで何も云ふことが出来ない。が、無産階級解放運動について未だいかに多くの人々がまちがつた見解を抱いてゐるか。所謂翻訳思想の伝播宣伝によつて社会運動は起るのではない。経済生活の必然がそれを生むのであるにも拘らず、この社会科学の第一頁的常識さへも持たない人のいかに多いことか。文芸運動の意義はいよいよ重要である。
 2. どのプロレタリア雑誌も五月号は発行が遅れるやうだ。本誌は、本荘可宗氏の原稿(約六十枚)が郵送の途中行方不明になつたが、本荘氏は不退転の勇気を揮つて約三十枚を再び執筆してくれたのである。 〔…〕
 
主な執筆者
前田河広一郎/本荘可宗/上野壮夫/佐藤惣之助/福士幸次郎/千家元麿/福田正夫/百田宗治/萩原朔太郎/森本巌夫/倉田潮/伊藤貴麿/林房雄/山田清三郎/岩藤行夫
 
1928.5

井伏鱒二
「たま虫を見る」
 
『三田文学』
昭和3年5月号
三田文学会  
 《編輯後記》 ▼いつの間にか桜の花も散つて了[しま]つたやうだ。四月号の発行が遅れたので観桜どころではなく、一日も休まずにすぐに準備にとりかゝつたのだが陽気の加減か寄稿家諸氏の多数が締切日に遅延されたので、又々予定通り発行することが出来なかったのは残念である。間に合はせの原稿で頁だけを埋めるならいつでも出来るが、そんなことは僕等の良心が絶対に許さない。読者諸君、只管[ひたすら]内容の精選充実にのみ苦心する僕等の努力を認めて下すつて、発行日の遅延はもう暫らく大目に見て下さい。唯、寄稿家諸氏には締切日の厳守を重ねてお願ひします。
▼創作欄には、十ヶ月振りで石坂君が小説を寄せてくれた。〔…〕その他、井伏鳥居両氏の作品も一読を煩はしたいものである。〔…〕 
 
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「たま虫を見る」
・石坂洋次郎「キャンベル夫人訪問記」
・小島政二郎「山冷ゆ」
  
(参考) 『新文化』
第四号
昭和3年6月号
(編輯所等は前々号に同じ) 
《編輯後記》 1 わが聯合員のよき創作が集つたので、今月は創作を巻頭に置き、編輯形態を多少変更した。評論感想に既成作家の物を少くしたが、聯合員の作品で最早十分対抗が出来さうになつて来た。まことに創作欄は、本誌創刊以来最良の収獲である。編輯委員等は、この無名のプロレタリアの作品を、心からの歓びとおおきな誇りを以つて新興文壇に贈る。同志井上修吉の戯曲は、明確な意識の裏づけと暢達自在な技巧で、〔…〕。具眼者は以上五篇の創作を、六月の作品の中から見のがすことなく批判し且つ広く紹介することを忘れないであらう。
 2 我等は熱烈な意欲を以て文芸運動に邁進する同志の作品に期待する。熱心は天才の母胎だ。二三度作品を寄せてそれが掲載されないともう直ぐ断念したり、自惚れでヒネクレてしまふやうな個人主義作家の雛鳥は歓迎しないのだ。また理論中毒狂信的マルクス・ボーイも御免蒙る。我等は文芸の大衆化を目標とする。ケチな指導理論家憧憬患者を同伴することは厄介極まる。熱心で謙遜に文化建設の大業の一単位を志すものよ、我等の戦列に投ぜよ!〔…〕
主な執筆者
井上修吉/本荘可宗/上野壮夫/森本巌夫/内藤辰雄
 
1928.7

井伏鱒二
「遅い訪問」
 
『三田文学』
昭和3年7月号
三田文学会 
《編輯後記》 ▼御覧の通り、今月はとくに創作欄に於て充実した内容をお目に懸けることが出来たのは編輯者にとつても大きな喜びである。殊に水上先生の快作を戴けたことは、毎月のことながらその御尽力に深甚の感謝と責任を感ぜずにはゐられない。僕達若い者が少しでも怠けてゐてはならないと思ふ。
▼倉島、井伏両氏の新作、小島、今井両氏の長篇と与
[とも]に本号に於て新たに三人の新人を紹介することが出来たのも喜ばしいことだ。〔…〕
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「遅い訪問」
・水上滝太郎「隣同志」
1928.7

井伏鱒二
「鞆の津とその付近」
 
『旅と伝説』
昭和3年7月号
三元社  
《編輯後記》 〔…〕○本月号には白鳥省吾氏の佐渡遊記を初め[ママ]旅行に関するものを多く入れそれに海と山の案内を付けて置きましたから皆様の今夏の旅行のよい指針になると自信して居ります。 ・井伏鱒二「鞆の津とその付近」
・白鳥省吾「佐渡遊記」
・大内孝之「瀬戸内海の地方色」
・佐々木弘之「鳳来峡より乳岩まで」
 
1928.8

井伏鱒二
「旅行案内」
  
『三田文学』
昭和3年8月号
三田文学会  
《編輯後記》 ▼八月号はドライ・シーズンで新聞雑誌記者の息抜きをする月である。だが、外で休息をしてゐる間にうんと活動するのも爽快なものである。前号で一寸前触れして置いたが、これだけの顔振内容を収め得たことは決して読者諸君の御期待に背かなかつたものと確信する。八月誌界の白眉として誇り得ると思ふ。発行の遅延も十分お詫びが出来よう。
▼特に島崎、泉、佐藤、里見の諸家が挙って寄稿して下すつたことは、本誌としても空前のことで深謝に堪へない。これも偏へに本誌に対する諸家不断の御厚情と、水上先生の御尽力によるものである。〔…〕
▼何にしても暑い盛りには肩の凝るやうな読み物は禁物であらう。それでなくとも、兎角雑誌さへ疎かになり勝ちに過すことが多い。本誌が全紙面を挙げて、読み易く、滋味の深い随筆を以つて飾つたことは、蓋
[けだ]し時機に適した企てではあるまいか。海に山に、諸家の好伴侶として切に御愛読並びに御吹聴願つておく次第である。〔…〕
▼酷暑の砌
[みぎり]、愛読者諸君の御健康を祈る。(平松)
・井伏鱒二「旅行案内」

主な執筆者
島崎藤村/佐藤春夫/里見弴/泉鏡花/小泉信三/久保田万太郎/西脇順三郎/馬場胡蝶/蔵原伸二郎/久野豊彦
1928.11

井伏鱒二
「落合の河童」
  
『旅と伝説』
昭和3年11月号
三元社   
《編輯後記》  ○本月は聖上陛下御即位の御大典が上られ全国を挙げて喜びに満つる月であります。
○ 此節は大分研究ものの御投稿も多くなつて参りまして喜んで居ります。此上とも稀
[めづ]らしい伝説の御紹介と共に御奮発下されん事を、殊に方言に関する御投稿が二三見えましたのは嬉しく感じました。  
・井伏鱒二「落合の河童」
・柳田国男「木思石語」
・藤木喜久麿「伊豆七島の伝説」
・河本蔓花「敦盛の民謡」
  
1929.2

井伏鱒二
「谷間(二)」
 
『文芸都市』
第十二号
昭和4年2月号
紀伊国屋書店
(編輯兼発行人)
田辺茂一
  
《編輯後記》 回顧する如月ならば創刊以来、満一年だ。其間ふつつかなる文芸都市は完全に文壇の下積みとして、或は結成し、或は分散し、しかも文壇愛憎の他に立つて気を落す事なく、自己満足に漂泊[さすらっ]て終つた。普通ならば是処[ここ]らで、今はやるせない憂愁に、楽器コルネットでも吹く処であらうが、併し、春浅く郊外の霜柱は氷つた。春である。秋は迫た様である。逸剣を磨いて待て居た鈍い我等の心にも伝家の宝刀的秋は感ぜられる。他眼[よそめ]には判るまいが、文芸都市同人は今の今迄、空恐ろしい魂胆と人も魂げる剛毅を秘めて笑て居たのではあるぞ。人だかりがするからと謂て管[くだ]らない喧嘩を買て出るのは、お差合ひがあるかも知れないが、栃木辺りの野暮で蓮っ葉な人間のする事で、我等江戸前の粋な文芸都市同人の採る処でない。起[た]つ可[べ]き秋[とき]来れば、どんな叫号の唯中でも我等文芸都市は、莞爾として傲然と、少しの弱気さえ見せず、起つであらう。人々よ、其の気持ちを買はれ度[た]し。(木之国屋) 「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「谷間(二)」
・今日出海「泣くなお銀」
・飯島正「怠業中」

主な執筆者
雅川滉/舟橋聖一/阿部知二/北川冬彦/北園克衛/中野好夫
 
1929.3

井伏鱒二
「朽助のゐる谷間」
 
『創作月刊』
一周年紀念特輯
昭和4年3月号
文芸春秋社
(発行兼編輯人)
菊池寬
《編輯後記》 □本誌も創刊してから丁度満一年になる。創刊号当時からみると、随分変つても来たし生長もして来た。その間、断えず文芸及び文壇のために尽したつもりである。その点は、敢て手前味噌を列べるまでもなく、一般に認めてもらへることと思ふ。勿論我々はこれで安じるつもりはない。
□一周年紀念号の内容は、充分読者諸君に満足を与へ得ると思ふ。創作五篇は何れも嘱望されてゐる有為の新人の力作で、三月文壇の異彩であることは疑ひない。充分の枚数に諸氏の面目が漲ってゐる。
□横光利一、勝本清一郎両氏の評論は、両者とも現下文壇に於て問題とされつゝある形式主義に関する研究で、該主義の主張論者と反対論者とが期せずして相対峙し、論戦に火花を散らした形である。〔…〕
 
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「朽助のゐる谷間」
・中本たか子「臨時休業」

主な執筆者
横光利一/勝本清一郎/藤沢桓夫/中河与一/岡田三郎/辻野久憲
 
1929.5

井伏鱒二
「山椒魚」
 
『文芸都市』
第十五号
昭和4年5月号
紀伊国屋書店
(編輯兼発行人)
田辺茂一
 
《編輯後記》 △氾濫に急ぐ文芸都市の現在に於いて僕の蕪雑なる事務的才腕が、徒らにその演出の未熟に仍[よ]つて、珠玉の如き力作をも世に知らするなく、一片の土瓦として葬り去らせて了[しま]ふことは、同人諸賢に対して、深く慚愧に堪えない次第だ。
△僕は今、極端な精神生活のスランプに在つて、以上に精神の平衡を失し、意志は、更らに本も売らず、雑誌の発行もせず、まして事務的傾動は毫末も、僕の生活を指導しない。より大なる成長のために、この低回は暫くは許せ。
△今月号は、阿部君の「形式主義文学論」と、春山行夫君の「形式主義を中心とする詩の変化」がわれわれの勉強である。
△久振ぶり
[ママ]にもつた文芸都市合評会はいさゝか自重、謹慎に過ぎて黙契があり、若き激昂が感ぜれられないのはわれわれの長所であり、短所である。〔…〕
△創作は、舟橋君の「夜の・さん・るむ」井伏君の山椒魚等、何づれも独自の芸術境に於いて、羨やましい程、十全である。因みに井伏君の「谷間」はまだ続く予定であつたが半歳に渉る連載はと、遠慮された次第である。〔…〕
△かく日を追ふて、吾々の文学は明朗に、激調に、われわれも又ウルバニズム
[urbanism]の根帯の如き新宿に、雲を起す日を俟つ。(木之国屋) 
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「山椒魚」
・舟橋聖一「夜の、さんるむ」

