文学と教育 ミニ事典
  
教養/教養主義
○ 現象的には近代主義は文学の面でも、実人生を生きる人々の観念や意識の面でも、今日に続いている。近代主義が近代主義としてのアクチュアルな、したがってまたポジティヴな意味を失ったにもかかわらず、そこになお主張し続けられているこの近代主義が、私のいう狭義の 近代主義の歴史的なひとつのタイプである。さらに、それを主張することが自他の連帯の分断につながり、歴史と現実への自己の志向に目つぶしを食わせることにつながるような近代主義が、狭義の 近代主義のもうひとつのタイプである。
 狭義の――そして前者のようなタイプの近代主義は、ある場合には、“傍観者の
教養主義”とでも言うべきものとして現象した。教養――教養的近代のイデェとしての教養――は、もともと封建的・前近代的人間疎外から人間を回復するための主体的・人間的な知識の体系のことであった。実を言えば、それは、それは、資本主義の論理の自己否定――否定的媒介――においてそれの合理性を受け継いで生まれた、個々人が「人間らしくあること」のための主体的・行為的な知識のことであった。したがって、その知識のあり方は、人間の全存在にかかわる、パースなるでアクチュアルな前提的な性質のものであった。ところで、いまや、そこからアクチュアリティーが失われ、教養教養としての積極的な意味を失ったところに、この教養主義が成り立つのである。
 そこでは教養は、もはやただの観念的な知識のことにすぎない。内部(観念)は、外部への通路をそこに求めるという形での行動の選択を必要としない。観念と行動との一致を必ずしも必要としないのである。観念は観念であり行動は行動である、というのがこの教養主義の特徴的な行きかたである。こうした教養主義がニヒリズムの路線をたどることで、ますます自己の観念のカラに閉じこもることになるか、さらにその路線からはずれて通俗との妥協の道を選ぶことになるかは各人にとっておよそ時間の問題である。
 近代主義のこうした教養主義的逸脱を、およそありとあらゆる形で示したのが透谷以後の日本近代文学の文壇主流の姿であった。それは、部分的真実を全体的真実と見誤るか、全体的真実への関心を放棄するかであった。それは、部分 の中に全体像――全体の反映 を見る、探るというのとは全然別個のものであった。性なら性、精神なら精神はそれ自体自己完結的な小さな全体として、人間の具有する他の側面、他の部分から切断されてしばしば文学の主題とされた。
 しばしば? ……むしろ、ほとんど常に、である。〔1971年、熊谷孝著『現代文学にみる 日本人の自画像』p.12-13〕


教養主義・個性主義と、マイ・ホーム主義ないしサラリーマン的立身出世主義とは、衰弱した近代主義の今日的なあらわれの二つの側面にほかならない。つまり、この二つのものは同根・同質のものだ、ということである。
 いま、後者の場合について言えば、たとえば“断絶”といった幾分の悲壮感を伴なった現代の流行語はそこからは聞こえてこない。そのような言葉をそこから聞き取ることができないということは、しかしそのような想念がそこに見あたらない、ということではない。事実はその反対である。むしろ、不言実行である。独占資本体制下の現代の実人生は、観念遊技に耽
(ふけ)り言葉遊びに興じている余裕はないのである。悲壮がったり悲愴ぶったりしていられるのは、(あながち否定的な意味だけで言うのではないが)三食こづかい銭つきの部屋ずみの人間の場合に限られる。
 言葉を重ねるが、そこで不言実行である。最も熾烈
(しれつ)にナカマとの横の連帯を断ち切り、またそのような連帯拒否の想念に生きるもの同士がひしめき合って他との“断絶”を日常励行しているのが、このマイ・ホーム・ナショナリズムであり、衆愚を蹴散らしてわが道を往くエリート・サラリーマン主義である。
 前者の個性主義や教養主義はまた、この排他的な、オン・マイ・ウェイのエリート主義やマイ・ホーム主義の同族エゴイズムと表裏一体である。エリート・サラリーマン――サラリーマンと限定する必要は実はないのだが――にとって、衆愚と異なる卓越したその“個性”こそが自己の唯一の売り物であり、トレード・マークである。身につけるネクタイ一本、カフス・ボタン一つにしても、それは彼自身の
“教養”のほどを示す“個性”的なものでなければならない。同様にして、彼が彼の教養夫人とともに築くその閉鎖的な家庭は、他と隔絶した教養趣味溢れるものでなければならない。少なくとも、他に向けてそのことを具体的に実証し誇示しうるようなものにならなければならない。このようにして、このエリートたちの息子の多くは、親の“切なる願い”と“愛情”と“愛の鞭(むち)”とによって、名門校から名門校へのエリート・コースを歩むための、「学友すなわち、食うか食われるかのライヴァル」のガリ勉に追いやられる。娘たちもまた、幼にしてすでにピアノの鍵盤を嘗(な)めさせられる。
 例は適切を欠いたかもしれないが、これが衰弱した近代主義の実体である。その
教養主義的教養の特徴は、自己否定のないことである。教養を積み重ねることが絶対に旧き自己の否定につながらず、それはただ、センシブルで気の利(き)いたアクセサリーの代替品を幾通りか取り揃えることにしかならない。教養とは、もはやそこでは自我を全人的にはぐんでいく、人間自身の内発的なエネルギーではない。
 それどころか、そこに考えられている
教養というのは、既成の体制に対し、自己が置かれた場面に応じて自分自身を適応させていく、そのようなアダプタビリティーのことにほかならない。それは、あるいは、スマートな身のこなしかたによる自体への適応をくふうする知恵だ、と言っていいのかもしれない。ともあれ、それは、自己否定ではなくて現状肯定、人間疎外に対する抵抗ではなくて順応と適応ということである。

 通俗への反逆を生命とする文学の営みは、いまやこの衰弱し切った近代主義との絶縁において、別個の原理による人間回復の作業とならざるを得ない。それは、教養的近代へ向けての人間回復などではもはやなく、教養的近代がつちかってくれたものは踏まえながらも、それを越える形での作業とならざるを得ない。きれいごとでは、もはや、どうにもならないのである。教養的近代がもたらした
教養の眼は、おそらくはそれを正視することは回避するであろう人間のどろどろ なものを、まばたき一つしないで凝視しようとする。六〇年代の文学はそのようなものとして出発し、また、そのようなものとして結晶した。〔1971年、熊谷孝著『現代文学にみる 日本人の自画像』p.64-66〕



〔関連項目〕
近代主義
教養的近代

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