熊谷 孝 著
現代文学にみる日本人の自画像
 
『現代文学にみる日本人の自画像』  この仕事が文学史に属するものなのか、それとも文芸時評の仕事に属するものであるのか、自分でもよくわからない。ともかく、私が長いこと漠然と考えていたのは文学史と文芸時評との統一ということであった。
 
それは、いわば、“現代史としての文学史”というふうなものである。現代の小説が一面、現在を過去につなげて未来を展望するという“現代史としての小説”の視角を鋭角的にうち出しているが、この作業は、いわばそのことと――その必要と――照応するものである。過去の文学に対する知識そのものが関心事なのではなくて、現代の実人生を私たちがポジティヴに生きつらぬいて行く上の、日常的で実践的な生活的必要からの既往現在の文学作品との対決ということである。
 対決? ……むしろ、対話である。作品を媒介として、過去の読者、現在の読者との対話を行なう、ということである。究極において、私たち現代の読者相互の現代のテーマに関しての対話の場を用意するのである。そういう作業を、いつのころからか私は私自身の課題として考えるようになっていた、ということなのである。
 で、その場合、小説に例を求めれば、個々の作品の作中人物のいだく想念や想念の推移、その行為の軌跡を、現代の実人生とかかわりを持つ限りにおいてお互いの話し合いの材料として選ぶ、ということになるのである。また、もろもろの作品相互の関連を、それらの作中人物に関して、その人間主体の、同世代あるいは次の世代の他の人間主体との精神の関連という、人間精神の系譜の問題として考える、ということになるのである。
(本書「あとがき」より)


1971年1月
三省堂 発行

四六判 276頁
定価 550円 絶版


著者:熊谷 孝(くまがい たかし)
1911年、東京に生まれる。法政大学国文学科卒。文芸学専攻。
現在、 国立音楽大学教授。文学教育研究者集団に所属。
著書  『新しい日本文学史』 『芸術とことば』 『文体づくりの国語教育』 『文学序章』他。
編著 『講座 日本語』 『日本児童文学大系』 『文学教育の構造化』他。
  内 容


近代主義の克服

  近代と教養的近代 7  近代主義における戦前と戦後 12



日本的近代の成立
  自由民権運動と日本の近代文学 21
     自由民権運動前後 21  存在証明の文学 ―― 『浮雲』と『舞姫』と 29
      透谷から藤村へ 32



  壁―― 『浮雲』(ニ葉亭四迷/一八八七~九年)の文三とお勢 38

  分裂した自我―― 『金色夜叉』(尾崎紅葉/一八九七年)の間貫一とお宮 43

  勝てば官軍―― 『灰塵』(徳冨蘆花/一九〇〇年)の猛と茂 46

  妻を娶らば―― 『思出の記』(徳冨蘆花/一九〇〇~一年)の慎太郎とその母 54

  君死にたまふことなかれ―― 与謝野晶子(一九〇四年) 62

  小市民的自我との対決―― 『破戒』(島崎藤村/一九〇六年)の丑松とお志保 73



幸徳事件前後
  
文学史的事象としての幸徳事件 81
     新ロマン派の成立を促したもの 81 自然主義の動向 88 独歩・漱石・節・鴎外・啄木 93



  「日本は・・・・・・滅びるね」―― 『三四郎』(夏目漱石/一九〇八年)の
                     広田先生と汽車の女 99


  自意識を失わぬ狂人―― 『煤煙』(森田草平/一九〇九年)の要吉と朋子 105

  沈黙の季節―― 『冷笑』(永井荷風/一九〇九~一〇年)の小山清たち 111

  幸徳事件をめぐる一連の詩作品
―― 『愚者の死』(佐藤春夫/一九一一年)、
                      『ココアのひと匙』『墓碑銘』(石川啄木/同年) 116



大正デモクラシーの文学体験
 
連帯への志向 137
      病み呆けた自然主義 137   芥川竜之介とその周囲 141 
      近代主義克服への第一歩 148   新感覚派から新興芸術派へ 151



  孤独地獄―― 『忠直卿行状記』(菊池寛/一九一八年)の松平忠直 154

  絶望
―― 『山椒魚』(井伏鱒二/一九二三年)の人間像 161

  挫折―― 『電報』(黒鳥伝治/一九二三年)の源作とおきの 165
 
  孤独に堪える性情―― 『大導寺信輔の半生』(芥川竜之介/一九二五年)の信輔 172



暗い谷間の人間像
   
苦悩の年鑑  179
      プロレタリア文学の成立と展開 179 更衣の季節 182


  インテリゲンチァと労働者
        
―― 『一九二八年三月十五日』(小林多喜二/一九二八年)の竜吉と渡 187
   
  嵐の中でこそ
―― 『太陽のない街』(徳永直/一九二九年)のお加代 195

  飼育―― 『丹下氏邸』(井伏鱒二/一九三一年)の丹下氏と男衆 201

  つねに絶望の隣にいて―― 『道化の華』(太宰治/一九三五年)の大庭葉蔵たち 209

  人間の戒律
―― 『コシャマイン記』(鶴田知也/一九三六年)のアイヌとシャモ 215



戦後へ
 
大衆社会的状況と現代的疎外 229
     戦争の爪跡・再出発 229  五〇年代から現在へ
――その問題点 233


  頑固な恋人たち
―― 『日曜日』(三島由紀夫/一九五〇年)の幸男と秀子 238

  支柱を失った精神―― 『野火』(大岡昇平/一九五二年)の“私”  243

  自己変革―― 『真空地帯』(野間宏/一九五二年)の曾田と染 247

  マイ・ホーム主義第一号―― 『熔岩』(石川達三/一九五三年)の入江進二郎 252

  女の幸福―― 『人間の壁』(石川達三/一九五七~九年)の尾崎ふみ子 259

  新しい人間像の模索
――六、七〇年代における近代主義との対決
         『されどわれらが日々
――』(柴田翔)、『時間』(黒井千次) 264



あとがき



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