主な執筆者
阿部知二/今日出海/飯島正/春山行夫/伊藤整
1929.6

井伏鱒二
「睡蓮」
  
『詩神』
昭和4年6月号
『詩神』社
(編輯兼発行者)
田中清一
 
《編輯後記》 ○詩神が大変売れ出したので一層力を入れる考へです。部数もうんと増しました。近々一万部位刷るやうになることを期待して居ます。
○この月から小説、映画時評を加へることにいたしました。新帰朝深尾須磨子氏のコレツトの訳、佐々木俊郎氏、中本たか子氏の小説共に新進気鋭の力作。〔…〕
○廿銭ではあまり安いのでもう少し高くせよといふ声を彼地此地
[あちこち]で聴きますがもう少し考へ中です。値段を上るのは急がずともよいと考へて居る次第です。/多方面の読者からあまり安いから値上げせよといふ御注文があれば涙を振つて上げてもいいと思つて居ります。〔…〕(田中)  
・井伏鱒二「睡蓮」

主な執筆者
野口米次郎/小野十三郎/竹友藻風/岡本潤/村野四郎/今日出海/深尾須磨子/佐々木俊郎/中本たか子/春山行夫
  
1929.7

井伏鱒二
「一ぴきの蜜蜂」
 
『新文学準備倶楽部』
昭和4年7月号
新文学準備倶楽部 
《編輯後記》  ×××× 七月の快風を孕み、新文学準備倶楽部第二号は、清新な佳篇を満載して、諸兄にまみえる。寄稿者各位の深甚な好意と読者諸君の支持鞭撻とは、我等編輯の熱意を弥[いや]が上に高め、ここにいささか自信ある内容を呈供し得た。
××××「新文学の方向」に就いては、各分野の新鋭数氏に、寄稿を仰いで特輯した。/集る数編、いずれも、混沌たる時下の情勢に対して、将来の新しき文芸の進むべき正しい方向を、充分指示してゐると思ふ。現文壇のよどんだ空気を感ずるにつけても、大いに刮目すべき所論と思ふ。〔…〕
××××井伏氏の「一ぴきの蜜蜂」は同氏の所謂朽助物中でも特に優秀な作品で、七月文壇の誇るべき傑作である。〔…〕
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「一ぴきの蜜蜂」
・岩藤雪夫「草原の恋」

主な執筆者
稲垣足穂/萩原恭次郎/牧野信一/袋一平
 
 1929.8

井伏鱒二
「炭鉱地帯病院」
『文芸都市』
第十八号
昭和4年8月号
紀伊国屋書店
(編輯兼発行人)
田辺茂一
 
《編輯後記》 ▲不人気を、鉄屑のやうに一杯背負つたオラガ内閣が転覆すると、僅か七時間の新記録、でライオン内閣が咆哮し出した。こゝでは金解禁が、自動車の使用量にまで影響する。すると今度は、埃つぽい満州の野で、久振りに阿片の鉛管を口から放した支那人が、雪を背負つた露西亜人の赤い腹へ、黄色な拳を突出した。そこでは矮小な日本人が、是等の巨人の股の真中で、急に真面目な眉を拵[こしら]へるのだ。悉[あら]ゆる社会の活発な運動は、常に我々を快活にする。我々を迅速にする。テンポはエネルギーを放射し、エネルギーはテンポを生み出す。我々の雑誌も益々テムポとエネルギーとを増加して、快活と迅速とを加へるだらう。〔…〕
▲今月号の創作欄は、例によつて、井伏氏の珠玉的な作品や、崎山、吉行氏等の秀作を以つて築城したが、尚その外に卓れた若き人々の手に成るコントを満載した。それは芳醇なる酒を一盃のカクテルにまで凝縮したと云へるだらう。こゝに悉ゆる芸術の激しい尖端の火花がある。〔…〕(雅川)
 
「巻頭言」(なつかしき現実)井伏鱒二

「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「炭鉱地帯病院」
・吉行エイスケ「孟買挿話」
・崎山正毅「王さんの友」

主な執筆者
阿部知二/舟橋聖一/深田久弥/雅川滉
1929.9

井伏鱒二
「アンコンシアスネスの魅力」
 
『詩神』
昭和4年9月号
『詩神』社
(編輯兼発行者)
田中清一
 
《編輯後記》 ○本九月号を以て詩神五周年を迎へる。感慨なきを得ず。その間執筆家諸氏の御厚意に依り今日まで詩神を発行し得たるはまことに感謝に堪へず。ここに謹んで厚く御礼申し上げます。
○本当を特別号として世界新興詩壇研究号を編む。/いづれも斯界の新進諸家の筆に成るもの。その壮観はこの紙面が説明するので編輯者はただ黙って読者の机上へ贈ればいいわけである。
 
・井伏鱒二「アンコンシアスネスの魅力」

主な執筆者
北川冬彦/笹澤美明/草野心平/深尾須磨子/千家元麿
  
1929.10

井伏鱒二
「私の保証人」
 
『三田文学』
昭和4年10月号
三田文学会
《編輯後記》 ◇秋になつた。急にめつきり涼しくなつた。早いものだ。僕が編輯を始めてから、もう半年はたつた。いろいろ考へてゐた事もあるのだが、それが、半分も実行出来ないのを口惜しく思ふ。しかし追々ゆつくりと着実にやつて行きたい。〔…〕◇それから今月から創作批評を再興した。先づ逸見広君にお願ひした。「新正統派」によつて常に健実な筆陣を布いてゐられる人である。〔…〕◇「水上瀧太郎氏と久保田万太郎氏と」――の文章は春陽堂発行の「明治大正文学全集」の今月分配本「水上・久保田集」に挟まれた月報にあつたものであるが、三田文学に関係深いものであるから、乞ふて本誌に転載する事にしたのだ。一寸お断りしておく。◇勝本清一郎君が此月の二十日にドイツに留学する事になつた。多年の宿望が実現して本人の愉快はさる事ながら、こゝにもまた三田の一勢力が加はる事は何ともいへず心強い限りである。幸にして遠路風雨波静かに、身体を健全に研学あらん事を望むや切である。〔…〕(和木清三郎)    ・井伏鱒二「私の保証人」
大江賢次/水上瀧太郎/杉山平助/園池公功/逸見広/和木清三郎/久野豊彦/蔵原伸二郎/花柳章太郎
 
(参考)
『文学』第2,3,4,5号に
“あとがき”欄なし
『文学』
第一号
昭和4年10月号
第一書房 
《編輯後記》  *「文学」は文学の月刊雑誌である。これほど簡単明瞭な話はない。しかしわれわれは明瞭の健康さを好む。単純の朗らかさを好む。われわれはこの雑誌を思ひ立つた。すると手つ取り早く名前をつけてしまつた。名称なぞを思案する事で神経をつかふのは無駄な仕業である。/われわれは頭脳を対象物の中心点に集中する。/これは頭脳を若若しくして置く秘訣にちがひない。/旗じるしはすべて模様を凝らないのがいい。
*「文学」と名乗つて文学の雑誌を出す事はそれ自体一つの簡単明瞭な宣言である。〔…〕
*われわれはこの雑誌で無名の才能に出会ふのを楽しむのだが、所謂紹介付の原稿は受けない。本当を云ふと一ぺん受け取りはするが、しかし義理からは自由である。〔…〕(犬養) 
「文学」(全6号)掲載の井伏鱒二作品
第1号(1929.10)なし
第2号(1929.11)「屋根の上のサワン」
第3号(1929.12)なし
第4号(1930.1) (「手帖」欄)
第5号(1930.2) 「終電車」
第6号(1930.3) 「逃げて行く記録」
 
1929.11

井伏鱒二
「屋根の上のサワン」

 
『文学』
第二号
昭和4年11月号
第一書房 
《予約購読者各位に》 [編輯後記に代えて]『文学』は初めの計画では、予約購読者だけに頒布し、市上に於ては販売しないつもりで居りました。ところが購読希望者の声がさうした方針を容易[たやす]く許さないばかりか、実際上その実行を困難ならしめたものでありますから、遂に一部分市上販売を行ふの余儀なきに到りました。予約購読者各位を欺く意志は毛頭なかつたのでありますが、結果に於て斯のやうな仕儀となりましたことを、幾重にも御寛容願上げます。/尚本誌は今の所部数限定である為に、発売早々にして品切を来し、幾多の御熱望に背かねばならなかつたことを併せてお詫び申上げます。     ・井伏鱒二「屋根の上のサワン」

主な執筆者
滝口修造/横光利一/北川冬彦/室生犀星/小林秀雄/神西清/阿部知二/堀辰雄/淀野隆三
1929.11

井伏鱒二
「シグレ島叙景」
 
『文芸春秋』
昭和4年11月号
文芸春秋社
(編輯)
菊池寬
  
《編輯後記》  △本誌の発売禁止については別項に書いて置いた。僕は、発売禁止絶対忌避主義であつたゞけにくやしいのである。そして、馬鹿々々しいのである。〔…〕
△しかし、発売禁止の二度や三度位で、へこたれはしないから、その点は安心してほしい。社員一同、安逸の夢からさめて、大に奮闘する筈である。〔…〕(菊池)
○創作欄は、上司小剣氏の久しぶりの創作に、新進井伏、石坂両氏の力作をわづらはした。〔…〕(編集部)
 
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「シグレ島叙景」
・上司小剣「徧照金剛」
・石坂洋次郎「外交員」
・菊池寬「半自叙伝」
 
1929.12

井伏鱒二
「初冬一挿話
―細カナリヤ―」
 
『文芸レビュー』
昭和4年12月号
文芸レビュー社 
《編輯後記》 ×新らしい芸術上のメトオド[Methode]による新らしき芸術価値の獲得が我等の前に予定される道だ。漸くにして創刊以来の一年を終へる時に至つたことを思へば編輯経営上の苦しさを抜け通して来た我々自身に驚くばかりだ。今迄我々の力の伸張を押へてゐたものは明に言へば経済的原因だつたのである。本月号に至つて我々編輯者は安心してこれを読者の前に又執筆諸家の前に差出せることを喜ぶものである。
×一ヶ年足らずの時と雖
[いえど]も経済的に弱い我々には苦しい歩みだつた。その間勝手な願を聞き届けられた執筆諸家又、創刊号以来微力な我々を見えぬ手で支持してくれた多数の読者諸氏への深い感謝以外に何物をも今感ずるものでない。我々は名前によつて読者の目を欺くことはしなかつた。我々が提出するのは新しき勢力に立つて新しき価値である。明日の文学である。明日の文学までの道が我々の道だ。〔…〕(川崎) 
・井伏鱒二「初冬一挿話―細カナリヤ―」 

