文学と教育 ミニ事典 |
●ダイナミック・イメージ/芸術の原点 | |
○ ダイナミック・イメージ――それが彼女(シュザンヌ・ランガー Susanne K. Langer)の与えた、芸術の原点の名称である。 ダイナミック・イメージ――それは、相手がダンスだから、おどり だからということでの命名では、むろんない。造型されたイメージとしての芸術形象(芸術作品)が、ジャンルのいかんを問わず、共通に示している認識性格が(ただのイメージではなくて)ダイナミックな(動的な)イメージによる認識である、という意味だろう。(…) そこで、ランガーによれば、舞踊を舞踊たらしめている何かが、一般に芸術を芸術たらしめているもの――すなわち芸術の原点だ、ということになるのである。その何かを欠いたものは非芸術であって芸術ではない、ということになるわけなのだ。そういう彼女の論理が論理として正しいかどうかは、プレ・ヒストリー(先史時代)の段階の芸術についてはまったく無知なわたしにはわからない。わたしとして言えることは、日常性との相互関係の中に芸術性――芸術の原点への模索を続けていわたし自身が、そこにおぼろげに探り当てた問題の方向性との間に、ある一致がある、ということだけだ。〔1973年、熊谷孝著『芸術の論理』p.36-37〕 ○ 典型――それこそ、最も鮮明で具体的なイメージ、形象である。S.K.ランガーが“ダイナミック・イメージ”と呼んだもの(…)の実質的な内容も、ここに言うこの典型のことであろう。 もっとも、ランガーの言う“ダイナミック・イメージ”という、このイメージ概念それ自体は、、〈未来のさき取り〉という実践的な発想を欠いている。概念それ自体としては、だからフォアビルト(典型)という思考の形式(=概念)につながっていかない。そこへは結びつかないで、ビルト(形象)としての芸術現象・芸術作品の説明に終始してしまっている。 (…) その概念自体は“典型”を志向していないのである。典型(フォアビルト)としての形象(ビルト)の認識と表現という実践的な機能におけるイメージ体験というふうには、その“ダイナミック・イメージ”の概念はつかまれていないのである。言い換えれば、そのエンジョイメントとともに必然的に与えられる、さき取りされた未来の創造的発見という典型の認識に関する自覚・自意識が、この“ダイナミック・イメージ”の概念には欠けているのである。 そこで、エンジョイするとかエンジョイメントというところがその終着駅に位置づけて考えられている点が、おそらくランガーの芸術認識論の限界――観念的限界――だ、ということになるだろう。が、しかし、結果的にはといったらいいか現実の事実としてはと言ったらいいのか、その認識論は、典型の認識としての芸術的認識(芸術体験)の重要な諸側面、重要なそのさまざまなアスペクトにみごとな照明を与えている。みごとな、そして美しい照明である。それは、的確で鮮明だから“美しい”という意味の美しさである。(…)であるからして、わたしとしては、“ダイナミック・イメージ”というこの概念を“典型”概念へつなげてつかみ直すことで、より効果的な概念として操作することを思うのである。 “ダイナミック・イメージ”――美しい言葉の響きである。芸術現象、芸術体験を説明する概念(=思考形式)を託す言葉として、ほかにこれ以上適切な言葉をわたしは知らない。概念内包を組み替えてこの言葉の使用を――と考える理由である。 (…) で、(そういう概念のつかみ直しの上に立ってのこの言葉の使用ということになるが)ダイナミック・イメージの造型ということ以外のことを芸術家が考えるのは、まったくよけいなことだと思う。典型へのリサーチとアプローチにおけるイメージ(ダイナミック・イメージ)の造型。――そのことが芸術家としての唯一の実践、芸術的実践だからである。〔1973年、熊谷孝著『芸術の論理』p.131-135〕 ○ 編集部 作家中心の芸術論から脱け出ようとしている点が、ランガーの芸術論の一つの特徴になる、と取っていいわけですか? 熊谷 ……だと思いますよ。その点、学説史的にはその後から出てくる格好の生哲学や実存哲学の芸術家中心の芸術論に比べて、ある新しさを持っているわけですね。彼女自身は意識面では、新カント派の学統につながっている研究者(…)しかし、彼女の場合、作家中心、芸術家中心の考えかたから脱却しているということが、芸術史の方法的構想というところへは結びついて行かないのですね、どうしても……。そういう彼女の芸術認識論的な限界というのは、“ダイナミック・イメージ”という彼女の概念(=思考の形式)が“典型”概念にどうしてもつながって行かないことと、大いに関係があるんでしょうね(…)。“典型”というのは、時間という概念そして歴史という概念が下敷きにないと出て来ない、わく 組みの概念でしょうからね。〔1973年、熊谷孝著『芸術の論理』p.183-184〕 |
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〔関連項目〕 ○形象 ○典型 ○芸術家(作家)の任務 |
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