正木信一・国字問題に寄せて (<学芸特輯>前文)      熊谷 孝
   「法政大学新聞」91(1939.1.5)掲載
  〔学芸特輯〕
国語国字の問題が現下学界を賑はしてゐる今日、中学二年の一生徒が、この問題について卓抜な論文を脱稿した、われわれは敢
[あへ]て「綴り方教室」の豊田正子を生み出し、その恐しい天才児の出現を興味の目を以て眺めジヤーナリズムに酷使しやうとは思はない、極めて良心的な編輯方針の下に真摯な学究を紹介することはわれわれの誇りであり喜びである、指導者熊谷孝氏は本学国文科出身にて現在法政中学教諭であるがこの論文は全部正木君の創意に基くものである

先日、本学附属の中学校三年の作文教室で、山本有三、高倉てる両氏の国字論をデーターとして質疑応答を行つた後「国語・国字問題批判」を生徒に課題した。正木君の論文は、この論題の下に集められた百数十篇の作文中、最もすぐれたものの一つである。中学生が目下緊急に解決を迫られているこの問題を、どう観てゐるかを知ることは文化人に取つて甚だ興味あることであらう    
 
 熊谷孝 人と学問熊谷孝 昭和10年代(1935-1944)著作より
 
 【資料】
           
      国字問題に寄せて    正木信一
 
    国字問題発生の必然性法政大学新聞 1939.1.5

 現在日本の国字として採用されてゐるものは、幸か不幸か一種類ではない。大別して漢字と仮名の二つ、更にその仮名が又片仮名と平仮名とあるのだから、結局我々は此種の文字を所有してゐることになる。
 同じ言語をこんなにいくつもの文字を以て書きあらはしてゐるところから、山本有三氏がその著「戦争と二人の婦人」の「あとがき」に謂ふ所の「非文明な文章」も生れる事になるのであり、国語・国字の統一・単純化といふことが、茲に大きな問題として大方の論理の対象とせられることに至つた訳でもあつた。
 大分前の話だが、この問題に関して林髞氏が、東京日日新聞
(八月二十三日―二十六日)に発表して居られた。今それを瞥見しながら少しく偏見を開陳して見たい。
  文字はもともと[後の「もと」は繰返し記号]言語を表現する道具なのだから、あくまで「ことば」が主でなければならない、言葉があつての文字であつて、文字が出来てから言葉がつくられたのではない、従つて文章といふものは口で喋る通りに書くのが本体である。そして又一番自然である。古代の日本人が発音通りに文を書いたことは、今日の文化人に較べて遥かにすすんだ考へを持つてゐたといふべきである。
 「綴方読本」を見ると、地方の小学生の一作品中に出て来る方言訛語の類は対話以外の部分だけでも相当な数にのぼつてゐる、無論学年が進むにつれて少くはなつてゐるが、皆無といふのは少ないやうである、殆ど完全な標準語で育てられてゐる筈の東京の児童でさへ、決して教室で読む通りの、国定読本にある通りの言葉ばかりでは書いてゐない、しかもその彼らのグループに特有な言葉が又それらの文に非常な生気をそへ、読者をチャームしてゐるのである。
 これ等は一体何を意味するものであらうか、実に話す通りに書くといふことが人間の本能だからなのである。一番自然だからなのである。いくら標準語を教へられても、話す言葉には打勝つことができないからなのである。斯様に、話す言葉といふものがいかに強い力を持つてゐるかといふことは、この一事に(てら)
して見ても明かである。

   林髞氏の国字論への批判

 然るにかゝる事実をどう見たものか、或ひは全く気がつかないのか。 
 国語をよくするにはどうしても書く言葉の方から話す言葉を豊かにしてゆかねばならない
といふ林氏には、遺憾ながら賛成することはできない。
 なるほど国語をよくするといふことは、我々にとつて(ゆるが)せにすべからざる緊急事である、そのためには言葉を豊富にすることも確に必要なことの一つであらう、併しながら現在の話す言葉と書く言葉との懸隔は明かにこれを実現するには余りにも大きすぎる。
 漢字がその大部分を埋めてゐる文章にルビがなかつたら一般の大衆が見向きもしないであらうことは請合である。それを何(ゆえ)世の文人墨客達は音標文字なしでは読めないやうな文章を書きたがるのだらう。大衆は難しい文字や言葉の並んでゐるものと自分との間には大きなクリークの存在することを想像してゐるのである。林氏は「好きな小説と好きな■
[一字不明、「読」カ]とが書かれた言葉ほど人を支配するものはない」といふが、それが難しいものであつては■[一字不明、「恰」カ]もこのクリークをへだてた彼岸の大廈高楼を望むに等しく、好きにならうと思つてもそれに支配されるほど好きになれる道理はない筈である。さればといつて、このクリークを跳越えるなどは彼等の思ひもよらないことなのであるから、結局今ある様な文章で大衆の言葉を向上させる、豊富にするといつた所で、それは到底望み得べきことではないといふ結論に達する。これを実現させようとするならば、書く言葉や文字をもつと易しくして両者の間の溝を小さくすることが必要である。彼らに完全に跳越えるだけの自信を持たせなければならぬ。小学生の綴方にしても東京近県の児童のものには割合に方言が少い。断言することは出来ないかも知れないが、一般に東京からの距離に比例して多くなつて行く様である。これも畢竟(ひっきょう)彼等の日常の言葉と標準語との差異の多少によるものではあるまいか。