主な執筆者
春山行夫/伊藤整/堀辰雄/北川冬彦/瀬沼茂樹/吉行エイスケ/阿部知二/阪本越郎/三好達治/稲垣足穂/飯島正/丸山薫
1930.1

井伏鱒二
「生きたいといふ」
  
『近代生活』
短編小説三十人集
昭和5年1月号
近代生活社 
《FINALE》 ▼現役的作家の総動員を行つて、新年特集号として短篇小説三十六人集を出す計画であつたが、いろいろの都合で三十人集になつた。然し、作家数は予定より減じたが、見らるるとほりの華華しい短篇小説号をつくることが出来た。▼現役的作家の総動員とは云つても、結果は新人に重きをおくやうになつたのも、現文壇の情勢として当然のことであらう。昭和四年の小説壇を見るのに、大家、中堅は休火山的にその活動を終熄して、ほとんど見るものがなかつたのに反し、新進作家群がいきほひ猛に文壇的進出を行ひ、めざましい作品行動にいでたことは、著しい現象であつた。その点に徴しても、本号の短篇小説特輯号の上におのづから新人が多くその名を連ねる結果になつたことも首肯出来ると思ふ。▼昭和五年には、所謂芸術派も、プロレタリア派も、何かしら大なる転向を見せるのではないかと云ふ期待をそそりたてるやうではないか。〔…〕▼〔…〕プロレタリア派も奮闘してくれ! 芸術派も回天の事業を完成する意気で立上つてくれ!  ・井伏鱒二「生きたいといふ」

主な執筆者
北村小松/里村欣三/窪川いね子/武田麟太郎/嘉村磯多/林芙美子/牧野信一/中村武羅夫/ささきふさ/楢崎勤/尾崎士郎/浅原六郎/岡田三郎/稲垣足穂/袋一平/新居格/須山計一

1930.3

井伏鱒二
「逃げて行く記録」
 
『文学』
第六号
昭和5年3月号
第一書房 
《編輯後記》  *『文学』第六号を諸君にお送りするとともに、僕らは諸君に、僕らの雑誌の仕事が第一期のそれから第二期のそれへと移らうとしてゐる事を、告げなければならぬ。*僕らは、僕らの第一期の仕事の完成を告げるために、僕らの手ですばらしい花火を打ち上げることを計画してゐる。それは文学叢書の刊行だ。それについては本誌別掲の予告を見ていただきたい。〔…〕*諸君はすでに僕らの第一期の仕事によつて、文学の革命(、、、、、)革命のための文学(、、、、、、、、)とを混同すべきでないことを、はつきりと認められた筈だ。即ち、真の文学の革命(、、、、、)は、ロシアの革命詩人らによつてではなしに、フランスのすぐれた詩人ら(例へば僕らの紹介したランボオやプルウスト等)によつて導かれつつあるのだ。僕らはランボオによつて、僕らの感性の領域を、やや未耕のままではあるが、すこぶる拡大されたのである。そしてまたプルウストによつて、その拡大されたが未耕のままである感性の領域をば、充分に肥沃にする方法をも、僕らは同時に知つたのである。*僕らはこの二人――ランボオとプルウストとを、僕らのアダムとイヴとよんでもよいだらう。そしてこれにセザンヌの林檎を持つてくればよい。――さて、今、僕らはようやく新しい傑作を生むためのあらゆる準備を終へたのである。これからの問題は僕らが傑作を書くことにある。*ところで、そのためには、僕らは僕らの発表機関を現在のままの組織で続けて行くことの不適当であるのを認めぬ訳には行かなくなつた。〔…〕僕らはこの際、断然、月刊を止めて、不定期刊行としようと思ふのである。第七号から早速それを実行するつもりだ。僕らの仲間のものが、二人でも三人でもよい作品を書き次第、不定期的に(約年四回)今よりずつと大きな雑誌を出して行くだらう。この不定期刊行の『文学』による今後の僕らの仕事を期待してゐていただきたい。〔…〕*なほ、不定期刊行の『文学』の方は、単行本に近い形式にして、たぶん九月には発行し得ると思ふ。   ・井伏鱒二「逃げて行く記録」

主な執筆者
竹中郁/永井龍男/深田久弥/安西冬衛/室生犀星/稲垣足穂/堀辰雄/上田敏雄/今日出海/雅川滉/春山行夫/北川冬彦/堀口大学
 
1930.3

井伏鱒二/中村正常
「ユマ吉ペソコと友達の結婚」
  
『婦人サロン』
昭和5年3月号
文芸春秋社
《編輯後記》  ○御覧下さい! 頁数の大増加を。新年号と殆んど同じの勉強振りです。今迄の号でも、読み切れない程の原稿が、ぎゆうぎゆうにつまつてゐます。心配になるのは、皆様が今月から全部読みおえることが出来るかどうかといふことです。
○現代生活新計画集の堂々たる内容。新人のプランで出来上つた一大建築物です。お読みになつた晩の夢はきつと素晴らしいに違ひありません。が、寝言なんかは仰有らないやうに――。〔…〕
○菊池氏の原稿が〆切に間に合ひませんでした。他処の選挙がわざはひしたのです。口惜しいことですがどうぞ悪しからず。
 
・井伏鱒二/中村正常「ユマ吉ペソコと友達の結婚」

主な執筆者
人見絹枝/龍胆寺雄/吉行アグリ/東郷青児/徳川夢声/片岡鉄兵/吉田絃二郎
  
1930.4

井伏鱒二
「安達内相と里見弴氏を訪ねる」
 
『文芸春秋』
昭和5年4月号
文芸春秋社 
《編輯後記》 〔…〕▽去年の形式主義論に対して、今年は芸術派とプロ派の文学論争が、各雑誌の大見出しになつてゐる。本号の三木清氏の論文は、高邁な立場から、これ等の論争者にも、読者にも、暗示するところが少くないだらう。
▽実話の応募数は相変らず夥しいが、其大半が下手な小説の真似であるのは閉口だ。下手な小説はもう沢山、それ故の「実話」募集ではなかつたのか。生生しい人間記録をこそ求めてゐるのだ。頭も尻つぽもいらない。応募者は小説的結構に少しも煩はされる必要はないのだ。〔…〕
 
・井伏鱒二「安達内相と里見弴氏を訪ねる」

主な執筆者
柳田国男/小林秀雄/石山賢吉/三木清/久保田万太郎/中河与一/室生犀星
 
1930.5

井伏鱒二
「十二年間」
 
『新潮』
昭和5年5月号
新潮社
(編輯者 発行者)
中根駒十郎 
《記者だより》 ▼本号に於ける評論欄の充実は、まさに読者の意を充分に満足させることだらう。即ち、中村武羅夫氏の「マルクス主義文学の存立は可能であるか」は、堂々五十枚を超える長編文で、マルクス主義文学に対する氏の所懐は遺憾なく尽されてゐる。更に、視野を転じてみれば、平林初之輔氏の「芸術派とプロレタリア派と近代派と」の評論あり、さらに一転すれば、青野季吉氏の「生活分解の文学と生活組織の文学」あり、更に、久野豊彦氏の「新芸術派は何故に台頭したか」あり、さらに、「マルクス主義文学以上のもの」の麻生義氏の評論がある。かくも多数に各自の立場より、かくも闡明に述べられた評論をみる時に、果してこの混沌期にある「芸術」は如何なる路を辿る可[べ]きかは、最も興味あることでなければならない。〔…〕
▼創作は、新人の作を三篇あつめた。近来油ののつてゐる阿部知二氏の五十枚の力作「白い士官」を始め、中野重治氏の「波のあひま」井伏鱒二氏の「十二年間」、みな溌剌とした新人の作らしいものである。読者諸氏の御精読をお願ひ致し度
[た]いとおもふ。 
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「十二年間」
・阿部知二「白い官舎」
・中野重治「波のあひま」

主な執筆者
中村武羅夫/堀口大学/磯崎勤/加藤武雄/平林初之輔/青野季吉/堀辰雄/上司小剣
 
 1930.7

井伏鱒二
「淑女のハンドバッグ」
 
『婦人公論』
昭和5年7月号
中央公論社
(発行兼編輯人)
嶋中雄作
 
《編輯者のことば》 □近頃の婦人公論はよくなりましたね……と皆様から承るごと私どもはどんなにか喜ばされる事でせう。皆様の婦人公論です。私どもはもつともつと内容の充実を計つてあらゆる階級の皆様の唯一の心の友となり、必要な常識として読まれたいと思ひます。女学生、令嬢、家庭の主婦、また街頭に働く皆様方の、真のよき指導者でありたいのです。そのためには私どもは、ただ懸命に、皆様の御満足を得る、よりよき「婦人公論」たらしめるよう努力いたしますから、愛読者皆様の御熱心な支持をこの上ともお願ひいたします。〔…〕(澄子)  ・井伏鱒二「淑女のハンドバッグ」

主な執筆者
小原国芳/龍胆寺雄/武田麟太郎/堀辰雄/市川房枝/西条八十/山川菊栄/下村千秋/林不忘
 
1930.8

井伏鱒二
「隣人の作品」
 
『三田文学』
昭和5年8月号
三田文学会 
《編輯後記》  〔…〕▽西脇さんから「改造」七月号に所載の論文の続稿を頂いた。近頃自信のある文章だといはれてゐた。雅川君の雄健な文学論と共に御精読を得たい。人形芝居の研究家である小澤さんと、近頃めっきり売出した井伏君から珍らしく寄稿を得たのは愉快だつた。園池、坂下両氏にもお暑いところを無理を願つて書いてもらつた。
▽既にお気づきの事と思ふが、雑誌の景気も悪るくないので、本号から紙質を少し好くしました。刷り上り工合も見た眼にも、きつと好いと思ふ。おいおい秋になるにつれて、いろいろ改善してゆけるのが何より愉快である。〔…〕(和木清三郎)
 
・井伏鱒二「隣人の作品」

主な執筆者
水上瀧太郎/西脇順三郎/雅川滉/園池公功/丸岡明/平松幹夫
1930.8

井伏鱒二
「風雨強かるべし」
  
『近代生活』
昭和5年8月号
近代生活社 
《FINALE》 ▼暑さはいよいよ烈しくなりました。皆さま御健康でおはしますか。小誌は、暑さに闘つて、皆さまの銷夏のお楽しみである八月号をやうやくお手許まで届け得る運びとなりました。どうかお喜び下さい。編輯同人は、毎日毎日、総がかりで努力いたしました。。偏に皆さまのご期待に添ふため。
▼評論欄は、久野豊彦、吉村鉄太郎、飯島正三氏の精鋭に、龍胆寺雄氏の文芸時評を加へて、なかなか精彩ぶりだと信じます。それから「爪に描いた長篇小説」は、新進八氏の御寄稿を頂戴し、これは本号の誇りです。各々尖端的で、或は古典的で、特色ある佳篇は創作欄の佐々木俊郎、井伏鱒二両氏の力作と併せて、特に御精読をお願いいたします。〔…〕
 
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「風雨強かるべし」
・佐々木俊郎「喧嘩」

主な執筆者
久野豊彦/吉村鉄太郎/飯島正/福田清人/北村寿夫/岡田三郎/中村武羅夫/南部圭之助
 
1930.9

井伏鱒二
「悪い仲間」
 
『文学時代』
昭和5年9月号
新潮社
(編輯兼発行者)
佐藤義亮
 
《記者より》 ▼酷い暑さです。読者諸君、別におかはりはありませんか。〔…〕
▼創作欄には、浅原、井伏に作家の力作をおさめました。御愛読を待ちます。〔…〕
▼不景気益々深刻。しかし、本誌は次第に発展の傾向に向つてゐます。十一月頃には、目ざましい特輯を発行し、諸氏をあツと云はせてやらうと、今、しきりに準備中です。〔…〕
 
