芸術コミュニケーション理論への探究   井筒 満      (『文学と教育』160 1992.12)
 文学の科学と文芸認識論
 熊谷孝は文芸認識論を文学の科学の一側面として位置づけていた。したがって、私は、まず、文学の科学の構造を、熊谷がどのように考えていたかについてふれ、そのうえで、氏の文芸認識論の展開をたどってみることにする。
 「文学の科学の対象領域」(「文学と教育」一四六号)という論文に主に基づきながら、文学の科学に関する熊谷の指摘を、箇条書き風に整理すると次のようになる。

 @文学の科学という人間の科学は、社会科学の一つの対象領域である。人間と社会とは一体のものとして存在しているのであり、人間の科学は社会科学であってこそ真に人間の科学でありうるのである。こうした発想へ向けて大きな示唆を用意してくれたのは、パブロフによる第二信号系の理論――そのコミュニケーション理論としての側面である。文学の科学は、社会科学を否定するためにもちだされた人文科学などではない。
 A文学の科学はつの側面領域をもつ。第一の側面領域は文芸認識論だ。文芸認識論は、文学史を帰納し概括することによって、そしてさらに理論史・学説史の否定的媒介において生まれたものである。歴史に前提されない理論はあり得ない。そして、そのような概括によって明らかにされたことは、文学というアピアランス(現象)をアピアさせる反映とは、すぐれて〈媒体による反映〉なのであり、その場合の〈媒介者〉が読者=鑑賞者だ、ということである。こうした読者=鑑賞者の役割・機能を理解することが文芸認識論の中心課題である。
 B第二の側面領域は文学史研究である。歴史に前提されない理論はあり得ないが、理論に指向されない歴史は、また真の文学史ではあり得ない。文学の科学が目指す文学史とは、いわゆる意味の文学史と、いわゆる意味の文芸時評とを現代史の要求に応えるものとして統一することを企図したものだ。現代の実人生を私たちがポジティヴに生きつらぬいて行く上の、日常的で実践的な生活的必要からの、文学作品を媒介とした過去の読者、現在の読者との対話が目的なのである。作品相互の関連は、そこでは、同世代あるいは次の世代の他の人間主体との精神の関連という、人間精神の系譜の問題として把握される。〈現代史としての文学史〉は、このようにして、〈読者中心の文学史〉であり、〈文学系譜論〉である。
 C第三の側面領域は文学教育研究である。これは、文学の科学の日常性にかかわる最も実践的な側面領域である。この側面が第一・第二の側面に支えられる必要があるのは言うまでもないが、同時にこの側面をとおして第一・第二の側面が問いなおされ、変革されていくのである。文学教育は、私たちの内部に真の文学の眼を培っていく人間教育であり、また、それは、文学の土台としてのすぐれた読者を育てていくことにもつながっている。そうした活動を対象化する文学教育研究が第一・第二の側面を深化させるうえで重要な意味をもつのは当然である。


 右の紹介からもわかるように、熊谷の目指す文学の科学とは、「解釈」のための理論ではなく、創造と変革のための実践的な理論なのである。このことは、熊谷の文芸認識論の基本を理解するうえで忘れてはならない点だろう。

