![]() 2005年文教研秋季集会が11月13日(日)午後、東京・三軒茶屋の三茶しゃれなあど で開かれました。「ケストナー作『雪の中の三人男』を読む――みんなで、大きな雪だるまを作ろうじゃないか!」という統一テーマのもと、『雪の中の三人男』(創元推理文庫)の検討を行いました。終了後、アンケートに応えて、多くの感想が参加した方々から寄せられました。以下はその一部です。 (2005.11.28) |
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![]() ありがとうございました。(N.S.さん、小学校教員 女性) |
![]() 人間のもつ残酷さ、現実がイメージ豊かに表現されていると思いました。また、再読したく思います。(O.K.さん、中学校教員 男性) |
![]() 本日は、ありがとうございました。(F.S.さん、中学校教員 男性) |
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![]() また、最初の部分から時代が読みとれる、というのは考えていなかったので、すごくおどろいた。他のケストナーの本のはじめも読みなおしてみたいと思う。( I.D.さん、高校生 男性) |
![]() 「宣伝は戦争です。百万人の頭を征服することです。この頭を占領地帯にすることです。」――変な表現だと思う。宣伝が「たたかい」だと言うなら分かるが、なぜ「戦争」なのだろう。なぜ宣伝が大量殺戮なのだろう。なぜ宣伝と大量殺戮が結びつくのだろう。一人の善良な青年がなぜこんな仰々しい野心的な戦略を抱いたのだろう。 p.222の「おい、おいぼれの少年? ハッハ、楽しいなあ、人生は!」というフリッツの言葉も気になる。どうすればこんな言い方ができるのだろう。親しき仲にも礼儀、ということがある。ユーモアにしても乱暴すぎると思う。 こだわると作品全体のイメージが狂ってしまう箇所がこの小説にはたくさんある。(K.N.さん、男性) |
![]() 人間を見かけどおりに解釈しないことの方が難しく、またそういう人はまれなのだが、トーブラーとハーゲドルンという人物は、“見かけどおりに解釈しない”ことのできる、まれな人物であった。 以上のことが、今回、私が考えたことである。この小説の背景にはいろいろなイメージが重なりあっているということを知り、とても興味深かった。(S.Y. さん、女性) |
![]() 作品が書かれた時のドイツの状況と作者の立場を考えると、文章の中の一つひとつに重要な作者からのメッセージが刷り込まれているのがわかりました。チューターや、発言者からも、そのメッセージをくみ取ろうとする話が提供され、考える上で参考になりました。 私にとって重要なことは、読み込むことを学ぶということです。今回ばかりのことではないですが、文章を読み感じるだけではなく、考えること、そして考えたことを人の前で話し、討論する機会をつくっていただいたことを感謝します。 「マルバツ社会」や「PC万能社会」といわれる今の時代だからこそ、考えることのたいせつさとおもしろさをもっとみつけていきたいと思っています。(M.K.さん、会社員 女性) |
![]() 大量の情報を、右から左へ流して、漫然と生活してしまいがちな日常で、文教研のこの集会はとても貴重です。ケストナーの「笑い」の精神を忘れたくないと思います。また、ともすれば(ドイツ人的、日本的、ナチス的に)生真面目な市民として流されて自分は生きてるのではないかと、反省する機会にもなりました。 どうもありがとうございました。(S.K. さん、女性) |
![]() 今年の秋季集会『雪の中の三人男』、年齢問わず、男性・女性から様々なご意見・感想がとびかい、“一冊の本を皆で読みこみ、その感動をわかち合う、楽しさ”を体験することができました。約5時間かけてたっぷりと文教研ワールドを満喫することができて、うれしかったです。 来年が今から待ち遠しいです。(H.H. さん、会社員 女性) |
![]() 最近は、いわゆる名作に目を通すことがなく、新書版等で安直に知識を吸収することに流れていました。折角ケストナーという作家を知ったので、今日の読み方を参考にし、読んでみたいと思いました。(無名さん) |
![]() 例会で必ずしも充分に掘り下げられなかった(と思われる)ことを、自分の責任で整理して発表するということは、自分の勉強にはなりますが、少々余裕がなさすぎる気もします。集団として歩みが速すぎるのか、私の脚力が衰えたのか――。 ともかく、最低の分担課題だけはやり終えた、と思うことにして、暫く、他の仕事に時間を割くことにします。 ありがとうございました。 (H.M. さん、高等学校教員 男性、話題提供者の立場から) |
アンケートにご協力いただき、ありがとうございました。 |
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