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「悪い仲間」
・浅原六朗「父」


主な執筆者
木村毅/吉行エイスケ/井東憲/平林初之輔/川端康成/佐藤惣之助/楢崎勤
 
1930.9

井伏鱒二
「ミラアさん」
 
『新潮』
昭和5年9月号
新潮社
(編輯者 発行者)
中根駒十郎
 
《記者便り》 〔…〕▼遠くドイツに留学してゐる勝本氏から、「復讐したメーデー」といふ興味ある見聞記が届いた。如何に、ドイツに於けるメーデーが盛んであるか、いかにまたドイツに於ける労働運動が進展してゐるかは、この巨細綿密をきはめた、氏の筆によつて覗ふことが出来るだらうと思ふ。
▼読物風な記事としては「新女性風俗鑑」といふので、阿部知二、吉行エイスケ、井伏鱒二、永井龍男、浅原六朗の五氏の、それぞれの異色ある筆触をもつて、ある女性の風丰
[ふうぼう]を描出していただいた。これは単なる興味ある読物であるばかりでなく、一篇の短篇小説としてみていただき度[た]い。〔…〕
・井伏鱒二「ミラアさん」

主な執筆者
宮島新三郎/飯島正/勝本清一郎/永井龍男/青野季吉/岡田三郎/室生犀星/日夏耿之介/牧野信一/川端康成/武田麟太郎/楢崎勤
 
 1930.10

井伏鱒二
「三等急行」
『新青年』
昭和5年10月号
博文館 
《戸崎町風土記》 ◇地球は病気に罹つてゐる。どうも身体の調子が悪いと云つてゐる。内臓もよくないに違ひない。時々ぶるぶるツと身震ひをする。そこで名医を気取るドクタア・シンセイネンが現はれて脈を見ることになりました。本号目次を御らん下されば分る通り、世界で種々話題にのぼるべき事どもを、雑然と百貨店式に並べて見た。診察とは云ふけれども、Chicなドクタアは聴診器の代りに華かなタクトを振つて所謂地球レヴュウの公開である。これによつて、これからの地球の立像を御想像願へれば、望外の幸ひである。〔…〕  ・井伏鱒二「ミラアさん」

主な執筆者
横溝正史/丸木砂土/岩田豊雄/梅原北明
 1930.12

井伏鱒二
「家庭装飾」
 
『新潮』
昭和5年12月号
新潮社
(編輯者 発行者)
中根駒十郎
 
《記者便り》 〔…〕▼さて「新潮評論」欄には、昭和五年度に於ける、わが文学界の総決算として、中村武羅夫氏に、今年度の概観を、新居格氏に、評論壇を、青野季吉氏に、プロレタリア派の創作界を、川端康成氏に芸術派の創作界を、飯島正氏に映画界に就いて論じて頂いた。この「新潮評論」欄を一瞥されることによつて、昭和五年度の文壇を鳥瞰され得ることだらう。そして、如何にわが文芸界は動き、いかに進みいかなる路を辿つてゐるかを知ることが出来るだらう。〔…〕  「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「家庭装飾」
・中河与一「ビオレ商会に現れる人物」

主な執筆者
新居格/青野季吉/川端康成/千葉亀雄/新関良三/秦豊吉/平林初之輔/小宮山明敏
1931.2

井伏鱒二
「丹下氏邸」
 
『改造』
昭和6年2月号
改造社 
《編輯だより》 ◇民政党よ! 何処へ行く? これ何を意味する声ぞ。
◇浜口君はいつから議会へ出られる。首相代理問題で紛糾はせないか。労働組合法案はどうなる。石塚が罷めて松田はどうなる。イヤこれ以上に財政問題に対して野党は精鋭を集中して総攻撃とくる。我民衆はさて何れに共鳴するか。〔…〕
◇「スターリンを中心として」の一篇はソビエット近来の政情を知了する好個の文字。また美術批評家の第一人者東北大学教授児島喜久雄君の「プロレタリア美術其他」も示唆多き一文だ。「獄中感想録」を書いた鍋山貞親君はまだ若き闘士である。〔…〕
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「丹下氏邸」

・徳永直「輜重隊よ前へ!」
・池谷信三郎「賞心」
・前田河広一郎「ドバス」

主な執筆者
猪俣津南雄/大山郁夫/小牧近江/鍋山貞親/今和次郎/小林秀雄/若山喜志子/堀口大学
 
 1931.3

井伏鱒二
「田園記」/
「(二月の作品―一人一作評)」
 
『作品』
昭和6年3月号
作品社 
《「二月の作品―一人一作評」より》[「あとがき」に類する欄の設定がないため、それに代えて]井伏 「作品」一月号の梶井君の「交尾」といふ作品について、永井君や今日出海君や、その他いろいろの人がみんな傑作だといふので、僕はうちへ帰つて読んでみた。実によかつた。水際たつてゐると思ひます。どんな具合にいゝかといふことは、僕は論理的に言へないやうだが、誰もとがめはしないだらう。「罪と罰」の作者は、ソーニヤのことをあまり精密に書いてゐないが、ソーニヤの純情が鮮明に表現されてゐる。どんな具合に純情が表現されてゐて、どんな具合にそれでもつて僕がうたれたかといふことを、僕は論理的に言へないのである。うたれさへすれば、僕は論理を棄てゝかゝる方がいゝ。こんな方法では邪道にはいる心配はないかどうかといへば、僕は平気だと答へる。かういふ一本調子の気持を、梶井君は更らに高揚された心持で「交尾」を書いたのであらうと思ふ。あの作品を書くには、腹に力をいれて机の前に座り心臓の動悸をうたせながらでなくては書けないだらうと思はれる。梶井君は机にむかつてゐるとき、小刻みに息をしてゐるかどうかを告白してゐないだらうか?  ・井伏鱒二「田園記」/
「(二月の作品―一人一作評)」

主な執筆者
尾崎士郎/今日出海/中村正常/笠原健治郎/オットー・ニュッケル/岸田国士/近藤東/小野松二/深田久弥/宗瑛/中島健蔵/佐藤正彰/神西清/河上徹太郎
 
1931.6

井伏鱒二
「不機嫌な夕方」
  
 『蝋人形』
昭和6年6月号
蝋人形社
(発行人)
西條八十
《編輯後記》  ×先づ最初に六月号が、前号までとはいくらかでも内容的に変化してゐることをお認め下さつたと思ひます。実をいふと、もつともつと諸君をアツと言はせるやうな計画があつたのです。けれど、今月には少々早すぎもし、もう少し想を練る必要もあつたので、来月七月号をおたのしみに文字通り絶大なる期待の[ママ]かけてゐて頂きたいと思ひます。〔…〕
×主宰西條氏から、今日編輯部へ大問題が提出されました。鳩首して相談してゐるのですが、第一は、アンデパンダン組織にしろ若き誌友をもつと効果的に世間的に推薦する法と、いふのでした。これは来月号からただちに実行にかからねばならないのです。何とかいい知恵をかして下さい!〔…〕
 
・井伏鱒二「不機嫌な夕方」
・徳永直「恋愛遊戯」

主な執筆者
西條八十/山田順子/若山喜志子
 
1931.8

井伏鱒二
「私の愛好する島と岬」
 
 『セルパン』
海洋文学号
昭和6年8月号
第一書房
(編輯兼発行人)
長谷川巳之吉
 
《編輯後記》 ◆私は特に荒れ狂つた海か、さもなくば極めて静かな海か其のどちらかでなければ好きになれない。此の近くでは、熱海ホテルの芝生に寝ころんで一人静かに眺め入つてゐる海の味ひは私を遠い昔の少年の頃の思ひ出にふけらしめる。〔…〕(長谷川)
◆汽船の走る海洋は、航空機のかける空中と共に、新鮮なるポエヂイの発醸地、今日以後の素材上の文学的地図の処女地であらう。十九世紀、コンラッドの描く海洋は四百噸の汽船と海洋との相克であつた。今日の科学の進歩によつて十九世紀の百倍の汽船による新しい航路の快適、国際的なる関心、一方また文明と野性との関係等による海洋は雄大なる文学の母胎であらう。ここに、海洋横断記、海の随筆、外国文学と海洋、海の短篇を「セルバン」第五号に満載して、読者に捧げ、すつきりした気持で、波止場へ向ふ。尚写真は凡
[すべ]てヴアレリイのMer,Marin,Marins による。(福田)
◆八月に海洋文学号をやるといふことは僕を楽しくした。そして、御覧のとほりいいものを書いていただいて愉快です。僕達はもう文化的な生活を除いては海をすら文学的には感じられないのではないかとさびしく思はれるのです。やはり、マチスの描くアパルトマンの窓などからちらと見せる海が不思議と僕を誘ふのです。海を量的に見ることなどは文学の仕事では無いのかも知れない。が兎も角も、僕達に久振りで朗らかです。今、校了の後すぐ乗つた船は福田君と僕とを乗せて大島ちかくを快走してゐるんです。この紙の上にも飛沫がとんでくる。さらば元気で――(三浦)
 
・井伏鱒二「私の愛好する島と岬」

主な執筆者
松岡譲/太田黒元雄/三浦逸雄/岩佐東一郎/小田嶽夫/高橋健二/中河与一/城左門/青柳瑞穂/堀口大学/那須辰造/阪本越郎/中山省三郎/伊藤整/萩原朔太郎/村山知義/福田清人/久野豊彦/佐藤惣之助
 
 1931.9

井伏鱒二
「川沿ひの実写風景」
『文芸春秋』
昭和6年9月号
文芸春秋社
(編輯)
菊池寬
 
《編輯後記》  〔…〕◇創作に前衛部隊の五氏を出陣せしめて、華やかな肉迫戦を開展し、細迫氏をして「無産陣営」の非合法的追撃を敢行せしめる。ジヤーナリズム界の微温と無能を越脱した無人の境であらう。
◇実話にしたところで、エロとグロこそジヤーナリズムの本道と、心得てゐる御時世に、エロとグロとの中間の、真に実話的美味の濃い中間夾雑物こそ面白けれ、と我々が折紙つけてのこのプログラムに、御異存はないであらう。〔…〕
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「川沿ひの実写風景」
・坂口安吾「海の霧」

主な執筆者
子母沢寬/岩田豊雄/武藤山治/正宗白鳥/菊池寬/徳川夢声/細迫兼光
 
1931.9

井伏鱒二
「文学・講義・私・友人・幼な児」
 
『文学』
第四号
昭和6年9月号
岩波書店 
《編輯後記》  ▼八月のひどい暑さに会員諸氏には御障りはございませんでしょうか? ようやく秋らしくなり又所載に街頭に御忙しくなる事と存じます。切に御自愛を祈ります。〔…〕
▼前回予告中の垣内氏、山岸氏の続稿は文理大・高師の改革問題で非常な御忙しさのため筆執
[と]れず、倉野氏、小宮氏はいろいろの御都合で原稿の〆切期日に間に合はず、共に次回に頂くことに致しました。〔…〕
▼「文学」は益々好評を得て居るので感激してゐます、より一層良きものにして行きます、〔…〕
▼後藤丹治氏の新研究を頂き深謝して居ます。学会に一新資料を与ふるものと信じます、大方の必読を願ひます。板垣なほ子氏は板垣鷹穂氏夫人であります、井伏鱒二氏は御承知の如く仏蘭西文学派の新進作家で最近短編集「仕事部屋」を春陽堂から公刊されました。斎藤茂吉氏が「正岡子規」を御脱稿後補遺として一文を送られた事は深謝してゐます。〔…〕
 
