エリザベート・カミユ『愛と怖れ』
  病的な“恋文集” 出版社の意図に疑問         (無署名)
                

「朝日新聞」1955年3月7日号掲載---
(「朝日新聞」の「読書」欄・囲み記事「みんなが読んで」に無署名で掲載された。)
 この本は、こんどの大戦末期に胸を病んで死んだ若いフランスの女性の、愛人にあてた手紙と日記を収録した哀悼の書だ。療養のために美術学校を中退した二十歳のエリザベートは、転地先で同病のイーヴを知り、恋におちる。そして死に至るまでの三年たらず、愛人に対するそのときどきの狂おしいまでの思いをかきつづったものだ。作家を志していたというだけに、表情「朝日新聞」1955.3.7の豊かな、こまかい筆づかいに多くの人は魅せられよう。二人とも病人で週一回、それも三十分しかいっしょにいることは許されなかった。だからどこをあけてもすばらしい空想にあふれている。死がせまるころの悲しみは心にしみる。ラブレターを集めただけのものさ、といってしまえない何かが、若い人たちを読者にしているのだろう。しかし、この本を読みあった三人の女子学生(東京都、森村学園・文学専攻科在学)の意見はきびしかった。
 「たしかに文章は陰影もあり繊細ですし、自分を見つめるきびしい目も感じられます。でも、この手紙が書かれたのは戦争のさなかのことでしょう? いくら病院に隔離されていたとはいえ、いっさい恋愛とか愛欲とかの私的な感情に限られているのはおかしなことです」(山際雅子・19歳)
 「上手なつづり方です。この若い心のありかた、は不健康です。私たちの、いま悩み苦しんでいる本当の意味の若さが、ここにはありません。すべては病気のせいなのでしょうか。自分に甘えているだけで、きびしさといったものも感じられない。私の心は動きませんでした」(磯野清子・19歳)
 「短い生命を、はげしい恋愛一つにかけたエリザベートの姿にうたれる―とほめる人がいましたし、また多くいるでしょう。が、私は否定的です。サガンの『悲しみよ、こんにちは』を読んだときにも感じたのですが、社会解放をともなわない性の解放がどんなに有害かということを考えました。このはげしい恋は文字通り病的ですし、彼女は毒されているとさえ思います。これを“人間性の真実の流露”と訳者は見ているらしいのですが、私にはむしろむしばまれた姿がみにくく見えただけでした。ですから、この本を若い女性への贈りものにしようとする出版社の意図も疑問です」(服部典子・21歳)(江上照彦訳・中央公論社・二二〇円)

熊谷孝 人と学問熊谷孝 昭和10年代(1935-1944)著作より熊谷孝 昭和20年代(1945-1954)著作より熊谷孝 1955〜1964(昭和30年代)著作より