初期機関誌から

「文学と教育」第6号
1959年4月5日発行
 編集後記
 毎度の事ながら、新味のある企画もできず、前号と同じような機関誌になってしまいました。編集部の責任。同時に原稿を寄せてくださらぬ会員の責任。
 〈文学と教育〉のサークルの仲間たちは、何も言いたいことはないのだろうか。と疑問です。実践記録、バック・ナンバーの記事への感想・批判など、寄せてはいただけないでしょうか。
 新学年がはじまりました。
 教室の皆さん、お身体を大切にしてください。 (U.O)

◆ bUには、熊谷孝先生の“原則的と現実的と”をいただいた。改訂指導要領返上闘争は、勤評闘争の重要な一環だ、というご指摘には双手をあげて賛成する。
 私たちは、研究意識に基盤をおいたサークル活動を行なっていこう。そのためにも、機関誌をもっともっと充実させていきたい。皆さんのご協力を希望します。 (I.O)

◆ 編集にはじめて参加して、とても大へんだなあ、と思いました。
 でも、機関誌による積み重ねが、私たちの研究会をささえているわけですから、どんなに薄っぺらなものでも、皆さんのお手基に、毎月おとどけしたいと思っております。
 先月到達した地点より、一歩でも前へ進むために、「文学と教育」を大事にし、そして役立てていきたいものです。(S)

◆ できあがったbUは、前号とくらべて、形式的にはほとんど変っておりません。
 が、bUは、新しく選ばれた五人の委員によるチーム・ワークの所産です。五人で首を集めて相談し、分担してガリを切り、印刷し、そして製本しました。(A)

◆ 今日の新聞は砂川事件の判決を報じている。米軍の日本駐留は“憲法違反”と判決した“伊達秋雄裁判長はいわゆる進歩的学者グループと解釈を一にするものといえよう。純理的につきつめていけばそういうことにもなろうが”条約や政策と調和はどうなるか。(天声人語)
 そして、「人寸描」で人物論。
 「純理的」にはそうなるが、しかし現実は――という論法。
 事実はほおかぶりして、事実を指摘した人物に焦点を当てて、あの人物は――という論法。
 あまりにも身近な感じ。(K)
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