・井伏鱒二「文学・講義・私・友人・幼な児」 

主な執筆者
後藤丹治/板垣直子/石田吉貞/斎藤茂吉
1931.9

井伏鱒二
「鞆ノ津所見」
 
『古東多万』
第一号
昭和6年9月号
やぽんな書房
(編輯責任者)
佐藤春夫
 
《編輯者の言葉》 予はこの好機を以て刻下のジヤアナリズム以外に清新にして多趣多益なる定期刊行物を得たしとの素志を実現せんとす。前人の未だ企てざりし境地を望みて創造的興味をもつて編輯を楽しみつゝあり。執筆者名簿を点検作成すれば、例へば、野に出でゝ花を摘むが如き喜びあり。熟[つらつ]ら思ふに一切の生活及芸術上の最高の師匠たる自然はジヤアナリズムに於ても第一の模範を垂れたるに似たり。月々の花屋と果物屋との店頭は雑誌店の店頭よりはるかに多く人を喜ばしむる所以を思ひて、予輩は敢て前人に倣はず、これを花束と果物籠とに学ばんとす。また空に浮ぶ雲の色の地上と隔絶しながらも自らにして折々の季節の色を帯びたるが如くに我等が創刊するところの物も亦、時流を超越せるがうちに自ら時勢の反映あるべきを期す。要は予輩はジヤアナリズムの使命を更めて自覚し、その特有の美を創造せん事を意図する者、幸に江湖の諸君の支持を得て刻下のジヤアナリズムに寄与して一服の清涼剤たるを得んか。願はくは同情を賜へ。  編輯責任者 佐藤春夫 白す  ・井伏鱒二「鞆ノ津所見」

主な執筆者
森田草平/佐藤春夫/小林秀雄/久保田万太郎/日夏耿之介/高田厚博/谷崎潤一郎/泉鏡花
  
1931.12

井伏鱒二
「泥酔記」
『改造』
昭和6年12月号
改造社 
《編輯だより》 ◇晩秋の菊花籬に黄また白。心境の清澄云ふべからず。しかも嫩[のん、どん]河漸く氷結し、興安は皚々の雪に掩はれてしまつた。厭世の人々の苦しみやお察しする。
◇我と彼とは国際的にいかにせば両立共栄して行ける! 日本はどうすれば支那の市場から排斥せられずして立つて行ける。満蒙の資源は我国の存立にどれほどの絶対性がある。根本的に日支問題を解決するにはどうした道を取るべき?〔…〕
◇十一月十一日我実業界に功績の多かつた渋沢栄一氏逝く。「渋沢栄一伝」は十一月中に土屋喬雄氏の執筆で本社から出版される。「孫文伝」も同時に出版される。共に「偉人伝全集」として。〔…〕
 
・井伏鱒二「泥酔記」 

主な執筆者
小泉信三/有沢広己/中村憲吉/宮本顕治/鈴木茂三郎/山本有三/堀辰雄/武田麟太郎/川端康成
1931.12

井伏鱒二
「川」
  
『中央公論』
昭和6年12月号
中央公論社 
《巻頭言》[「あとがき」に類する欄の設定がないため、それに代えて]事の成ると成らざるとに一喜一憂するは人情の常である。併し事成るも道に依らざれば後害をのこすを戒めざるべからず、事成らざるも道を失はざれば心中に安んずる所あるを得よう。〔…〕/我国政界の現状を主として支配して居るものは既成政党である。而して既成政党のだらしなき、政界打倒を目指して起る諸運動を反撃するの道義的根拠を有せざるは言ふを待たない。併し乍[なが]ら既成政党の拠て以て立つ所以の手段を執[とり]て、或は更に一層険悪なる手段を執て、彼等に取て代るのはまた道を無視するの点に於て許さるべきでない。政党としては如何なる手段に依ても政権を掌握したいだらう。我々国民としては、政権争奪が恒に一定の道に依て行はれんことに多大の関心を寄せて居る。/同じ様な事は国際問題に付ても云へる。例へば満州事件が事の成れるものと観るべきや否やは別論として、仮りに彼地に於ける我国の権益が着々として確保伸張せられつゝありとしても、噂の如く、軍部が首動的地位に立つて行動するものとせば、是亦功を収むるに急いで道を過まるの危険を冒すものと謂はなければならぬ。(「英国の政変と議会政治」) 「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「川」
・北川冬彦「レール」
・牧野信一「バラルダ物語」


主な執筆者
河合栄治郎/谷崎潤一郎/中西伊之助/サトウ・ハチロー/正宗白鳥/田中貢太郎

1932.1

井伏鱒二
「洪水前後
 
『新潮』
昭和7年1月号
新潮社
(編輯者 発行者)
中根駒十郎
  
《記者便り》 〔…〕▼さて、昭和七年度初冬の新年号は、御覧のやうな、芸術派及びプロ派の新進作家を総動員して、その面目輝しき作品を主陣として相見えました。〔…〕何れも、新春文壇に於て、最も注目さる可[べ]き作品であらうことを信じて疑ひません。折角、御熟読を得たいと思ひます。
▼この堂々たる創作欄に対して、「わが文芸陣より」なる題下にて、既成作家、新興芸術派、プロ派の、各陣営より、一九三二年度に於ける文芸行動について語つて頂くことの出来たのは喜びの限りと思ひます。〔…〕
▼「新潮」は、本号以後、また「新潮」本来の面目に立ちかへつて、名実共に、わが国唯一の文芸雑誌として、また文壇の公器としての使命を果して行かうと思つてゐます。幸に、相変らず、御声援のほどをお願します。
 
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「洪水前後」
・川端康成「旅の者」
・中野重治「善作の頭」

主な執筆者
近松秋江/青野季吉/河上徹太郎/窪川鶴次郎/舟橋聖一/徳永直/平林たい子/嘉村磯多/武田麟太郎/舟橋聖一
1932.2

井伏鱒二
「黒い胸像」
 
『文学クオタリイ』
昭和7年2月号
大盛堂書店
(編輯兼発行者)
保高徳蔵
 
★第一輯は創作のみを収録した。第一部には新作を、第二部には旧作を輯[あつ]めたが、旧作の方は、各作家の近業から、最も気にいつた作品を主として撰んでいたゞいた。
★第二輯は更らに陣容を新にして五月中旬発刊する。尚ほ作品以外に評論其他も掲載する予定である。
★編輯事務一切は左の所にいたします。  東京市浅草区新森田町四番地 保高徳蔵方
 
・井伏鱒二「黒い胸像」

主な執筆者
上林暁/石坂洋次郎/舟橋聖一/宇野浩二/龍胆寺雄/榊山潤
 
1932.5

井伏鱒二
「その地帯におけるロケイション」
 
『新潮』
昭和7年5月号
新潮社
(編輯者 発行者)
中根駒十郎
   
《記者便り》 〔…〕▼先づ「諸外国のフアツシズム文学」なる題下にて、現在の独逸、仏蘭西、伊太利の各国の国粋主義文学を、新関良三、山内義雄、岩﨑純孝の三氏によつて紹介して頂いた。わが文芸界に於いてフアシズム文学おこるの声さかんなる時に、この企ては最も意義あるものと信じて疑はない。〔…〕
▼創作欄は、期せずして新進の花形とも云ふ可
[べ]き、井伏鱒二、藤沢桓夫、吉行エイスケ、堀辰雄の四氏の作品を以て飾ることの出来たのは嬉しい。何れも作者本来の面目を示した快心の作ばかりである。恐らく、五月の創作に於いての白眉であらう。
・井伏鱒二「その地帯におけるロケイション」 

主な執筆者
室生犀星/大田洋子/川端康成/浅原六朗/新居格/徳永直/春山行夫/広津和郎
1932.6

井伏鱒二
「微弱なる心痛」
 
『文学時代』
昭和7年6月号
新潮社
(編輯兼発行者)
佐藤義亮
 
 《記者より》 ▼新緑の候となりました。読者のみなさん、益々御清栄のことと存じます。
▼本社編輯部からは、正に、雑誌界空前の規模と意匠とより成る一大新雑誌が生まれんとしつゝあります。しかし、本誌も亦、御覧の通り逐号緊張しきつた編輯振で、とりわけ本号など、必読の好記事を満載してゐるつもりです。〔…〕
▼創作欄には、新居、井伏両氏の外に、伊藤、財津の二新人を紹介しました。
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「微弱なる心痛」 
・新居格「メリー・ゴー・ラウンド」

主な執筆者
佐藤春夫/菊池寬/平野零児/伊藤整/中村正常/谷崎精二/尾崎士郎/邦枝完二/土師清二
1932.8

井伏鱒二
「客人」
『新潮』
創作特集号
昭和7年8月号
新潮社 
《記者便り》 〔…〕▼本号は、御覧のやうな内容で相見えました。即ち、新進の精鋭十氏をすぐつて、その好個の短篇、十篇をもつて飾りました。これは本号での特集です。収むるところ、川端康成、藤沢恒夫、岡田禎子、中村正常、上林暁、佐々木俊郎、吉行エイスケ、徳永直、阿部知二、井伏鱒二の十氏の創作です。何れも、大方の御精読を煩し度[た]い、快作ぞろひです。〔…〕
▼座談会は、「日本文学と海外文学との交流について」といふ題下で、文芸雑誌としての本誌ならではの、興味ある座談会にしました。明治末期――自然主義文学台頭期より話を興して、如何にわが日本文学が、海外文学に影響を受け、また、海外文学と交流してゐるかを、検討して頂きました。近来にない面白い、座談会と信じます。〔…〕
 
「創作」欄 主な作品
・井伏鱒二「客人」
・川端康成「隠れた女」
・中村正常「ナンセンス作家の反省」
・徳永直「工場新聞」
・上林暁「薔薇盗人」
 
1932.9

井伏鱒二
「居酒場風景」
 
『改造』
昭和7年9号
改造社  
《編輯だより》 ◇朝夕はとてもいい風が吹くやうになつた。本年の暑熱は一入ひどかつたので一時は肉が爛れはせぬかと思つたが。
◇もう山が見えた――と誰やらが云へば、先きから山にのぼつてをつた――船頭が多かつたから――凶辞にのみ見舞はるる挙国一致内閣は秋風とともに何処へゆく。
◇民政党昨今のダラシなさ。借問す、越中はありや。
◇近くもう一嵐くるかナ。政友村にもゴタゴタの自壊作用があるやうだから。〔…〕
◇マルクス・エンゲルス全集は第廿六巻を配本す。この世界的大事業はアト一巻を以つて全部完結するのである。
 
