文教研のプロフィール

1994年12月 東京法令出版発行「月刊 国語教育」(1994.12)掲載 
「国語情報ネットワーク・わが国語科・わが研究会」のページに掲載されたものです。


母国語文化との出会いを大切に――文学教育研究者集団   荒川有史
 国立音楽大学教授


 1 創立の初心

 文学教育研究者集団(略称 文教研)は、一九五八年一〇月に発足しました。
 『文学と教育』創刊号では、〈私たちのしごと〉を次のように位置づけています。――「とくに、学校教育の面において文学教育がおしゆがめられようとしている、こんにち、私たちは、まず《国語教育のなかに文学教育を明確に位置づける》ことから、仕事をはじめていきたい。当面の課題をそこに求めて学習活動をつづけると同時に、一方では、たえず、学校教育のワクを越えたところで活動をおし進めることで、《明日の民族文学創造の基盤》を確かなものにしよう、と考える」云々。鑑賞・文学史・文学理論・表現などの学習領域が相互に支えあいながら展開される文学教育活動の究極のねらいを、〈明日の民族文学創造の基盤〉づくりに求めた、と言えましょう。
 ところで、そうした基盤づくりも、教師の主体を通したいとなみ なしに実現できるものではありません。いつ、どこの、誰に向けても有効な方法などありえない、という判断から、私たちは自己の言語観・文学観の問い直しを始めました。
 第二期の一九六〇年代は、第二信号系理論の摂取による自己変革の時期、であります。いわば、いそがばまわれ、の格言を地で行くような、学習の継続でした。誰にでもできる文学教育を志向しつつ、一方、文学教育は誰にでもできるのか、を追跡し続けた十年間であった、と思います。文学を必要とせず、文学作品に親しむこともなく、未来をになう子供たちの媒介者になりうるのか、という問いかけが根底にあったのです。
 その後、一九七〇年前後からの十年間は、〈文体づくりの国語教育〉という発想を自覚し、実践する時期となりました。〈母国語教育としての文学教育〉を、〈文体づくり〉という切り口から、深めよう、というねらいでもありました。
 文体に定着を示している自己の現実認識のありよう、それを問い直し、変革していく作業は、否応なしに、すぐれた文体とは何か、という問い返しを喚起しますし、文体創造に基盤とその歴史に注目せざるを得なくなります。〈文学史を教師の手に〉というねがいやよびかけの中から、〈現代史としての文学史〉という発想も生まれてきました。森鴎外、徳冨蘆花、芥川龍之介、井伏鱒二、太宰治などと取り組む十数年が続きます。
 この取り組みの中から、あるいは並行して、古典としての西鶴、芭蕉、近松、秋成、蕪村、親鸞、定家などの再発見がありました。母国語文化としての再発見であります。
 それは、また、小・中・高・大学を見通した教材体系の追跡と、整理・再整理の過程であります。さらに、文学教育の方法としての〈印象の追跡〉を、具体化し主体化する過程でもありました。
 二〇人で出発した仲間が五人になり、また七人になり、今、三五〇名の仲間を数えるようになりました。


 2 文教研は、いま、何を

 右のような取り組みを積み重ねる中で、文教研の生みの親、育ての親とも言うべき熊谷孝先生と永別するときがやって参りました。一九九二年五月一〇日のことであります。今は、熊谷理論の核心を継承し主体化しつつ、文教研が一つの集団として飛躍する時期を迎えています。
 その指標が、毎年八月上旬、東京都八王子市の大学セミナー・ハウスにおいて行われる〈私の大学〉文教研全国集会と、秋の一日集会(不定期)です。
 全国集会は、ことし43回を数えました。〈母国語文化の画期――井伏鱒二・文学史一九二九の意味〉という切り口から、文教研の課題を追跡いたしました。〈文学史を教師の手に〉というよびかけは、毎年、次の一文を集会案内の第一面にかかげます。

 
「“文学教師”――それは、自身に文学を必要とし、また、文学の人間回復の機能に賭けて、若い世代の“魂の技師”たろうとする人々のことである。そういう人々の中には、当然、学校教師もいるだろう。当然また、人の子の親や、兄や姉もいるだろう。限界状況の一歩手前まで追い込まれた、日本の社会と教育の現状は、今、まさにそうした人々の文学教育への積極的な参加を求めている」云々。
 集会は、二部構成で考えました。列記すると、次のとおりです。
T 母国語教育の課題
  1 対話精神の回復
  2 民族・母国語・母国語文化――第二信号系理論の視点から
  3 文体刺激と文体反応――印象の追跡の方法原理
U 現代の文学と現代文学
  4 井伏文体の成立と展開
  5 ゼミナール『ドリトル先生アフリカ行き』の印象の追跡
  6 報告と質疑『厄除け詩集』
  7 ゼミナール『へんろう宿』の印象の追跡
 『文学と教育』一六七号(一九九四年一一月刊)は、第43回全国集会の総括特集になっています。ご一読をいただけるなら、さいわいです(年間四冊、送料とも二四六〇円)。
 ことしの秋の集会は、一九九四年一一月一三日(日)、川崎市の中小企業・婦人会館でひらかれました。課題は、〈“読み”の楽しさ・むずかしさ――母国語文化との出会い〉です。よびかけの一文は、現時点における文教研の姿勢を示しています。


