芥川はなぜ読まれる    (無署名)

「朝日新聞」1955年2月13日号掲載---
(「朝日新聞」の「学芸」欄に無署名で掲載された。「芥川はなぜ読まれる」という標題の後に編集者の手になると思われる次のようなリードを付す。――「“出版界の忠臣蔵”という言葉がある。この本を出せば必ず売れるというやつだ。かつて夏目漱石ものがそうであった。近ごろでは芥川竜之介も、どうやら忠臣蔵の資格をもっている……と、これは出版界の取ザタだ。ほんとうにそうだろうか?」
 「若い世代に地盤/出版社が作ったブーム」の大見出しがあり、それに本文が続く。


 「朝日新聞」1955.2.12出版社が全集ものを出すとき、ポピュラーな作家や作品を、配本の皮切りにもってくるのは定石だ。一昨年秋、筑摩書房版『現代日本文学全集』でも芥川集を第二回に配本し、十六万部を出した。これは島崎藤村集(十七万五千)に及ばなかったが、各巻平均十三万を上回る。また河出書房版『現代文豪名作全集』の芥川集が九万。これも他の作家の五-六万よりも優位だった。両者とも一昨年を通じてのベスト・テン圏内といわれた。
 昨年末いらい、ふたたび河出書房では同全集の装本を染替えて出しはじめている。面白いのは、この染替え全集を出すときに、同書房発行の雑誌『文芸』が臨時増刊「竜之介読本」をぶっつけて前景気をつけた形になった。するとこの雑誌も、普通号三万が、ちょうど二倍売れた。
 昨年といえば、岩波書店が小型版で『芥川竜之介全集』を出しはじめたのが十一月。第一巻は現在までに三万八千、最新刊の第六巻は発売初日だけで二万二千売れた。この小型全集は、前例の石川啄木、二葉亭四迷に引つづくもので「べつだん芥川ブームといったものをねらったものではなく、小林多喜二にしようか芥川がいいか」といった意味合いの企画だったらしい。なお、筑摩書房版『日本文学アルバム』でも、各冊平均一万二千が、芥川は二万近い。


   中学から読む

 しかし、芥川文学の普及性は一種の潜在力をもっている。文庫という廉価普及版に例をとって、最も古い「岩波文庫」のばあいに見ても、戦後の分だけで芥川の『羅生門』は三十万。これと匹敵するのは漱石の『坊っちゃん』だけである。
 芥川文学の普及を養う一つの原因には、教科書の力も少なくないのではなかろうか。中学校の国語テキストの主なものを拾ってみたら「杜子春」「トロッコ」「蜘蛛の糸」などの作品がある。文学教材の分量としては、あまり多いほうでないといわれる中で、ともかくこれらの作品は国木田独歩・志賀直哉・島崎藤村・森鴎外・漱石・有島武郎などと並んでいる。
 なお、これは一例であるが、読書指導に熱心な森村学園女子部(東京)のあるレポートをみても、芥川の作品が、中学一年から親しまれ、また教師たちからも良書だから読みなさい――とすすめられている。すなわち、このレポートに“良書四百選”というのがあるが、学年別に日本文学の部に次のような芥川作品がみえる。
【中学一、二年に】蜘蛛の糸。一塊の土・蜜柑。 【中学三年、高校一年に】鼻。 【高校二、三年に】河童。侏儒の言葉。大導寺信輔の半生。
 ところで、芥川文学の端的な評価については、前記、雑誌『文芸』の芥川特集で試みられたアンケートも、小記事ながら近ごろ興味をひいた一つだった。各界八十名近い回答者のなかで「あなたは芥川の愛読者ですか?」という返事に「愛読しない」人達のほうがいくらか多いくらいだ。むしろ「若い時に愛読したが」という過去形で語る否定を加えると、絶対多数であった。
 むろん、これは一つのデータに過ぎまい。しかし考えてみると“芥川ブーム”などというのは、掛声をかけながら売上げる出版界の、いつもの筆法に過ぎないのではなかろうか。たいていの者が芥川文学には青少年時代に没頭する。けれども、多くが卒業してゆく。実はそういう年齢層こそ、常に図書購買層の最大多数を占めるものなのだ。


   永遠に新鮮な

 芥川はなぜ若い読者をつかむか? いちがいに言うのはむずかしい。芥川研究はここ一、二年のうちにも宇野浩二・中村真一郎らによるいずれも優れた評伝を加えたりしているものの、やはり芥川文学の通説的な評価は、それが何よりもまず芸術品としての完成をもっているということだ。暖かく懐しく描かれる人生図。穏やかなヒューマニズムをたたえた古典的均整美……それは打ってつけのテキスト(教科書)の要素にもなろう。あの“知的ジレッタンチズム”とか“ペダンチックな品格”とよばれる作風は、若者の心をたかぶらせ、鎮めるだろう。……こうして、芥川文学は広告のうたい文句のごとく「永遠に新鮮」なわけであろう。
 だが、芥川文学自体の価値のなかには、これが昨今に限って流行するという際立った理由は、じつのところ見当らないのであるまいか。例えば映画『羅生門』の影響を挙げるなどは、大人げないほどの理由ともいえる。むしろ、デフレ下における出版界の、一般的な企画力の貧困さが、投機的な書下ろしを世に問うよりも、古典性ある作家や作品によって、堅実な部数で採算をとろうとする傾向の現われだとみられる。


熊谷孝 人と学問熊谷孝 昭和10年代(1935-1944)著作より熊谷孝 昭和20年代(1945-1954)著作より熊谷孝 1955〜1964(昭和30年代)著作より