≪ リンクされているHP・ブログから ≫ 
 
 
     ┏━━━ Za-an,Zabran,se-er,……Zabr'n,za-an,se-er━━━┓
     ┃                           ┃ 
     ┃                            ┃
     ┃  ざぶらん通信    2007年3月15日(木) NO.042    ┃
     ┃                            ┃
     ┃  発 信    流 木   RyuBqu            ┃
      ┃                           ┃
     ┃                           ┃
     ┃     光┃や┃風┃に┃触┃れ┃な┃が┃ら┃     ┃
     ┗━━━━━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━━━━━┛



      温泉町の春・・・湯河原にて
                         RyuBqu 
      



   あしがりの とひのかふちに いづるゆの 

   よにもたよらに ころがいはなくに (『万葉集』東歌)


       〈足柄の土肥の河淵に湧き出る湯が、

        決して涸れ絶えることがないように、

        あなたへの思いは途絶えることがないわと、

        あの娘(こ)は言うのだけれど、

        でも、わたしは不安でしかたがない〉 


    ◆

 2月末のいち日、妻と湯河原へ行った。

 この日、湯河原駅に降り立った観光客のほとんどは梅林へ向かった。

 私たちもそちらで季節を味わってきてもよかったが、むかう客の多くない温

泉場の散策を選んだ。



 万葉の時代から知られ、明治時代には多くの文人に愛されてきた温泉郷だ。

 藤村が長逗留したという伊藤屋とか、漱石が『明暗』の舞台のひとつに選ん

だ天野屋だとか、渓流沿いの古い木造旅館のたたずまいがいい。

 その雰囲気を、きょうは楽しもうと思った。



 老舗の小梅堂できび餅を買ったり、町立の美術館に寄ったり、『明暗』にも

でてくる〈不動の滝〉を見たり、昭和初めの趣が残る旧道を歩いたりした。



 せいほう(栖鳳)橋脇の店でハチミツを買いながらそこの主人と話をした。

 店先の崖上にある家屋を指して「あれが竹内栖鳳さんのアトリエですよ」と

教えてくれる。樹々の間にそれが見える。

 「あれは天野屋の離れでね。今はもう誰も住んでいませんよ。一昨年、天野

屋も廃業しましてね・・・」と言った。

 私たちは驚いて、そこからいろいろ話になった。


    ◆

 天野屋の門を入ると、千歳川にかかる赤い橋のむこうに、雨戸が閉められた

ままの建物が見える。玄関脇には早咲きの桜の花が咲いていた。

 「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず、ね」と妻が言った。

 春の陽射しの、ことさら明るいのが寂しかった。



 明治も末年近く、大逆事件というものがあった。

 明治天皇の暗殺を計画したという名目で、幸徳秋水はじめ12人を死刑に処

した社会主義者・無政府主義者に対する弾圧・・・思想弾圧事件である。

 この天野屋で、この幸徳秋水が捕縛されていった。

 そうした歴史の現場がまたひとつ、ひっそり消えていくのかと思った。



 国木田独歩や芥川龍之介など多くの文人が滞在した中西屋などは、もうだい

ぶ前に駐車場になってしまっている。いまはその駐車場へ渡る橋の欄干に中西

と刻まれている小さな銅版で昔を偲ぶしかない。



 芥川は、この中西屋滞在中のある日、天野屋で逮捕された秋水のことを思っ

たかもしれない。ふとそんな空想をした。

 秋水が処刑されたとき芥川は旧制第一高等学校の在校生だった。

 その処刑のわずか8日後、徳冨蘆花(ろか)が「諸君、幸徳君らは時の政府

に謀反(むほん)人とみなされて殺された」と、この旧制一高の大教場で、命

がけの講演をしたのだった。

 若き芥川がこの講演を聞いていた可能性は高い。



 新しい思想は常に謀反であり、それを恐れないところに新たな真理がみいだ

される。そのためには精神が常に自由でなければならない。「自由を殺すは、

すなわち生命を殺すのである」「生きるために謀反しなければならぬ」・・・

 蘆花の、若い魂へむけての叫びだった。



 「塵労(じんろう)に疲れた」芥川が、旅館の下の流れをみつめながら、あ

の若き日に秋水や蘆花によって刻まれた魂の鼓動を、思い出していたかもしれ

ない・・・

 建物は失われたが、今もそれだけは変わらないといわれているこの湯の町の

谷川の流れを見ながら、私はそんな空想にふけったのだった。


    ◆

 帰りの湘南電車はすいていた。

 私たちのとりとめもない話は、湯河原が舞台の『トロッコ』(芥川)にふれ

たと思うと、今度の芥川賞受賞作の『ひとり日和』に及んだりした。

 そして、その作中人物に似合いそうな俳優の名前をあげたりした。



 「知寿(ちず)は上野樹里がいいんじゃない」と言うと、「そうね」と妻は

すぐに同意した。

 「じゃあ、吟子さんは誰がいいだろう」と聞けば、「吉行和子じゃない」と

言う。きょうの妻はこたえが早い。

 「なるほど。吟子さんの恋人のホースケさんは、米倉斉加年はどう?」

 「そうねぇ・・・」

 「藤田君は、妻夫木聡とか二宮和也・・・これは、色々いそうだ」



 こんな会話が、おそい午後の陽がさしこむ車中の空気には、ぴったりな感じ

がした。「こっちは〈ふたり日和〉というところかな?・・・」

 そんな冗談を言って笑った。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

〔ざぶらん通信〕 

作 者:流木(RyuBqu)

編集者:風間加勢

発行日:毎月15日発行

ご意見、ご感想は掲示板「浜辺の語らい」よりお寄せ下さい。

http://www.geocities.jp/ryubqu88/

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 
 
(現在リニューアル進行中)
 http://www.geocities.jp/zabran_news/index.html
 
  http://archive.mag2.com/0000119440/index.html  
     
HOME リンク集-エッセイ・画像リンクされているHP・ブログから