批判以前の問題

明治図書出版刊「教育科学・国語教育」34(1961.10)掲載---
(<特集「教材研究とその批評」>に、【研究】として、三土忠良「解説文『愛鳥週間に』」、鈴木勝「狂言『狐塚』をめぐって」、および【批評】として、熊谷孝「批評以前の問題」、滑川道夫「学級に即した指導計画の目標で」が掲載された。)


   三土氏の報告について

 ひじょうに手がたい「研究」なんだ、と思います。研究の進め方に関しては――であります。
 ところが、三土氏は報告の文章で損をしておられる、と思うのです。
 そっちょくにいって、文意のつかめない(或いはつかみにくい)センテンスが、そこここに散らばっている。かえりみて他を言うみたいなことになりますが、少し書きとばしすぎたんじゃないか、という感じです。
 その一例ですが、こころみに、結び二つのセンテンスを読み返してみてください。
 ――「新しく受けもった子ども達が、教科書をただ、漢字をおぼえ、意味しらべの材料にし、何が書かれていたか、ぼんやりつかむ、今までのくせをなおし、なにが、どこに、どう、どうして、それから(そこで)……教科書の文章にせまっていく読みの方法を少しずつ身につけるようにとねがって、そのひとあしは、教師の読む姿勢から出発するのだといった立場を、もっと明らかにしたいのである。」
 ――「そして子ども達と教師の相互に読みあい読みを深める教室で、教科書が、すばらしく役にたつような教材へのとっくみを国語科では、うんとねらっていきたいものだと思っている。」
 難解です。報告者が、ここで語ろうとしているのは、多分こういうことなんだろう――という推測がこちらに成り立つまでには、二回、三回と読み返してみなくてはなりません。文の構成に少し無理がありそうです。
 前の文についていうと、このセンテンスは、二つか三つの文に分けないと無理なんじゃないでしょうか。後の方のセンテンスは、反対にもう少しコトバを補って、文そのものを組み立てなおさないと――。ともあれ、この儘では、主述対応関係やエレメント相互の対応関係がつかみにくいのです。
 瑣末なことですが、「子供達と教師 相互に読みあい読みを深める教室で」というようなところも、ケースをはっきりおさえて、「子ども達と教師 …」というふうに書いてくださると、通りがいい。
 「教科書 、すばらしく役にたつような 教材へのとっくみ」という個所なども、たとえば、「教科書 フルにいかして使えるように、教科書の教材への真剣なとりくみを」とでも書いてくださると、ずっと通りがよくなるように思うのです。
 また、たとえば、「教師の読む姿勢から出発するのだといった立場を、もっと明らかにしたいもの」だ、という「立場」ですが、それが(1)「新しく受けもった子ども達」を前にした《わたし》という教師の立場をさすのか、それとも(2)教師というもの全般の立場を意味しているのか、つかめないのです。これは、何べん読み返してみても、ついにわかりかねる、というほかありません。したがって、「立場を、明らかにしたい」というのですが、どういう立場を、だれに向って明らかにしたいのか、どうもその辺のところがハッキリしません。
 立場?……むしろ、自覚 とか自意識 あるいは考え考え方 というような意味なのでしょうか。
 「明らかにしたい」というのは、だからしてそういう自覚なり考え方なりを「教師全体のものにしたい」というような意味なのでありましょうか。ともあれ、憶測の域を出ません。
 その他、いくつか同様のことが指摘されますが、たとえば《文意識》の項(九二ページの上段から中段へかけて)の表現部分などです。
 ――「同じように……その理由が鳥類のへったことにあることがわかったので、……日本で言えば東京の銀座通りに当たるにぎやかな町通りに、かもやかもめがむれているのは、日本人には思いもよらない、心のあたたまる光景であった。ヘルシンキの例のつかみかたも工夫がいりそうだから。これらを頭に入れなたら(下略)」
 どうか、怒らないで聞いてください。報告者がここで何を言おうとしておられるのか、僕には意味がとれないのです。「であった」という個所に傍点を添えたのなども、そこの表現を教室で問題にしよう、という心づもりを示すものなのでしょうか。いろいろ考えてみたのですが、結局つかめない。つかみようがないのです。
 また、たとえば
 ――「この図に続いて、ヨーロッパでも のコトバ、そこで初めて、やっかいな事実は、どこの話だろうなどと疑問にかわる。」(九三頁の上段)
 という文なども、ひどく難解です。「ヨーロッパでも のコトバ、そこで初めて」――こういう文章をつきつけて、意のあるところを汲みとれ、といっても無理だと思うのです。僕がいうのは、文章(文章表現)の上手・下手ではありません。正確さの問題なのです。