   話す言葉と書く言葉

 林氏に言はせれば筆者のいふ「話す言葉で書く」といふことも国語貧困化運動の一つにされてしまふかも知れない。だが一口に「話す言葉」といつても、その道の専門家と一般民衆とではそこに自ら幾分かの開きがある。しかしそれは話す言葉と書く言葉との(へだた)りに比較すべく余りに小さなものである。そこで文学者が彼等の話す通りに書けばそれと大衆の言葉との差異がつまり充分跳越えるだけの自信の持てる溝が、彼等の言葉を豊富にして行くことになるのである。大衆のレベルを引上げて行くことになるのである。従つて筆者は林氏の言ふ
「小説家が立派な小説をその言葉で書き、ジヤーナリストがその文章をその言葉で書きさへすれば云々」
の「その言葉」なるものが彼等の談話に用ひられる日常の言葉の意味であることを希望するものである。それは彼等の脳底に蔵せられた言葉であつてはならない。氏は更に
「私は既に述べたやうに、言葉といふものを生き物と同じものと考へてゐる。生きものは自分で生きてゆくのであつて他からその将来を予定されることは出来ない。将来を予定して、その生き物を()めてゆくといふことが果して生きものゝために上策なのであらうか、といふ問題である。……言葉は自分で生育してゆく。……
と書いてあるが、書く言葉によつて話す言葉を規定して行くといふことは、話す言葉といふ生きものの将来を予定して、その型に押込んでしまふ事にはならないのだらうか、非常に大きな矛盾の様に思はれる。
 言葉が時代の波に乗つて甚だしく変化するものであることは氏の論を待つまでもなく疑ふことの出来ぬ事実である、そして又これが書く言葉と話す言葉との間に大きな懸隔を生ぜしめた一因子である。
 昔の日本人は言語と一緒に文字も文章も同じ様に変化させてゐる。此調子で近世殊に明治維新後急激に変化した話す言葉と同時に書く言葉をも変へて行くべきだつたのである、高山樗牛はその明治時代の文学を論じた文中に次の様な事を述べてゐる
 即ち、小蔵が徳川時代の勧善懲悪主義の羈絆を脱して写実主義に移り、更に欧米思想の影響を受けて言文一致体の興つた次第を明かにした後
 言文一致体は、(やや)もすれば含蓄余情に乏しく簡浄軽妙の姿少し、円転自在は則ち之れ有りと雖も、風韻雅致は即ち未だし、加ふるに、語尾句末、常に単調に流れやすきにつれて、自ら強健奇抜の風を欠く、且通常の談話に近きを以て、品位足らずして卑近に陥り易し、是に於てか言文一致体の弊を認めたるものは、更に之を補充するに足るべき新文体の工夫に苦心せり、云々
 山本氏の言ふ「やさしい言葉でやさしい文章を書く」といふことに対して、明治時代の文学者が言文一致体に就て考へてゐた様な態度を取ることは時代錯誤も甚だしいものと言はなければならない。
 易しい言葉を使つて文章を書くといふことは、果してその文の価値を削減してしまふものかどうか。一々辞書を引つくり返さなくても済む様な芸術的文章といふものは果してないものであらうか。

