福田隆義 著作一覧 | |
* 文学教育研究者集団初代委員長 福田隆義氏の著作一覧である。文教研の著書において氏が分担執筆した論文、機関誌「文学と教育」掲載の論文・記事、および同誌に標題が紹介された他誌・紙掲載記事等を中心にまとめた。 |
発表年 | 論 文・記 事 | 掲載誌・紙 |
1959 | ・第八回全青協別府集会報告 | 「文学と教育」10(1959.9) |
1960 | ・誤った体験から ・《協同報告》『今昔物語』の世界―小川報告によせて(熊谷孝、佐藤和男、篠田由喜子、鈴木勝、福田隆義) ・《座談会》芸術的認識と文学教育(福田、熊谷、他) ・《共同研究》作家の内部(鈴木、福田、佐藤、篠原、熊谷、荒川有史) ・国語教育としての文学教育 ・「空気がなくなる日」を実践して〈未分化の段階・三年生に〉 ・《座談会》夏期集会の成果と反省―全面発達への志向と国語教育(篠原、熊谷、福田、鈴木、佐藤、荒川) ・集団の新しい発展によせて |
「文学と教育」14(1960.1) 「文学と教育」14(1960.1) 「生活教育」12-5(1960.5) 「文学と教育」16(1960.6) 「教育評論」(1960.7) 「文学と教育」17(1960.8) 「文学と教育」17(1960.8) 「文学と教育」18(1960.12) |
1961 | ・“三十と三年”と“明治十七年” ・訴える表現―書くことをめぐって ・教科書の文学作品をどう扱うか ・教材研究とその実践 『おかあさんの手のひら』 ・明日の子をつくる国語教育―国語教室の実体 ・〈教材研究〉『おかあさんの手のひら』 |
「文学と教育」19(1961.2) 「文学と教育」20(1961.5) 「生活教育」(1961.6) 「文学と教育」21(1961.7) 「生活教育」(1961.8) 「国語教育」(1961.11) |
1962 | ・国語教室の現状―あるつぶやきによせて ・〈書評〉「第二信号系理論と国語教育・思考と言語」 ・《座談会》文学教育の可能性―第五回文教研集会をふりかえって(司会 荒川、熊谷、佐伯昭定、鈴木、内藤哲彦、福田、蓬田静子) ・明星学園研究発表会に参加して―自主編成はすすんでいる |
「文学と教育」24(1962.5) 「生活教育」(1962.9) 「文学と教育」25(1962.8) 「文学と教育」26(1962.11) |
1963 | ・低学年教育の内容・認識について ・事物とコトバをつきあわせるということ ・表現理解の方向さ・個人差 『虔十公園林』をめぐって ・教科書教材の再検討―教科書教材のウラをさぐる |
「生活教育」(1963.1) 「文学と教育」27(1963.4) 「文学と教育」28(1963.5) 「文学と教育」30(1963.10) |
1964 | ・サークルだより ・現場の授業研究―国語教育当面の課題 ・学習指導体系案(小学校)―岩倉政治『空気がなくなる日』 |
「国語教育」(1964.2) 「生活教育」(1964.2) 「文学と教育」32(1964.3) |
1965 | ・報告『屋根の上のサワン』―孤独の質こそ問題 ・継承すべき民族精神(福田隆義/荒川有史) ・『文学の教授過程』(共同執筆) ・『文学の教授過程』の反響 ・『女生徒』か『走れメロス』か ・よい発問わるい発問 |
「文学と教育」33(1965.5) 「文学と教育」34(1965.8) 『文学の教授過程』(1965.8) 「文学と教育」35(1965.10) 「文学と教育」36(1965.12) シリーズ『国語科の授業研究』(明治図書刊) |
1966 | ・文教研誕生の頃 ・最後の授業 女生徒(太宰治) ・《共同学習》文学教育の問題点(司会 熊谷、荒川、佐伯、芝崎、夏目、福田、他) ・『マーシャとくま』―小学低学年の授業 ・授業と教育―乾先生の講演要旨 ・文教研 第三の仕事 |
「文学と教育」37(1966.2) 『中学校の文学教材と授業過程』(1966.5) 『中学校の文学教材と授業過程』(1966.5) 「文学と教育」39(1966.7) 「文学と教育」40(1966.10) 「文学と教育」41(1966.11) |
1967 | ・文教研冬期合宿研究集会略報 ・《新会員紹介》新卒の新入生 |
