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     ┃  ざぶらん通信   2007年02月15日(木) NO.041    ┃
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     ┃  発 信   流 木 RyuBqu               ┃
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         ◆くげぬま断章(2)
                 RyuBqu 
              
   家を出て、まっすぐ海のほうへ歩いて行くと、西海岸という町
  名の一角にさしかかる。樹木の多い、昔の路地のおもかげの残っ
  ている静かな住宅地で、もうその辺では波の音もよほど耳につく。
  ことに夜ふけてからはそうである。
     (中略)
   このつまらない海辺の町。ここで僕は、なにしろもう三十何年
  もすごしてきたのだ。三十何年、この波の音を聞きながら、夜は
  眠りにつき、朝は目をさました。ここは、やっぱり僕のふるさと
  だ。この土地を、僕はどんなにか愛し、にくむ。
                    (阿部昭『鵠沼西海岸』)

    ◆
 現在私が暮らすこのあたりも、むかしの町名では鵠沼西海岸だった。
しかしこちらは「静かな住宅地」なんかではない。この町の人たちの日々の
用をみたすために寄り集まった小商店地区である。
 樹木はないが、もののにおいとざわめきがある。
 ただ、夜ふけの波の音だけは、ここへもかすかにとどく。
 
 私はいま、『鵠沼西海岸』という短編小説の冒頭を、この土地の縁だけで抜
き出した。人が書いた文章の一部を切り取って勝手に使う、いわゆる「断章取
義(だんしょうしゅぎ)」のつもりである。
 老いの心情なのだろうか、詩文の断片に自分のふるさとの匂いが立ちのぼっ
てきたりすると、少々感傷的になって、作品全体のテーマとは関係なく、その
一文を抜書きしたりしてしまう。
 阿部昭の、この一文もそうだった。
 
    ◆
 人生の道のりで生じたさまざまな悲喜が、そのとき暮らしていた土地と結び
ついて記憶されるということは、だれにもあるだろう。
 この短編でも家族の悲劇と結びついて鵠沼の地が記憶され回想されている。
 「軍人だったおやじは追放されて職がなく、僕らは着るものもなく飢えてい
た。」 そんな戦後の、〈僕〉とその家族のことが語られる。
 父親の不運に重なって、この家には心に障害のある〈僕〉の兄がいた。

 恋を失ったのも、この兄のせい。兄は〈僕〉を閉じ込めている存在なのだ。
 想像の中で、すでに数知れず〈僕〉は「兄殺し」をしてきた。
 その兄が、ある日の夕方、失踪してしまう。冷たい雨が降り続くなか、母親
と〈僕〉は彼を捜し求める。「どこを歩いているんでしょうね、馬鹿な子」と
いう母親のことばが、切なく響く。
 海辺の松林に降りこめる雨を〈僕〉は憎む。「あの三日間に、僕はもう一生
かかって聞くはずの雨の音を聞いてしまったような気がする」のだった。
 三日目に警察から、その死が知らされる。
 
 思いがけない成り行きによって〈僕〉は兄の束縛から解かれるのだが・・・
そして「何か新しい生活がはじまるような気がし」て、かつて失った恋をも取
りもどせると思うのだが、・・・
 「貴方とお会いしなかった間に、私の身にも色々なことがありました。随分
考えたり苦しんだりしました。貴方は生まれ変わるとおっしゃいます。でも私
には出来そうにありません」という返事に、いきなり平手打ちをくったように
驚くのだった。しかし、彼女のいまの不幸に今度は僕が力になろうと再度手紙
を出すが、もう返事はなかった。
 「こうして僕は、もう一度、あの西海岸の闇に彼女の姿を見失った」という
ことばで、この作品は結ばれる。
 
 海辺の松林と砂地に降りそそぐ雨。
 兄の死と家族の不幸。
 そして失った恋。
 すべてがあの日あのときに刻印された〈ふるさと〉の記憶である。これは若
き日の自身への挽歌だったのではないか。愛しさと憎しみをこめた挽歌・・・

    ◆
 暖冬で、穏やかな日がつづいている。このところずっと海も静かだ。
 私の〈ふるさと〉へのかつての愛憎はどこへいったか。こうした作品にふれ
るとき、うずくものはあるのだが・・・
 ふと思い立って、きょうは花を買った。そして散歩の足を、海とは逆の方角
へむけ、祖父母や父母、弟の眠る墓地におまいりをした。

 ついでに、おなじ寺内にある阿部昭の墓石にも手をあわせた。


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〔ざぶらん通信〕 

作 者:流木(RyuBqu)
編集者:風間加勢
発行日:毎月15日発行
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