斎藤幸平 『人新世の 「資本論」 』 ・ 参考2
朝日新聞(2021.1.16 )「読書」欄 本田由紀(東京大学教授)の文章より

-前略-
気候変動と資本主義の問題点を豊富なデータや研究により喝破してゆく迫力はすばらしい。「SDGs(持続可能な開発目標)」でも「グリーン・ニューディール」(技術革新による環境保護と経済成長の両立)」でも、加速度的に進む環境破壊と温暖化は止められない。先進国で達成したかに見えても、そのツケは途上国に押しつけられるだけ。電気自動車に必要なリチウムもコバルトも、途上国での貴重な水の浪費や環境汚染、過酷な労働を犠牲にしている。
 資本主義国こそが、利潤のあくなき拡大を目指してすべてを市場と商品化に巻き込み、自然の略奪、人間の搾取、巨大な不平等と欠乏を生み出してきたからには、それを変えなければ、解決にならない。
 うんうん、と読んできて、これからの構想にいたって、ややうっとなる。脱成長コミュニズムを実現するための価値観の転換は可能か、権力や財力を握っている層の抵抗は超えられるか。その未来に(私がそれなしでは生きられない)インターネットやPCはありますか? 著者の話をもっと聴いてみたくなる。それだけ魅力のある本です。




斎藤幸平『カール・マルクス 資本論』(NHK「100分de名著」テキスト)-はじめに-より

-前略- 『資本論』は、経済学はもとより、哲学、文学、歴史から自然科学まで、幅広い候様が求められる難攻の大著。「一五〇年も前に資本主義を論じた本を、今さら苦労して読んでも……」と躊躇してしまうかもしれません。
 実際、マルクス主義を謳ったソ連が崩壊して以降、世界中で左派は弱体化していきました。日本の大学ではマルクスを学びたいという学生も、マルクス研究者のポストも激減しています。そして、多くの人たちは『資本論』を読まなくなってしまいました。
 そのせいでどうなったでしょうか? 資本主義を批判する者がいなくなり、グローバル化が一気に進み、「新自由主義」という名の市場原理主義が世界を席巻、世界全体のあり方を資本主義が大きく変えていったのです。人類の経済活動が地球のあり方を根本的に変えてしまったという事実を強調するために、「人新世
(ひとしんせい)」という地質学の概念が、様々な分野で使われるようになっているほどです。
 世界中に豊かさをもたらすことを約束していたはずの資本主義。ところが、「人新世」は、むしろ社会の繁栄を脅かすような数多くの危機によって特徴づけられています。金融危機、経済の長期停滞、貧困やブラック企業。そして、新型コロナウイルスのパンデミックと気候変動の影響による異常気象が、私たちの文明的生活を脅かすようになっています。
-中略-

 このまま資本主義に人類の未来を委ねて置いて、本当に大丈夫なのでしょうか。様々な問題が、想像を超えるスピードで拡大し、深刻化しているのに、何故資本主義にしがみついて〝経済を回し〟成長し続けなければならないのでしょうか――。
 そんな疑問が湧いてくる世界だからこそ、『資本論』が再び必要なのです。顕在化してきた危機の根本原因は資本主義であり、だからこそ問題解決のためには、資本主義から脱却する必要がある、と私は考えています。もちろん、それは『資本論』を読破するよりもずっと難しいことですが、その一歩に向けた想像力と創造力を与えてくれるのが、マルクスなのです。だから今、世界では、改めて『資本論』が論じられるようになっています。
-中略-

 絶好調の資本主義を前に、マルクス研究者の多くは哲学的で難解な抽象論に傾倒し、マルクスを現実から切り離して象牙の塔に閉じ込めていきました。皮肉にも、『資本論』の難解さが、研究者たちが自らの権威を守るために役立ったのです。
 けれども、マルクス本人は、大学で教えたり研究活動をしたりしていたわけではありません。ジャーナリストとして頭角を現すも、当局に目を付けられて亡命を迫られます。ヨーロッパを転々としながら、貧しい暮らしのなかで、労働者階級のために『資本論』を書きあげた、在野の理論家なのです。
 そんな彼が「健康も、この世の幸福も、家族をも犠牲にして」
(マルクスからジークフリート・マイアー宛の手紙。一八六七)執筆した『資本論』は、学術論文ではなく、社会変革へ向けた〝実践の書〟なのです。今こそ『資本論』が必要です。資本主義が危機に陥り、その暴力性がむき出しになっているニ一世紀は、再びの「マルクスの世紀」だからです。現代を生き延びようとしている私たちにとっても、よりよい将来社会を構想するための、実践的な道標になってくれるでしょう。-中略-

 マルクスというと、ソ連や中国のような共産党による一党独裁社会を連想する人も多いと思いますが、マルクス自身は「共産主義」とか「社会主義」という言葉をほとんど使っていません。代わりにマルクスが用いたのが「アソシエーション」という用語です。
 アソシエーションによって形成・維持される社会とは、どのような社会なのでしょうか。マルクスが構想した「コミュニズム」とは、ソ連や中国のような中央集権的な共産主義とどう違うのでしょうか。それがわかると、「人新世」の危機が文明を脅かし、「資本主義社会の終焉」が謳われる今こそ、『資本論』が読むべき名著だと得心していただけると思います。