N さんの例会・集会リポート   2009.07.26_27準備合宿 
   
    二つの基調報告概要

文教研のNです。
先日の準備合宿では、二つの基調報告と各ゼミの話題提供者から話の概要が語られました。
ここでは基調報告の内容を軸に、本番に向けて印象に残った幾つかの点をご紹介します。

基調報告T「いま、なぜ有吉文学か――『非色』『海暗』をめぐって」の I さんの報告からです。
 I さんは、文教研が初めて挑戦する有吉文学へのアプローチの視点として、まず、戦後の時期区分論から話されました。
「ぷえるとりこ日記」は1964年7月から全6回で連載されています。
この時期はまさに戦後の高度経済成長期、我々が学んできた時期区分論(歴史科学研究会・編『日本現代史』青木書店・2000年刊)でいうと、
第二期 高度成長と現代市民社会の成立という時期に当たります。
それは大企業優先社会が確立し、意識の上では排他的な「エリート主義」、ほどほどの幸せを求める「マイホーム主義」が生み出されていく時期です。

こうした時期について I さんは、当時は見えにくかったかもしれないが、今から見ればそれは今日鮮明になった「新自由主義」が作られていった時期であり、「自己責任論」の再生産過程であったのだ、と話されました。
「自己責任論」がプシコイデオロギー化していく中で、一人一人がそれをどう克服していくのか。
有吉文学はその問題について考えていっている、だからこそ、今、読むことの意味があるのではないか。
彼女の描いていった作品の流れを見ていくと、50年代に井伏が模索していった「人間として面白みのある人間」の模索と重なり合っていくのではないか。

こうした文脈の中で「自己責任論」を考えるために出された資料、乾孝氏と湯浅誠氏の文章は非常に興味深いものでした。少々長くなりますが、その中のごく一部の内容を補足して紹介します。ちなみに前者は青年たちへむけて、後者は子どもたちへむけて書かれたものです。
@ 乾孝『私の中の私たち』(いかだ社/1970年刊)から
『期待される人間像』……あれは非常に集中的な表現です。あれを見るときに、いちばん重要な点はどこにあるかといいますと、りっぱな人間ができれば、りっぱな社会ができるという発想そのものが、われわれの敵だということです。……(社会の矛盾のすべてを)ひとりひとりの個人の責任に持っていって、社会のメカニズムから目をそらさせるやりかたです。
A 湯浅誠『どんとこい貧困!』(理論社/2009年6月刊)から
グリーンハウスさんという名前のアメリカのジャーナリストの言葉に「見えないことが無視につながり、逆に、関心は尊重につながる」というのがある。……関心があれば実態に目を向けるから、そのつらさ・苦しさがよくわかるようになってきて、「その人なりの」努力や生き方を尊重する気持ちが生まれやすくなる。……「人間らしい暮らし」を低いところに設定したがる人は「そんなのは本人が悪いだけだ」「例外的な事例だ。多くの人はちかう」と、その事例を大多数の人たちの関心から切り離し、無視させようとする。(これが「自己責任論者」だ。)……(問題を共有するためには)黙らせてしまったら、むしろ逆効果だ。その場では、自分が一方的にしゃべって、議論に勝ったような気分になるかもしれない。(しかし、相手は納得していない。)……黙らせること。それが自己責任論の目的だった。私たちの目的は逆だ。しゃべってもらうこと。モノ言える社会にしていくこと。自己責任論と同じになっちゃいけない。

こうした課題意識を持って、有吉文学に目を向けていったとき、どんなことが見えてくるのか。
たとえばジュリアに代表される「プエルトリコ人は馬鹿だから貧しいのだ」という考え方はどういうものなのか。
では、そこに対比的に描かれていく崎子のものの見方はどういうものなのか。
今回の集会がどの方向から有吉文学に切り込むのか。読みの切り口をはっきりと示してくれた報告でした。
(集会に参加される方は、ぜひ、機関誌193号「日本型現代市民社会と文学」・196号「戦後の近代主義との対決」をお目通しください。)

基調報告U「太宰文学再発見――<私の中の私たち>の組み替え」のSさんの報告は、太宰文学の大きな流れの中に「燈籠」を位置づけ、熊谷孝氏の時期区分論を更に一歩深めるものでもあり、大変示唆的なものでした。
ここでは一点だけ新しい問題提起として大変鮮明に印象付けられたことだけお知らせし、後は全国集会でのお話を楽しみにしたいと思います。
それは熊谷氏が提起した太宰文学の時期区分の第三期「<希望を持とうとする人の書いた文学>の時期」がこの「燈籠」あたりにその転機があり、「満願」「姥捨て」によってはっきりと確立されてくるのではないか、という指摘でした。
以下、私が理解しえた範囲で佐藤さんの問題提起をこの一点に絞って紹介したいと思います。

心中事件など経て、この時期太宰は、「何とかして生きていかなければ」「何とかして新しい自分として生きていこう」として自己の見直しを行っている。
だから太宰の「私」が語り手になる作品も私小説ではない。新しい<私>を描いている。
自己の中で準体験の作用を通し、他者を自己として再構成していく。
その第三者として組み替えなおされた「内なる<私>」を、極力自分とつかないように異性に置き換えて行ったのがこの時期の太宰の虚構の方法ではないのか。
“笑い”の資質をもっと前面に出し、性は違えど“人間”としては同じ、というスタンスで、「苦しんでいるのは一人ではない」という発想の豊かさを獲得していく。それは「内なる<私>」の組み替えによって可能になったことだ。
「日本精神」「伝統」が声高に叫ばれる中で、「燈籠」。
人から見ればただのつまらない電球の明かりだ。しかし、これが私たちの“燈籠”なのだ、という再創造がそこにはある。
一般的な家庭の幸福を賛美しているのではない。
「この人なら聞いてくれる」と思った相手に対し、彼女が思いのたけをぶつけながらつかみなおしていった親子関係、家族、人生。
一般的な目からしたら平凡なわびしい光景かもしれない。しかし、そこに掴み取られた新しい“真実”、“美”がはっきりと描き出されていく。
そうした目で「走れメロス」「畜犬談」なども見直していくと、違ったものが見えてくるのではないか。

ということで、二つの基調報告のさわりだけ紹介しました。
こういう書き方では上滑りの観を免れませんが、何かしら全国集会への足がかりにし
ていただけたらと思います。

〈文教研メール〉2009.8.2 より


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