2 反映論の深化をめざして
 本来なら、戦前・戦中から戦後にかけて、熊谷の論文・著作を綿密にたどりながら、文芸認識論の展開を追究することが必要である。だが、ここでは、『芸術とことば』(一九六三年)以降を主にとりあげることにする。ただ、熊谷が、戦前・戦中において、どんな問題状況との対決の中で、自己の理論形成を行ったかを簡単にふりかえっておくことは、熊谷が、なぜ上記のような実践的理論を一貫して指向したかを理解するうえで必要なことなので、最初に簡単にふれておくことにする。
 「文学教育運動への道」(「文学と教育」一〇〇号)の中で、熊谷はインタビューに答えて、次のように語っている。
 「一九三〇年代の半ばあたりから、いやもっと前から文化ファシズムの台頭ということがあって、リベラリストの主観的にはファシズムからの文化防衛、客観的には文化ファシズムへの傾斜という、二律背反みたいな現象が見られるようになったわけです。『われわれは美の聖地を守る十字軍だ』なんてことを言いだす人まで出て来て、この十字軍、ファッショと闘うかと思ったら、そうじゃなくて、美の聖地だか花園を荒らす唯物論者との対決が使命だというふうな宣言になって、追体験的な、あるいは追体験主義的な鑑賞論をいっせいにブチまくり出したという、いきさつがあります。ぼくたちは、そういう鑑賞論を、鑑賞主義と呼んで、真向から批判したわけです。まっとうな鑑賞は、場面規定を押さえた準体験においてのみ成り立つ、というふうに。」 
 「準体験」は、熊谷の文芸認識論の基調概念である。熊谷は、これから述べていくように、芸術コミュニケーションの問題として、文学的認識――芸術的認識(その反映としての独自性)を一貫して追究したわけだが、それは「準体験」の概念内包をより豊かなものへと組み換えていく過程であったのだ。またそれは同時に、生哲学ふうの解釈学(追体験主義)やその様々なヴァリエーションに対する対決の過程でもあった。そのヴァリエーションの中には、それ自体が最低の観念論に他ならない機械的唯物論もとうぜん含まれる。
 だがもちろん、熊谷は、文学(芸術)現象に関する観念論者のすぐれた見解(事実上、解釈学を超え対象にリアリスティックにせまっているような見解)に対しては、批判的に摂取する努力を怠らなかった、という点も指摘しておく必要があるだろう。
 このことは言い換えれば、熊谷は、弁証法的唯物論に根ざす反映論(弁証法的反映論)の立場にたって、文芸認識論を探究したということであり、またそのことをとおして反映論の深化・発展を目指したということである。これが現在日本で流行している「読者論」や「コミュニケーション理論」と熊谷のそれとの決定的違いを生みだしている根本的な理由ではないかと思う。例えば、イーザーなどによる「反映論」を否定するための「読者論」(『行為としての読書』)などとの決定的な違いがそこにあるのだ。

3 『芸術とことば』に即して

 熊谷の文芸認識論の展開を著作のうえでたどっていくとき、大きなエポックを形づくっているのが『芸術とことば』(一九六三年刊/牧書店)である。熊谷自身、この著作を『芸術の論理』(一九七三年刊/三省堂)の「あとがき」で「言葉に関する条件反射学の理論(第二信号系の理論)をコミュニケーション理論に組み込むことで、文学・芸術に固有の認識性格をドライな形でつかみ直そうという試みだった。」と位置づけている。その具体的内容を見よう。
 熊谷は、書いている。「認識活動を、やはり、人間のいとなむさまざまな社会的反映活動の一種にほかならない、と考える僕の立場からは、こうして芸術の認識機能の性質を問題にしてゆく過程において、当然、第二信号系理論との出会いを経験すること」になっていく。「第二信号系理論をコミュニケーション理論としての側面において文芸学、芸術理論、言語理論の体系に媒介し組みこむこと」でみちびかれたのは、「認識・表現・表現理解のこの三者の関係・関連の統一的理解」であり、いいかえれば、「創作と鑑賞との統一的理解」であった。そして、「創作体験と鑑賞体験のと接点に立つ〈内なる鑑賞者〉の発見」が、「この統一的視点をさぐりあてる上の直接のモティーフ、要因となった」のである。
 もっとも、「原理的・原則的な意味でのこの点の構造的理解は、すでに弁証法的唯物論の成立の当初」において、「人間の反映活動の特徴は、その活動がナカマ体験に媒介され、ナカマたちという媒体に屈折した事物――世界の反映であるという点に求められる、といった理解の仕方において」おこなわれていたわけである。
 「しかし、この点に関して、それを生理学と心理学との裏打ちにおいて〈伝え〉の機能の面から示唆を投げかけたのは、おそらくこのコミュニケーション理論が最初ではないか」と思われる。
 「ところで、この機能的理解の面」からいって、「こと芸術の認識機能に関するかぎり、この伝え理論をもってしても説明が十分である」とは言えない。だからこそ、このコミュニケーション理論を芸術の認識機能を解明しうるような理論へと発展的に組み換えていくことが必要なのである。
 熊谷がどのような視点において、第二信号系の理論を摂取しようとしているかが、この一連の文章の中にはっきりと示されている。
 熊谷によれば、「第二信号系」とは「『ことば』の機能的本質を示す概念」であり、その場合の「系」とは、「第二信号系的な条件反射をひき起こすように、条件刺激を媒体において組織する活動の体系」のことである。では、「第二信号系」は、どのような反映活動を人間に成り立たせているのか。『芸術とことば』の指摘を、『言語観・文学観と国語教育』(一九六七年/明治図書刊)などの指摘もふまえて紹介しよう。
 A
 @現物が実体としてではなく媒体としてはたらくのが、運動感覚の系、行動の系としての第一信号系における条件反射である。
 Aことばは、そのような第一信号のそのまた信号としての第二信号であり、ことばは全体として、そういう二重の媒体のひとまとまりの組織、体系(=第二信号系)である。
 B人間に固有であるもっとも人間的な理性体験は、(1)客観的世界(外界もしくは対象化された内界)の第二信号系への反映の側面(=知性)と、(2)主観的世界(内界)の第二信号系への反映の側面(=感情)という二側面の統一として存在している。
 Cこのような反映活動は、ことばという二重の媒体によって、人間相互の体験の交換・交流を実現することと一体の関係にある。それは、人間相互の伝え・伝え合いを通しての外界・内界の反映活動に他ならない。
 Dまた、そのような反映活動がなりたつためには、「ことば」が内化――内語化されることが必要だが、内語の機能とは、主体の内側に反映された内なる仲間たちとのコミュニケーション(=内部コミュニケーション)の機能に他ならない。
 Eそして、内語のはたらきにささえられた、相手とのこの内部コミュニケーションが本来の意味での「思考する」ということであるが、感情を分かち合うという意味における「感じる」ということも、その重要な側面である。
 F知性と感情とは理性の二つの側面として統一的につかまれる必要がある。そして知性は内側からもう一ぺん「ことば」に結びついてくるようなかたちで、感情体験に媒介されることで、現実の行動面・実践面で理性的に機能するものになる。
 G知性を感情体験に媒介するものは実践(政治的な実践・日常的行動的な実践・学問的実践・芸術的実践)であり、このような実践が、逆にこんごの実践を規制する〈行動の体系〉を人間の内部につくりあげる。そして、行動の体系に直結している実感構造(=実感の体系)こそが、本来の意味の思想である。
 Hだが、思想の形成・再編成は、つねに知性の感情への媒介というコースをたどって実現するとは限らないのであり、感情の面からはいって知性のありかたに制約を与えるという形で、実感構造をわくづけ、またその体系づけ方を変革する、という経路もある。

