森鴎外の歴史小説を読むために  
〔資料〕  森鴎外の歴史小説――作品の舞台と発表場面   
作品名  作品の舞台/作中人物  発表場面 
『阿部一族』 封建制の確立期(元和・寛永期) 

細川忠利、没 1641年(寛永18年)
阿部一族の反乱1642年(寛永19年)

 鴎外は…封建的秩序が形式的に完成をみ固定化された、徳川幕藩体制の確立期に取材し、そこに見られる多様な人間関係にテーマを見つけている。…しかも、取材の対象的時点は、そのように定着した秩序がなおも揺さぶりを受ける可能的必然性をもつところの新旧勢力の交替期である封建領主の代替わりの時点に求められている。(熊谷孝『太宰治』)
1913年(大正2年)1月「中央公論」に発表
1913年(大正2年)6月『意地』に収録
*幸徳事件以後の〈冬の時代〉   
『護持院原の敵討』  封建制の解体期(天保期)

1833年(天保4年)~1835年(天保6年)
山本九郎右衛門、りよ
1913年(大正2年)10月「ホトトギス」に発表
『最後の一句』  封建制の動揺期(享保期-)

1738年(元文3年)
船乗業桂屋太郎兵衛、いち
1915年(大正4年)10月「中央公論」に発表
『高瀬舟』  解体へ向けての封建制の動揺期(寛政期)

1789年~1801年(寛政期)
同心 羽田庄兵衛、喜助
1916年(大正5年)1月「中央公論」に発表 
   鴎外の歴史小説は、単なる書き割りとして過去をとりあつかっているようないわゆる「歴史小説」ではなく、まさに本格的な歴史小説であることが、この表をみても明らかになると思います。その歴史的場面を生きる人間の現実に即して、問題がさぐられている。一人一人の生き方に即して、近世的現実のありようが、動的に重層的にさぐられているわけです。鴎外はむろん、現在の歴史学があきらかにしているような、封建制に関する社会科学的な認識をもっていたわけではないでしょうが、文学的イデオロギーの側から現実を追究し、それを裏づけるような現実像の描写を実現している。が、さらに重要なことは、鴎外は、冬の時代を生きる自己の世代がかかえる課題との関連のなかで、そうした実践的な関心において過去の歴史的場面を選択し問題をさぐっている、ということです。だから、そこに描かれた歴史的現実、歴史的人間のイメージも、鴎外(世代)によってのみはじめて把握(創造)された文学的現実として存在している。言い換えれば、鴎外世代にとって、実践的に必要な、かけがえのない対話の対象として、それらのイメージは造型されているのです。 
 (井筒満「太宰の受け継いだ文学系譜・文体的発想①―森 鴎外」 『文学と教育』№143 1988.2)  
        
 


幕藩体制の展開と時期区分
(鴎外の歴史小説の、まっとうな理解・把握のために) 
  (1) 封建制の確立期 (元和・寛永期)
  (2) 端緒的な、封建制の動揺期 (元禄期)
  (3) 封建制の動揺期 (享保期)
  (4) 解体へ向けての封建瀬の動揺期 (寛政期)
  (5) 封建制の解体期 (天保期) 
  
           (熊谷孝「鴎外・龍之介から鱒二へ」より〈資料・8〉 『文学と教育』№129 1984.8)  
 

  【参考】        
年号   西暦  幕藩体制の展開と時期区分  鴎外の歴史小説 (作品の舞台・時期に対応) 
 慶長 1596-1615    『佐橋甚五郎』(1913.4 中央公論)
 元和 1615-1624  (1) 封建制の確立期(元和・寛永期) 
 寛永 1624-1644  『阿部一族』(1913.1 中央公論)
 正保 1644-1648     
 慶安 1648-1652    
 承応 1652-1655    
 明暦 1655-1658    
 万治 1658-1661    
 寛文 1661-1673    
 延宝 1673-1681     
 天和 1681-1684    
 貞享 1684-1688     
 元禄 1688-1704   (2) 端緒的な、封建制の動揺期(元禄期)  
 宝永 1704-1711     
 正徳 1711-1716    
 享保 1716-1736   (3) 封建制の動揺期(享保期)  
 元文 1736-1741     『最後の一句』(1915.10 中央公論)
 寛保 1741-1744     
 延享 1744-1748    
 寛延 1748-1751     
 宝暦 1751-1764    
 明和 1764-1772    
 安永 1772-1781     
 天明 1781-1789     
 寛政 1789-1801  (4) 解体へ向けての封建制の動揺期(寛政期)  『高瀬舟』(1916.1 中央公論)
 享和 1801-1804     
 文化 1804-1818    
 文政 1818-1830    
 天保 1830-1844   (5) 封建制の解体期(天保期)  『護持院原の敵討』(1913.10 ホトトギス)
 『大塩平八郎』(1914.1 中央公論)
 弘化 1844-1848    
 嘉永 1848-1854     
 安政 1854-1860     
 万延 1860-1861     
 文久 1861-1864     
 元治 1864-1865    
 慶応 1865-1868    
 明治 1868-1912     『堺事件』(1914.2 新小説)
 大正 1912-1926    

 【参照】井筒満「芭蕉の時代」(『文学と教育』№183 1998.12)

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