   所謂国語尊重論者の逆立ち振り

 正岡子規は徒らに古語雅語を弄した陳腐な和歌俳句を斥けて、新語俗語を取入れた佳句秀歌を多く歓迎してゐる。実に偉大なる先覚者といはなければならぬ。彼が此の問題を耳にしたら何といふか。実際国語尊重の大袈裟な看板を振廻して、たゞ無暗にやゝこしい古語古字を羅列することを以てやれ国語だ、やれ文学だ、やれ芸術だなどゝ喚いてゐるのは、旧弊を踏襲する悪風の抜け切らぬものといふべく、取るに足らぬ老の繰言と思つてよからう。国語問題を云々する前に宜しく子規先生の爪の垢を探しておく必要がある。
  今まで文学といふものが一般人に、実社会から、若しくは人間生活から全然無関係なものゝ如くに考へられて来た様な傾向があるのは、一つには文章の罪でもある、文字の罪である。それらが読んでそのまゝ解釈が出来ない様な甚だしきに至つては満足に読むことすら出来ない様なものであつた為に、一般の人々にはどうしても親しみが持てなかつたからである。これからの我々は誰にもわかる芸術を造つて行かなければならない。孟子は「與白姓同楽王矣」と治国の法を説いてゐる。文学者も亦衆と倶に楽しめる文章を書くべきである。又大体難しい言葉でなくては含蓄がないとか、難しい文章でなくては芸術でないとかいふ様なことは、文章が、文字が、そして言葉が、文学者専有物であつた時代に於ては、又一般人にとつて別に読んだり書いたりすることがさして必要でなかつた時代に於ては、或はそれでも天下に通用したかも知れないが、現在では国民の全部が使用する国語である、国民の全部が必要とする国字である。国民全部に通用するものでなくてはならない。
 故に風韻雅致だの頑健奇抜だのいふことは全く第二義的な、枝葉末節ともいふべきものである。それよりももつと切実な、もつと根本的な問題として、日本人が日本語で書いた日本文が同じ日本人に読めない、意味がわからないといふ様なことでは余り情なさ過ぎる。正にこれは文明国の恥辱である。
 再び言ふ、文字は言語を表現する為の道具である、と。そして更に言語そのものは思想を表現する為の手段なのである。
 国民思想の善導といふことが文筆関係者に与へられた最大至上の責務となつた今日、言語や文字が思想表現の為の手段であり道具であることを忘れて、徒に漢儒の訓話の風を模するが如きは全くその本末向背を誤つたもので宜しく速かに之を棄てゝ正道に立ちかへるべきである。歴史を認識することは大切だが古事記が読めないからといつて直ちに非国民と責めるわけには行かず、源氏物語を知らないからといつて事務に差支へる様なこともあるまい。いや難しい文字や言葉を使つて訓話
[「詁」カ]学をやりながらでは却て能率を妨げることにならう。
 外国では僅かに二十六個の文字を学べば後はその文字をどんな順序に列べるかといふだけである。が日本の小学生はさう簡単には行かない。片仮名を知り、平仮名を覚え、その上更に又漢字といふ厄介な代物を無理やりにつめ込まれる。その漢字も日常頻繁に使ふものばかりでなく我々がいつも御無沙汰してゐるものまでいやおうなしで二重三重の骨折りを繰返させられてゐる。こんな風だから山本氏がルビを文明国の恥辱だといつたことに対して
 「これは結局漢字まじりの文章(つまりは漢字に対して)を非文明のものと考へてゐるためのやうである」
といふ様な余計な所へまで気を廻す苦労性の先生が出来上つてしまふのである。
 こゝで一こと断わつておくが、筆者はすぐさま国字をたゞ一種に限定してしまへといふものではない。今のところ所謂漢字まじり文で充分結構である。又仮名も現行の通り二種類あることも差支へない。真に実用的に、一つに単純化し得ればそれに越したことはないが、ローマ字やカナモジの一点張りにしてしまつて、漢字の特徴を全然棄てゝ顧みないといふことには反対である。尤もこれは現段階においての話であつて、ローマ字に統一すべきだといふことは自ら別問題である。筆者は、(むし)ろゆくゆく[後の「ゆく」は繰返し記号]国字をローマ字に統一すべきだと考へるものなのである。

