文教研のプロフィール

 文学教育研究者集団     荒川有史 

汐文社刊『新・日本語講座 6 国語教育の過去・現在そして未来像』(1974.12)
 第一部第四章「民間研究団体の活動とその成果」の一編として収められた。他に、児童言語研究会、日本作文の会、日本話しコトバ教育研究会、教育科学研究会・国語部会、日本文学教育連盟、日本文学協会国語研究部会による自己紹介文が収録されている。


 文学教育研究者集団(略称、文教研)は、一九七四年八月に第23回の全国集会をもちました。全体テーマは「芥川竜之介から太宰治へ」ですが、ことしの集会の特徴は、<教師自身のための文学研究の集い>に焦点をしぼったところに求められるかと思います。これは創立以来はじめての試みです。しかし、創立以来の文教研精神をもっとも生かした試みでもあったわけです。
 というのは、文教研の体質にもかかわることなのですが、私たちは授業への即効薬・特効薬を求めて文教研に結集しているわけではありません。教師自身が自己の言語観・文学観を自覚し変革していくことこそ、民族の未来をになう子どもたちにもっとも責任を負える姿勢がある、そういう発想を私たちは基本にもっているからです。そうした自己変革の場が文教研であり、文教研<私の大学>であります。私の大学? 申すまでもなく、ゴーリキィの有名な作品から借りてきた名前であります。大学に行けなかったゴーリキィにとって、それは〝ヴォルガの川岸〟や〝小舟の上〟で〝道ゆく人々〟から学ぶことであったわけですが、文教研<私の大学>は、こんにちのマス・プロ大学では垣間見ることさえ困難になってきた学問精神を回復する場であり、仲間と真剣な対話を重ねていく場でもあります。
 その意味で、私たち教育労働者は、研究労働者としての姿勢に徹する必要があると考えております。一部の学者の見解を、下請け業者のように生徒に伝えるのではなくて、私たち自身が、自己を研究者の姿勢において見つめなおし、きたえなおそうと考えます。文教研、すなわち文学教育研究者(、、、)の<集団>なのであります。ですから、私たちの心のどこかには、授業の方法はめいめいが考えればよい、目の前の子どもたちはひとりひとり違うのだから、全国一律に通用する方法などないだろう、という発想がひそんでいます。集団の場で解決すべきことと、自己が自己の持ち場で解決することとを区別する。しかし、その区別だけでは解決できない問題は、たえず集団に持ちよって検討する。そうした相互検討の場から、実は<読むべき時期に読むべき文体の文章を>という発想に立つ教材体系の原理やリストも作られましたし、浅かろうと深かろうと、読みの過程は<印象の追跡としての総合読み>にほかならないことも明らかになりました。そして、そのことをたえず全国の仲間たちにおはかりして参りました。
 それにもかかわらず、であります。第23回全国集会において<教師自身のための文学研究の集い>に焦点をあわせたのは、理論と実践の相互交流をたえず前提におきつつも、今こそ文教研の初心にたちもどることが、私たちの文学教育運動をおし進めるのに必要だと自覚したからでもあります。母国語教育において真の実践とは何かを問いつづけたいという思いであります。また学界に対しては、アマチュアリズムに徹すること(熊谷孝さんの提唱)で、真の研究とは何かを問いつづけたいという気持がありました。
 この辺で、文教研の歴史にふれてみたいと思います。創立は、一九五八年一〇月です。集団には、大別して三つのグループの仲間たちが参加しました。一つは、全国青年教育連絡協議会(略称、全青協)文学部会です。たまたま熊谷孝さんが講師に連続何年かよばれたわけですが、文学教育の専門家というより、文学史、文学理論の専門家の資格においてよばれたそうであります。そこで熊谷さんは、七夕祭のように年一回集まることの意義は認めつつも、持続的に研究し、実践を交流することの意義を強調致しました。このよびかけに、真先に賛同したのが、現委員長の福田隆義さんであったわけです。熊谷さん、福田さんを中心とする準備委員会に、熊谷孝著『文学教育』(国土社56年11月刊)を読みあう会の仲間たち、熊谷孝著『十代の読書』(河出書房54年6月刊)の合評会を起点に生まれた東京都東北をつなぐ文化サークル「広場」の仲間たち(荒川有史、他)が合流しました。
 一九五八年前後といいますと、周知のように、勤務評定の実施による教師分断政策の強行、特設「道徳」の施行や学習指導要領の改定による教育の反動かが顕著になった年でありますが、それだけに文教研<私の大学>において自己をきたえなおす必要を痛感したのであります。
