初期機関誌から

「文学と教育」第5号
1959年3月5日発行
〈報告〉仲間の体験をくぐるということ      荒川有史 

 今日は、びわの実会や広場の会などで、文学教育について話しあったとき、なぜ、文学や科学の本質にまでわけいって考えたのか、また、そこではどのような整理がなされたのか、をご報告することで、「仲間の体験をくぐるということ」というテーマを検討する一つの資料を提供したいと思います。
 研究会に参加した中心メンバーが、私たち現場教師であったことと関連して、まず具体的にということが話題になりました。これは、一見今日のテーマからずれそうですが、たえずくり返される主張でもあり、お互いの理解した内容を共通な論理に整理するという、たてまえを尊重する上からも、はっきりさせておきたい点なのです。
 ふつう、具体的に話すということは、例をあげて説明することだと考えられがちです。その例が、どういう角度からとりあげられた、どういう性質のものであるかは無視されて、「いつ、どこで、何がありました」という紹介でおわってしまう。つまり、私たちの間でも、整理以前のカオスの状態をそのまま再現することが、具体的な説明だ、というかんちがいがあった。それと同じ誤解から、抽象の機能を、明日の実践に役立たないひからびたもの、ときめこんでいたわけなのです。
 しかし、話しあいをとおして、私たちは、抽象とは、複雑な現象をその発展の方向に即して整理することであり、事物を動かしている本質的なモメントをつかみだすことだ、と学びました。具体的なものとは、当然、抽象をへて新しく位置づけられ、見直されたもの、ということにまります。
 ですから、私たちは、次のような文章を具体的だとは考えません。
 ――「コトバの形式化、遊戯化という悪い影響から子どもたちを解き放ってやりさえすれば、わたくしたちの子どもは、じつに具体的・形象的に、ものごとをとらえ、これを文章にする。生活のなかで使われるコトバ・生きコトバ
(ママ)・じぶんのコトバで文章をかく。」
 そして、五つ六つの文例がなげだされています。ここには、どうしたら「コトバの形式化・遊戯化という悪い影響から子どもたちをときはなすことができるか」というプロセスは不問にされて、文例という形で、結論だけがポンと出ている。それでわかったような気にさせられますが、事態は前とかわらない。また、「こういう作品を書くことのできる子どもは、やがて芸術・文学の形象的な表現のおもしろさ、意味深さを、すばやくわかることができる」とか、「指導者の目のつけどころさえよければ、……子どもたちを文学に接近させる可能性が十分にある」というふうに、仮定と現実とをすりかえた論理がうち出されている。雨の降る理由を勉強しているとき、「空に雲が一ぱいになれば、きっと雨が降るでしょう」という解答を与えられたみたいなすりかえが、そこにはあるわけです。例がたくさんあるからといって、決して具体的とはいえないのです。
 具体性・抽象性に対するこうした批判・検討から、私たちは、まず原理の探求に目をむけていきました。文学教育独自の機能をつかむには、それの基盤となっている文学独自の機能を明確に理解する必要がある、と考えたからです。さらにまた、文学の機能は、文学だけの世界でとりあげられたわけではありません。科学とたえず比較される中で、話し合いがすすめられていきました。
 いわゆる世間の考え方では、科学は客観的で、文学は主体的ないし主観的なものです。
 主観的といいますと、一人よがりな役に立たないもの、という前提が多くひそんでいます。あるいは、主体的とイコールに使われて、なんとなく肯定的な感じを与えることもあります。人間が生きていく上に、科学も必要だが文学も必要なんだ、さらに、科学では果たせない役割を、文学はなしとげるんだ、というニュアンスなどがそうです。
 ところで、科学といえども、自然に生まれてきたものではなく、人間の手によって、創造されてきたものです。科学の世界、科学的世界像というのは、ある種の人間、つまり、ある社会的立場に立つ主体をとおして、うちたてられて来たわけです。
 私たちは、「主観というのは、ある主体に依存して生まれてくる意識であり観念であり思想である」と規定しましたが、この意味では、科学も主観的なものだといえます。よく世間では、3+5は8じゃねえか、何も人間の脳髄をくぐった産物だからといって、主観的だなんて七面倒くさいことを言わんでもエーヤないか、客観的なものは客観的じゃないか、と主張する人がいます。こういう考え方は、部分的な知識を問題にしている限り、あまりボロは出ませんが、まとまった知識、体系としての知識――それこそ科学という名でよばれているものですが――に関しては、誰がなんといっても客観的なんだ、とがんばるわけにはまいりません。また、客観的な科学用語が使われているからといって、その認識・表現が客観的といえないことも、特に強調されました。この点については、あとで、もう少しくわしく検討してみたいと思います。
