抜書き帖 言葉・文学・文学教育・その他
  
  「頑固っていうのはあまりいいことじゃないね」 (見出しは当サイトで付けました。)
 

山田洋次

『特集:山田洋次インタビュー』より

=「読書魂 vol.13」 2002.3.3

――作曲とか映像をそれぞれの専門家に頼むときに、監督はイメージを強く持たれているのか、それともその人に任しているのですか。

 うん、監督によって違うし、場面によっても違うんじゃないのかな。黒澤明みたいな人は、こういう絵を描きたいと言って、色まで塗ってる
。それは、彼の仕事のスタイルであってね、そうじゃない監督もいっぱいいる。例えば僕の場合、このショットはこんなイメージがあるんだよと、そういう言い方をするときもある。「空が真っ青じゃなきゃいけなくて、林があって、木立がまだみんな枯れ葉でね、その木立越しに向こうの遠い山が見えたりしてるんだよな。その手前で俳優の寅さんが焚き火にあたってる。で、近所のお婆さんと喋ってる。そんなイメージが俺にはあるんだよ。」そのくらいのこと言う場合もあるよね。だからそんな場所をなんとか探してるうちに、あっ、こっちのほうがいいやってこともあるよ。つまりそれは……

――いい意味で期待を裏切られるみたいな。

 そうそう、山間の谷の迫ったような場所であったり、山のないもっと広々とした場所であったり、ここだってちゃんと成り立つじゃないか、いやこっちのほうがいいかもしれない、というふうに、その時どれだけ自分の頭を切り替えていけるかってことだよな。いつまでもひとつのイメージにこだわって、そこから抜けられない人もあんまり才能のある人とは思えない。そういうのは個性じゃないという気がするよ。いいものがあったらすぐに、あっ、そっちのほうがいいって言える人じゃなきゃダメなんだ。だから頑固っていうのはあまりいいことじゃないね。頑固だから個性があるっていうふうに思われがちだけども、そうじゃないんじゃないかな。
 
◇ひとこと◇ このインタビューの聞き手は私立高校三年の「読書係」の生徒たち。はじめにイメージがあり、そのイメージに見合ったロケ地を探していくうち、最初に抱いたイメージはしばしば変更を迫られ新しいイメージに作り替えられていく、という。山田監督の、あの観客を魅了してやまない映像も、そうした絶えざる「印象の追跡」の過程を経て産み出されてくるものなのだろう。自らの固定したイメージ・観念で対象をねじ伏せるのではなく、対象との対話を通じて自他を変革していこうとするこの姿勢は、文学の読みの、あるべき姿にも、そのまま通じるものであるにちがいない。(2002.3.9 T)

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