N さんの例会・集会リポート   2004.05.08 例会
 
  
 ケストナー初期の短編と再話物の検討、そして……


 文教研のNです。

 「ケストナー手帖(仮称)」の執筆へ向け、例会で今まで取り上げていなかった作品の検討第三回です。作品は、絵本「小さな男の子の旅」(小峰書店)「ケストナーの『ほらふき男爵』」(ちくま文庫)

 「小さな男の子の旅」(榊直子 訳/堀川理万子 絵)の執筆担当者はSmさんです。短編「小さな男の子の旅」「おかあさんがふたり」の二編が入っています。1920年代終わり、「エーミールと探偵たち」などの作品に向かう初期にあたります。Smさんは、子どもの涙が大人のより小さいということはない、というケストナーの思いが迫ってくる作品だ、と話されました。後の長編作品に繋がっているこの発想が、ここでは短編という形で描かれる。長編の持つ波乱万丈な展開はない。しかし、だからこそ逆に、子どもの孤独や不安が切り取られて描写されている。こういう作品をじっくり子どもに読ませるのもいい。子どもたちもきっと興味を持って読むにちがいない。

 Smさんの話は、この短編という特色をよくつかんだお話でした。が、中でも私が印象に残ったのは、Smさんご自身、教え子さんからの問いかけを、ずっと考え続けて、そして、それに対する返事をこの中で述べられていた点でした。その方は、以前秋季集会で「私が子どもだったころ」を取り上げたとき、お母さんと「私」の間に会話が無いのではないか、という問題提起をされたのです。Smさんは、その教え子さんへの答えをずっと考え続けていたそうです。実際に言葉を交わすだけが会話ではない。言葉を交わさなくても、深くおたがいを思いやる関係がある。今回の作品で、病室で眠っている母親の顔をそっとみつめる男の子と母親の間にある「対話」。そうしたことがじっくり読み合える作品ではないのか。……このかつての生徒さんへの姿勢が、嶋田さんの読み自体を深めていることに感動しました。

 「ケストナーの『ほらふき男爵』」は前半三作品をIwさん、後半三作品をMさんが担当されます。対象作品が多いですが、それぞれ中心は前半「ほらふき男爵」、後半「オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」で行く、ということです。

 前半では、Iwさんの実感として「ドン・キホーテ」はドンキホーテの姿がシニカルに描かれ、敗北を描いている苦しさがある。また、「シルダの町の人々」は文章の中で言いたい事を言い切ってしまうような、想像力に訴えかけられないものがあった。どちらも第二次大戦後のケストナーの倦怠の深さを物語るものであろうが、三作品の中で開かれたものを感じたのは「ほらふき男爵」だった、ということでした。

 後半、「ガリバー旅行記」「長靴をはいた猫」について、Mさんは、それぞれ面白かったが、やはり「オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」を中心にせざるを得ない、しかし、書き方は難しい、明らかにヒットラーの姿と、ナチス政権下の民衆の姿がイメージされるわけだけれども、しかし、それをどう書くか……

 さて、こうした話題が出始めたころ(6時半ぐらいから)、今例会は他の例会に類を見ない(?)盛り上がりを見せました。そのムードメーカーは何と行ってもIwさんです。大体、初めからIwさんには、何かちょっと「ただならぬ」感じがあったんですよ。今回検討作品の1967年版日本で出たケストナー名作絵本シリーズ6冊(河出書房刊、高橋健二・訳、会員の中で誰も見た事の無い本)を、持参してくれたんですけど、なんとこの本、通勤時、駅からから勤め先へ行く途中の道に捨ててあったのを拾ったんですって! 何でこんなものが、それも6冊チャンと綺麗に揃って落ちてるんだ? だし、何でIwさんの歩いてる道の脇に捨ててあるわけ? で、この何か憑いている気がするIwさんに、その後、例会参加者は「熊谷孝がのり移ったか」のごとく、鼓舞されるのであります。

 曰く、「自分を見つめなおすというレベルでなく、それを笑えないと。そして、それはそう簡単な事ではないんですよ。」「今、自分の中には文体を持てない不安がある。やっぱり自分の文体を持たなくちゃ。文体づくり、ということの大切さがやっと分かってきたんです。」「だから、ケストナー手帖もデス・マスで書けば親しみやすい、というものではないと思う。それぞれが自分の文体を探して、最も作品を語れる文体をつかんでいく。そうした仕事の仕方をしないと、今、文教研が本を出す意味がなくなってしまわないか。」……

 司会をしていたのはIzさんでしたが、「何だかIwさんの講演を聞いてるみたいな感じになってきましたけど、Saさん、どうです」と、突然の振り。Saさん、動じることなく「感動しました!」。
 「それなんですよ! それがSaさんの文体なんですよ!」とすかさずIwさん。ということで、この後、それぞれの文体の話で花が咲きました。「書けなくなっちゃうー」という人もいましたけど、でも、何だか楽しくなってきましたよ。
 Iwさん、今日のオレは「開いてるオレ」、というところでしたか。〈文教研メール〉より


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