・井伏鱒二「居酒場風景」

主な執筆者
大森義太郎/末弘厳太郞/高木八尺/小川芋銭/直木三十五/滝井孝作/伊藤永之介/北原白秋/山本実彦/横光利一/藤森成吉/佐藤春夫
 
 1932.10

井伏鱒二
「ハーシン先生」
『文芸春秋』
昭和7年10号
文芸春秋社
(編輯)
菊池寬
 
《編輯後記》  〔…〕◇新聞の文芸欄学芸欄を一寸覗いて見たゞけでも、常に、論題に、小説月報に、華華しい噂の的となつてゐるのは、控へ目に見ても本誌所載のものが多いのは、何としても心強い。遂に誰やらが、文芸春秋の編集者は、足で編輯してると感想を洩らしてゐるのを見た時は何か酬はれた感じがした。編輯子が一面如何に頭を働かしてゐるかも見ていたゞきたい。今十月号は吾々の頭の解剖図でもある。隅から隅まで、入念な精読を渇望して止まない。〔…〕
◇本誌が硬くなつたといふ人があるやうだが、それはどうも当らぬ。柔さは、扱ひ様によつては、四角四面の論文の中にも内在してゐる。――その積りで、本誌は時代の全的空気をリーダブル
[readable]に興味本位に編輯してゐる。その点は、充分買つて戴きたい。
◇「満州国承認と列強の動向」に関する座談会は、同席した編輯子も、思はず、「これは凄い」と口走つたほどの充実感の大座談会。滅多に聞かれぬ雄篇である。
・井伏鱒二「ハーシン先生」 

主な執筆者
鈴木茂三郎/吉野作造/長谷川伸/河上徹太郎/蝋山政道/菊池寬/田畑政治/藤原あき/田畑修一郎/横光利一/室生犀星
 1933.1

井伏鱒二
「花たば」
 
『若草』
新春特輯号
昭和8年1月号
宝文館  
《編輯後記》  ×一九三三年の初頭にあたり、常によき内容を寄せられる執筆家各位と、熾烈なる声援を吝[おし]まない読者諸君の健康を先づ祝福したい。
×創刊以来九年、年と共に溌剌の意気に燃ゆる、本誌の如きは実に少い。蓋
[けだ]し題名「若草」がさうさせるのではないかと思はれる。編輯者の誰もが「若草」の題名に鞭たれ、刺激されて、それがおのづから本誌に清新の雰囲気を醸し出させるのではあるまいか。創刊以来の新年号をズラリと列べて眼を第九巻第一号に転ずるときわれ等は若草の前途に晴々しき光芒を感ずる。
×「わか草つて何だい、娘さんの雑誌かい」と馬鹿にされた時代もあつたがわれ等の熱意努力空しからず、今や日本の若者に唯一の伴侶として、その存在を重大視される日が来た。見よ、現代の大家が如何に敬虔の態度で本誌に臨まれてゐるか。高級政治雑誌などを崇拝してゐる時代ではない、作家も読者も一つ所に団欒し、朗かな日本建設に行進しなくてはならない時だ。従来高級雑誌でなければ執筆しなかつた大家がわれ等青年の為に喜んで寄稿されたことを感謝したい。
・井伏鱒二「花たば」

主な執筆者
長谷川如是閑/小汀利得/谷崎精二/北村小松/下村千秋/室伏高信/瀬沼茂樹/園池公功/白鳥省吾/吉井勇/松井翠声/大辻司郎/長谷川伸/浅原六朗/甲賀三郎/
  
1933.4

井伏鱒二
「父親」
 
『セルパン』
昭和8年4月号
 第一書房
(編輯兼発行人)
長谷川巳之吉
 
《編輯後記》  ★この号の論説欄は、最近のもつともストレイキングな事象として、凡[あら]ゆるペリオヂクル[periodical 定期刊行物、雑誌]の興味をさらつた三つの問題の焦点を、明確に把握することができた。即ち、アメリカの金融恐慌と、熱河戦後の支那政局と、三陸地方災害の性質と発展性との、この中心的な題目は最も変貌の激しい現象だけに、ペリオヂクルな魅力も亦極めて強力であつた。〔…〕
★本誌独特のヂレツタンチズムは益々その精彩を放つて、太田黒氏の噴火異聞にまづ「現実の神秘」を如実ならしめ、生形氏の「ヨーヨー」の起源と変遷を叙述するに至つて、この号の特種的エツセエとして独歩する観がある。〔…〕
★また小説に井伏氏病間の近作を得、春の示威たる独立展に福沢氏のヴイルッオオゾ
[virtuoso]なクリテイクを得たが、これら芸文の製作さへも、極めて現実的な迫力をもつ所に、旺盛な生命力の発現を感ぜずには居られない。
★さて、セルパンも来号を以て二周年を迎へるわけだが、その飛躍の跡をかへりみるまでもなく、編輯者の意図が奈辺にあるかは明かであらう。ただ謂ふ所の撮要的に明快に事象の核心を掴み、学芸といへどもそれが文化現象であるかぎり、文化主義的な批判に堪へねばならぬとする、あくまでも実生活に即した編輯の方針も、今後一二号にして、より積極的に読者諸氏に働きかけることができようかと考へてゐる。(三浦)
・井伏鱒二「父親」

主な執筆者
土田杏村/宇野浩二/中山省三郎/野口米次郎/太田黒元雄
 
 1933.5

井伏鱒二
「不幸の速力」
『マツダ新報』
昭和8年5月号
 東京電気株式会社
 
 
《編輯後記に代へて》 ◇銀座の飾窓を覗いて見ると、もうすつかり初夏のに変つて居る。ネクタイの色を見ても、薄物ばかりが心地よげに陳列されてすがすがしい。/銀座の柳も緑が深くなつて来た。銀ブラの人々の歩みにも、軽やかさがあらわれて居る。〔…〕
◇巻頭京都帝大の武田五一博士の「建築と照明」は、先生が建築家の立場より照明を観察されたもので、光は建築自体から出させるのが建築本来の建前であつて、次第に照明器具は姿を没して建築化照明の採用となり、それが更に進んで蛍光照明なる形式に転向することを述べて居られるが、これは研究を要する点であらうと思ふ。〔…〕
◇〔…〕浅草観音堂の照明は二百五十年来の伝統を破り蝋燭の代りに電灯の光を採用されたことは、仏閣照明界のエポツクを作つたものと云へやう。
 
・井伏鱒二「不幸の速力」

主な執筆者
武田五一/菊池幸次郎/青柳健一/佐々木久三郎/小西彦麿/桂文男
 
 1933.5

井伏鱒二
「故人に関する記」
『文芸首都』
昭和8年5月号
 文学クオタリイ社
(編輯兼発行人)
保高徳蔵
 
《編輯後記》 本誌も毎月発展の跡を印しつゝ第五号を出すことが出来た。/宇野浩二、谷崎精二、井伏鱒二、阿部知二、舟木重信、林芙美子諸氏の優れた原稿を頂戴することが出来た以外に、上司小剣、川端康成、龍胆寺雄諸氏の興味の深い日記を寄稿して下すつたことは、本誌の誇であると共に寄稿家諸氏に深甚の感謝を捧げるものである。〔…〕 ・井伏鱒二「故人に関する記」 

主な執筆者
宇野浩二/谷崎精二/阿部知二/舟木重信/林芙美子/上司小剣/川端康成/龍胆寺雄/福田清人/武野藤介/逸見広
  1933.6

井伏鱒二
「鸚鵡の籠」
『サンデー毎日』
夏季特別号
昭和8年6月10日号

大阪毎日新聞社 
 
《編輯後記》 ◇……わが「サンデー毎日」の特別号は、皆さんも御承知のとほり躍進また躍進、前回なぞは好評たちまち売切れといふ盛況ぶりを呈し、今や雑誌界の流行児となつてしまひました。この気運に感激してこんどの夏季特別号は一だんと内容の充実と編輯の工夫とに力をそゝぎました。〔…〕
◇……次には前回の「やくざコント」の時代味を逆に大にモダンがかつて「コント二重奏」という新形式、しかも「男読むべからず」、「女読むべからず」と銘打つて男女の対抗戦陣をしいた新趣向。たゞ読者を釣る編輯者の術策とのみ思つてはいけない、いかに男対女の関係に微妙なる種々相があるかをはつきり把握して下さい。
◇……作家陣は特異性のある作家を物色して、それぞれの畑に思ひ切つて手腕を揮つてもらひました。どれ一つとしてお気に召さぬものはあり得ないと思ひます。〔…〕
 
・井伏鱒二「鸚鵡の籠」

主な執筆者
矢田津世子/大田洋子/林芙美子/楢崎勤/浅原六朗/久野豊彦/サトウ・ハチロー/片岡知恵蔵
 
 1933.7

井伏鱒二
「ユキコ」
『文芸春秋』
昭和8年7号
文芸春秋社
(編輯)
菊池寬
 
《編輯後記》 〔…〕◇鳩山対滝川の個人的抗争は漸次円周を拡大して、全インテリゲンチヤの沈黙を不気味にせしむる状勢にまで転進した。官立大学の防衛はリベラリズムの旗色思想検討の自由のバリケードに聳立せんとする最後適応戦であり揺ぐ象牙の塔からの積極的砲列である。学園はブルジヨア国家統制の現段階と如何に反目し如何なる進路を目ざして自己の運命を決戦せんとするか。更に、文部の威圧に、フアシズムの背景を想定するとせば、そは如何なる客観状勢によるか、非常時政策の硬化は、かくして如何に深化して行くか、等々。〔…〕
◇佐野、鍋山両氏の獄中よりせられた転向声明の委細書、こゝにその全文を公開し得ることは、我等の幸福とするところ。この声明書が呼びかくる強大さは、合法非合法を問はず、無産者解放運動に携はるものすべてに浸透し、深刻な反響に報はるゝはいふ迄もない。〔…〕
 
・井伏鱒二「ユキコ」

主な執筆者
石井光次郎/戸坂潤/河合良成/伊藤正徳/大森義太郎/住谷悦治/唐木順三/佐野学/鍋山貞親/飯島正/中河与一/今日出海/芹沢光治良/龍胆寺雄

 
 1933.8

井伏鱒二
「刀についての覚書」
 
『若草』
昭和8年8月号
 宝文館 
《編輯後記》 ★何にしても、型破りの今年の暑さである。七月に入ると毎日二十何度と、三十度近いところを往来して、ノー・ネクタイに腕をまくし上げても、一寸しのぎ切れない今日この頃。日射病が出たり、おまけに天然痘が猖獗したりして……、さういへば、佐野、鍋山の転向、京大の争議、それからレヴユーの争議等々、どうも型破りのことが多い。〔…〕
★創作欄も、ダレ勝ちな八月号に適しからぬ豪華絢爛さ。林氏の中篇愈佳境に入り、久しぶりの藤沢氏の「林檎」微笑むべく、井伏氏の風格嘉すべく、楢崎氏「薔薇」名花の芳香、深田氏「水脈」純情愛すべく、鈴木氏の機知学ぶべし。〔…〕
★京大事件は今尚紛争の渦中に在る。いづれが正しいかは、具眼の士にそれぞれの批判があらう。われわれは学生諸君の主張を正当に聴くベク、記者を特派した。諸君の三読を要請する。〔…〕
 