 科学は客観的で、文学は主観的というのが、世間の第一の通念であるとすれば、第二の通念は、第一と関連して、科学は人間の生活に役立つけれども文学はたんなる遊びであること、せいぜい科学による概念的整理の代用品にすぎないこと、といったところです。苦い薬でもオブラートで包めば飲みやすい。オブラートが無害であるように、文学も無害であるが、薬の中味にまで影響なんかありはしない、大体、そんな所です。しかし、文学がたんなる遊びだったら、またたんなる代用品だったら、私たちは教室で文学教育を熱心にやる必要はすこしもない。“サークル 文学と教育の会”なんていう代物も解散したほうが経済的です。それが電車賃を出して遠い所からも近い所からもやってくるというのは、私たちの心の底に、世間の通念とは相いれない何物かがひそんでいるからだ、と思います。
 以上、二つのほかにも、科学と文学に対するいろんな見方はあるでしょう。が、ここでは、さしあたり二点にしぼって、今まで話し合われたことをお伝えしたいと思います。
 第一に、科学は、歴史的な立場をこえて客観的な性格をもちうるかどうか、という点です。
 たとえば、市民社会の永遠性を願う立場からは、この社会の本質や展開の方向を見定めることは、まず不可能だといっていいでしょう。希望的観測や願望がその認識をくもらせるという外面的な理由によるのではありません。事実の選択、反映の仕方そのものが規定されてしまうのです。ですから、対象が階級社会だから階級的な性格をもつのではありません。この点は、自然科学も同様です。「どういう主体の側に立って自然を対象化するかで自然現象そのものが違った様相を示してくる」(広場 16別冊T)のです。生命をめぐる機械論と生気論との対立や、両者の機械的な因果法則観を批判して生命の創造をめざすさいきんの生化学の発展等々を考えても、自然科学は客観的である、などとかんたんに言いきることは出来ません。
 やはり、「誰の、どういう主体のもつ主観が」で、科学の客観性が左右されるといえるでしょう。
 また、科学が実践の原動力となるためには、体験による裏づけが必要です。勤評について考えてみても、その本質がどんなに科学的に解明されているにせよ、それが、自分をもこめて、行動の指針となるためには、体験による裏づけが必要です。やらなくてはという実感と、権力への怒りにバック・アップされて、はじめて勤評論は、行動の指針になることができる、と考えます。このように、科学的世界像の成立、その知性の実感への浸透等は、すべて主体を媒介としてのみおこなわれます。
 第二に、文学は、たんに科学の代用品としてのみ実践に参加できるのかどうか、という点です。私たちは、文学作品をとおして、自分の体験の仕方を反省し、たえずよりよい方向へ訂正していくことができます。しかし、その営みは、科学の代用品としてではなく、あくまでも文学独自の機能にもとずくものです。
 「典型的な生活場面を準体験する」ことで、自分の体験の質をみつめて行く……。この典型の問題への無理解が、文学への種々の誤解を生みだしているといえます。
 さらに、私たちの間では、文学の認識・表現の機械的な理解の一つとして、作者の意図と内容の問題が検討されました。ふつう作品の内容と言われる場合、
@ 作者が意図した内容
A 実さいにその表現のありようが示しているもの
B その表現から読者が理解した内容
の三つがあること、しかも、その三つがいつもごっちゃに語られている、という批判がなされた。熊谷先生は、この問題を、作品の《送り内容》と《受け内容》との一致・不一致という軸から整理され、読者の数だけ存在する《受け内容》の多様性、その多様性をるらぬく質的な共通性・共軛性等々の関係を明らかにされた。つまり、読者の立場にそくして、その目ざしている方向にそくして整理すると、一対九十九のうけとり方も一対一に翻訳できるというのです。論理の泥沼ともいうべき多数決原理に立って、《受け内容》の多様性を話しあったわけではないのです。
 このように、《送り内容》《受け内容》の問題一つをとりあげてみても、文学の表現・認識をたんに主観的なものと片づけることは出来ません。歴史を前むきの方向におしすすめようと実践している主体の主観と、現実を肯定し、歴史の歯車を逆転させようとしている主体の主観とでは、客観世界の反映の仕方は全然ちがってしまいます。どういう角度からの主観的反映なのか、という点で、その真偽が規定されてしまう。その意味では、文学も科学も主体的だ、と確認されました。
 もっとも、文学が主体的だという主張には、文学は作家の自己表現だという考え方が強く結びついています。が、文学作品である限り、たんなる自己表現は考えられません。当時出された世阿弥の例をご紹介しますと、青壮年期の彼は、将軍家・古代斜陽族のそれに通じる自己であったが、晩年の彼は、方向的には中世民衆的なものへつながっていく可能性をもった自己へと転換している、ということです。文学の表現である限り、そこに語られている自己は、特定の歴史的段階を生きる特定の階層の読者につながる自己であるわけです。