「文学と教育」42(1967.1) 「文学と教育」47(1967.10) |
1968 | ・文教研一年間のあゆみ (荒川、佐伯、福田) ・画期的な集会を ・《声明》灘尾文相「国防発言」に講義する(委員長 福田隆義) ・文教研の今日的課題―「文学と教育」50に寄せて ・文部次官との十五分間 ・民教連加盟 ・解釈学的国語教育の現象 その1 指導要領改悪史 ・認識の発達と総合読み・小学校 作品に応じた読みの方法 ・《主張》文体づくりの国語教育 ・《座談会》民族の課題に応える 文体づくりの国語教育と総合読み―「コシャマイン記」に即して(司会 黒川実、熊谷、夏目武子、大内寿恵麿、荒川、小口みち子、佐伯、芝崎文仁、鈴木益弘、高沢健三、徳永啓子、福田) |
「文学と教育」48(1968.1) 「文学と教育」48(1968.1) 「文学と教育」49(1968.1) 「文学と教育」50(1968.3) 「文学と教育」51(1968.5) 「文学と教育」52(1968.6) 「文学と教育」52(1968.6) 「文学と教育」53(1968.8) 「文学と教育」54(1968.10) 「文学と教育」54(1968.10) |
1969 | ・ことば体験の端緒的成立を確実に―認識の発達と総合読み 小学校 ・〈文教研の歴史〉十年の足跡 ・文学教育研究者集団(集団紹介) ・日教組教育研究全国集会 国語分科会 報告1 新しい段階への胎動 ・同 報告3《座談会》複数参加の強み/市民権を得た「文体」(司会 黒川、福田、夏目、荒川) ・文教研〈私の大学〉宣言 ・私たちの立場と課題 ・《座談会》国語教育で何をするか―文学教育を中心に3 その指導法は―印象の追跡としての総合読み(司会 山下明、荒川、浅井芳江、尾上文子、黒川、椎名伸子、清水千代子、高木春枝、福田) ・機関誌による文教研史―「文学と教育」60によせて ・(標題未詳) ・《熊谷孝氏の報告―その要約》鴎外『最後の一句』をめぐって―総合読みの視点から(尾上文子/福田隆義) |
『民族の課題に応える 文体づくりの国語教育』(1969.1) 『民族の課題に応える 文体づくりの国語教育』(1969.1) 『日本の民間教育』4(1969.1) 「文学と教育」56(1969.2) 「文学と教育」56(1969.2) 「文学と教育」58(1969.6) 「文学と教育」59(1969.8) 「文学と教育」59(1969.8) 「文学と教育」60(1969.10) 『民教連夏期集会報告集』 「文学と教育」61(1969.12) |
1970 | ・機関誌活字化にあたって(委員長 福田隆義) ・授業の構造化 児童文学史の視点から―文教研と『牛づれ兵隊』 ・《私の研究 私の教室》教科をこえて ・ことば体験の端緒的成立を確実に―小学校・低学年 ・類型的把握からの脱却―小学校・中学年(佐伯昭定/福田隆義) ・《座談会》具体的思考のわく組みをひろげる―小学校・高学年(荒川、熊谷、黒川、夏目、福田) |
「文学と教育」65(1970.8) 「文学と教育」65(1970.8) 「文学と教育」66(1970.11) 『文学教育の構造化』(1970.11) 『文学教育の構造化』(1970.11) 『文学教育の構造化』(1970.11) |
1971 | ・教材化の論理4 甘っちょろいヒューマニズム―『月の輪ぐま』の世界 ・七一年の課題(委員長 福田隆義) ・《座談会》全国教研で何が問題になったのか(司会 福田・黒川、荒川、大島志津子、金内美智子、熊谷、郷キミ子、椎名、新開惟展、鈴木、夏目、山崎宏) ・『文学教育の構造化』発刊にあたって(編集委員 福田隆義) ・《巻頭言》第20回全国集会をむかえて(委員長 福田隆義) ・《座談会》戦後文学教育運動の渦のなかで―文教研13年の足跡を顧みる(福田、鈴木、荒川、夏目、熊谷) ・《巻頭言》研究姿勢の確立を(委員長 福田隆義) |
「文学と教育」67(1971.1) 「文学と教育」68(1971.3) 「文学と教育」68(1971.3) 「文学と教育」68(1971.3) 「文学と教育」70(1971.8) 「文学と教育」70(1971.8) 「文学と教育」71(1971.11) |
