文教研[私の大学]第22回全国集会 総括   (『教育科学・国語教育』1974.11掲載記事から) 
   
   文学教育研究者集団第23回全国集会
 文学教育研究者集団(以下、文教研と略称)第23回全国集会は、例年のとおり東京都下八王子の大学セミナー・ハウスにおいて行われた。定刻主義、少数定員による徹底的な討論を前提にした<私の大学>を今年も実現。全体テーマは、芥川龍之介から太宰治へ。昨年とちがった特色としては、(1)教師自身のための文学研究の集いに焦点をしぼったこと、(2)<私と芥川・太宰>というセクションをもうけて、参加者個々人の芥川文学や太宰文学に対する出会いと評価の関連を重視したことetc.。
 第一日。 Ⅰ課題と視点。福田隆義委員長は、今次集会の基本課題として、近代主義批判の問題を強調。荒川有史事務局長の基調提案・総合読みと文学史の方法では、(1)浅かろうと深かろうと、読みの過程は<印象の追跡としての総合読み>にほかならないこと、(2)文学史を教師の手に、と考える私たちの文学史は、現代史としての文学史の視点をもち、総合読みの発想に立つ文学史でなければならないこと、ある個人がどういう死にかたをしたかという終着駅からその作家の作品系列を論ずるのではなく、交通事故や戦争で死んだ可能性をも視野に入れ、その作家が処女作において新しく打ち出したものは何か、一歩一歩つけたしていったものは何かをさぐることの必要性等々を指摘した。
 第二日。 Ⅱ特別報告/芥川文学の原点と全体像。1 <中流下層階級者>の視点を黒川実さん(東京・明星学園高)。プティブルに即しつつそれをこえた視点から、虚構における真実を追求しつづけた芥川文学の魅力を強調。2 文学の方法としての歴史小説を佐藤嗣男さん(東京・明星学園高/東洋英和短大)。大正デモクラシーの混迷の時期に、芥川は歴史小説の方法を武器として、近代主義の迷妄を打破したことを強調。3 <男と女>の問題を夏目武子さん(横浜・大綱中)。芥川文学には精神と肉体との分裂が見られず、「頭脳と心臓と官能とを一人前にそなえた人間」のまるごとの姿の探求があることを強調。Ⅲゼミナール/『雛』(芥川龍之介)の再評価。チューター、鈴木益弘さん(横浜・横浜商業高校)。報告1 作品把握の前提条件 を山下明さん(東京・桐朋高校)、報告2 『雛』の構成 を芝崎文仁さん(横浜・篠原中)が担当。従来、開化物の一小品としてしか見られなかった『雛』が、前近代という舞台像における近代主義批判の作品として大きく評価された。また、この作品は複数の目による描写のダイナミズムを実現していることなどが討論においても確認された。
 Ⅳ講義/太宰文学の原点を探る道筋は、熊谷孝さん(国立音楽大学教授)が担当。熊谷さんは、一九三四年『葉』との対面から話を進めた。たまたま本郷の古本屋で同人誌「鷭
(バン)」を発見、湿地帯に住み、けたたましく人間のように笑うこの鳥を誌名にしている点にひきつけられ、太宰文学の原点ともいうべき作品に対面した。暗い谷間を生きる知識人にとって、それはひそかに聞こえてくる連帯志向へのよびかけであり、安っぽい孤独感からの解放をうながす文学であったという。『葉』の魅力にとりつかれた氏は、太宰治の名を追い、『めくら草紙』を読み、一九四〇年には『鷗』という作品を知る。待つという言葉がどんなに新鮮であり、力強いものであるかを語った氏は、同時に、待つ対象はキリストであるとか、待つ姿勢は雪国育ちから生まれたとか、実存としての人間追求に結びつくとかいう意見は、一九四〇年における母国語操作のありようを知らぬ非歴史主義的見解であると批判。また、太宰文学を県人会的発想の所産に限定するのはヒイキの引き倒しであり、日本列島分断政策に協力するものであると論断した。さらに、(1)自己の存在と見あう意識から脱出するために強靭な観念をもつことが必要だが、そのような抽象的なものへの情熱を形づくったのが大正デモクラシーであること、(2)太宰の天皇に対するある種の感情と天皇制ファシズムへの抵抗とを混同すべきではないこと、(3)芥川から太宰へという視点からみるならば、芥川は非戦争世代であり、太宰は戦争世代であること、しかし二人は精神的な親と子であり、中流下層階級者の視点を深めることで、自己のありかたを自覚したこと、(4)二人の場合、文学することが政治に対決することであり、政治もまた自己の文学の内側の問題であったということ、(5)天皇制ファシズム下における超国家主義は、上からの近代主義の変化形にほかならないこと、等々を力説した。
 第三日。Ⅴゼミナール/太平洋戦争開始時における太宰治。チューター夏目武子・高沢健三さん(東京・桐朋高校)。報告1 作品把握の前提条件 を佐藤嗣男さん、報告2 『新郎』『十二月八日』――そのインプリケーション を沼田朱実(東京・練馬保母学院)、杉浦寿江(東京・東村山二中)他のみなさん。部分と部分との対立相克の中に、天皇制による疎外状況における人間と人間とのかかわりかたが明らかになり、読者の視座においてすぐれたインプリケーションが実現するような文体刺激の作品群であることが検討された。Ⅵ作品把握としての総合読み/律子と貞子をめぐって。進行兼チューター、山下明、熊谷孝さん。場面ごとに立ちどまり、表現に即して、文教研方式の総合読みの偉力を示す。各人物に対する読者の好悪や共感・反発も各自の人間観・文学観に深く関わる点が明らかになる。Ⅶ『正義と微笑』『禁酒の心』『黄村先生言行録』を語るシンポジウム。提案・黒川実、意見・村上美津子(横浜・山内中)、新開惟展(大阪・北丘小)他の各氏。太平洋戦争下の緊張した文体が問題になる。他に、喜劇精神にささえられていること、仲間同士が疎外しあっていくことへの抗議を含みつつ、権威主義、利己主義、教養主義への批判は厳格であること、聖書に即しながら聖書をこえた視点、「己れを愛する如く他者を愛する」姿勢が執念
(しゅうね)く微笑もて追求されていること等々。
 第四日。中間総括・全体総括については紙数尽く。『文学と教育』№88、全国集会特集(送料共270円。三鷹市明星学園内文教研事務局)参照。<近代主義>の概念規定やその種々相については集会テキスト『日本人の自画像』『芸術の論理』(熊谷孝著・三省堂刊)、『芥川文学手帖』(文教研著・送料共300円)参照。
<文責・荒川有史>

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