 ここで私たちは、「明日の民族文学創造の基盤」を確かなものにするという目標を設定してスタートしました。この目標は、必然的に、「母国語文化」(熊谷孝「芥川竜之介の生活と文学」/文教研著『芥川文学手帖』所収)のにない手を育てるという文教研こんにちの課題につながって参ります。そうした課題意識は、また、母国語とは何か、母国語教育における文学教育の役割は何か、という問いを生みだします。<国語教育としての文学教育>という発想も、その問いから直接導きだされたものであります。当時文学教育は芸術教育の一環としてのみ考えられており、国語教育としての文学教育という発想は異端視されたものでした。
 しかし、母国語が民族的体験の総決算の反映であるとするならば、その体験を、日常性、科学性、芸術性の三つのモメントから考察する必要を強調したのです。言葉は認識体験と切り離して存在しない以上、それぞれの認識体験の性質に見あう言葉操作の指導が必要なのです。科学の発想をささえる言葉と同様に、芸術の発想をささえる言葉操作の指導が必要なのです。イメージにおいて、形象において、真実を追跡する言葉操作の指導が必要なのです。そのことを、私たちは、教科構造論を志向する中で考えつづけました。
 以上は、第一期の文教研成立前後であります。57年から60年安保にかけてであります。
 第二期は、熊谷孝さんの整理に学んで申しますと、「第二信号系理論の摂取による自己変革の時期」(『〝国語教育としての文学教育〟から〝文体づくりの国語教育〟へ」/「文学と教育」№65)にあたります。61年から67年にかけてです。言葉体験の三つの側面についての考え、それをもとにした国語科構造論に変化はありませんが、信号としての言語、記号としての言語という観点を導入することで、文教研の国語科構造論を国語教育構造論との関連において考えられるようになりましたし、私たちの指導過程論にも厚みと幅を加えることができるようになったと思います。
 この時期に熊谷さんは、『芸術とことば』(牧書店63年4月刊)、『言語観・文学観と国語教育』(明治図書67年2月刊)という二冊の本を書きおろし、文教研の理論活動、教育活動に強力な指針を与えてくれました。
 同時期に、文教研は、『文学の教授過程』(明治図書65年8月刊)、『中学校の文学教材研究と授業過程』(明治図書66年5月刊)という二冊の本を世に問いました。文教研は研究活動にのみ専念して教材体系論や指導過程論をもたない、とかいう一部の疑問や批判が、マトはずれであることを実証しました。第二信号系理論を伝え理論に組み込むことで、文学教育における学習領域の構造が、小・中・高・大学との関連において明らかになったのも収穫の一つに数えていいかと思います。
 第三期は、68年以降こんにちに至るまでの時期であり、「<文体づくりの国語教育>の自覚的な実践の時期」でもあります。が、このことは国語教育としての文学教育という看板をはずしたことを意味しません。熊谷孝さんの言葉を借りて言えば、「<国語教育としての文学教育>という考え方(概念)を突きつめていくと、文学教育そのものが<文体づくり>の国語教育活動として位置づけられてくる、というようなことなのです。」
 しかも、熊谷さんは、この提唱をたんなるスローガンにとどめることなく、『文体づくりの国語教育』(三省堂70年6月刊)にその理論と方法を示してくれました。この本の出現によって (1)母国語教育は、母国語で事物や事物の意味をつかませる作業であり、同時に母国語そのものをつかませる教育活動でなければならないこと、(2)母国語そのものをつかませることなしには母国語で教育することも不可能であること、(3)母国語そのものとは、現在一般にそう考えられているように、単に語彙・文法・文型といった記号化された知識のことではなく、「知覚なり思考なり想像なり、具体的な人間の認識過程における現実把握の発想」が選び取った言語のありかた、すなわち文体という視点からつかまれた文章にほかならないこと、(4)母国語教育はまさに、文体づくりの教育活動として構想し直さなければならないこと等々が明らかになったといえるでしょう。さらに熊谷さんは、『現代文学にみる日本人の自画像』(三省堂71年1月刊)、『芸術の論理』(三省堂73年5月刊)を相次いで公にし、<文学史を教師の手に>という私たちの作業に、文学史と文芸認識論の両側面から問題の新しい所在を示してくれました。
 この時期に、文教研は、『文学教育の構造化』(三省堂70年11月刊)、『芥川文学手帖』(文教研出版部74年2月刊)の二冊を世に問い、文教研の理論と実践の整理を行いました。
 なお、文教研の会員は、日教組全国教研国語分科会に第十次より参加し、母国語教育の中に文学教育を位置づける提唱、母国語教育を文体づくり・発想づくりの視点から見なおす提唱を継続的に行い、全国の仲間との理論的実践的交流を行ってきたことを付け加えておきたいと思います。
 現在、文教研の事務局は、三鷹市井の頭、明星学園にあり、機関誌「文学と教育」が隔月刊(送料共年間、一、三〇〇円)で発行されております。
(文教研常任委員/国立音大・明星学園講師) 
  

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