1972 | ・日教組全国教研への提言 3 代表から代表団へ―都教研の歩みの中で ・《座談会》合宿の第一日をふり返って(鈴木、熊谷、福田) ・《巻頭言》第21回全国集会に思う(委員長 福田隆義) |
「文学と教育」72(1972.1) 「文学と教育」75(1972.6) 「文学と教育」76(1972.8) |
1973 | ・《文教研リポート》日教組全国教研へむけて(福田隆義/山崎宏) ・《巻頭言》研究者として真摯な交流を(委員長 福田隆義) ・春季合宿総括3 文教研 『空気がなくなる日』研究史 ・《巻頭言》原点にもどって考えあおう(委員長 福田隆義) ・《巻頭言》二つの集会をおえて(委員長 福田隆義) |
「文学と教育」78(1973.1) 「文学と教育」79(1973.3) 「文学と教育」81(1973.6) 「文学と教育」82(1973.8) 「文学と教育」83(1973.11) |
1974 | ・《巻頭言》日教組第3次全国教研に切望する(委員長 福田隆義) ・ひょっとこ/仙人/黄粱夢 ・《巻頭言》太宰文学と取り組む意味(委員長 福田隆義) ・《巻頭言》教師自身のための文学研究の集い(委員長 福田隆義) ・《巻頭言》第23回全国集会を終わって(委員長 福田隆義) ・《巻頭言》教科指導の原点の再評価を(委員長 福田隆義) |
「文学と教育」84(1974.1) 『教材化と授業の視点 芥川文学手帖』(1974.2) 「文学と教育」86(1974.6) 「文学と教育」87(1974.8) 「文学と教育」88(1974.9) 「文学と教育」89(1974.12) |
1975 | ・《巻頭言》全国教研国語分科会への提言(委員長 福田隆義) ・《巻頭言》研究と実践の統一(委員長 福田隆義) ・《巻頭言》第24回全国集会をむかえて(委員長 福田隆義) ・《座談会》戦後文学教育運動の渦のなかで(70掲載記事の再録) ・文教研の自画像 |
「文学と教育」90(1975.1) 「文学と教育」91(1975.5) 「文学と教育」92-3(1975.8) 「文学と教育」92-3(1975.8) 「文学と教育」92-3(1975.8) |
1976 | ・《巻頭言》ロッキード疑獄と母国語教育(委員長 福田隆義) ・《座談会》文教研理論形成史(二)(荒川、熊谷、夏目、福田、鈴木) ・文学史を教師の手に―発刊に際して(委員長 福田隆義) ・井伏文学の教材化―『ドリトル先生アフリカゆき』を中心に ・《特別研究集会案内》井伏文学の教材化―『ドリトル先生アフリカゆき』を中心に ・《座談会》文教研理論形成史(三)(荒川、芝崎、夏目、福田、佐藤嗣男) ・《巻頭言》楽しい例会のなかで主体性を(委員長 福田隆義) ・井伏文学の教材化2 『細カナリア』『半世記』他―小学校の場合 |
「文学と教育」96(1976.5) 「文学と教育」96(1976.5) 『文学史の中の 井伏鱒二と太宰治』(1976.8) 『文学史の中の 井伏鱒二と太宰治』(1976.8) 「文学と教育」97(1976.8) 「文学と教育」97(1976.8) 「文学と教育」98(1976.11) 「文学と教育」98(1976.11) |
1977 | ・文学教育とは何か 1小学校の場合 実感ぐるみの文学体験の育成 ・《座談会》文教研理論形成史(四)(荒川、熊谷、福田、山下、佐藤) ・まえがき(熊谷孝著『岐路に立つ国語教育―国語教育時評集』) ・《巻頭言》「文学と教育」百号に寄せて―初心忘るべからず(委員長 福田隆義) ・「文学と教育」百号の歩み(福田隆義/夏目武子/鈴木益弘) ・杉山映子さんを偲ぶ(委員長 福田隆義) ・《巻頭言》再度―文学史を教師の手に(委員長 福田隆義) ・井伏文学の教材化―小・中学校の場合 ・寒川道夫先生のご逝去をいたむ(委員長 福田隆義) |
「文学と教育」99(1977.1) 「文学と教育」99(1977.1) 『岐路に立つ国語教育―国語教育時評集』(1977.3) 「文学と教育」100(1977.6) 「文学と教育」100(1977.6) 「文学と教育」100(1977.6) 「文学と教育」101(1977.8) 「文学と教育」101(1977.8) 「文学と教育」102(1977.11) |