 3 文教研の姿勢

 よびかけの全文は、次のとおりです。
 すぐれた文学作品には、未来のさきどりにおいて人生の真実が表現されています。成人文学と児童文学とを問わず、すぐれた文学作品は、読み手に自己凝視と自己変革を促さずにはおきません。文学による“人間回復”――本当の楽しさがそこにあります。
 もっとも、読み手がやわ な場合、それは望むべくもありません。読むことのむずかしさもまたそこにあります。〈創造の完結者〉としての読者のありようが問われるゆえんです。
 〈文体〉――それは、人間の現実認識の発想が言葉(文章)に定着したもの、と私たちは考えています。言いかえるなら、発想という切り口からつかまれた言葉のありようのことです。ある作品が“わかった”というのは、だから、その作品の〈文体〉との対話が成立したということ以外ではないでしょう。
 また、民族の共通信号である母国語は、〈民族体験の総決算の反映〉という性質をもっています。したがって、母国語を直接の媒体とする〈母国語文化〉には、民族体験の二重の総括・総決算が反映されていることになります。〈母国語文化〉との出会いは、そこで民族精神を基調とする民族課題の発見と思索につながることにもなるわけです。 
 文学は自分で“わかる”ほかないものです。けれどもまた、仲間と読み合う中で、作品の〈文体〉に触れ、自己の発想を少しずつ変えて来た、というのも多くの人に共通の体験でしょう。
 晩秋の午後のひととき、ご一緒に、すぐれた〈文体〉〈母国語文化〉との対話・対決の場をつくりませんか。あるいはそこに、新しいあなた自身との出会いがあるかも知れません。

 こうした文教研の姿勢を、さらに深く知りたいと思われる方は、次の著作が参考となるでしょう。
(1) 熊谷孝 『文学教育の理論と実践 日本児童文学大系 6』 三一書房、1955年10月
(2) 熊谷孝 『国語教育 講座日本語 7』 大月書店、1956年1月
(3) 熊谷孝 『文学教育』 国土社、1956年11月
(4) 熊谷孝 『芸術とことば―文学研究と文学教育のための基礎理論』 牧書店、1963年4月
(5) 文教研 『文学の教授過程』 明治図書、1965年8月)
(6) 文教研 『中学校の文学教材研究と授業過程』 明治図書、1966年5月
(7) 熊谷孝 『言語観・文学観と国語教育』 明治図書、1967年2月
(8) 文教研 『民族の課題に応える 文体づくりの国語教育』 文教研出版部、1969年1月
(9) 熊谷孝 『文体づくりの国語教育』 三省堂、1970年6月
(10)文教研 『文学教育の構造化』 三省堂、1970年11月
(11)熊谷孝 『現代文学にみる 日本人の自画像』 三省堂、1971年1月
(12)熊谷孝 『芸術の論理』 三省堂、1973年5月
(13)文教研 『芥川文学手帖―教材化と授業の視点』 文教研出版部、1974年2月
(14)荒川有史 『文学教育論』 三省堂、1976年12月
(15)熊谷孝 『岐路に立つ国語教育―国語教育時評集』 文教研出版部、1977年3月
(16)文教研 『文学史の中の井伏鱒二と太宰治』 文教研出版部、1977年4月
(17)熊谷孝 『井伏鱒二〈講演と対談〉』 鳩の森書房、1978年7月
(18)文教研 『芥川文学手帖』 みずち書房、1983年11月
(19)文教研 『井伏文学手帖』 みずち書房、1984年7月
(20)文教研 『太宰文学手帖』 みずち書房、1984年11月
(21)熊谷孝 『太宰治「右大臣実朝」試論・増補版』 みずち書房、1987年4月
(22)夏目武子 『国語教育としての文学教育』 みずち書房、1987年5月
(23)樋口正規 『文学教育の主体―文学教師への模索』 近代文芸社、1989年4月
(24)文教研 『熊谷孝 人と学問』 (文学と教育160号)、1992年12月
(25)荒川有史 『母国語ノート』 三省堂、1993年9月
(26)佐藤嗣男 『井伏鱒二―山椒魚と蛙の世界』 武蔵野書房、1994年3月
(27)荒川有史 『西鶴―人間喜劇の文学』 こうち書房、1994年5月
(28)荒川有史 『日本の芸術論―内なる鑑賞者の視座』 三省堂、1995年4月(予定)
 
 4 展望


 第四四回全国集会は、芥川、井伏文学の総括をふまえ、〈太宰治と西鶴〉という課題に。
  
事務局・立川市 (略)
  

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