 芸術を規制し、また芸術によって形成されるものも、このような「思想」に他ならないわけだが、芸術的実践の内部構造と関連づけて、その問題を解明すればどうなるか。
 B
 @コミュニケーション・内部コミュニケーションは、相手の体験をそこに媒介させた、自他相互の変革を伴う反映(認識・表現)活動である。このように、相手の体験を自己に媒介し、相互の体験を交換・交流することが準体験である。
 A言い換えれば、「相手の全体的なまるごとの人間像」を内語の機能に支えられて自己の内側に作り出すことによってそれと対話する体験が準体験である。日常的な体験においても、体験はつねに準体験を伴い準体験にささえられて成り立っている。日常の対人関係においても、ひとは体験を超えたところで、しかもまるごとにその相手をつかむ、その当人にとっての典型――典型的人間像とのつながりにおいて相手の人間をつかむということをやっているわけだが、それこそが準体験の機能である。
 Bそして、右のような「日常性における準体験」に支えられながら、準体験がその機能をフルに発揮するのが芸術体験である。それは、「現実を形象にシンボライズする体験」・「形象的現実の世界における〈まるごとの体験〉」「典型の認識を成り立たせる体験」のことである。
 Cそれは、鑑賞者の側から言えば、つくられた〈まるごと〉の体験をくぐる体験である。また作家の側から言えば、読者という媒体に屈折した「感情ぐるみの事物」をまるごとに自己に媒介して、そこに現実まるごとの感じの世界を象徴としてクリエートする、ということである。
 Dこのような準体験を成り立たせる言葉操作は、読者との体験の共軛性をささえとした「融通性におけることば操作」を軸としたものになる。それは、ある特定の 読者層の体験をくぐって、その体験をねらい打ちにした表現である。
 Eことばの規定性に徹する方向に概念的認識としての科学が成立するのに対し、ことばの融通性をくぐりぬける方向で、事物を、その事物に対する人間の感情ぐるみの形でつかもうとするところに芸術がうまれるわけである。そして、科学(性)と芸術(性)とは日常性を介して相互にささえあっているのである。

 右のBCDに関する問題――作者とその内なる読者との対話過程のあり方を、熊谷はさらに次のように掘り下げて解明している。
 C
 @作家の自己凝視には a市民としての他我との伝えあいによる自己凝視と b芸術家としての読者との伝えあいによる自己凝視との二側面がある。作家の「内部」と「外部」との通路は立体交叉の二重構造になってる。
 Abには二つの段階がある。作家の自己凝視によって、自己が〈見る自己〉に対する〈見られる自己〉として対象化され、対象化された自己が〈内なる読者〉を獲得することによって、読者との対話が始まる段階=第一次状況。
 B〈対象化された自己〉の側にあたためられた〈内なる読者〉の反映として、〈見る自己〉の側に〈内なる読者〉が獲得される段階。つまり、現実の読者の二重の媒介による反映像が作家の内部になりたった段階=第二次状況。
 C第一次状況から第二次状況への発展的な上昇循環をくりかえすことで、〈内なる読者〉のありよう事態が変革され変容されていく。
 Dそれはまた、読者を中心とした同心円の半径がのび、作者と読者との往復・循環の輪が大きくなっていくということでもある。
 E内なる読者は、現実の読者の反映であるが、その内なる読者が、作品の表現を媒介として、逆に制約をくわえるようにもなっていく。
 F内なる読者とは、その作品本来の読者ということであり、作品を読むとは、その読者の体験を準体験することだが、それは、本来の読者の体験をくぐりつつ、送り内容を〈批評〉に媒介した形の内容として反映像を再編成する、ということである。

