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ホモ・エコノミクスではなく、ホモ・サピエンスとして(見出しは当サイトで付けました。) |
神野直彦 『人間回復の経済学』より = 岩波新書 2002.5= |
(生活をより人間的にする使命) 新しいいのちの誕生には、誰もが感動する。けなげな小さないのちの誕生それ自体が、人間にとってよろこびであり、幸福となる。 いのちの誕生に包まれる幸福感は、ただちに生きる使命感を喚起する。この子のいのちを守るために、生きなければならない。もちろん、種族維持本能をもつ生物であるかぎり、親は子の生存を守ろうとする。しかし、意識をそなえた人間は、子どもの将来の幸福を願って、未来を意識的に構想することができる。 この子がやがて眼にするであろう人間の住む街並を、文化と伝統にいろどられた豊かな生活空間につくり変えておこう。この子がやがて感動するであろう、四季の木洩れ日に映える美しい自然環境を整えておこう。そしてなによりも、この子がやがて人を愛し、人に愛されるような人間性にあふれた社会を築いておこう。そうした使命感に駆り立てられて、人間は未来を構想していくことができる。 フランスの哲学者ジャン・ギドンの言葉に似せて表現すれば、もしかりに今夜この世が終わりを告げようとも、人間は明日のために今日をすごさなければならない。人間は未来を構想し、未来を創造できるからである。 (未来に絶望する日本) しかし、悲しいことに、人々はいま、人間が構想すべき対象である未来に絶望している。小さないのちが誕生するたびに、夢と希望に胸を熱くし、未来への使命感に奮い立つのではなく、不安と恐怖におびえている。この小さないのちが幸福にあふれた生涯を歩むのではなく、耐えがたい艱難辛苦に押しつぶされてしまうと信じざるをえなくなっているからである。 日本の社会は明らかに未来に絶望している。子どもの世代が自分たちの世代より不幸になると考えている人が、日本では七〇%にも達している。 (中略) (人間のめざす未来を創造する) 未来をあきらめてはならない。人間は未来を構想し、創造することができる。もちろん、栄華をきわめたソロモンでさえ慨嘆したように、人生は短く、多くの限界に突き当たらざるをえない。人間の能力には限界がある。自然の創造主は人間ではない。しかも、人間は内なる自然としての生理現象に支配される。 しかし、人間は経済人ではない。人間は知恵のある人であることを忘れてはならない。人間の未来を神の見えざる手にゆだねるのではなく、知恵のある人としての人間が、人間のめざす未来を創造しなければならない。 そうした未来を創造するには、人間が個人として知恵を出すよりも、協力して知恵を出しあったほうが実現性が高いに決まっている。人間が協力して知恵をしぼれば、未来を人間が創造できるはずである。(p.181-187) |
◇ひとこと◇ 人間は利己心に基づいて行動する「経済人(ホモ・エコノミクス)」である、というのは経済学における理論的仮説であって、それ以外ではない。にもかかわらず、いつのまにか人間は「経済人」として生きなければならないという行動規範に仕立て上げられてしまっている。しかもそれこそグローバルスタンダード、とみなされかねない時代の潮流に対し、著者ははっきりと異議を唱え、人間が「ホモ・サピエンス(知性人、叡智人)」にほかならないことをあらためて強調する。そしてその原点に立ち、いま日本の「構造改革」がどの方向にカジを切り直すべきかを専門の次元で提言する。第51回文教研全国集会の基調報告の中で S 氏は明快な「新自由主義」批判の書としてこの『人間回復の経済学』に触れた。近代主義を超える「個」のありようを考える上でも、私たちはここから多くの手がかりを得ることができるだろう。神野直彦(じんの・なおひこ)氏は東京大学経済学部・大学院経済学研究科教授。専攻は財政学。(2002.8.19 T) |
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