・井伏鱒二「刀についての覚書」

主な執筆者
藤沢桓夫/楢崎勤/深田久弥/林芙美子/荻原井泉水/清沢洌/サトウ・ハチロー/園池公功/竹久夢二
 
1933.10

井伏鱒二
「夏日舟遊」
 
『行動』
創刊号
昭和8年10月号
 紀伊国屋出版部
(編輯兼発行人)
豊田三郎
 
《編輯後記》 ○今、僕達は喜びと抱負を持つ。十月創刊号を宣言して以来仕事が非常に円滑に弾力的に進行した喜びがそれだ。これは恐らく、ジエネレエシヨンの要求が僕達を助け、鞭撻してゐるからだと信じる。この信仰によつて僕達の喜びは二重になる。それから抱負だ。文学全般にわたつて綜合的に新時代の進出機関でありたいこと、また今まで他の分野に奪ひ去られてゐた大衆をまた文学の手に取り返す意図とである。そしてまたこゝでもさふいふ気運が動いてゐるといふ観察によつて僕達はこの抱負に拍車をかけられる。
○創刊号では僕達は全体の意図の最初の鋤を試みたにすぎない。併しこゝに示された角度が、広い開拓を望んでゐることだけは明らかだと思ふ。僕達の眺望は長い時と広闊な空間に拡がつてゐる。
○僕達は確実さにも欠けてゐない。最初の頁から最後の頁にまで確実さといふ一本の心棒が入つてゐる。真の新らしさに確実性を与へるために、古い基礎の研究も忘れてゐない。森鷗外論がこれを代表してゐる。近時明治文学の再検討が盛になりつゝあるが、これは単なる回顧趣味のためでなく、新らしい文学展開の一手段として新時代の批評家に取りあげられるとき、殊更意義ふかきものがあらう。若い時代は欧米の新文学と常に手を携へてすゝむ。僕達はそのリーダー達を決して忘れてはゐない。
○何といつても僕達の希つて止まないのは、この雑誌から直接間接にわが国の新らしい有力な文学が生まれてくることなのだ。即ち若い時代に呼かけて、彼等の文学運動援助することに外ならぬ。
 
・井伏鱒二「夏日舟遊」

主な執筆者
西脇順三郎/谷川徹三/河上徹太郎/雅川滉/保田与重郎/堀辰雄/永井龍男/岡田三郎/阿部知二/春山行夫/井汲清治/室生犀星/楢崎勤/阪本越郎/舟橋聖一
 
1933.10

井伏鱒二
「田園記」
 
『文学界』
創刊号
昭和8年10月号
 文化公論社 
《編輯後記》 ○本誌発刊の計画は、とんとん拍子に捗つた。同人も忽ち志を同じうして集つた。経営者田中直樹氏の献身的な努力も約束された。時あたかも、文学復興の萌しあり、文学雑誌叢出の観あり、尚のこと本誌は注視の的となつたが、私達はこの時流を喜び、それを本誌によつて正しく発展させようとすると同時に、また時流とは別個の私達の立場も守らうとする。本誌に就て種々の関心をお示し下さつた方は、しばらく本誌の文学活動を静観願ひたい。
○創刊号は本誌の立前上、執筆条件の自由な力作主義をとり、せゝこましい編輯技巧を避けたが、準備期間の不足と、同人銘々の支障とで、田中氏が数日絶食を続けて奔走されたにかゝはらず、同人の力作を揃へることが出来なかつた事は残念であつた。〔…〕
○時評の河上氏、随筆感想の諸氏、私達の尊敬する人々が、門出の創刊号を飾つて下さつたのは、感謝に堪えない。三好氏の「バルザツクに就て」は連載される。同人分担の作品評は、他に川端の同人雑誌評が加はる筈のところ、筆者身辺の支障のため書けなかつた。作品評は次号にこの形式をとるかどうか、未定である。尚編輯方針も創刊号の形を続けるとは限らない。追々と満足に近い雑誌がつくれると思ふし、同人の熱意も紙面に一層溢れて来るだらう。尚創刊号は林、深田、川端が当番ではあつたが、皆が働いた。〔…〕(川端康成)
・井伏鱒二「田園記」

主な執筆者
宇野浩二/武田麟太郎/川端康成/古木鉄太郎/阿蘇弘/堀田昇一/林房雄/横光利一/仲町貞子/豊島与志雄/三好十郎/小林秀雄/河上徹太郎/深田久弥
 
1933.11

井伏鱒二
「或る部落の話」
 『中央公論』
昭和8年11月号
 中央公論社 
《編輯後記》 ★暖を払ひ、涼を齎[もた]らす秋雨がつゞいた後、今朝は底深い青空である。心静かに物思ふべき中秋になつた。
★五相会議が開かれてゐる。この会議が如何なる結果を見るかは、国民の斉しく注目する所であらう。今後展開される国策の根本は、茲
[ここ]に打ち立てられようとしてゐるのである。この際、馬場恒吾氏の「高橋是清論」は是非一読されたい。是は従来の馬場氏の人物評論に更に一色を加へた好論文だと思ふ。「非常時を担ふ高橋蔵相論」と正しく標題すべきだらう。
★どの新聞を見ても、紙面の持つ調子が、近頃は大抵同じである。一つの事柄に対しての論評とか取扱ひに個々の味を持つてこそ新聞の個性はある。近頃はそれが、どれも大体一様である。非常時風景とでも称すべきか。本号に於て伊藤正徳氏は、この吾等の疑問を疑問として十分に考察されてゐる。「金の経済学」の著者猪俣氏の論文と共に必読されたいものの一つである。〔…〕
・井伏鱒二「或る部落の話」

主な執筆者
猪俣津南雄/向坂逸郎/伊藤正徳/有沢広巳/馬場恒吾/千葉雄次郎/藤原銀次郎/市島春城/正宗白鳥/加藤勘十/岡倉由三郎/平林たい子/相馬泰三/阿部慎之助/上司小剣/貴司山治
 
  1933.11

井伏鱒二
「私自身の問題」
 『人物評論』
昭和8年11月号
 人物評論社
《編輯後記》 〔…〕◇「思想界検察録」は、今度は血腥い現実から少し遠ざかつて社会主義運動の発芽期に鍬を入れた。今日のやうな時代がつゞく限り、この種の記事が諸君の眼にふれる機会は段々少くなるだらうから、せめて本誌だけでもその欠を補つて行きたい。この方面の有益で興味ある逸話に通じてをられる方は、ぜひ投稿して頂きたい。
◇「プロ文化運動の危機」に際して、当事者の山田
[清三郎]、亀井[勝一郎]両氏を中心に、各方面の意見を集めた。〔…〕
◇つぎに「文化技術家の生活問題」も、刻下のインテリ一般にとつての大問題である。執筆者諸氏の言葉は今後この方面にスタートしようとする人々の見逃すべからざるものである。〔…〕
・井伏鱒二「私自身の問題」(文化技術家の生活問題)

主な執筆者
鈴木安蔵/山田清三郎/亀井勝一郎/三好十郎/丸山定夫/塚原健二郎/新田潤/外村繁
 
1933.12

井伏鱒二
「いかさま病院」
 
 『文芸』
昭和8年12月号
 改造社 
《編輯室》 創刊号の「文芸」はすばらしい売行きで第五刷を出すに至つた。先づ日本雑誌界では類のないことです。本誌は読者の身になり、血になり、品性に耀きを加へ、心の糧となるものをつくりたいのです。雑駁な面白、可笑しの原稿で数十万の読者を獲得したとて、それが何になる。人間として、民族としてさうしたことは恥ぢなければならぬ筈です。
 我々の行き方は地道である。しかし乍
[なが]ら我々の期待と努力がさうした深い、大きいところに出発してゐることを諒としてもらひたい。〔…〕
   
・井伏鱒二「いかさま病院」

主な執筆者
正宗白鳥/武田麟太郎/梶井基次郎/川端康成/藤原定/矢田津世子/小林秀雄/横光利一/吉村冬彦/河上徹太郎/直木三十五/深田久弥
 
 1934.1

井伏鱒二
「月並みな生活」
 『文芸通信』
昭和9年1月号
 文芸春秋社 
《編輯後記》 ◇全文壇人待望の一九三四年は来た。純文学は果して復興するか? 総てが白紙で作家の活躍に委せられてゐる。此処十年に見ざりしチヤンスが如何に展開されるかは、ひとしく我々の期待であり、興味である。〔…〕
◇「作家感想」として集められた片岡鉄兵、川端康成、佐佐木茂索、雅川滉、北林逸馬氏等は、端的な文章の中に各々の近況を語つてあまさぬものがある。
◇井伏鱒二、深田久弥、湊邦三、浜本浩、中野実氏の「出世作を出す迄」はいかにも新春らしい特輯記事と自負するもの。〔…〕
◇最近文学論の中心となつてゐるジツド・プルウスト・ヴアレリイについては特に篤学な中島健蔵氏が筆を執られた。〔…〕
・井伏鱒二「月並みな生活」

主な執筆者
片岡鉄兵/川端康成/雅川滉/佐佐木茂索/中島健蔵/千葉亀雄/白井喬二/深田久弥/浜本浩
 
  1934.2

井伏鱒二
「喪章のついてゐる心懐」
 『行動』
昭和9年2月号
 紀伊国屋出版部  
《編輯後記》 ○果して新年号は非常な好評を受けたやうで喜んでゐる次第であるが、本年は一層馬力をかけ文学のために尽したい心算であり、新文学作家たちの完成や強力な新人の誕生を助けたいものである。今積雪のしたにうづもれてゐる奉拝とした新気運が、春の万象と一緒に押へることの出来ない繁茂への意欲によつて具象化されるのを切に期待してゐる。漸く文学復興の叫が批判され、反省されてゐる今、尚更にその感が深いのである。何としてもこの気運がそのまゝ実を結ばずに消えて了[しま]ふことは、文壇のために惜しくて堪らないことである。殊に待望されてゐる次に来る作家たちにとつては今日が最も恵まれた環境となつてゐるので、かうした雰囲気はいつまでも保存したく、また無駄に費やされたくない。この点本誌は熱心にこの雰囲気を支持するものである。〔…〕(T)  ・井伏鱒二「喪章のついてゐる心懐」

主な執筆者
中村武羅夫/唐木順三/一戸努/田村泰次郎/小林秀雄/武田麟太郎/吉田甲子太郎/舟橋聖一/百田宗治/今日出海/安西冬衛/西脇順三郎/松永定/豊田三郎/林芙美子
 
  1934.3

井伏鱒二
「青ヶ島大概記」
 
『中央公論』
昭和9年3月号

中央公論社
 
《編輯後記》 〔…〕× 今や世界は挙げて動揺の禍中に呻吟し、その去就に迷ふ秋[とき]、吾が論壇の雄、森戸氏は久方振りにその俊鋭なる論鋒をもつて目下流行のフアシズムを爆撃し、社会主義思想の発展を堂々と論断す。フランスに起つた大騒擾事件を批判する平氏、世界の金本位の危機を論ずる有沢教授、イタリーから「フアシズムの本質」をとくムツソリニ氏、及び欧米を遊歴した高橋氏の帰朝論文、更に矢部、清水氏の両新人を得て、吾が論壇の堅陣を誇る。
× 創作欄に於ては、細田氏が愛弟の情死を題材とする堂々百六十枚の長篇を始め、川端、井伏両氏の力作を揃へ、更に木村氏の大衆小説を加へて本号を飾る。〔…〕
× 目下衆議院に於ては、二十一億の膨大な予算が、政民両党の圧倒的支持の下に、何らの正しい批判も検討もなく通過した。この総予算は、何れは国民の頭上へ課せられる深甚なる結果をもつてゐる。かゝる予算が如何なる構成の下に、吾々の負担になるかを、今日こそ検討せねばならない。吾々はこゝに財政学界の権威阿部教授を煩はし、「非常時財政読本」として、読者に贈り得た苦心を諒とされ、これが「財政学」大衆化の一助ともなれば幸ひである。〔…〕
 
