N さんの例会・集会リポート   2010.11.14秋季集会 
   
    文教研・秋季集会――井上ひさし「握手」


文教研のNです。秋季集会会場風景1
11月14日、秋晴れの中、文教研・秋季集会が行なわれました。
テーマは「『中学国語教材』の検討 “一人一人の人間がいる”
――井上ひさし『握手』」です。
中学教科書掲載の井上ひさし「握手」(講談社文庫『ナイン』所収)の印象の追跡を行ないました。
当日はSさんが体調不良で参加できないというアクシデントもありましたが、チューターの I さんを中心に会場からの活発な発言に支えられ深まった集会となりました。特に広島クループからはNnさんだけでなく、現役中学教師であるMdさん、Ygさん、沖縄の中学に移ったMuさんも参加してくださり、現場の教師の熱い情熱が伝わってきました。

初めにチューターの I さんから、例会でも紹介された井上ひさしと嶋田豊の対談、また、「ルロイ修道士」の“原像”をめぐって他のエッセイからの紹介、作品が発表された1980年代の社会事情など、興味深い資料が多数紹介さ秋季集会会場風景2れました。
作品は、「わたし」が養護施設で世話になったルロイ修道士、彼がカナダに帰るというので久しぶりに再会した一日のことを振り返る短編です。
ゼミは前半と後半に分けて行なわれました。
全体にわたっては紹介しきれないので、私自身が話題提供者になった前半の話題を切り口に、後半も絡めてご紹介しようと思います。

「先生の左の人さし指は、あいかわらずふしぎな恰好をしていますね」という言葉に引っかかりました。
普通、こういうことは言わないものです。
しかし、読み進めていくと、それはこの大切な時間にどうしても「わたし」が話題にしたかったことがなんだったか、という問題に行き当たります。
それはルロイ修道士の過去、戦争中の経験について日本人としてわびることでした。

「日本人は先生にたいして、ずいぶんひどいことをしましたね。交換船の中止にしても国際法無視ですし、木槌で指を叩き潰すにいたっては、もうなんて云っていいか。申し訳ありません。」

「わたし」は誠実な人間だと感じます。
しかし、ルロイ修道士は「よく聞きなさい」という意味の右の人差し指を立て、こういいます。

「総理大臣のようなことを云ってはいけませんよ。だいたい日本人を代表してものを云ったりするのは傲慢です。それに日本人とかカナダ人とかアメリカ人とかいったようなものがあると信じてはなりません。一人一人の人間がいる、それだけのことですから」

その時「わたし」は、「わかりました」と言って、右の親指をぴんと立てるのです。
このときの「わたし」の思いについて、もし、自分自身の言葉で語るとしたらどういったらいいか。
……秋季集会会場風景3
集会の中で、最近の政治家が「自分こそ国民の気持ちを代弁している」かのごとき発言をするが、という意見が出されました。
翻って、作品の中で「大日本帝国の七曜表は月月火水木金金。この国には土曜も日曜もありゃせんのだ」と言ってルロイ修道士の指を潰した監督官も、自分こそが日本人を代表しているという意識だったでしょう。
しかし、その日本で彼は子どもたちのために働いてきた。
その「日本人」の仕打ちをずっと気にかけてきた「わたし」の言葉に、ルロイ修道士は最も重要な観点で反省を促します。
それは「わたし」自身の中にある、あのときの「日本人」につながる「傲慢」さです。
一人の人間として問題を突きつけられたとき、それにすばやく反応する。それは、「わたし」が自分の問題としてこのことを考え続けてきた証です。

そのことは、後半の「天国か。本当に天国がありますか」という「わたし」の問いと、「あると信じる方がたのしいでしょうが。死ねばなにもないただむやみに淋しい所へ行くと思うよりも、にぎやかな天国へ行くと思う方がよほどたのしい。そのためにこの何十年間、神さまを信じてきたのです」というルロイ修道士のやり取りにも見て取れます。秋季集会会場風景4
死が迫っているにちがいないルロイ先生に最も聞いておきたいこと、その最も大切と思われる一点をはずさずに聞いてくる「わたし」に、ルロイ先生は少し赤くなって、しかし、まっすぐ答えます。そして、「わたし」は右の親指を立てて見せるのです。
集会でこの「にぎやかな天国」のイメージは天使園での子どもたちとの生活と重なった、という意見がありましたが、共感します。
ルロイ先生と「わたし」の中に受け継がれる伝統、“知性の悲観主義と意志の楽観主義”を貫く姿勢、チューターから提案されていた様々な角度からの問題が少しずつ深まっていったように感じました。

……
さほど長くない作品に、5時間弱の時間をかけての印象の追跡でしたが、あっという間に時間が流れました。


〈文教研メール〉2010.11.27 より



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