近藤忠義氏の近業『近世小説』 その紹介と批判      熊谷 孝
  
「法政大学新聞」88(1938.11.5)掲載--- 

  *漢字は原則として新字体を使用した。*引用部分以外は現代仮名遣いに替えた。*傍点の部分は太字・イタリック体に替えた。。。  
*明らかに誤植と判断できるものは訂正した。*難読語句(文字)には適宜、読み仮名を添えた。
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 ひと頃われわれの学会では、近世文学の研究が旺(さか)んだった。かれこれひと昔も前のことだ。猫も杓子も、という具合だったらしい。ところで、この時期の研究がわれわれに残してくれた遺産はというと、少数のアルバイト[労作、学問的業績]を除けば、(或(あるい)はその実証的な部分を除けば)殆(ほとん)ど何も無い、といっていい。
 というのは、当時の研究家達の趣味的・通人的な態度がいけなかったからだ。早い話が、常磐津(ときわず)のひとくさり位い唸れなくては、江戸文学――その頃「近世文学」はそういう名前で呼ばれていた――はとてもわからない、というのが真面目な常識となっていた。だから近世を専攻しようとする程の者は我れがちに三味線の稽古をはじめる、という始末だった。嘘みたいな、ほんとうの話である。(尤(もっと)も、此の話題は先輩諸氏からの受売りなのだが。その頃中学生だった僕なぞも、先輩に当る文科の学生なんかから、そうした風潮の悪影響を受けていたのである)
 近世文学の研究を、こうした偏向から救いあげ、それを正しい科学的態度で問題にした最初の人こそは、ほかならぬ近藤忠義氏であった。氏の初期の労作は、多くかかるディレッタンティズムとの闘いのプロセスにおいて創られたものだった。その論調が、真摯なファイトに満ちたものであることも、こうした学界の事情を顧みた場合、おのずと胸に落ちるものがあろう。
 爾来、氏は、つねに若い世代のよき指導者として、自らその矢面に立たれた。今度、河出の日本文学大系叢書の一部として公にされた『近世小説』なぞも、近頃ハヤリの解釈学流の非歴史的な古典論に一矢を酬(むく)いられたものとして、われわれは拍手して止まない。蓋(けだ)し、ディルタイのエピゴーネン――その一人一人が意識してこの立場を採っているか否かは論外として――が神懸(かみがか)り的な「追体験」なぞいうものを持って廻って、科学のメスをなまくらにしている、その害毒はなかなか莫迦(ばか)にできないものがあるからだ。
 ところで、この著述は、サブタイトルに「その成立史」と断ってあるように、近世小説をその全般にわたって考察したものではない。近世町人の小説が、中世的武士貴族的なモラルの桎梏(しっこく)から自らを解放し、どういう地盤の上にどんな過程を経て、自らの独自的な文芸様式を創りあげていったか、という問題の解明に主力が注がれている。だから、そこでは当然、町人文学に先行する能、狂言、お伽草子など一連の中世後期の芸術作品が考察の対象とされ近世初期の産物である遊女評判記や地誌、名所記、或は百科全書の類が前景におし出される。仮名草子の系列にぞくする近世初期の小説の在り方――歴史的な存在の仕方――が追究される。その結果、彼等町人の小説=文学が、中世貴族文学の継承者としてではなく、寧(むし)ろそうした古き伝統への反逆者として、遊女評判記なぞが獲得していた技術的地盤の上に誕生したものであったことが結論される。 
 それでは、これから近世文学に親しもうとする人にすすめるべき本ではないかとはいかと言うと、実はその反対なのだ。それの成立の意義に対する反省を欠いて、近世文学への史的把握は不可能であるからだ。たとえば、近世文学が何かというと古典を持ち出し、それを拠り所とする傾きのあること、しかもその古典知識がひどく杜撰(ずさん)なものであることは誰でも知っていようが、その理由は、彼ら町人の認識水準を、その当初から低いものにしていたこの社会特有の政治経済機構を問題とすることなしには、到底わからないだろう。町人文学に屡々(しばしば)古典が採り上げられて来ることの理由、上記百科全書の古典に関する記載の杜撰な点、またそれによって結果する町人作家のあやしげな古典知識――近世文学の性格を規定するこれらの関係は、すべてこの書の詳述する所である。
 なお、この本の体裁を一覧して気になるのは、作家の従軍の問題や現代短歌の宿命の問題が、尤(ゆう)にその一二章をなす形で織込まれている点だ。時宜に適った問題には違いないが、この部分、他の章に比べてやや粗雑の感がないでもない。著者は、また別の章で、武田麟太郎氏の近作『西鶴』および西鶴論を採りあげ、それへの批判を通して西鶴の作品を文芸史的に、また文芸時評的に論じて居られるが、こうした行き届いた態度で一貫して欲しかった。
 巻末付録の、社会現象と対照した文学年表や、翻刻書目の改題は可成(かなり)手の込んだものだ。初学者に対する配慮からだ、と序文に見えている。(河出書房発行、定価一円二十銭)
 
 熊谷孝 人と学問熊谷孝 昭和10年代(1935-1944)著作より