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     ┃  ざぶらん通信   2012年10月15日(月) NO.109    ┃
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     ┃  発 信   流 木 RyuBqu               ┃
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    頭のなかで馬に乗る           流木

    ◆ 
 読書の秋というが、このところちょっと家事に忙しく、本はベッドに入ってからだ。しかし、読みかけのページからしおりをぬいて続きを読みつぐのは、夜の楽しみ。
 最近読んだ小説でおもしろかったのは、赤坂真理の『東京プリズン』と三浦しおんの『舟を編む』である。

 前者は、1980年代に16歳であった少女によって、戦後日本の精神史が掘り返される作品である。むずかしいテーマを小説としておもしろく仕立てている。
 この少女は、戦後、日本が「天皇の戦争責任」など不問にふしてきた問題のツケを、30年後、作家となっている自分と対話したり、歴史を幻視(少々くどい所もあるが)したりして、<I>という責任逃れのできない一人称で懸命に思索し、自分のことばで支払おうとする。
 この孤立無援の作業は胸をうつ。
 <東京裁判>を辿りなおすことで、「負けるならそれは仕方がない。でも、どう負けるかは自分たちで定義したい」という思いに達した少女のことばは、凛として感動的である。
 小説による戦後日本の印象的な自画像が一つ、ここに加えられたと思った。

 後者は、辞書づくりという極めて地味な世界がこんなにもおもしろく描けるのかと驚嘆して読んだ小説である。
 考えたこともなかった辞書づくりの過程を知る面白さもあったが、なによりも人物たちが、少々マンガの原作本めいて類型的ではあるものの、どこか不器用で、ほのぼのとしているのが心地よかった。
 「たくさんのことばを集めることは、ゆがみの少ない鏡を手に入れること」だという信念でひたむきにことばと向き合う人たち・・・
 彼らにとって仕事は、稼ぎのためではない。天命なのだろう。
 仕事は違ったが、その喜びは私も知っている。
 そうした天命的生業に生きる楽しさを味あわせてくれた人物たちに拍手した。

    ◆
 ショーペンハウエルという哲学者が「読書とは他人の馬を頭のなかで走らせる行為だ」と言ったそうだ。これは井上ひさしのエッセイで知った。
 読書の醍醐味をつかんだことばだと感じた。
 ところが、この哲学者「読書は、他人の考えをただ反復的にたどるに過ぎない。思索こそが大切だ」と言いたくて、そんな言い方をしたらしいのだ。でも本を読めば、つい何かを考えてしまう。読書と思索、分けられない。
 読書する行為を「頭のなかで馬に乗る」なんて言い方、洒落ているじゃないか。

 太宰治も「文学なんていうものは、もともと無用の長物、煮ても食えない花、飛ばない飛行機、走らぬ名馬」(<走らぬ名馬>『もの思う葦』)だと言っている。
 私はその「飛ばない飛行機」や「走らぬ名馬」に乗って遠くへ行くのが楽しい。そしていつのまにか、ものを思って、今とは違う風景に出会う・・・

 さらに付け加えれば、村上春樹も「これまで文学は多くの場合、現実的な役には立たなかった。たとえばそれは戦争や虐殺や詐欺や偏見を、目に見えたかたちでは、押し止めることはできなかった。
 歴史的な即効性はほとんどない・・・物語とは風なのだ。揺らされるものがあって、初めて風は目に見えるものになる」(<自己とは何か>『雑文集』)と言っている。

    ◆
 現実にたいして、物理的には何の作用も及ぼさない架空の馬を「頭のなかで走らせ」ながら、近ごろの政界や外交での騒がしさについて、頭に血をのぼらせ、これもなんの益するところもなくイライラと考えた。
 『東京プリズン』では、日本の近現代史、とりわけ戦後の歴史をふりかえりながら、領土問題をめぐる勇ましいことばにイライラし、また『舟を編む』では、民族の文化を守ることばについて考えながら、政治家の退屈なことばにイライラした。
 頑固ジジイの性急さが増しているらしい今日この頃を実感するときである。
 せくな、静かにものを思え、と文学のことばはささやく。

 秋の夜長である。
 きょうもベッドの中で、馬を走らせ、風を受け、風を見よう。

      秋立つや一巻の書の読み残し (漱石)

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    〔ざぶらん通信〕
   作 者:流木(RyuBqu)
   編集者:風間加勢
    発行日:毎月15日発行
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