文学と教育 ミニ事典
  
疎外/自己疎外
 人間が人間でありうるための条件というものが幾つかある、と思うのです。その幾つかの条件は相即的・相関的に絡まり合っているわけですから、その条件が次つぎに奪い取られるとすると――それを疎外 というのですが――、疎外がある限界点に達すると、人間は人間でないものになってしまうわけです。自分の人間を見失うことになるのですね。言い換えれば、奪われた一つの条件を自分に取り戻すために、今度は別の他の条件――人間の条件――を自分で踏みにじってしまう、という自己疎外をやり出すようにもなるわけです。人間とはそういうもののようです。
 今度の戦争のありかたは、銃前・銃後を問わず、自分がどこまで人間であることを守り通せるか、という自己の人間に対する実験を庶民大衆一人ひとりに強要した、そのような性質のものであった、というのが、井伏の戦争観のようです。言い換えれば、井伏の文学的イデオロギーにおける戦争というものの形象は、そのようなものであるらしく思われます。 〔1978年、熊谷孝著『井伏鱒二――〈講演と対談〉』 p.254-255〕

    

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