 私たちは、世間の通念の批判をとおして、認識とは“仲間の体験をくぐりぬけた客観的世界の反映”であると、考えてきました。
 それでは、なぜ、人間の認識は、仲間の体験をくぐりぬけてのみ成立するのだろうか? それは、人間の本質と結びついた問題です。『人間の歴史』の著者イリンによれば、“人間”は、見えない自然の鎖をたちきったときに、人間として誕生することができたのです。一般の動物と同じように、給養の鎖で森の一角にしばりつけられていた私たちの先祖は、鎖をたちきることで、無限に自由を追求しうる可能性を手に入れました。が、その自由は、一人では決して手に入れることは出来ませんでした。足で立ち、手を歩くことから解放した人間たちの協力によってのみ、つまり仲間との結びつきをとおしてのみ、人間は人間でありえたのです。イリンのいうように、人間とは、単数ではなくて、“人間たち”という複数を意味します。
 ですから、彼の体験は、仲間との社会生活をとおしてのみ形成されました。彼のよりよき体験の仕方は、仲間の体験に学ぶこと、内なる仲間と体験をくぐりぬけるkとによってのみ、可能なのです。
 □(不明)に、人間の認識は、なぜ客観世界の反映としてのみ成立するのだろうか? それは、人間の認識が精神貴族の遊びごととしてでなく、客観世界をつくりかえていく指針として出発したことと、きりはなせない関係があります。対象をつくりかえていくためには、対象の構造や性質を正確に知らなくてはいけない。それが人間の主観に反映されて論理となるわけです。この反映のプロセスが、認識とか論理的思考とよばれてきております。対象の性質とは別個に、主観が勝手に組み立てた“論理”(?)は、ですから、決して現実をつくりかえていく指針にはなりません。やわらかい土壁をツルハシでうちくだき、固いコンクリート壁を素手でうちこわそうなどという作業計画が、完全に破産することは目に見えています。

 ふつう、認識とか、論理的思考といいますと、科学の別名のように考えられがちですが、私たちは、論理的思考の二つの側面として、科学と文学を考えています。科学的思考も、文学的思考も、論理的思考の一側面である限り、《予見》し、その《予見にもとずいて、よりよい実践を行なう》(広場 16別冊T)という点では一致しております。
 が、論理的思考が、現実にはなぜ二つの側面をもっているのか、という点への解明はまだなされておりません。
 ただ、科学の方法が一般化であり、文学の方法が典型化であること、典型とは、たとえば何千人の中に共通する性質を抽象して、最大公約数として特定の人間像を造型するものではないこと、また整理された秩序において読者の訴えを媒介する関係上、必らず《新しさ》がうちだされていること、等々の重要な指摘がありました。その指摘を、話し合いをとおして統一的に解明していきたいと思います。
 
 〈問題点〉
 1. “典型の認識”という語義をはっきりさせよう。字引的な意味ではなくて、文学の機能的本質との関連で考えよう。ドイツ語の“イデアル・ティプス”からもわかるように、典型とは、ある種の類型を意味する。どういう性質の類型なのか?
 2. 文学と科学とのちがいは、方法のちがいであり、方法の違いは、対象のちがいに求められるのではなかろうか? グルゼンベルグは、科学の対象は、事実であり、文学の対象は“事実に対する享受”であると規定しているが、この整理に学ぶ必要がある。ただ、私たちとしては、文学を自己表現と考える作家の享受ではなくて、内なる読者の媒介者としての作家の享受を考えていくべきではかなろうか。
 3. 強烈な異化作用を伴なうことなしに、典型の世界を準体験することはできない。異化作用をとおして読者は、自己の体験の仕方をかえていく。(『西鶴置土産』の「人には棒振り虫同然に思はれ」や、二葉亭四迷の『茶せんがみ』などが紹介された。)典型の文学は大衆追ずいのそれとはちがう。
 4. 今日の作家は、アルチザンとしての能力をもたなくてはいけないが、それになりきってはおしまいだ。
(熊谷先生、小沢さんの発言を中心に拾いました。)

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