1978 | ・《巻頭言》改訂「学習指導要領」批判の質を問う(委員長 福田隆義) ・謝罪広告までの経過―須川久著『音楽をすべての子どものために』の剽窃問題 ・《巻頭言》文教研20周年に思う(委員長 福田隆義) ・再考“文学教育とは”―『大きなかぶ』を例として ・熊谷孝著『井伏鱒二』を読む 今後の課題が…… |
「文学と教育」103(1978.2) 「文学と教育」104(1978.5) 「文学と教育」105(1978.8) 「文学と教育」105(1978.8) 「文学と教育」106(1978.11) |
1979 | ・《巻頭言》署名のある教育を(委員長 福田隆義) ・《私の教室》『人間の歴史』―一つの教材化事例 ・《巻頭言》第28回全国集会を迎えるにあたって(委員長 福田隆義) ・《私の教室》自主編成への試み―一年生の場合 ・《巻頭言》「理論的な克服」をこそ(委員長 福田隆義) |
「文学と教育」107(1979.2) 「文学と教育」107(1979.2) 「文学と教育」109(1979.8) 「文学と教育」109(1979.8) 「文学と教育」110(1979.11) |
1980 | ・民話の教材化―『笠地蔵』(小二)を事例にして ・《巻頭言》第29回全国集会に期待する(委員長 福田隆義) ・《巻頭言》近代文学史の書きかえを(委員長 福田隆義) |
「文学と教育」111(1980.2) 「文学と教育」113(1980.8) 「文学と教育」114(1980.11) |
1981 | ・《アピール》今こそ文学教育を! ・《巻頭言》第30回全国集会を迎えるにあたって(委員長 福田隆義) ・民話の教材化をめぐって―東京⇔広島、往復書簡(福田隆義/中野斉子) ・《巻頭言》今われわれに求められているもの(委員長 福田隆義) |
「文学と教育」115(1981.2) 「文学と教育」117(1981.8) 「文学と教育」117(1981.8) 「文学と教育」118(1981.11) |
1982 | ・《巻頭言》第31回全国集会を迎えるにあたって(委員長 福田隆義) ・文学史の方法 『不思議なかみそり』と『鱧の皮』―上司小剣 ・《巻頭言》原点にたち返っての自己凝視を(委員長 福田隆義) |
「文学と教育」121(1982.8) 「文学と教育」121(1982.8) 「文学と教育」122(1982.11) |
1983 | ・《巻頭言》「文学と教育」の新たな出発にあたって(委員長 福田隆義) ・文学史の中の児童文学 『かさじぞう』 ・《巻頭言》「非行」の原因を問わない“対策主義”(委員長 福田隆義) ・《座談会》戦後の教育史を語る(熊谷、荒川、福田、夏目、鈴木、山下、司会 佐藤) ・仙人/黄粱夢 ・《巻頭言》研究と実践の統一を(委員長 福田隆義) |
「文学と教育」123(1983.2) 「文学と教育」123(1983.2) 「文学と教育」125(1983.8) 「文学と教育」125(1983.8) 『芥川文学手帖』(1983.11) 「文学と教育」126(1983.11) |
1984 | ・井伏文学の教材化―小学校の場合 ・井伏と児童文学 ・《巻頭言》文学教育とブンガク教育(委員長 福田隆義) ・《巻頭言》異端の文学との対話を(委員長 福田隆義) ・芥川文学の教材化―『杜子春』を事例に ・《実践記録・小学校》対話の回復を―『ドリトル先生のアフリカ行き』を事例に― |
「文学と教育」128(1984.5) 『井伏文学手帖』(1984.7) 「文学と教育」129(1984.8) 「文学と教育」129(1984.11) 「国語の授業」(1984.12) 「教育実践」84年版臨時増刊 |
1985 | ・井伏と児童文学―『ドリトル先生アフリカゆき』を中心に ・《巻頭言》第34回全国集会に期待する(委員長 福田隆義) ・正義と微笑(福田隆義/椎名伸子) ・《てい談》右大臣実朝(熊谷孝/福田隆義/夏目武子) ・《巻頭言》太宰文学の奪還を―『太宰文学手帖』出版記念研究集会に寄せて(委員長 福田隆義) |