   文化と言語

 さて林氏は言ふ
 「ことばは実用の立場からよりも、はるかに、文化の立場から考へなければいけない」
と。これによつて憶測するに、氏は文化と実用との二つをかけはなれたものゝ様に考へてゐるらしい。とんでもないことである。実用を無視した文化にどれほどの価値があるか。科学文明といふものはプラクチカルである時に始めて真の文化といへるのであつて、然らざる場合はそれは単なる装飾文化に過ぎないものである。確かに一儲け出来る筈のとらぬ狸が、実際につかまへて見るとうまく筋書通り小判に化けてくれないといふことは、世上我々の常に見聞するところである。いくら小判になる筈だと頑張って見ても、ならなければ何とも致し方がない。この皮算用は見事に失敗である。と同様に如何に筋の通った、一応尤もらしい理屈も役に立たなければ何の価値もない。生活して行く上に利益があればこそ、そこに文化のありがた味があるのである。それが単に言語や狸位で済んでゐるうちはまだいゝが、医者がこんなことになつたら一大事である。「この病気はこの薬でなほる筈だ」と机上の空論を一席並べたてた揚句の果に「患者のいのちは保証できぬが、実用より文化の方が大切だ」これではもう手がつけられない。命がいくつあつても足りなくなつてしまふ。無用の長物を樽神輿の様に(かつ)ぎ上げて囃し立てながら練り歩かれてはたまつたものではない。だが筆者はこゝで徒に高遠な理想を排撃して単なる実利万能主義を唱へるものと誤解されては困る。眼前の利益のみに汲々とするが如きは筆者の最も快しとしないところである。寧ろ社会の現状を打破して新境地を開拓し殆ど空想に近い理想を実現することを夢みてゐるものである、而して理想は(すべか)らく高遠なるべく雄大なるべし、古人も志は高くして大なるほどよいと教へてゐる。実に理想なき社会に進歩はない。現実と理想との懸隔が社会を進歩させて行くのである。故にその懸隔が甚だしければそれだけ社会の進歩する尺度も大きいのである。林氏が
 「文化には高いものがあつていゝのである。そして一般の民衆を引上げていゝのである」
といつてゐるのは、理想として考へるべき文化である。然りと(いえど)も理想は、之を求むるに急にして目前の事実を没却し去つては之が実現は絶対に企望し能はぬところである。
 易しい文字易しい言葉易しい言廻しで書いてゐると、一つの文中に同じ文字同じ言葉同じ言廻しが何度も出て来て読者に倦怠と陳腐な感じとを与へることになりやすい。高山樗牛も或はこの辺の消息を指して言つてゐるのではないかと思ふ。我々が文を書く場合に用ゐる言廻しは大抵過去における自己の経験の範囲を出ることはあまりない。従つて限りある経験の中から難しいもの読みにくいものを取去つてしまへば、残るところはごく僅かである。そこで同じ文句がいくつも出て来て面白味のない、変化に乏しい文章になつてしまふのであらう。しかし現在の世の中が要求してゐるものであるからには我々はこの弊害を除く為にもつと多くの易しい言葉遣ひを工夫しなければならぬ。経験の中から抜き出すのでのではなくて、経験を基調として新しく創造して行かなければならぬ。語学は勿論、その他の自然科学をも更に深く研究することの大きな目的の一つがそこにあるとも考へられよう。即ち基礎といふものゝ必要が生じて来るのである。具体的に一例をいへば、三角形の内角の和は何も二直角にならなくても我々は日常生活には何の不自由も感じない。しかし之が真の実用的な文章となるものであるからこそ数学といふものを研究しなければならないのである。筆者のいふ理想の文化、即ち林氏の所謂実用と縁の遠い文化も、将来に於て実用に供せらるべきものであるからこそ必要なのである。難しい言葉を使はずに易しい言葉を使へといふのは、決して難しい言葉をあだおろそかにするわけではない。確乎たる基礎の上に立って、現在の世情に最もよく適合した、即ち実用的な文章を書くのが今日の文学者の務めだといふのである。そして次第に民衆を引上げて行って遂には天を摩して雲際に(そび)ゆる文化の大殿堂に衆と共に楽しみを分たんことを望むのみなのである。山本氏の言ふのも同じ様な意味合からなのではないだらうか。

