文学教育よもやま話 6    福田隆義       

  文学に力を借りる          【「文学と教育」№196(2002.11刊)掲載】     

はじめに
 年賀状はたいへんな数になる。暑中見舞いはせいぜい二十数通。当然ながら儀礼的なものが多い。が、なかには、何度も読み返す書状がある。身上の変化や、時代を厳しくとらえたものなどである。怒ったり、笑ったり、きには考え込んだりで、けっこう、“喜寿”に近い使い古した脳を刺激する。今年も何度か読み返した、暑中見舞いがある。


「暑中見舞い」異変
 二十年昔の教生(教育実習生)先生から今年も暑中見舞いをいただいた。いつもになく元気のない文面である。私信だが引用させていただく。
 暑中お見舞い申し上げます。
 おかわりございませんか?
 今年から、楽しいはずの夏休みの研修権を奪われ、疲れもとれないまま出勤つづきです。これでは、やる気も張り合いもなくし、暗くなってしまいます。さまざまな締めつけに、ほんとうに悲しい思いをしています。
 元気がなくてすみません。
 子どものいない学校に出勤し、保健室あたりで悶々としている彼女を想像した。あるいは、雑用に追われているのかもしれない。子どもなら、とうに切れている。暴れている。嫁いだ娘が、いじめられているような気持ちになってしまった。娘なら「戻って来い」と声を荒げたいところだ。
 四年生を担当しているときだった。彼女が配属されてクラスがわいた。学年が明るくなった。子どもたちが「先生は、かわいそう。教生先生にみんな取られちゃったね」と同情してくれるほどだった。快活な彼女の人気はクラスの枠をこえていた。展覧会の飾りつけで、高いところは一手に引き受けてくれた。男まさりの梯子操作だった。習字が達者で、案内や説明書きはお手のもの。学年一同感謝したものだ。多才で気丈で、決して弱音を吐くような教生さんではなかった。
 また、律義な方で年賀状と書中見舞いは、二十年つづいている。しかも、印象に残っているものが多い。「小学校に採用された喜びと決意」、大変だけど、子どもはかわいい」というのがあった。「姓が変わったことと転居」の喜びの通知。「研究授業をすることになり、夏休み返上で勉強している」こと。「教生さんを引き受けることになった」という知らせ。「都の研究指定校になり、忙しい毎日です」というのも印象ぶかかった.彼女はいつも、やる気満々、明るいニュースばかりを届けてく れていた。 
  そろそろ四十代もなかば、教頭試験を受けるのではない かと思っていた。そのコースを進んでいるように思えた。 そこへ、右の暑中見舞いである。あの娘がこんなに落ち込むとは?という違和感もあった。あるいは、これまで暗い年賀状や暑中見舞いになることを、故意に避けていたのかもしれない。締めつけが、ここにきて限界点に達したのか もしれない、などなど想像している。ともあれ、やる気満々 の中堅教師が、やる気も張り合いもなくしている。尋常で はない。これはもう、教育の「荒廃」どころか「破壊」で ある。締めつけが破壊をもたらしている。
  これはしかし、彼女ひとりの思いではない。多くの良心的な教師の思いを代弁している。というのは、民間教育研究団体(民教連)の、夏季集会に参加した教師の声でもあっ たからだ。参加者の多くは、年次休暇をとって参加している。それも認められず、子どものいない学校に出勤している人もあると聞いた。彼女もその一人。
  同好の士が集まって交流し合う研究は、教師の義務で自由だったはずだ。教師が研修や研究をとおして横に手を結ぶことなしに、ゆき詰まった教育の現状を打開する方途はない。校長に、その許認可を与える権限があるのか問うてみたい。あればその基準も知りたいところだ。こうした教育現場の声は、なかなか部外者に聞こえてこない。新聞の「声」欄で散見するくらいだ。マスコミもほとんど取り上げない。


