野崎 歓 『水の匂いがするようだ 井伏鱒二のほうへ 』(2018.8 集英社刊)より (23-29頁) |
ユーモア小説として、さらには「ナンセンス」小説として読むことも可能な些末さや浮薄さをも帯びながら、しかし初期の井伏作品は二十一世紀の読者にとって思いがけないほど新鮮で強い感動を与える。それがはるかのちに訪れる「高度成長」の時代とは対極的な先行きの不透明さと不況感を背景に、若者の孤独を中核とした物語群であることもその大きな一因だろう。たとえば「鯉」の中では「私」が「最早失職していた」と記されている。大学を追い出されると同時に親友・青木南八を 「散文文芸と誤れる近代性」を発表した翌月、「幽閉」に大幅な改稿を施して新たに世に問うた「山椒魚」が、「鯉」に続いて「勇壮なる文案のポスター」とはまったく異質の散文芸術の誕生を示していることは明らかだろう。ぐうたら学生風だった「幽閉」の、「僕」で語るナイーヴな山椒魚に対し、「俺」で語るこちらの山椒魚はもはや学生風を脱し、いわば階級脱落者としての凄みを加えている。「ルンペン」の語が見えるが、これは「当時の文壇の流行語」(中村光夫「井伏鱒二論」一九五七年)であるとともに、「一ぴきの蜜蜂」(一九二九年)でも用いられる、この時期の井伏が自嘲的に用いるタームであり、そこに投影された生活の貧窮と閉塞感は「幽閉」の比ではなく深い。自分の頭が「コロップの栓」つまりコルクの栓となってつかえるという、にっちもさっちもいかない状態を身体的に伝える比喩がここで初めて用いられる。山椒魚が涙したりすすり泣いたりといった細部も「幽閉」にはなかったものである。 ルンペンプロレタリアートとは、マルクスが『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』において、あらゆる階級の中の「屑、ごみ、かす」と名指した、反革命の温床とさえみなされるいかがわしくも不名誉な階層である。*3 そんな汚名を着せられかねないようなどん底状態を忍びつつ、しかしそこに不思議な生命の脈動を宿してもいるところに、山椒魚のしぶとい抵抗と、あっぱれな愉快さがある。その点に関し、従来あまり強調されてこなかった点を一つ指摘しておこう。それは主人公たる山椒魚の食生活についてである。 「幽閉」では先に引いたとおり、冒頭部分で山椒魚の食糧がいかに乏しかったかが具体的に説明されていた(「彼はこの二年半の月日の間に、雨蛙を二疋と五尾の目高とを食っただけであった」云々)。「山椒魚」ではそれがすべて削除され、食事への言及自体がまったく見られなくなっている。そこから判断して、山椒魚は何も食べていないと考えざるをえない。 中盤から登場する「蛙」は食糧ではなく、多くの「山椒魚」論が強調するように、主人公の対話相手としてその内的成熟を促す役割を演じるのみだ。 長きにわたり何も食べ物を口にしないのだから、山椒魚は激しい身体的衰弱に見舞われておかしくない。一編の結末部分で彼が「空腹で動けない」というせりふを口にするのは、その問題を作者も意識せざるをえなかったことの表れだろう。だがそれにもかかわらず、山椒魚がやせ衰えるといった描き方はされていない。絶食のあげく「瘠せ衰え」た青木南八の姿に比すべき描写は一切含まれていない。病床の青木を想起するのが不適切であるなら、「幽閉」および「山椒魚」の発想源として井伏の明言するチェーホフ「賭け」を思い出せばいい。そこには愚かな賭けに応じて一室に幽閉され、そのまま十五年過ごすこととなった男が登場する。男は十五年後、「骸骨」のように痛ましくやつれ、老いさらばえた姿を現すのである。 そんなチェーホフの主人公に対し、山椒魚のしぶとい健康さは明らかだ。「もう駄目なようだ」と蛙に打ち明ける言葉は憐れを誘うが、しかしそれでも彼には(そして彼によって無理やり共棲相手にさせられた蛙にも)、なおしばらくの生命は保証されているだろう。深刻な閉塞状況下にあって漂う、一抹のとぼけた和やかさをわれわれは嘆賞する。それはもちろん、この小説の寓話的性格によるものだが、あらゆる困難にもかかわらず死なずにいる山椒魚の強さは、以後も井伏鱒二とその文学の根幹を支え続ける。
「山椒魚」が切り開いたのは、極度に貧しい生活を強いてくる、ヘルダーリン風に云うならば「乏しい時代」のただ中にあって、耐え忍ぶこと自体のうちから愉悦を引き出す散文の技法であり、自分自身を辛抱強く護り続ける生存の流儀なのである。 すでに「幽閉」の段階でこの作品の強力なオリジナリティを見抜いたのが、まだ中学生の太宰治だった。それ以来井伏作品に傾倒する一方の太宰は、「井伏さんの作品から、その生活のあまりお楽でないように拝察せられたので」高校生のとき、ついに少額の為替を同封して手紙を送り、礼状をもらって有頂天になったという(『井伏鱒二選集』第二巻「後記」筑摩書房、一九四八年)。当時の井伏が漂わせていた貧乏イメージの強力さがわかろうというものだ。その太宰が井伏について「観念出来る」人だと書いているのは興味ぶかい。「この観念出来るということは、恐ろしいという言葉をつかってもいいくらいの、たいした能力である。人はこの能力に戦慄することに於て、はなはだ鈍である」(「同四巻「後記」一九四八年)。*4 すでに「山椒魚」の井伏は、観念が達観と見えるほどの風格を身にまとっている。観念にせよ達観にせよ、作家はそこに居直るわけでも高を括るわけでもない。しかしそれがしぶとく生き、書くためのゆとりとなって彼を支えていることは確かだろう。後年の、釣果貧しき釣師の肖像もまた、そうしたゆとりのある「観念」のもたらしたものである。
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