   言語と民衆
 
 「私はだから日本語の自然の変遷のためにローマ字書きもカナモジ論の理論も教養として持つこと、同時に英語も独逸語も露西亜語も、教養として学ぶこと、一つでも余計に外国語を勉強することによつて、国語の将来の自然の発達はよくもなり、豊富にもなると思ふ」
との言は的を外れてはゐない。が、これらの教養をも或は時間的の関係から或は経済的の関係から習得し得ない人々が非常に多いことを考へなくてはならぬ。つまりこれは余裕のある人々に対して言ふことであつて、国民全般には要求出来ないのである。文字や言葉は専門家に委せてをいて、一般人はそれだけのエネルギーを各々の職務の方に振向けるべきである。 
 「実用運動や社会運動と同じやうにやることは文化を引下げる運動となる。成金の所有するものを引下げる社会運動は賛成であるが、同じやうな考へから文化を引下げる運動をしてはならぬ」
 林氏が実用といふ言葉をどう定義づけてゐるか知らないが、兎に角筆者のいふ実用的といふことは理想の文化に到達する迄の階程なのであるから、これをなほざりにするわけには行かない。更に
 「日本人は今まで、基礎的な自然科学、実用にも金にもならぬものは顧みないでゐた。そして応用化学の発達せぬのを責めてゐた」
 だが筆者の見るところでこれはほんの一小部分で、実は役にも立たない、将来に於ても実用になりさうにもないものを余計に大騒ぎをしてゐたのである、又現在でもなほそんな人の方が多い様な気がする。 
 実用にも何にもならぬ■■■[三字不明]自然科学に金をかけないで、実用的のいゝものゝ生れるのを待つことは、肥料をやらないで果実の実るのを待ち望むやうなものである
 こゝに至つて筆者は林氏が基礎の学問と理想の文化とを混同してゐるものとしか思はれない。基礎と理想とは全然別である。氏は一ぺんに理想の高さにまで民衆を引上げようとしてゐるらしいが、それはローマ字論やカナモジ論と同じ行き方で、すぐさま現在の世の中にピツタリと来るものではない。
 又「書く言葉によつて話す言葉をつくつてゆく」といふのも、話す言葉がやはり「自分で生育してゆく生きもの」である以上、如何に「書く言葉の通りになれ」といふ脚本を書いても、この役者は恐らく舞台監督の言ふことを聞かないだらう。この自分で生育して行く話す言葉を、書く言葉の方から無理に「矯めてゆくといふことが果して生き物のために上策なのであらうか」却て逆効果を奏して、見るに堪へ奇形児が出来上ってしまひはせぬか。筆者がさきに大きな矛盾と言つたのはこのことである。

   国語と日本精神

 次に国語と日本精神といふことを考へて見よう。よく外来語を見れば必ず目の仇にせずにはおかない、あやしげな国粋主義者がある。
 「日本人でありながら毛唐の言葉を使ふのはけしからぬ。」
といふ。こんな人に
 「恐れ入りますが一寸リンスンを拝借させていたゞきたい。」
と言って通じるかどうかは疑問である。矢張りマッチはマッチといつた方がわかりがいゝ。いくら国粋論者でもまさか燧石を使つて煙草を喫んでゐる人はあるまい。どう考へて見ても大久保彦左衛門の同類である。何はさておいても正岡子規に草鞋の紐を結びなおして貰はなければなるまい。外来語は発音も文字も全く日本のものとなつてしまつてゐるのである。帰化したものであるから立派な日本語として扱ふべきである。決して外国語ではない。リンスンでわかりにくければマッチといへばいゝ。そしてその通りに「マッチ」と書くがいゝ。何を苦しんで不自然ないゝ加減な漢字を充てる必要があらう。近頃の大衆作家は時々、外国語を一旦漢字に翻訳してから、それに片仮名で外国語そのまゝのルビをつけてゐたりするが、之こそ国語国字を冒涜するものとして断然排撃すべきである。単にこの悪弊を駆逐し得ることから言つても、ルビを廃止せよといふ山本氏の意見には大きな意義がある。
 さて外来語が国語であるといふことになると、今度は之を片仮名で書いて他の語と区別し、継子扱ひにするのはいゝか悪いか、といふ問題に逢着する。これは相当考慮を要することであらうが、今のところ我々には区別した方が便利である。便利であるといふことは能率的なことである。実用的なことである。仮名が二種類あることに不都合はないといつた理由もこゝにある。
 話が思はぬところで脱線したが、もう一度日本精神へ撚りを戻して見よう。
  史家は、日本古代の「ことだま信仰」といふことを言つてゐるが、その「ことばにはたましひがある」という思想そのものに就ては後の機会に譲るとして、いわゆる国粋論者の様に見える人々は、これに似た様なものを真向に振りかざして名乗りをあげてゐるのではあるまいか。国語によつて日本精神を涵養するといふその主旨は誠に結構だが、昔から使つてゐる言葉だけが国語だなどゝ、江戸時代の漢学者流の頭で引扱[ママ]つてゐては、言葉の進歩は到底覚束ない。林氏の言を()りて言へば、斯くの如き鎖国的な島国根性は国語を貧困化させるものである。外来語を使用したからといつて日本精神がどうのこうの叱言をいつてゐたら、生きものが栄養不良になつてしまふ。現代人にはバターも牛乳も必要なのである。
 言語が国民性とか民族性とかいふものとの間に何らかのつながりを持つてゐるものであるといふことについては、筆者も敢て之を否定するものではない。が日本精神が従来の国語にのみ存するといふ説には首肯することは出来ない。何となれば、筆者は、世界中の総ゆる民族の有する長所美点を悉く摂取し包擁し同化して行く、八紘一宇の大精神がそのまゝ真に宏辺大無なる日本精神の神髄であると信ずるからである。事実又、外国の文物が輸入されるとすぐにこれを吸収して自分のものとするのが日本人の偉大なる特性である。儒教に於て然り、仏教に於て然り、絵画に於て、彫刻に於て、建築に於て、其他紡績、染織、印刷等悉く皆然らざるはないのである。それは決して模倣ではない、博士王仁(わに)の伝へた儒教は或は支那のものであつたかも知れない、が日本人が受取つて、日本人が育て上げて来た儒教は、支那のものでも朝鮮のものでもない。皇道精神に立脚した日本の儒教である。仏教も同じこと、最澄や空海が支那で学んだものと、日本へ帰つて来て創始したものとは全くその趣を異にしてゐる。日本人が儒教や仏教を通じて教へられたものは決して支那の思想ではない、印度の思想ではない。純然たる日本精神なのである。山本闇斎が門弟達をいましめた話は余りにも有名である。

