N さんの例会・集会リポート   2007.07.14例会

 
 戦後国語教育史と文体づくりの国語教育



文教研のNです。

大型台風4号が接近してくる中、遠距離の人は参加できず少人数の例会でした。
しかし、 I さんの報告は、「文体づくり」という概念の歴史的展開を総括し、熊谷先生以後の取り組みをも歴史的に位置づけた力のあるもので、最後は拍手がわきました。

 I さんはあくまでこの例会への問題提起であることを前提に、まず階級論的視点について今どういう状況にあるのか、その歴史的意味が今日どこにあるのかということについて確認するところからはじめました。(渡辺雅男氏『市民社会と福祉国家』2007年4月/昭和堂・「補論 階級論の復権――不平等・格差社会論を超えて」の紹介)

このメールを書きながらの印象ですが、この階級論から話を始められたことは、 I さんらしくもあり、また、そこにこそ熊谷理論の一貫性、つねに目の前の現実にぶれずに鋭く切り込む問題提起の根幹があったのだ、ということを考えさせられています。渡辺雅男著『市民社会と福祉国家』
渡辺雅男氏の言葉によれば「階級論に政治的な魔力が無くなれば、簡単に放棄してしまって恥じないという状況」「階級論が政治的に翻弄」された状況があったこと。
また、そうした状況下で、階級論は人間論であること、自我の原点としての「私の中の私たち」の問題、そこにおける階級性の問題を人間性の問題として、熊谷理論が展開されたこと。
こうした基本的な流れ、熊谷理論が唯物論的認識論にしっかり根を下ろしていることを、あらためて「思い知らされた」気がしました。

「文体づくり」は「連帯づくり」。
私などお経のように唱えてきた(?)ことばですが、そこには歴史的流れがあることもあらためて自覚させられました。熊谷孝著『文体づくりの国語教育』
「民衆の“連帯の回復”“連帯づくり”という、民族の今日的課題に積極的、具体的にこたえようと」(熊谷孝『文体づくりの国語教育』1970年6月)したものが「文体づくり」という発想であったこと。時代の課題に対し、国語教育の側からの誠実な取り組みから生まれてきたものが「文体づくり」という発想であったわけです。

さて、例会での報告は戦後の時期区分論そして文教研の理論史という整理になりましたが、全体像はニュースを見ていただくことにして、ここではその理論史(“文体づくり”の国語教育・文学教育の提唱まで・50年代〜60年代/“文体づくり”の国語教育・文学教育の提唱以降・70年代〜80年代/“文体づくり”の国語教育・文学教育の新たな展開をめざして・90年代〜現在)として分類された三期目について若干紹介したいと思います。

この時期はつまり、熊谷先生亡き後の文教研の取り組みです。
 I さんのレジュメには次のようなことがメモられています。

新自由主義に基づく諸政策による徹底的な人間破壊・生活破壊
“階級”と“連帯”の再生へのめばえ――階級意識⇔階級意識
市民社会・現代市民社会・日本型現代市民社会という切り口から、今日における“連帯づくり”⇔“文体づくり”の課題を探求する。

「勝ち組」と「負け組」に分けられる熾烈な競争。
人間としてのモラルの破壊。
そうした中での教育の崩壊。
技術主義と道徳主義のセットでの教育がいわれ、言語運用の力として「コミュニケーション能力」「伝え合い」という言葉も使われます。
しかし、その能力の育成は“連帯づくり”を阻害する力として育成されている。
では自分自身は、“連帯”へ向けての自分の言葉、自分の“文体”を持っているか。
孤立化させられる中で、しかし、まともな人間集団を支えとしての「私の中の私たち」を育んでいくこと、自分の“文体”を持ったまともな人間の育成。
例えばそのことが、「二つの戦後」を生きたケストナーにこれだけ私たちが魅力を感じて格闘してきた歴史ではなかったのか。
そうしたことが実感されてきました。

 I さんは「“階級”と“連帯”の再生へのめばえ」ということの一つの具体例として、雨宮処凛
(あまみや かりん)さんの文章を紹介されました。
「マガジン九条」というサイトの「雨宮処凛が行く」というコーナー、「9条改憲阻止集会。爺さんたちの『本気』と書いて『マジ』。の巻」です。
中身については、以下でご覧ください。

http://www.magazine9.jp/karin/070620/070620.php

例会会場は爆笑でした。
会員の一人はパソコンの一応ユーザーですが、わざわざ I さんからプリントアウトしたものをもらって帰りました。
パソコンを拒否する人、認めはするが取り入れない人、持っていても使いこなせない人、そんな人達の混在するする年代が例会会場に集まったメンバーの主流です。(その中には当然、わがHPの管理者というレベルの人もいるわけですが。)
しかし、30代になったばかりの雨宮さんの文体が、時代の厳しさと孤立感の中で、時には絶望しかねない私たちの精神に気持ちのいい風穴を開けてくれた一瞬でした。

さて、準備合宿(八王子・大学セミナーハウス)は基調報告 2 「十五年戦争下の太宰と安吾」(Sさん)から始まります。
ここをくぐって、全国集会全体像へ迫ります。


〈文教研メール〉2007.7.21より

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