回 | 開催年月 | 統 一 テ ー マ | ゼミの対象作品 |
49 | 2000.8 | 雪がなだれになる前に ――ファシズム下の抵抗文学 |
ケストナーの詩 太宰治「駆け込み訴え」 |
50 | 2001.8 | 雪がなだれになる前に 現代市民社会と文学 ――芥川龍之介から大江健三郎へ |
芥川龍之介「六の宮の姫君」 大江健三郎「奇妙な仕事」 |
51 | 2002.8 | 雪がなだれになる前に 現代市民社会と文学 (Ⅱ) ――〈文体の喪失〉を越えて |
大江健三郎「芽むしり 仔撃ち」 〔『「自分の木」の下で』〕 |
52 | 2003.8 | 太宰治とケストナーにみる戦争の現実 ――現代市民社会と文学 (Ⅲ) |
太宰治「トカトントン」 ケストナー「ケストナーの終戦日記」 |
53 | 2004.8 | <喜劇精神>を支えとして ――戦争の現実を生き抜いた太宰治とケストナー |
太宰治「黄村先生言行録」「禁酒の心」 ケストナー「オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」 |
54 | 2005.8 | 未来に生きる過去 ――太宰治とケストナーの喜劇精神 |
太宰治「お伽草紙」 ケストナー「長靴をはいた猫」 |
55 | 2006.8 | 未来に生きる過去(2) ――太宰治と井原西鶴の喜劇精神 |
太宰治「新釈諸国噺」 井原西鶴「大晦日はあはぬ算用」 |
56 | 2007.8 | 文体づくりの国語教育 ――教材化の視点 |
太宰治「走れメロス」 坂口安吾「ラムネ氏のこと」 |
57 | 2008.8 | “自分”を切り拓く“笑い”の文学 ――太宰治「畜犬談」とケストナー「一杯の珈琲から」 |
太宰治「畜犬談」 ケストナー「一杯の珈琲から」 |
58 | 2009.8 | 〈私〉の中の〈私たち〉を考える ――有吉佐和子「ぷえるとりこ日記」と太宰治「燈籠」を読む |
有吉佐和子「ぷえるとりこ日記」 太宰治「燈籠」 |
59 | 2010.8 | 「高校国語教材」の検討 現実発見の武器として ――芥川龍之介「羅生門」・安部公房「赤い繭」 |
芥川龍之介「羅生門」 安部公房「赤い繭」 |
60 | 2011.8 | 「文学のことば」を、今こそ、発信しよう ――井上ひさしと太宰治 |
井上ひさし「父と暮せば」 太宰治「眉山」 |
61 | 2012.8 | “人間合格” の文学 ――井上ひさし/異端の系譜に立って |
井上ひさし「人間合格」 太宰治「惜別」 |
62 | 2013.8 | 真の社会人になるために ――森鷗外「高瀬舟」・井上ひさし「夢の裂け目」(東京裁判三部作より) |
森鷗外「高瀬舟」 井上ひさし「夢の裂け目」 |
63 | 2014.8 | 飼い馴らされないために/対話の回復と喜劇精神 ――井上ひさしと森鷗外 |
井上ひさし「紙屋町さくらホテル」 森鷗外「寒山拾得」 |
64 | 2015.8 | 対話精神の回復/本物の民主主義を求めて ――井上ひさしと井伏鱒二 |
井上ひさし「太鼓たたいて笛ふいて」 井伏鱒二「へんろう宿」 |
65 | 2016.8 | 岐路に立つ文学教育 ――「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎)と 「朽助のいる谷間」(井伏鱒二) |
吉野源三郎「君たちはどう生きるか」 井伏鱒二「朽助のいる谷間」 |
66 | 2017.8 | 今こそ、真の〝対話体験〟を文学教育で ――井伏鱒二「さざなみ軍記」と井上ひさし「ナイン」 |
井伏鱒二「さざなみ軍記」 井上ひさし「ナイン」 |
67 | 2018.8 | バトンを渡すもの 受けるもの ――吉野源三郎『君たちはどう生きるか』 羽賀翔一『漫画 君たちはどう生きるか』 |
吉野源三郎『君たちはどう生きるか』 羽賀翔一『漫画 君たちはどう生きるか』 |
68 | 2019.8 | 文学の論理とは何か ――西鶴と鷗外・芥川が問いかける |
西鶴「忍び扇の長歌」「長刀はむかしの鞘」「人には棒振虫同前におもはれ」 鷗外「高瀬舟」、芥川「六の宮の姫君」 (仮) |
∥前頁へ∥「全国集会の歩み」表紙∥全国集会プログラム〔前文〕∥ |