最近の文学教育書三冊 いずれも貴重な問題を提起    熊谷 孝

「図書新聞」 1958年12月6日号掲載---
 この二か月ほどのあいだに、文学教育関係のすぐれた業績が、共著や合著のかたちで、あいついで刊行された。国分一太郎他著『新しい児童像と教育』、西尾実他著『文学による人間形成』、熊沢竜他編『文学教育』(「国語教育のための国語講座」8)などである。


   道徳化への批判 『新しい児童像と教育』

 もっとも、『新しい児童像と教育』は、題名が示すように、文学教育プロパアの課題を追求したものではない。が、現場の文学教育活動がそのことへの関心をぬきにしては成りたちえないところの児童観の問題を、主として児童文学や児童の作文にそくして扱っているのである。
 国分氏の《新しい児童像への課題》をトップに、古田足日他五氏が文学・歴史教育等々の側面から多角的に問題をさぐっている。「なんでもかんでも道徳化したがる、このごろの風潮」への批判が、この本全体をつらぬく背骨となっている。


   実験的な試み 『文学による人間形成』

 『文学による人間形成』の企画は、めあたらしい。いくつかの児童文学作品をそれぞれに分担して、教室で扱ってみた結果を、当事者の小学校の先生が報告し、さらにその報告をめぐって作家や評論家が意見をのべる、という実験的な試みである。教師が自分の教室の実体にそくして作品を選ぶのではなく、編集企画者の割当にしたがって「実践記録を書くため」に実験的に実践をおこなう、という点に、いささかムリが感じられるが、しかしこうした試みは大事に育てたい。


   学術的労作 『文学教育』

 この本が、いわば現場教師と児童文学者との交流を意図した、すぐれた試みであるのに対して『文学教育』は、国語学者と国文学者との協力になる貴重な学術的労作である。
 そこに意図されているのは、「学問と教育現場との結びつき」であり、「文学と言語との関連についての問題解決のための一つのより所」の提示(序文)である。
 《文学における言語》《国語学と国文学》《文学教育と国語学》《文体論》《古典教育》《解釈の理論と方法》の各項にわたって、森岡健二他六氏が正面から理論的・実証的に課題を追求していっている。
 「現段階においての、こうした問題に対する研究の一つの水準を示していると言えるのではないか」と編者は自負しているが(序文)、掲載論文個々の論旨に対する賛否は別として、一貫して読みごたえがある。
 とりわけ、時枝誠記氏の言語過程説の矛盾をついた、高木市之助氏の論文は、現場の国語教育・文学教育に文芸学的根拠を提供するものとして注目にあたいする。(筆者=国立音楽大学教授・国文学専攻)

熊谷孝 人と学問熊谷孝 昭和10年代(1935-1944)著作より熊谷孝 昭和20年代(1945-1954)著作より熊谷孝 1955〜1964(昭和30年代)著作より