・井伏鱒二「青ヶ島大概記」

主な執筆者
森戸辰男/ムッソリーニ/清水幾太郎/矢部貞二/有沢広巳/原奎一郞/正宗白鳥/式場隆三郎/鈴木茂三郎/谷崎潤一郎/岩渕辰雄/川端康成/細田民樹
 
 1934.3

井伏鱒二
「講習実記」
 
 『文芸』
昭和9年3月号

 改造社 
《編輯室》 このごろ知識階級の人々には「文芸」がなくてはならぬ必須品となつた。汽車の中、電車の中、大学等々、どこでも「文芸」を見ないところはない。特に女性読者の激増は驚異的事実だ。婦人雑誌より「文芸」へ――この時代が来たのかも知れない。〔…〕
 本号では巨匠スタンダアルの研究を特輯した。「生きた、書いた、恋した」と書いた文豪の全貌を、二人の権威によつて紹介した。
 漱石の快作「坊つちゃん」くらゐ日本人士から愛読された作品はないであらう。それを取り上げて正宗、中村、辰野諸氏の明快な論断は、きびきびしてゐて気持が好い。〔…〕
 
・井伏鱒二「講習実記」

主な執筆者
佐藤春夫/張赫宙に/阿部ツヤコ/エンゲルス/林芙美子/桑原武夫/阿部次郎/正宗白鳥/中村正常/辰野隆/藤沢恒夫/藤森成吉
 
 1934.3

井伏鱒二
「披露会席上」
 
『若草』
昭和9年3月号
宝文館 
《編輯後記》 〔…〕私達の「若草」も、三月のやうな或は梅の花のやうな、虔[つつま]しく清らかな雑誌でありたいと願つてゐる。桃李物不言――などゝ超俗ぶる意志はないけれど、併し、それ以上に自らを誇り叫ぶことは絶対につゝしみたいと願つてゐる。「若草」は来るべき日の希望だ。虔しく内に蔵せられた力だ。だが、それが花咲き沸騰する時が至るならば、――「若き文化人」のための唯一の雑誌と誇称してゐる「若草」は、常にさういつた信念の下に作られねばならないと深く私は信じてゐる。/「若草」は男性の雑誌かそれとも女性の雑誌か――初対面の人に、私はよくさう訊かれる。〔…〕私達のメヤスはいつも最も叡智的な「若き文化人」にある。男性たると女性たるとは少しも問ふところではない。また私達は性別によつて才能に差異を認めるほど無知ではあり野蛮ではあり得ないのだ。従つて芸術を中心としての一般文化問題に、私達は触手を伸してトピツクを捉へる。そしてそれは常に緊急であり、然も清純であることを要件としてゐる。〔…〕 ・井伏鱒二「披露会席上」

主な執筆者
土田杏村/今日出海/芹沢光治良/杉山平助/清沢洌/光吉夏弥/板倉鞆音/町田嘉章/五所平之助/高田保/木村毅
 
  1934.6

井伏鱒二
「住職出京のこと」
『早稲田文学』
昭和9年6月号
早稲田文学社 
《編輯後記》 △売れた、売れた。創刊号は羽根が生えた様に飛んで行つた。早稲田付近の本屋では発売当日の午後にもう完全に売切れてしまひ、大売捌店にもないので発行所へ取りに来た。発行所にも相当部数を用意して置いたのだが、追駈け追駈け注文が来るので、直きにこれ又品切れになつてしまつた。八分の期待と二分の危惧を抱いてゐた編輯者はひどく嬉しかつた。〔…〕
△扨
[さ]て本号も大体予定通りの原稿を集める事が出来た。木村、白柳、正宗、木下その他の諸氏に厚くお礼を申上げる。制作欄も井伏、下村、榊山、それから新進の丹羽、寺崎諸氏の作をそり揃へる事が出来たのを嬉しく思ふ。〔…〕
・井伏鱒二「住職出京のこと」

主な執筆者
木村毅/岡沢秀虎/正宗白鳥/木下尚江/室生犀星/細田民樹/坪内士行/白柳秀湖/葛西善蔵/谷崎精二/寺崎浩/丹羽文雄/下村千秋/榊山潤
 
  1934.9

井伏鱒二
「りべるて座」
『中央公論』
昭和9年9月号
中央公論社 
《編輯後記》 *国際的情勢が一層多事多難なる秋、斎藤大使は日米親善の鍵が何処にあるかを語り、近衛公はアメリカ全州を巡りし印象記を、イタリーから帰朝せる松島大使は、中欧の危機を論ぜらる、国際危局を控へての此等の論文には、国民をして耳を傾けしむるに充分なものがあらう。
*戦争の危機を控へて、戦争インフレが如何なる条件の下に行はれるか、有沢氏の「戦争と銀行」は本号の巻頭を飾る。末川氏の「司法刷新論」其他伊藤、荒木、嘉治氏等の時を得た論文は、初秋の論断を飾るに相応しいものだ。
*当代探偵小説界の第一人者、江戸川氏は、本誌のため苦心数ヶ年、始めて百二十枚の堂々たる画期的大作を物された。名づけて「柘榴」、これこそ筆者自身が久方振りの力作と自負される問題のもの、先月号に於て、永井氏の「ひかげの花」が一大波紋を与へ、本号又この大作を得て、吾々の意気は激昂する。/創作は正宗氏の力篇を始め、井伏、宇野、久保田氏の佳品を得て、初秋文壇の健在を誇る。〔…〕
・井伏鱒二「りべるて座」

主な執筆者
有沢広巳/向坂逸郎/末川博/山河均/美濃部達吉/大山郁夫/馬場恒吾/大森義太郎/近衛文麿/吉村冬彦/内田百閒/横光利一/正宗白鳥/宇野千代/久保田万太郎/江戸川乱歩
 
  1934.11

井伏鱒二
「車中所見」
 
『レツェンゾ』
昭和9年11月号
紀伊国屋書店
レツェンゾ編輯部
(編輯兼発行人)
田辺茂一
 
《編輯後記》 ☆編輯後記などといふものはあつてもなくてもいいと云ふ癖に無ければないやうで淋しいみたいだし、人によると、目次なんかろくろく見ようとせぬうちにいきなり編輯後記なる頁を拡げて、「ふん此処の編輯者つてアタマ悪いね。」てなことを云ふ。何も、これで博士論文を書いてゐるつもりではないのだから、そこのところを解つて貰ひたいデス。〔…〕
☆スポーツ、音楽、映画、美術等々の秋もやうやく去つて、冬のお支度です。読書の季節ですね。スキー、スケート、ホツケー、ラグビーと冬には冬の野外が諸君を待つてゐるが、やはりなんと云つても外出は渋りがちになるやうです。そこで、少誌も及ばずながら、読書子のお喜びになるやうなプランを建てたわけですが。内容については喋々を要さぬ堂々たる陣容と自信をつけてをります。〔…〕
・井伏鱒二「車中所見」

主な執筆者
生江孝之/茅野蕭々/深尾須磨子/新居格/衣巻省三/大江賢次/賀川豊彦/番匠谷英一/十返一
 
 1934.11

井伏鱒二
「文学生活と今日(僕と文学)」
 
『文芸首都』
昭和9年11月号
 黎明社
(編輯人)
保高徳蔵
 
《編輯後記》 〔…〕本欄の創作欄は、東京日々に新人として中篇を書いた矢ヶ部至、同人誌「海豹」に好短篇を発表せる木山捷平、同じく「作家群」の主宰者打木村治等の新人諸氏の他に、本紙の創作欄に三回入選し、本誌より推薦の資格を得た末常芳郎氏の作品を以て飾ることが出来た。/マキシムゴリキーの「アントン・チエホフの思ひ出」は川崎備寛氏の訳で、ソヴヰエート文壇の大家が、旧ロシアの名作家を如何に観察し、如何に懐しんでゐるかを見る最もよき文章である。文芸時評は古谷綱武氏にお願ひし、その他、伊藤整、山本和夫、加藤信也諸氏の評論、感想を頂戴することが出来た。/井伏鱒二氏の「文学生活と今日」は、同氏の文学生活に於ける態度を語る好個の感想文である。〔…〕  ・井伏鱒二「文学生活と今日(僕と文学)」

主な執筆者
木山捷平/古谷綱武/伊藤整/村野四郎/矢崎弾/保高徳蔵/林芙美子/窪田空穂
 
 1934.11

井伏鱒二
「的場カクコ(5)」
 
『若草』
昭和9年11月号
宝文館
 
《編輯後記》 *世を挙げて非常時を叫び、文字通り非常時に明け、非常時に暮れた一九三四年が、今、蒼惶として立ち去らんとしてゐる。/思へば今年位多事多難な年はなかつた。政治に外交に社会に等々あらゆる層に渉つて余りにも深刻な世相を表し、人心その帰趨に迷ふかの如き観があつた。その一九三四年が今逝かうとしてゐる。何時も乍[なが]ら多少の感慨なきを得ない。が、併し、今更こゝじ過去一歳の繰言を喋々するも詮なき事。きれいさつぱり総てを忘れ、総てを黙して、諸君と共に光栄ある新春の曙光を迎へたいと思ふ。〔…〕
*〔…〕六ヶ月に渡つて諸君の熱読を博した井伏氏の中篇『的場カクコ』及び矢崎氏の『純文学の興亡図』小松氏の『コレツト論』春山氏の『同人雑誌評』も本号をもつて惜しくも完結を見た。四氏並鈴木画伯の涙ぐましき努力と、諸君の心からなる協力を深謝するものである。
・井伏鱒二「的場カクコ(5)」

主な執筆者
矢崎弾/小松清/春山行夫/清沢洌/北村寿夫舟橋聖一
 1934.12

井伏鱒二
「頓生菩提」
『改造』
昭和9年12月号
改造社 
《編輯だより》 ×天寒にして地痩せた東北六県の凶作は聞けば聞くほど深刻なものがある。/×本社は山川均氏に東北に出張してもらつて具さにその実際を踏査してもらつた。蘊蓄深く、識見秀抜な氏の目に触れるものは決して概念的なものでなく、浅膚な表面的なものではない。本質的に深く根本的に彼等飢餓農民の生活を透視した視察報告中野最大最深のものだ。/×その他本号論説欄には、政界の雄尾崎咢堂、論壇の権威美濃部博士が轡[くつわ]を並べて、堂々の陣を張つてをる。全く本年度掉尾の偉観である。/×マルクス経済学研究の第一人者櫛田民蔵氏君逝く、年齢僅か五十。氏の業績、大内兵衛、権田保之助の両友によりて検討さる。蓋[けだ]しその人を得たるもの。/×政党凋落の鐘がしきりに鳴る、若槻総裁辞して後釜に町田老出渋る。去るものも、来るものも皆、来るべき総選挙の資金に怖気がついてをるらしい。〔…〕/×〔…〕新鋭平田小六、井伏鱒二、石坂洋次郎氏等力篇を寄せて平生の新年号を威圧する創作欄とすることが出来たのは嬉しいことだ。〔…〕  ・井伏鱒二「頓生菩提」

主な執筆者
美濃部達吉/鈴木茂三郎/青野季吉/土屋喬雄/長岡半太郎/尾崎咢堂/松岡洋右/阿部真之助/内田良平/平林たい子/山川均/大内兵衛/北原白秋/子母沢寬/久米正雄/岡本綺堂/杉山平助/鈴木信太郎/菊池寬/山本有三/石坂洋次郎/里見弴
 
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