   話すとほりに書け

 斯く我々の祖先は、漢字漢語が渡来すれば直ちに之を用ひ、ポルトガル人やオランダ人がくれば彼等の聞きなれぬ言葉をすら受容れて来てゐる。我々は明治以後、殊に近年著しく増加した外来語を出来得る限り多く咀嚼し消化して行くことに努めなければならぬ。
 いつだつたか、どこかの大学の先生が講演中一こともあちらの言葉を口にしなかつたといふことを聞いた。之に対して人は
 「大学教授などといふと得てして毛唐の言葉を使つて偉さうな顔をしたがるのだが、それを一言半句も言はなかつたのは偉い人だ」
といふ。がこの先生の偉いところは何も外国語()しくは外来語を使はなかつたことにあるのではない、現在の如く外来語が、或は学術上の専門語が一般に普及してゐない時代に於て、誰にもわからせる為に、誰にもわかる言葉で話をしたといふことが偉いのである。要はこゝにある。誰にも理解出来るといふことが重点なのである。
 此の観点に立つて山本氏の所論を聴くに、これこそ最もよくその時宜にを得たものといふべく、筆者は満腔の賛意と敬意とを以て之を歓迎するものである。道は近きにあり、などゝいふと講義録の広告見たいだが、本当に今すぐ実行のできることなのであるから話は簡単である。今からでも遅くはない、振仮名を廃して、易しい言葉で易しい文字で文章を書きさへすればそれで済むのである。そして同時に仮名遣ひを発音通りに改めることである。ここまで来て始めて、「話す通りに書く」といふ事が完成されるわけである。
 小学校で六年間やかましく言はれてその結果、中学校へ行つて作文を書かされると、仮名遣ひを誤らぬものは殆どないといふ。そればかりではない、最高学府を出たインテリのサウサウ
[後の「サウ」は繰返し記号]たるお歴々ですら往々にして迷つてゐるのがこの仮名遣ひである。読む文章は皆完全な仮名遣ひであつても、又それが如何にいゝ文章であつても、如何に好きな読み物であつても、乃至(ないし)は如何にそれによつて読む人が支配されやうとも、読む言葉より話す言葉の方が絶大なる威力を持つてゐるのだから、そして話す通りに書くといふことが人間の本能なのだから、之は寧ろ当然の帰結といふべきである。それを発音と全然異つた字を書かせるのは極めて不自然な、非文明なことゝ言はなければならない。又これを改めることによつて日本語は発音しない字まで間に挟んで綴る外国語にくらべてはるかに進んだものともなるのである。小学生は仮名遣ひを覚えやうとする無駄な努力とエネルギーとで、他の幾層倍も有益なことを学び得るやうになるのである。
 さて、今まで大分長広舌を振るつて来たが、之を要約するに筆者の言ひたいことは、何度も繰返した如く、話す通りに書くといふことである。そして此の問題に就てはたゞ文学者に一任しておけばいゝといふ様な無責任な態度は絶対にいけない、国民自身の為に、国民自身が深く考へ、国民自身の手によつて我々の国語を向上させ発展させて行かなければならないのである。

 
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