文学と教育 ミニ事典
  
翻 訳
 昭和十二年に出版された井伏鱒二の詩集に『厄除け詩集』というのがありまして、ここに書いてありますのはその中の一編です[李白「静夜思」の井伏訳「ネマノウチカラフト気ガツケバ/霜カトオモフイイ月アカリ/(下略)」]。訳詩なだけに、かえって井伏さんの発想と文体のオリジナルなものが、非常にナマなかたちで出てるんじゃないかと思います。
 といいますのは、
翻訳というのは、ただ言葉をいいかえれば翻訳になるというものじゃないでしょう。ここの場合のような漢詩でいえば、そこに書かれているのは、ある発想で形象的に操作された言葉の選択と配列……それは表現の選択だと言ってもいいのですが、ある文体を持った文章なわけですね。
 そういう原文の発想・文体を翻訳者の発想で受けとめ、翻訳者の文体をクッションにして原文の発想に戻る……戻ると同時に、それを別個の……この場合でいえば、今日の私たち日本人の生活のわく 組み、文化のわく 組みに移調させつつ、それと見合う言葉を探す、言葉を与える、というのが翻訳ということじゃないのですか。ですから、いやおうなし翻訳者その人の文体がそこににじみ出て来るわけですね。〔1978年、熊谷孝著『井伏鱒二――〈講演と対談〉』 p.93-94〕


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