 大へんぶしつけなことを口にしてしまいましたが、要するに――すこし書きとばしすぎたんじゃないか、ということです。そのために、文意のはっきりしない個所が出来てしまった、というまでのことです。
 ただ、この欄を担当する僕としては、文意がはっきりつかめないことには、仕事の進めようがないわけです。報告の趣旨を取り違えて批評したのでは、批評が批評にならない――ということがあって、困ってしまうのです。ご一考いただけたら、と思います。

 しかし、これは最初に指摘しておいたように、手がたい研究であります。三土氏のこの報告は、その辺でよく見かけるような、指導書の記載を焼直したも同然の、ただの作文とは違います。それは、ご自身、新しく担当された学級の子どもたちをどう指導するか、という、現実的で具体的な指導プランと結びついた、実践的な教材研究なのであります。
 「国語」の授業といえば、それは「漢字おぼえ」か「意味しらべ」をやる時間だ、と思いこんでしまっているような、学級の子どもたち。「わからないことを聞くと、コトバ(単語・熟語?)を問題にし、文に目をつけない欠点」を露呈する、教室の子どもたち。
 そういう子どもたちを相手に、一体どういう指導のプログラムを組んだらいいのか?――という点に、氏の教材研究の出発点があるようです。三土氏の研究の手がたさは、おそらく、氏ご自身のこうした実践的情熱と結びついて、そこにもたらされているように思われます。三土氏の国語教室における直接の課題は、子どもたちの今までのくせをなおす」ことであります。
 氏による、この《くせをなおす》作業のプログラム(1)「ふりがなでよくつまずく学級のマイナス面を考えに入れた」語法意識をふかめる指導を一方で行なうと同時に、(2)文意識や文章意識を身についたものにしていく指導を行なう、という道筋をたどって組み立てられていっています。
 で、そういうふうに授業を進めていくことの中で、そこに《書く》作業や《話し合い》の作業を伴なわせ、子どもたちにのびのびと活動できる場を用意しようとするわけです。それと同時に、一方では教師が中心になって、「では」とか「でも」というようなコトバに子どもたちの注意を向けさせることで、また、そこにあらかじめ用意しておいた一連の問いを投げかけることで、彼らの表現理解の壁になっているものをとり去ってやろう、というわけです。ゆきとどいた指導プランであり、手がたい教材のおさえ方だと思うのです。

 もっとも、その教材のおさえ方に、僕として多少の疑問がないわけではありません。その一つは、教材の選択についてであります。
 この文章は、三土氏のいわれるように、「ある事実に対し、よりわかりやすく説明をしながら意見も折りこんでいく形」の文章であります。それこそ愛鳥週間というような折に、タイムリーに新聞などに掲載されてこそ強くアピールするものもある、というふうな性質の文章ではないか、と思うのです。しかしそれが教科書に載ったのでは、ただの「解説」文です。それは、少なくとも、子どもたちが前のめりになって先を読みたくなるような内容のものではないでありましょう。ところで、いま、三土学級の子どもたちに必要なのは、放っておいても先が読みたくなるような文章(教材)ではないか、と思われるのです。
 で、この教材を扱うにしても、丹念に起承転結を追った指導をこころみるより、見た目はさらっと流したような扱いのほうが、かえって効果がありそうな気もするのです。《くせをなおす》という目的からいってなのでありますが。
 また、この教材に八時間もの時間を配当するのでしたら、もっと感動的な、子どもの心にしみ入るような表現(内容)の文章を補助教材に使って読んで聞かせる、というような配慮も必要になってきそうです。
 もう一つの疑点は、設問(発問)に関してであります。こういう発問に対しては、生徒はきっとこういう反応を示すだろう。そうしたら次には、こういうふうに問いかけて、こんなふうに答えさせる――という方式の設問の用意の仕方に対しては、氏の用意がそれとして寸分のスキのないものであればあるほど、一種の不安が伴なうのです。
 子どもたちの反応の仕方を予想することは必要です。が、こちらが予想し予定した順序どおりに問答を進行させようとすることには無理があります。教師は、むしろ、子どもたちの答えのなかに、自分の気づかなかったような問題の指摘がありはしないか、とその発言に耳傾けるのが普通だと思うのですが。
 妄言多謝。