「文学と教育」131(1985.2) 「文学と教育」133(1985.7) 『太宰文学手帖』(1985.11) 『太宰文学手帖』(1985.11) 「文学と教育」134(1985.11) |
1986 | ・続 国語教育講座=第一回 国語教育―私の遍歴 ・続 国語教育講座=第二回 ことば体験の端緒的成立を確かなものに―『おおきなかぶ』の教材化を中心に ・続 国語教育講座=第三回 教育課程の自主編成―『おしになった娘』(松谷みよ子)の授業を参観して |
「文学と教育」136(1986.5) 「文学と教育」137(1986.7) 「文学と教育」137(1986.7) |
1987 | ・続 国語教育講座=第四回 長編の教材化―井伏鱒二訳『ドリトル先生アフリカゆき』を事例に ・続 国語教育講座=第五回 「表現学習」をめぐって―小学校低学年の場合 ・続 国語教育講座=第六回 素材主義の克服を―教材選択『あんじゅとずし王』をめぐって ・続 国語教育講座=第七回 『ヴィーチャと学校友だち』―長編の特質を生かして ・《座談会》『右大臣実朝』再説(司会 荒川、福田、鈴木哲夫、宮沢薫、山上英男、高木) |
「文学と教育」139(1987.2) 「文学と教育」140(1987.5) 「文学と教育」141(1987.7) 「文学と教育」142(1987.11) 「文学と教育」142(1987.11) |
1988 | ・続 国語教育講座=第八回 「おいたちの記」―小学校高学年の表現学習をめぐって ・続 国語教育講座=第九回 “文体”意識をはぐくむ試み ・続 国語教育講座=最終回 民話の教材化―絵物語としての『かさじぞう』 ・《巻頭言》初心忘るべからず(委員長 福田隆義) |
「文学と教育」143(1988.2) 「文学と教育」144(1988.5) 「文学と教育」145(1988.7) 「文学と教育」146(1988.11) |
1989 | ・母国語教育の原点からの問い直し ・《巻頭言》岐路に立つ日本の教育(委員長 福田隆義) ・《巻頭言》一五〇号に寄せて―広範な仲間との交流を(委員長 福田隆義) |
「平民研ニュース」2(1989.1) 「文学と教育」148-9(1989.7) 「文学と教育」150(1989.11) |
1990 | ・文教研創立の思い出 ・尾上文子さんを偲ぶ 尾上さんと文教研 ・《巻頭言》虚構精神の確立のために(委員長 福田隆義) ・第39回全国集会の記録 あいさつ |
「文学と教育」151(1990.3) 「文学と教育」152(1990.6) 「文学と教育」153(1990.7) 「文学と教育」154(1990.11) |
1991 | ・『かさじぞう』―その源流と直接の母体を求めて ・《巻頭言》第40回全国集会を迎えて(委員長 福田隆義) ・《巻頭言》古典の発展的継承を(委員長 福田隆義) |
「文学と教育」155(1991.5) 「文学と教育」156(1991.7) 「文学と教育」157(1991.11) |
1992 | ・熊谷孝先生を偲ぶ ・追悼 ・熊谷孝の世界〔児童文学〕 読者基盤の形成と児童文学 |
「文学と教育」159(1992.7) 「文学と教育」160(1992.12) 「文学と教育」160(1992.12) |
1993 | ・《巻頭言》文教研の再出発にあたって―基本路線の継承と発展を(委員長 福田隆義) ・塚原亮一先生を悼む ・第42回全国集会の記録 日本の教育と母国語教育―あいさつにかえて ・恐れをしらぬ素人なりせば ・《連句作品》(荒川有史/福田隆義/小倉麻友子/中野斉子/小荒さち子/子安紀子/荒川由美子/西平薫/他) ・〈綴り方練習帳〉「骨折」しちゃった |
「文学と教育」161(1993.4) 「文学と教育」162(1993.7) 「文学と教育」163(1993.11) 『どんぐり』1(2003.11.28) 『どんぐり』1(2003.11.28) 『どんぐり』1(2003.11.28) |
1994 | ・『おじさんのかさ』をめぐって ・《巻頭言》対話精神の回復を(委員長 福田隆義) ・第43回全国集会の記録 対話精神の回復を―挨拶にかえて ・「新学力観」を乗り越える@ 国語 |
「文学と教育」165(1994.6) 「文学と教育」166(1994.8) 「文学と教育」167(1994.11) 「民教連ニュース」(1994.12) |
