N さんの例会・集会リポート   2004.11.14 秋季集会
 
  
 夏、あの山の雪のように――『飛ぶ教室』の少年たち

会場風景
 文教研のNです。

 11月14日、文教研秋季集会、無事終了しました。神奈川近代文学館という初めての場所でしたが、環境も良く、落ち着いた雰囲気で出版記念集会に花を添えてくれた格好でした。

 『ケストナー文学への探検地図「飛ぶ教室」/「動物会議」の世界へ』も編集長のSさんとこうち書房の加藤さんのたいへんな努力で、当日、集会開催ぎりぎりに到着しました。手にとりやすく、読みやすく、そして、内容の濃い、とてもいい本に仕上がりました。是非、みんなで広めましょう。

 さて、『飛ぶ教室』は集会で扱うのも、既に三回目です。そして、この間、主要なケストナー作品を集会で取り上げ、また、本の出版のために、多くのケストナー作品を例会で読み合ってきました。また、I さんやTさんをを中心とした研究成果のおかげで、作品を読む場面規定は飛躍的に深まってきていると思います。そうしたことが生きた集会であった、といえそうです。

 私が個人的に、今回読み直して特に印象が深まったのは、「第一のまえがき」でした。集会の中でIwさんも発言しておられましたが、「ツークシュピッツェ山の美しいつめたい雪」の印象です。確かに雪は厳しいものでもあります。しかし、この雪は「転がる雪玉が雪崩にな」って全てを押しつぶす、そういう雪ではありません。「おふろにはいって、シチュー肉のようにあぶられる思いをし、日射病を覚悟している」とき、正常な神経を取り戻し、本当に美しいものを思い出させてくれる雪なのです。この暑さは、ただの夏の暑さではありませ『飛ぶ教室』のゼミん。人を死にいたる苦しみにさいなむ暑さなのです。「私」はこの「暑さ」で書けなくなると、ツークシュピッツェ山を見上げ「大きな岩のさけめに、消えることのない、つめたい雪がきらきら光っている」のを眺めます。「北極」にあるという雪ではなくて、自分の視野の中に、確か捉えられる本物の雪。それこそが「私」に物語を書くという仕事をさせてくれる。こうした描写は実に詩的で象徴的です。

 作品を読み進めながら見えてきた子どもたちの姿、そして、正義先生や禁煙先生の姿。こうした存在が、このツークシュピッツェ山の、消えることのない、きらきら光る雪のように、私たちの心に残ったのではないでしょうか。そして、ケストナーの見せてくれるこの雪を見ながら、私たちは「なんとかきりぬけるようにしなければ」ならないのでしょう。秋が来て、大事な仲間のゴットフリートは蝶の運命として年も取らずに死んでいきました。そして、小牛のエドアルトは立派な牡牛になったかもしれないし、小牛のカツレツになってしまったかもしれません。それはとても悲しいことですけれど、でも、あの山のふもとで仲間と共に生み出された物語の中の少年たちは、あの山の雪のように確かに存在して、「賢さ」と「勇気」をもって未来へ向けて歩みだしてくれています。

 今回、冒頭のチューター提案では『飛ぶ教室』が出版された時期が、どのように厳しい「ブラック・リスト」による取締りが行われていった時期か、といった報告がなされました。そして、最後のチューター総括では、次の言葉が紹介されました。

 「未来を信じるものは青年を信じます。青年を信じる者は教育を信じます。教育を信じる者は手本の意味と価値を信じます。なぜなら青年というものは未来への途上にあって、どんなに良く考えられたものであっても、……出来合いの決まり文句やカタログや旅行案内などではなく、広い展望のきく、時間の国の中で方向と目標を示してくれる道しるべをこそ求めて必要としているからです。つまり彼らの手本です。我々の国の政治家が未来と入れ替えようとしている過去への行進のために、もちろん道しるべなど必要ありません。(「ドイツ人の忘れっぽさについて」1954年5月、55歳)(『ケストナー文学への探検地図』/T ケストナー語録/新しい時代の幕開けをめざして より)

 「あんまり暑かったら、ツークシュピッツェ山の美しいつめたい雪をみさえすればいいよ! わかったかい?」といってくれた実際的なお母さんは、下着を送り返すようにもうるさく言います。そのとき「私」は、言い返しています。「花に水をやって!」
 水をかけてもらえる人はかけてもらってもよし、かけてもらえない人は自分で自分に、そして、自らもまた水をかける人になってよし。とにもかくにも、ケストナーは私たちの中に咲いている花に水遣りをしてくれている。それは、あの「ツークシュピッツェ山の美しいつめたい雪」のように確かなことと、この集会を通して改めて実感しました。
〈文教研メール〉より

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