   鈴木氏の報告にふれて

 古典教材を扱う以上、教師自身の準備として、まずこの程度の勉強は必要だ――という意味での、鈴木氏の研究報告のようです。また、そういう意味をもたせて読んでみることで生きてくる、これはすぐれた報告なんだ、と思います。
 教材として読むまえに、それをまず作品として読む(?)ことの必要を、僕も痛感します。一にも二にも教えるために読む、という教師くさい構えを抑えて、普通の文学の読者として作品を楽しんで読む、ということです。そのことが、かえって、作品に対するゆがみない教材観をそこに準備することにもなるのだ、と思います。鈴木氏の報告の意図も、おそらくその辺のところにあろうか、と思われます。
 が、それにしても、氏の報告では生徒の影があまりに薄い。生徒が後景にしりぞきすぎている。それを一口にいって、『狐塚』というこの作品の山場を、(作品の表現にそくして)生徒にどうつかませていこうというのか、また、生徒たちの反応をどう生かして表現理解を深めさせようというのか――そういう点が明らかでないのです。
 つまり、作品の構成がそこに説明されてはいるのだが、その構成を生徒たちにつかませていく指導の手順と結びついた形では、不十分にしか説明されていないことになるのです。この点はこうおさえて指導することで、問題点を浮かび上らせようとか、この個所の表現は(たとえば、そこに見られる笑いの構造というような問題は)それを本質的な問題につなげて理解させることはむずかしいから、その点は子どもたちの反応をみたうえで、ともかく方向的にズレのない理解にみちびく努力をしようとか――そうした点にふれるところが少ないのです。《教材》研究としては、そこがウィーク・ポイントになっているのではないか、と思います。

 が、しかし、氏の報告には、古典教材を扱うさいの基本的問題が、『狐塚』というこの作品にそくして、かなり徹底的に追求されているように思われます。とくに、するどい追求をみせているのは《教材批判》と《教材の選択》の面についてであります。(1)狂言を教材として扱う場合には、翻訳ではなくて原文を与えなくてはいけないこと、(2)その原文は、作品ほんらいの姿を示したテキストに拠る必要のあること、etc.
 (1)の趣旨には、僕も賛成です。古典教材・劇教材を扱うさいに、視聴覚教具・教材を活用するようにしたい、という鈴木氏の提案は、また同時に僕の年来の主張でもあります。それを活用することで、《むずかしい》ものが《やさしく》もなるのであります。遠い世界のことと思っていたものが、身近なものに感じられるようにもなるのであります。
 ただ、「狂言のような古典」の原文を、「一年生から多く与えるべき」かどうか、というような点については、僕自身に答えるだけの用意がありません。 つまり、鈴木氏がそこに意図しておられるような、狂言の本質にせまった指導の実現を期待してということなら、むしろ三年生あたりになってからでないと無理がありはしないか、というような気もするのです。また、それの語感を自然と身についたものにしていく、というような目的であれば、むろん、一年生のうちから「多くあたえる」ほうがいい、ということになるかもしれません。
 そこで結局、氏のいわれるように、理解の大まかな方向だけはおさえるようにして、あとはごく無理のない形で、一年生のうちから原文になじませるようにしむけていく、というあたりが妥当なところかもしれません。
 (2)の面についても、原則的には提案に賛成ですし、話題を『狐塚』に限定していえば、大蔵虎寛本を採ることにむろん賛成です。(原則的には云々、といったのは、作品によっては、古い形のものが必ずしも健康であるとか、すぐれているとは限らないからです。)で、ともかく、この二つのテキストのどちらを主教材として選ぶにせよ、双方の表現をそこに対比させて考えさせる、という指導が(どういう時期においてか)行なわれていいように思うのです。理由は、鈴木氏が報告のなかで語ってくれています。

 これは鈴木氏への反問ですが、鎌倉猿楽の《笑い》が、名主的な優越感の笑いと農民の卑屈な笑いとの二重構造の笑いであった、という指摘ですが、その根拠はどういうところにあるのでしょうか?
 鈴木氏にしたがって、主人を名主、太郎冠者を「農民をふくむ下人」というふうに見立てるとすれば、虎寛本『狐塚』に見られる名主と農民の関係は、支配階級と被支配階級との対立を示すようなものではありません。お互いに五分五分になって言い合いもするし、持ちつ持たれつという一面もあるようです。……というわけで、笑いの二重構造というのがわからなくなってくるのですが。
 氏は、名主を支配階級としておさえて考えておられるようですが、この時期の畿内農村の在地の名主を一義的に反民衆的な存在としてつかむことが正しいのか、どうか。ことは教材としての『狐塚』の扱い方にも関係してくるようです。いっそうの研さんを願ってやみません。
(国立音楽大学教授)
熊谷孝 人と学問熊谷孝 昭和10年代(1935-1944)著作より熊谷孝 昭和20年代(1945-1954)著作より熊谷孝 1955〜1964(昭和30年代)著作より