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2006年文教研秋季集会のご案内

文教研秋季集会は11月19日(日)午後1:00より川崎・武蔵小杉中小企業婦人会館で開催されます。
どなたにもご参加いただける公開研究集会です。---

  

  
 《統一テーマ》
      
   
我慢にも限度があるケストナー『消え失せた密画』を読み合う


 今回も昨年につづきケストナー作品をとりあげ、『消え失せた密画』(1935年刊)を読み合います。
 文教研秋季集会は1988年の『飛ぶ教室』以来、毎回ケストナーの作品をとりあげてきました。
 『点子ちゃんとアントン』『エーミールと探偵たち』『エーミールと三人のふたご』『わたしが子どもだったころ』『動物会議』、再び『飛ぶ教室』とつづけ、昨年は『雪の中の三人男』(1934年刊)でした。この作品と『消え失せた密画』、そして『一杯の珈琲から』(1938年刊)を合わせてユーモア娯楽小説三部作などといっている人がいます。しかし、『雪の中の三人男』を読み合う中で、この作品はナチス政権下ユーモア小説という形をとることによって、見えないもの・失ってはならない大切なものを見つめた作品だ、単なるユーモア小説ではないということがはっきりしてきました。

 現代も、不安や恐怖感を煽る政治、政治を批判しないマスメディア、伝えるべきことを伝えず、内容が幼稚化するテレビなどで現実が見えにくくされています。しかし、だからこそユーモア精神・喜劇精神によってわたしたちの日常を掴み直し、何が真実かを見極めていく必要があるのではないか。そのような思いで三部作といわれる作品のひとつ『消え失せた密画』をとりあげることにしました。
 この時期ケストナーはドイツ国内では作品出版不許可という状況にあり、『消え失せた密画』はスイスで出版されました。この作品は気のいい肉屋の親方の冒険話です。
 ケストナーはナチス権力奪取後も亡命しないで歴史の証人になろうとドイツにとどまり、知恵を凝らして創作を続けました。そのケストナーの眼で今の日本を考え合いたいと思います。


  
集会要項 

ゼミナール》ケストナー『消え失せた密画』の印象の追跡                                                   
日 時 2006年11月19日(日) p.m.1:00~6:00受付 12:30~)

会 場 武蔵小杉中小企業婦人会館 ミーティング・ホール(3階)
          〒211-0004 神奈川県川崎市中原区新丸子東3-473-2
          TEL. 044-422-2525
             ○東急東横線・目黒線 武蔵小杉駅南口下車 徒歩1分
              (横浜方面に向かって左側へガードをくぐる)
             ○JR南武線 武蔵小杉駅下車 徒歩4分

              (東横線連絡口・連絡通路を通って南口へ)
                                      会場周辺地図
テキスト
  エーリヒ・ケストナー『消え失せた密画』 (小松太郎訳 創元推理文庫)
  

       ※テキストはご持参下さい。
       ※参考文献:
         文学教育研究者集団編『ケストナー文学への探検地図』(こうち書房)
         「文学と教育」 №184,185-6(合併号),№187,188-9(合併号),№190,191,194,197~204


参加費 一般 2,000円  学生 1,000円

申込み手続き 申込み用紙(振込用紙を兼ねる)に必要事項を記入し、参加費を郵便局でお振込みください。
        ※申込用紙は下記事務局にご連絡いただければお送りします。  

