資料:鑑賞主義論争
資料一覧
  
国文学の普及と「鑑賞」の問題……近藤忠義「国文学 解釈と鑑賞」 1936.7)
国文学と鑑賞主義……近藤忠義(「国文学誌要」1936.7)
資料主義・鑑賞主義・その他――最近発表された二三の作品論に関連して……熊谷孝(「国文学誌要」1936.7)
国文学界の二つの傾向――国文学時評――……吉田精一(「国文学 解釈と鑑賞」 1936.8)
再び鑑賞の問題について……熊谷孝(「国文学 解釈と鑑賞」 1936.9)
文芸学への一つの反省……熊谷孝+乾 孝+吉田正吉(「文学」 1936.9) 
鑑賞に関する見解に就いて……石津純道 (「国文学 解釈と鑑賞」1936.10)  
九月国文学界の瞥見(国文学時評)……片岡良一(「国文学 解釈と鑑賞」 1936.10)  
国文学時評――公平にでなく公正に――……永積安明(「国文学 解釈と鑑賞」1936.11)
鑑賞の意味……吉田精一(「国文学 解釈と鑑賞」1936.11) 
時評的問題一二……熊谷孝(「国文学誌要」 1936.11) 
芸術学及び文芸学の諸問題……徳永 泰=熊谷 孝(「唯物論研究」 1937.1)
古典評価の規準の問題……熊谷孝(「文学」1937.4)
『文芸学への一つの反省』補遺……乾 孝(「文芸復興」 1937.8)
古典及び古典教育について……岡崎義恵(「岩波講座 国語教育」1937.9)
芸術に於ける写実の問題(第一回)……吉田正吉+熊谷孝+乾孝(「野火」 1939.2) 
芸術に於ける写実の問題(第二回)……吉田正吉+熊谷孝+乾孝(「野火」 1939.4) 
芸術に於ける写実の問題(第三回)……吉田正吉+熊谷孝+乾孝(「野火」 1939.6)
現代文学の混迷と古典の現代的意義……熊谷孝(「古典研究」1940.5) 

《参考》
回想十五年―国文学界を中心に― ……近藤忠義(「日本評論」1946.8-9合併号)
文学における鑑賞と史観……近藤忠義(「人間」1948.11)
〈美の十字軍〉の見事な破産……荒川有史(『人間喜劇の文学 西鶴』1994.1 より)

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「文学」1936年9月号表紙 「国文学 解釈と鑑賞」1936年7月号表紙 「国文学誌要」4の3(1936年11月刊)表紙
 「鑑賞主義論争」は、かつて文学の受容・研究をめぐって闘わされた大論争です。六十年以上も前の論争ですが、今日なお必ずしも決着がついているわけではありません。ファシズム体制下の日本でのこの熾烈な論争では、何が問題として取り上げられ何が明らかになったのか。そしてまた、当時とは様相の一変した(かに見える)時代を生きるわれわれの前に、依然未解決の課題として残されているのはどういうことか。――当時の文献自体にそれらのことを語らせることができたら、と思います。(なお、現代仮名遣い・新字体に改め、読み仮名・送り仮名を補足するなど、原文に表記上の変更を加えてあります。)
-----「鑑賞」自体の否定ではなかった-----

 ……近藤(忠義)先生、旧国文学批判的なことをどんどん始められたわけです。で、その批判の目立ったものが、鑑賞主義論争という名前でよばれているものだけれど、鑑賞主義はいけないってことを言ってるんで、鑑賞を否定したわけではなかったんですがね。結局は、それをやられたわけですよ。

 で、そのお先棒をかついだのが僕らですね。単にお先棒をかついだだけってんで、抹殺されてるのでしょう。いろいろ、わけありなんでしょうがね。およそ、人呼んで〈歴史社会学派〉、さきほども言いましたけど、鑑賞を否定しているんじゃない。鑑賞を否定して文学が成り立つものですか。そうなんだけれど、鑑賞主義の「主義」のつくやつはいかん。というのは、自己の鑑賞にベッタリになって、そういう意味での鑑賞眼の高まった評価が正しい評価だ式の、ただ、いいものはいいというふうな自己を標準にしたそうした式のものへ批判をぶつけたわけですね。そうした中で、たまたまというのかしら、岡崎義恵さんが岩波から『日本文芸学』という大著をお出しになったんですね。ですから、鑑賞主義論争というのは、その二、三年前から始まっていたと考えてもいいんじゃないでしょうかしら……。(「〈インタビュー〉熊谷孝先生に聞く 文学教育研究への道」より)

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