校長に間違いはないか
 他方、これは東京商工会議所主催ということになっている。新聞(朝日・八月一六日夕刊)は、一面トップに「企業現場に先生も学べ」という大見出しで、百貨店や老舗で研修した教師を紹介。こっちはマスコミも熱心なようだ。参加者の感想は「ブランドイメージを壊さず、妥協せずに開発していることがよくわかった」というのである。そういぅ老舗もあるだろう。企業にそういう、一面はあるのかもしれない。さらに今後、教師はもちろん、子どもを受け入れる計画までたてているようだ。これは、教育の民間への移行であり、企業の営業政策でもあろう。教師がその一翼を担うことにならないか。
 ちまたに「世間知らずの先生」という批判のあることは知っている。ならば「雪印」や「日本ハム」で研修させてもらい、世間を知ろうじやないか。「東京電力」でも「三井物産」でもいい。ありのままを知りたいものだ。真の裏まで研修したいものだ。皮肉のひとつも言いたくなる。 以下の引用は、暉峻淑子氏の文章である。「『校長のいうことはすべて職務命令だ』『校長が間違っていたら、どうするんですか』『間違う人を校長にしていない』これは本当にあった会話です。上からの命令は、たとえ、それが間違っていても従え、というのは軍隊です。学校は軍隊になりつつあるのです」(子どもと教科書全国ネット21ニュース)。「間違う人を校長にしていない」というのは、誰の発言かわからないが、地位のある官僚だろう。なかには、上意下達を旨とする校長もあるだろう。上意を先どりすることが、先進的な実践だと思いこんでいる校長もあるようだ。が、こう言われると、内心反発する校長先生もあると思う。あるに違いない。
 その証拠に、九七パーセントもの校長が、今回の教育改革で「もっと学校の現実をふまえた改革にしてはしいと考えていることが、国立教育政策研究所の調査でわかった」と新聞(朝日・九月二二日朝刊)は伝えた。校長は、不満があっても、あるいは、心ならずも、上からの指示や通達は間違いなく伝達する。反対と云えないのである。それを「間違う人を校長にしていない」と思い込んでいるのだろう。だから、こうした断言もできる。こわい発言である。おもいあがった発言である。
 その人たちが、子どもに対しては、個性の専重や、選択の自由をまことしやかに説く。がしかし、教師の研修には選択の余地すら残してないようだ。その人が強調する個性の尊重も、選択の自由もまやかしにちがいない。一貫性がない。教師の自由なくして教育の自由はない。やる気をなくした教師に、教育の再生ができるはずがない。締めつけは、教師を暗く悲しくするだけだ。聞く耳はもたないだろうが、これと同じ文面の書中見舞いを、文科行政当局者にさしあげたい。と同時に、私のような市民にも、もっと現場の声を知らせて欲しい。


理想的兵卒にはなるまい
 話がそれてしまった。書中見舞いに戻ろう。この返事には迷った。校長の悪口を並べたててもしかたがない。安っぽい同情の言葉は書きたくない。かといって、放っておくのは失礼だ。一日のばし二日のばししているうちに「兵卒」という言葉が浮かんだ。暉峻氏の文章を読んだからかもしれない。もちろん、芥川龍之介の『侏儒の言葉』のなかの「兵卒」である。文庫本を読み返しているうちに返事が決まった。ていねいに写した。

 ――理想的兵卒にはなるまい――

    兵卒
 理想的兵卒は苟くも上官の命令には絶対に服従しなければならぬ。絶対に服従することは絶対に批判を加へぬことである。即ち理想的兵卒はまづ理性を失はなければならぬ。
    又
 理想的兵卒は苟くも上官の命令には絶対に服従しなければならぬ。絶対に服従することは絶対に責任を負はぬことである。即ち理想的兵卒はまづ無責任を好まなければならぬ。(芥川龍之介『侏儒の言葉」より)
 「理想的兵卒にはなるまい」という言葉は、私がつけた見出しである。理性は失うまい、無責任にはなるまいという、連帯の挨拶のつもりで写した。が、読み返してみて、まったく愛想がない。ぶっきらぼうな返事である。なんの前提もなしに、この章句だけを引用したので、論理的ではあっても説教くさい。相手はすでに、押しも押されもせぬ中堅教師である。いかに聡明な彼女でも、とんだ誤解をまねきかねないと心配になってきた。迷いに迷った。が、彼女を信じて投函してしまった。


