初期機関誌から

文学と教育 第30号
1963年10月10日発行
  〈教科処分額教材の再検討 1 〉 『ごんぎつね』の場合  山田松治  

  ◇ 感動的な場面

 この作品を扱ってみて、最も感動的な場面は、「戸口を出ようとするごんをドンとうちました。兵十はかけよっていき……。」のおわりの場面であった。
 それは、お互いにわかり合う事のできぬ者の悲しさ、孤独なごんぎつねの善意が通じぬまま死をむかえねばならぬ事のかわいそうさ、あわれさにうたれたのだと思う。
 兵十は、火なわ銃をぶっぱなして、たおれたごんの所へかけ寄って行く。たおれたごんと、置いてある栗を見たとたん、ごんを殺してしまった後悔の情にかきむしられる。しかし、もうごんは生きてかえる事はできない。良心の呵責に銃をぱたりと落とした兵十の心境は、ごんが、兵十のおっかあを死なせてしまったのだと、自分のいたずらを悔いる気持と似ている。
 この二人のちぐはぐな善意は、兵十とごんの行動のとり方でどこかで結びつく可能性を持っているように、最後の、「ごん、おまえだったのか。」の文から感じとられる。
 そして、善意が通じぬまま死をむかえねばならなかった“かわいそうさという感動”を準体験することで、この両者のちぐはぐな善意が合致する可能性を追求することが、この教材を扱う時の中心点であると思う。


  ◇ 切りすてられている感動の裏づけ

 この中心点をもりあげるためには、ごんの心情、兵十の心情というものを克明に追求していかねばならない。
 しかしながら、この教科書教材(大日本図書四年用)の『ごんぎつね』では、そのために最も重要であると思われる次の部分がカットされている。
「ある秋とのこでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、ごんは、外へも出られなくて、あなの中にしゃがんでいました。雨があがると、ごんは、ほっとしてあなからはい出ました。空はからっとはれていて、もずの声がきんきんひびいていました。」
 というはじめの部分と、第四章と第五章のはじめにかけての部分が大きくカットされている。
 これらは、我々、または子供等が読む上でどのような影響を与えるだろうか。
 まず、はじめの部分について。二、三日も雨が降り続いたそのあいだ、外へも出られなくて、暗い穴の中にひとりしゃがんでいなければならなかったごん、雨があがったので、「ほっとして」暗いじめじめした穴からはい出してきたごん。「空は、久しぶりにからっとしてもずの声がきんきんひびいていた。」この部分があってこそ、雨が降りつづいてやりきれないごん、久しぶりに晴れたので、小川の堤まで出てこられるようになった、その日のごんの心情が読みとれるのだと思う。また、この部分があってこそ、単なる悪ぎつねの後悔の物語でないものになるのだと思う。
 いっぽう二、三日も雨が降り続き、雨のあがるのを待ちかねて、川へ魚をとりにやってきた兵十。川の流れも速く、水量も多い。そういう中でも、ほっぺたに葉っぱをつけながら魚をとらずにはいられなかった兵十の気持も、この部分があってこそ実感できるのではないだろうか。
 次に、第四章、第五章の部分は、この教材でも一応の説明はつく。しかし、ここで、はじめて兵十が主役になり兵十の側から兵十の気持が述べられている。そして、この部分があってこそ、兵十と加助の話を聞くためにあとをつけて行き、念仏の終わるまで待っていずにはいられなかったごんのいじらしい心情が読みとれるし、「ひきあわないなあ」ということばもいっそう生きてくると思う。
 この他にもまだカット、あるいはことばの書き替えはあるのだが、ここではこれくらいにとどめる。


  ◇ 教科書教材の問題点

 文学作品において、カット、および、ことばの書き替えがあるということは、その作品を本来の作品として鑑賞することができなくなっているということである。
 前述のように、文学作品は、一つのまるごとの統一体であり、部分は全体と密接にからみ合っている。ある部分をカットすることは、単に、その部分だけの問題ではない、作品全体を左右する重大なことである。教科書のスペースに制限があるとしても、安易なカットは許されない。
 文学作品は、部分と部分のつなぎあわせである、そういう考え方にたつならば、少々のカットはたいして全体に影響することもないだろう。しかし、重ねていいたい、カットされた部分が全体の中で、ぬきさしならぬ意味をもつ、そういうカットのしかたが、この『ごんぎつね』の場合である。
 単に、『ごんぎつね』だけがそうだというのではない、教科書教材となっている文学作品をみると、単なる事件の説明になっているものや、作品のテーマの一義的な理解を暗示するようなかたちに改作されている場合がほとんどである。
 このような、改作された教材によっては、文学教育はできないのではないだろうか?
(千葉県安房郡富浦町八束小)
HOME「文学と教育」第30号初期機関誌から機関誌「文学と教育」