 A・Bの反映活動は、作家の内部におけるCのような内なる読者との対話過程において進行していくわけであり、そのような対話過程に参加することによって、私たちの作品鑑賞も実現するわけである。

4 『文体づくりの国語教育』以降
 『芸術とことば』における芸術コミュニケーション理論の解明は、『文体づくりの国語教育』(一九七〇/三省堂刊)・『芸術の論理』(一九七三/三省堂)などの著作における、想像力理論をコミュニケーション理論に媒介する作業のなかで、さらに深められていく。これは「イメージ(像)・ビルト(形象)・フォアビルト(典型)・イマジネーション(想像的意識作用)などの概念(=思考形式)をむしろコミュニケーション理論を構成する概念に組み替えて操作・使用する」(『芸術の理論』「あとがき」)ということである。『芸術とことば』において熊谷は「感情(体験)」という切り口から主に芸術的認識を追究したわけだが、想像のはたらきを主軸とした形象的認識の極に芸術的認識を位置づけることで、「感情体験」と「想像的意識作用」との相互関係において、芸術的認識の機能がさらに多面的に解明されていくわけである。紙幅が残り少ないので、3章と関連づけながら、解明された論点のいくつかだけを以下に紹介することにする。
 @思考だけでなく、想像もまた内部コミュニケーションによる反映機能である。内部コミュニケーションとしての思考は、概念づくりによる未知・未来へむけての世界認識(概念的認識)を実現し、その極に科学的認識が位置づく。内部コミュニケーションとしての想像は、イメージづくりによる未知・未来へむけての現実認識(形象的認識)を実現し、その極に芸術的認識が位置づく。
 A世界(=事物)認識としての科学的認識とは、各主体に屈折した世界の反映像(=多としての現実)を一つの世界にかえしていく営みである。現実認識としての芸術的認識とは、自己の――内なる読者・内なる仲間を含みこんでの自己――にとって実践的に必要にして可能な主体的真実、虚構においてその未知が探られ、その未来がさきどりされた、実践の対象としての現実のビルト(典型)を探究する営みである。
 B芸術的認識は、このように、課題意識や生き方において共軛性をもつ人々の間で成り立つ認識であり、したがって、芸術現象は、鑑賞者の感動においてのみ顕現する社会現象である。
 Cまた、この切り口から芸術性における準体験を規定すれば、それは未知・未来に属するという意味での、未経験の体験、他者の体験の想像の機能を軸とした自己への媒介の体験であり、そのような意味での典型(造型されたダイナミック・イメージ)の認識を成り立たせる体験である。
 Dまた、芸術的認識の過程的構造については、それが、日常性を媒介として、そこをくぐって導き入れられた限りでの概念的認識(=狭義の概念的認識)と狭義の形象的認識との過程構造的統一体であり、後者がその主軸としての役割を果しているのである。科学的認識の過程的構造はその裏を返した形で考えればいい。
 Eそして、それぞれの認識を成り立たせる言葉操作のあり方が、描写文体と説明文体なのである。
 不十分な紹介になったが、3章のABCと対応させた場合、イマジネーション理論の媒介によって、熊谷が自己の理論をどう深めていったかがある程度つかめると思う。熊谷は、この後、『井伏鱒二』(一九七八/鳩の森書房刊)・『太宰治』(一九八七/みずち書房刊)などの著作において、「持続的なメンタリティであり、主体化されたイデオロギーであるプシコ・イデオロギー」とその言語形象的客観化としての「文学的イデオロギー」という概念を提起し、文学における「思想」とリアリズムの問題を創造的に探究した。また、「世代的階級」概念の提起によって、「本来の読者・鑑賞者」の具体相をさらに明らかにしていった。これらの点にはもはやふれられないが、熊谷の作家論を扱う本誌の諸論考の中で、様々な切り口から論じられているはずなので参照していただきたい。
 (新宿セミナー講師)
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