文学に力を借りる
 投函してからも、気になってしかたがなかった。そこで追伸を書くことにした。文教研で取り上げた、石川達三の『人間の壁』を思いだしたからである。文学にカを借りようと思った。
 秋風がたちはじめましたね。
 元気はでましたか。
 『人間の壁』(石川達三)を推薦します。
 私はサークルのみなさんと読みました。貴方の相談にのってくれると思いますよ。元   気がでるかもしれません。
 ご承知のように『人間の壁』は、一九五七年八月二四日 から、「朝日新聞」に連載された長編である。私は新聞で読んだ。佐賀県が、児童生徒七千人増にもかかわらず、財政難を理由に、教員二五九名を整理する案を発表した。それに反対し、民主教育を守ろうとする、佐賀県教組の闘い が、題材となっている。さまざまなタイプの教師が登場する。闘いのなかで、転向する人もあり、成長していく教師もある。父母が介入し、街の顔役が絡み、国が権力を行使する。
 当時、私は下町の小学校にいた。戦争の傷痕がまだ残っているのに、「保守派」は教育の国家統制にのりだした。 ようやく定着しかけた民主教育の、切り崩しにかかった。教育委員が任命制になり、学習指導要領から「試案」の文字が消え、道徳の時間を特設し、勤務評定が実施された。当時の民主党がパンフ「うれうべき教科書」を配布したのもこの時期だった。それらを「逆コース」とか「反動文教政策」と規定し、民主教育を守る運動が全国で盛り上がっ た。その渦中で、私は身につまされる思いで読んだ記憶がある。佐賀県教組の闘いも、その一環だった。
 こんどみんなと読み返し、教育とは何か、政治と教育、組合運動と教育などなど、改めて考えさせられた。今日の事態は、一九五七年当時の反動化路線の線上にある。が、 たんなる延長ではない。より深刻になった。これは教育に限ったことではない。が、着実に確実に、逆コースをたどってきた。私が子どもだった戦前の教育に似てきた。
 保守合同直前の民主党が配布した「うれうべき教科書」問題は、〈新しい歴史教科書をつくる会)の歴史教科書としてより具体化した。「勤務評定」は、教師の研修権にまでおよんできた。いまに、読む本も規制されるかもしれない。特設道徳は、文科省発行の道徳副教材『心のノート』 を全児童・生徒に配布し徹底をはかるという力のいれよう だ。東京都は、教員の指導監督にあたる「主幹職」を新設 して、さらに管理の強化をはかるという.教師を「理想的兵卒」にしてしまう計画だろう。その総仕上げが「教育基本法」の改定である。すでに日程にのぼってきた。
 それが彼女を悩ませている。暗く悲しい気持ちにさせ、 やる気も張り合いもなくした元凶だろう。この葉書も、ずいぶんさしでがましいと、今は思っている。彼女のことだから『人間の壁』は、すでに読んでいるかもしれない。が、この時点で、もう一度読み返して欲しいという願いを託したつもりだ。  戦後定着しかけた民主教育が、押し曲げられようとした時点で書かれた『人間の壁』は、私に語りかけたように、 彼女にも語りかけるに違いない。彼女が直面している現実に対し、民主教育とは、政治と教育、教組と教育などなど多角的、多面的問いかけをするに違いない。また、ここに登場する一人ひとりの教師が、教育を守る闘いのなかで、何に悩み、どういう行動の選択をしたか、あるいは悩まずに通過したかは、自分が置かれた現実を見つめ直さずにはおかないだろう。いわば、彼女の悩みの相談相手になってくれると思ったからである。そうした思索を深める、思索 しつづけることが、教師の力量をたかめる底力につながる。民主教育への情熱、実践への意欲をとりもどす。『人間の壁』推薦の理由である。
 企業現場で、あんこ玉を作る工場研修、「いらっしやいませ」と笑顔を作る練習の店頭研修もよかろう。が、前者とは質的な違いがある。つまらないのが、学校で悶々としていることだ。雑用をさせられることだ。せいぜい思いあ たるのは、校長の悪口か、同僚のうわさ話ぐらいだろう。これは職場仲間の分裂・分断につながることが多い。明日ヘのエネルギーにはならない。


「学習指導要領」を「試案」に戻せ
 それにしても「新学習指導要領」と「学校完全五日制」 の評判はよくない。なにしろ、公立中学枚の「教師9割・ 改革『不満』」(前記・国立教育政策研究所調査)という結果がでている。こうした批判をうけ文科省はゆれた。とく に学力をめぐるゆれはひどい。それがさらに、現場を混乱させている。それなのに、強引に推進する。お役人の面子 だろう。日本の教師のおおかたは、真面目で、誠実であると私は思う。子どもとの接点で考え悩んでいる。それを信頼できないのが、文科省の役人や一部の政治家だ。
 私は、一九六〇~七〇年代の教育課程の自主編成運動を思いだす。いまに「指導要領」の枠を越えた教科書も、現場教師と研究者によって作られるだろう。現にその動きが でているではないか。多くの現場教師の知恵と経験を生かさない、役人の机上プラン押しつけでは、行き詰まった教育の現状など打開できまい。
 現状を打開する第一歩は「学習指導要領」を、もとの 「試案」に戻すことだ。拘束制をなくすことだ。戻すことで教師の責任も重くなる。「理想的兵卒」ではすまなくなる。 研究の必要はいうまでもない。現場の経験が生かせる、創意工夫が生まれる。「試案」なら文科省も批判を受けてゆれなくてすむ。「指導要領外の活動も容認」なんていう、 いやな言葉もなくなる。容認、などと威張らなくても、お役人の面目はたもてますよと進言したい。


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