文学と教育 ミニ事典
  
文学史学習
 作品の地面(場面)を自分たち(生徒たち)自身のそれぞれの地づらに媒介して、作品を見るめいめいの視点を確実なものにするために、(中略)文学史学習が必要になってくるわけです。
 作品を見る視点? ……むしろ、見得る視点ということです。送り手のことば (ことば信号)としての作品形象を作品形象としてまっとうに受けとめることのできるような地づらを求めて、作品と自己との距離の遠近法を調節する作業が
文学史学習の作業です。
 
文学史学習――、それは、自己の“文学の眼”“文学体験”をまっとうなものに自己規制していけるようになるための、“文学への眼”そして“文学作品への眼”を規制していく学習と学習指導の作業です。対象となる作品は、そこでは、もっぱら、地づらとの関係・関連の中で追求されることになります。地づらとしての、その 作品に先行する作品群、同時代の作品群、同じ作家による作品群などとの関連。そして何よりも、その作品の直接の地づらであるところのその作品本来の読者層の生活や生活感情と、いまその作品とむかい合っている自分自身の生活や感情のわく 組みとのつながりの追求と発見。
 だから、それは、文学の内がわからの(つまり学習者の自我を通した)作品の地づらの探求なのです。読まずしてその作品がわかってしまうみたいな――それぞれの作品のネウチや感動点や、感動のしかたまで一律に一義的に割り切ってことばで教えこんでしまうみたいな、文学疎外の従来の学校文学史は、わたしたちがここで構想している
文学史学習とは無縁のものです。いわんや、入試の出題傾向がそのことを要求しているから、といった調子で、作品名やその作者名、その制作年代や作者・作品の竜は別分類などのただの暗記つめこみをやる、受験対象のブンガクシの授業とは、まったく無縁です。〔1970年、文教研著『中学校の文学教材研究と授業過程』p.23-24〕
   

関連項目(作成中)

ミニ事典 索引基本用語