初期機関誌から

「文学と教育」第28号
1963年5月25日発行
  『芸術とことば』 熊谷 孝著  

文学研究と文学教育のための基礎理論
 
 著者のことば
 第二信号系理論を媒介して考える以外に、芸術過程――伝えとしての芸術の本質はつかめない、というところへ、こんにち、芸術理論の問題がきています。けれど、条件反射学のこの伝え理論も、まだ今までのところ、芸術過程を包括的に説明し得るような形の伝え理論にはなりえていないようです。
 ということは、また、この理論本来の課題である言語過程の説明としてみても熟していない、ということです。文学という言語芸術――《芸術過程としての言語過程》については、それはノー・コメントの形をとらざるをえない現状なのですから。芸術の伝えが示す複雑さを、その複雑さにおいて把握し解明できるような内容のものに、この伝え理論を発展させていくことが、そこに求められるわけです。
 これは、文学・芸術の研究者の側からの理論的要請であると同時に、教育の現場からの実践的な要請でもあります。この前提に関する研究がある程度進行していないことには、作品の実証的な研究も、また芸術やことばに関する教育も、すべてあし足ぶみ状態におちいるほかないからです。芸術の伝えの本質をさぐる、というこの本のテーマも、実はそうした研究の現場、教育の現場からの突き上げによってもたらされたテーマにほかなりません。

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