ブック・レヴュー 
  知的協力国際協会/佐藤正彰 訳 現代人の建設
   (一九三七年六月、創元社刊、四六判三八六頁、一円八〇銭)   徳永 泰 (熊谷孝の筆名と推定される)
  
唯物論研究会発行「唯物論研究」60 (1937.10)掲載--- 

    *漢字は原則として新字体を使用した。 *仮名遣いは新仮名遣いに拠った。*難読語句(文字)には適宜、読み仮名を添えた。

 本書は国際連盟の副次的機関たる知的協力国際協会 第五回談話会(三五年、ニュース)の記録で談話会の主題は実は「現代人の形成」となっている。フランス、イギリスを始め西洋十一ヶ国十六人の良識(作家、文学芸術に関する大学教授が主で、文学芸術に理解のある政論家、政治家外交官も若干含まれている)が参加し、座長は主催国フランスの老詩人ポール・ヴァレリー。残念なことには、理由は兎に角ロシヤ、日本の代表者の名が見えない。
 談話会の掲げる主題「現代人の形成」は当然実際上の教育技術をも含んでいるわけであろうが、ここでは先(ま)ず、新しい人間観の樹立と、理想的人間の規定が当面の問題となっているようである。話は、本書の目次によると、次の順序で進められている。一、問題。二、現代の不安。三、選ばれたる者の文化と全体の文化。四、新しきヒューマニズムと神話。五、結論。
 以下私は一般的に感じた所を若干述べて見たい。一読先ず感心させられた点は座談会の形式的側面である。本会の性質上かのブラジルで行(おこなわ)れた国際ペンクラブ程の溌剌さはなく、善意の解釈の発揮されすぎている嫌いのあることは仕方ないとして、必要な節度を失わずに夫々(それぞれ)率直に意見を闘わせていること、そしてその間に示されている談話の技術の巧妙洗練、これらの点は流石(さすが)に西洋の良識だと思われた。
 内容で誰しも興味のあることは、先ずデリケートな西洋諸国の政治関係が、この知的連盟に如何に反映しているかということであろう。併(しか)しそれについては、協調の精神は最後までももちろん失われないが英仏を始め諸国の民主々義及(および)平和主義的国際主義を反映して、イタリヤ人の眼前で反ファッシズム的文化の擁護がかなり露骨に叫ばれていること、巻頭にのせてあるトマス・マンからの云わばファッシズム抗議文が三日間の会期を通じて幾回となく幾人かによって取上げられていること、を紹介するに止(とど)めよう。
 そこで問題は知的連盟の一員としてのと共に一般知識人文化人の問題となる。政治と知性、国家と個人、そして一般に人間の問題が一貫して真剣に論じられている。但(ただ)し高級知識人としてのかなり上等な条件に於いて。このことは論議の本質と限界を知る上に重要な点だ。
 それで一応こと新しいこととして、我々は次の若干のことを聞く。現代の文化の貧困、現代人の精神喪失は、必ずしも大戦の結果ではなく、それよりも遠く民主々義と大衆が力を持ち始めた十八・十九世紀に由来するということ、個人とは異(ことな)って超国家的な「人格」及びその「責任」の観念に基(もとづ)くカトリック的ヒューマニズム及びカトリック的国家観。
 選ばれた「聖職者」たちが我々に指示したこれらのものは、果して新しいか、古いかというよりも、問題の人間論、国家論にとってどれ丈(だ)け生産的であろうか。いち早くこのニュースの座談会を取上げた東京の座談会(『文学界』九月号)の一部は、これを受容れることによって、自(おのずか)ら私の疑問を深めさせるのみだった。
 
 熊谷孝 人と学問熊谷孝 昭和10年代(1935-1944)著作より