1995 | ・文教研秋季集会記録 『おじさんのかさ』補論―成人文学の視点から ・佐野洋子作・絵『だってだってのおばあさん』を読む ・《巻頭言》今こそ文学教育を!(委員長 福田隆義) ・第44回全国集会の記録 異端のリアリズム―あいさつにかえて |
「文学と教育」168(1995.3) 「文学と教育」169(1995.6) 「文学と教育」170(1995.8) 「文学と教育」171(1995.11) |
1996 | ・佐野絵本の原点―『すーちゃんとねこ』を中心に ・『一〇〇万回生きたねこ』前後―初期(一九七〇年代)の絵本 ・《巻頭言》明日への行動選択の足場を確かなものに(委員長 福田隆義) ・第45回全国集会の記録 文教研の初心―挨拶にかえて |
「文学と教育」172(1996.3) 「文学と教育」173(1996.6) 「文学と教育」174(1996.8) 「文学と教育」175(1996.11) |
1997 | ・『一〇〇万回生きたねこ』との出会い ・哲学ゼミ研究紹介 連歌論『さゝめごと』を読む ・27年間追究し続けた「文学の科学」 ・《巻頭言》二十一世紀に生きる子どもたちを見すえた母国語教育を(委員長 福田隆義) ・第46回全国集会の記録 「文学教育の復権」を訴える |
「文学と教育」176(1997.3) 「文学と教育」177(1997.6) 「セミナー・ハウス」(1997.6) 「文学と教育」178(1997.8) 「文学と教育」179(1997.11) |
1998 | ・《コメント》ミハイル・ブラートフ(再話者)とエフゲーニ・ラチョフ(画家) | 「文学と教育」180(1998.3) |
1999 | ・《巻頭言》文学教育を殺して「生きる力」が育つか(委員長 福田隆義) ・ケストナーの世界への誘い ケストナー作品別邦訳図書リスト(戦後) |
「文学と教育」184(1999.3) 「文学と教育」185-6(1999.8) |
2000 | ||
2001 | ・文学教育よもやま話 文学教師の条件 ・文学教育よもやま話(2) まぶしかった新卒先生 ・文学教育よもやま話(3) 私と「学習指導要領」 |
「文学と教育」191(2001.4) 「文学と教育」192(2001.8) 「文学と教育」193(2001.11) |
2002 | ・文学教育よもやま話(4) 『サクラ読本』一期生の弁 ・文学教育よもやま話(5) 人間が人間として処遇されなかったころ ・文学教育よもやま話(6) 文学に力を借りる |
「文学と教育」194(2002.4) 「文学と教育」195(2002.7) 「文学と教育」196(2002.11) |
2003 | ・文学教育よもやま話(7) 教材体系〈自主編成の資料〉として ・文学教育よもやま話(8) 教科書選択の「今昔」 |
「文学と教育」197(2003.7) 「文学と教育」198(2003.11) |
2004 | ・文学教育よもやま話(9) 記憶をたどる―「読み聞かせの時間」と民話 ・《特別インタビュー》〈文体づくり〉をめざして 福田隆義・荒川有史両氏に聴く(聴き手および文責 荒巻りか) |
「文学と教育」199(2004.5) 「文学と教育」200(2004.8) |
2005 | ・文学教育よもやま話(10) 「強制」と「統制」―いつかきた道 ・文学教育よもやま話(11) 三十年めの「学年会」 |
「文学と教育」201(2005.5) 「文学と教育」202(2005.8) |
2006 | ||
2007 | ・病床日録 | 「文学と教育」207(2007.11) |
2008 | ・【復刻】『かさじぞう』―その源流と直接の母体を求めて | 「文学と教育」209(2008.11) |
2009 | <特集:福田隆義初代委員長を悼む> 福田隆義氏略年譜/「福田さんを偲ぶ会」より/福田さんを語る/福田さんに捧ぐ/他 |
「文学と教育」210(2009.11) |
(2009年2月5日逝去 享年82) | ||
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