申込み締切り 11月10日

問い合わせ、および申込み先 
    

  
 -----------多くの方のご参加をお待ちしています。-----------

秋季集会の歩み秋季集会呼びかけ2005年集会参加者の声2005年集会Nさんの集会報告ケストナーとどう取り組んできたか

*我慢にも限度がある∥オスカル ・ キュルツ氏の場合
〔……〕
「急にどうも、やりきれなくなっちまいましてね」
 キュルツ氏はこう言って告白した。
「土曜の晩でしたよ。どうしてだか自分にもわからんです。店じゃみんな忙しかったです。わっしゃあ裏へ行って、屠殺所からアルトドイチュ・ソーセージを一本とって来ようと思って屠殺所の窓の前に立ちどまったです。二番職人が挽肉器
(ひきにくき)で牛肉を挽いとったです。うちでは挽肉がばかによけい出ますでね。へえ。するてえと、歌いつぐみが一羽啼きゃがったです」
 キュルツはこう言って、藪
(やぶ)のような口髭を撫でた。
「歌いつぐみのせいでもなかったでしょうがね、ふいとわっしの生涯が胸に浮んできたです。まるで神さまがボタンでも押したようにですな。いままでの三十年間の、犢
(こうし)の腿肉(ももにく)や、ファンシー・ハム、羊の腿肉や豚の肢(あし)の野郎が、何百ポンドって目方でわっしの胸にのしかかって来たです。それで、わっしゃあ急になんだか、こう息ができなくなっちまったです!」 
 キュルツは考えこむように、こう言って、葉巻の煙を吹いこんだ。
「わっしの生活などは、むろん、平凡なもんです。それでも、まあ、どうやら不自由なしに暮らしてきたです。<ちっとばかり金がたまったな>と思うと、、いつも子供の一人が結婚するって言いやがるです。そのうちにゃまた倅か婿かに、店を一軒買ってやらにゃならんです。そいでなきゃ、弟か、かかあのおやじがやって来て、持ってっちまうってあんべえで、自分のためにゃあまるっきり暇がねえです」
 キュルツはごま塩頭をうなだれた。
「それで、まあこんなふうなことを考えてたときに、歌いつぐみのやつが一羽啼きゃがったです。いや、お嬢さん、ずいぶん長え生涯ですよ――あっちを見ても、こっちを見ても、ソーセージの串や、冷蔵庫、まないたや、塩漬桶ばっかりですな! こいつあ豚でも我慢しませんや。ましてあんた、肉屋じゃ我慢ができねえ!」
〔……〕

 「わっしゃあ家族がかわいいですよ。稼業
(しょうばい)もかわいいですよ。ところが、それがいっぺんに、みんないやになっちまったです。わっしというソーセージの機械が、ピタリッと止まっちまったわけですな。パチッ! ショートして、それっきりになっちまったです! いったい、なんのために人間はこうして働いてばかりおらにゃならんですか? そして他人のことばかり考えておらにゃならんですか? 馬車うまみたいに、うしろも振り返らねえで、屠殺所からまっすぐ墓場へ駆けつけるためですか? 人間、だれでも、たまにゃあ自分のことを考えるですよ。このキュルツの親爺(おやじ)だけが考えちゃならんちゅう理屈はねえでしょう?」
 キュルツは頭をゆすぶった。
 「歌いつぐみが啼かねえように、警察令で禁止すりゃええだ。そうすりゃええです、そうすりゃあ、いや、しかし、こいつはわっしの領分じゃねえ。 〔……〕 」
 ( 『消え失せた密画』 20~22頁)



◆◆
〔……〕
 青年(シトルーフェ)はおとぎ話をつづけた。
 「悪党たちはある計画を建てました。それはなかなかうまい計画でした。なぜならその計画は、非常にしっかりした土台の上に建てられたからでした。かれらは正直者のだまされやすい性質を、うまく利用しようとしたのでした。〔……〕
そうして彼は正直者でしたから、みんなの並々ならぬ厚意に対して、涙を流さんばかりに感激したのでした」

 シトルーフェ氏は一休みした。
 キュルツは前屈みになって、腰をかけていた。顔はまっ赤になり、膝には握りしめた拳固がハンマーのように据えられていた。
「おとぎ話はここまでです」
 シトルーッフェはこう言って、
「しかし、まだ、おしまいになったわけじゃありません」
 キュルツ氏は立ち上がって、
「いや、おとぎ話は終わったです!」
 キュルツはステッキを握ると、ものも言わず、重い足を階段にむかって運び出した。
 若いふたり(シトルーフェとイレーネ)は、前屈みになった巨大な老人の後姿を呆然と見送った。
「どこへいらっしゃるの?」
 イレーネ・トリュープナーは心配そうに訊いた。
「車室へ行くです!」
「車室へ行ってどうするんです?」と、シトルーフェが訊いた。
「片をつけるです!」
 老人はそう言って、
「悪党どもを殴り殺してやるです。平手でひっぱたいて。離して下さい!」
「いけませんよ!」

〔……〕
「ものにゃ限度があるです」
 キュルツは唸って、
「限度のねえのはただ、わっしのバカさかげんです」
〔……〕

( 『消え失せた密画』 123~126頁)

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