機関誌『文学と教育』総目次 (Ⅲ)
  第123号~最新号  1983.2~  
(Ⅰ) 第1号~第64号(Ⅱ) 第65号~第122号(Ⅲ) 第123号~第223号∥

第123号~最新号
 活版印刷・DTP(A5判・平綴 ないし 無線綴・カラー表紙)時代
 ……一九八三年一月一一日、私たち“文学教育研究者集団”と“みずち書房”の間で「出版契約書」に調印した。/私たちの機関誌『文学と教育』が、出版社の手をとおして店頭に出ることが決まった日である。この日はまた、執筆を担当する文教研会員めいめいの決意が問われた日でもあった。私たちの機関誌が、公器として果す役割をさらに強めることを思うとき、ある感懐と同時に、その責任の重さを痛感せずにはおれない。(№123「『文学と教育』の新しい出発にあたって」より 福田隆義記)

▼長年の念願が叶って『文学と教育』も出版社(みずち書房)から発売されることとなった。いわば、新装発行である。これを契機に多くの読者と交わり対話したいものだと願っている。……▼教室現場の教師だけが教師ではない。父母が、兄姉が、そして先輩が、というように、教師はいたるところにいる。そうした教師たちによって日々行なわれている文学教育のための、文学研究のための基礎理論を実践的に追究する雑誌こそ『文学と教育』なのだ。(№123「編集後記」より (S)記)

『文学と教育』第123号 (1983.2)   小特集 なぜ、今、芥川文学か
みずち書房 発行
○〈巻頭言〉『文学と教育』の新しい出発にあたって  福田隆義
○文教研二十四年の軌跡―赤ちゃんがお嫁さんに行く時間  荒川有史
《小特集 なぜ、今、芥川文学か》
 ○芥川龍之介の生活と文学  熊谷 孝
 ○『『大導寺信輔の半生』―芥川文学の達成点  佐藤嗣男
 ○『羅生門』―読者論の視点から  高田正夫
 ○『偸盗』の世界  山下 明
 ○『明日の道徳』の場面規定―講演にみる芥川の文学的イデオロギー  高澤健三
 ○芥川の文学認識論  井筒 満
○〈私の教室〉『舞姫』の授業を終えて  樋口正規
○『千鳥』と『草枕』と―そのリズムとリズム感覚に触れて  熊谷 孝
《文学史の中の児童文学》
 ○『かさじぞう』  福田隆義
 ○『空気がなくなる日』  夏目武子
 ○〈資料〉岩倉政治、自作『空気がなくなる日』を語る―中学生への手紙
○〈文教研 例会レポート〉“リアリズム”の追究  橋本伸弥
○文教研 東京例会彙報
○『文学と教育』総目次(一 )
○〈春夏秋冬〉林芙美子の寓居をたずねて  (S)
○〈休憩〉
○定期購読について (毎号掲載。本「総目次」中、次号以下においては省略。)
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉林芙美子の寓居跡(世田谷太子堂)  編集部写真班
○表紙デザイン  斉藤茂男 (以下同じ。省略。)

『文学と教育』第124号 (1983.5)   小特集 文学史の中の児童文学―芥川の場合  
○〈巻頭言〉荒れる生徒たちの人間回復をめざして  鈴木益弘
○文学史一九三六年前後―島木健作『再建』の世界を中心に(その一)  荒川有史
○『源叔父』序説―国木田独歩のリアリズム志向のロマンティシズム  佐藤嗣男
《小特集 文学史の中の児童文学―芥川の場合》
 ○『杜子春』  芦部寿江
 ○『蜘蛛の糸』  佐伯昭定
 ○『トロッコ』  村上美津子
《私の教室》
 ○“ストレイ・シープ”のわが授業  高田正夫
 ○『太陽は四角!』の教材化―小学校低学年  川浦節子
○解釈学的国語教育の源流、『国語の力』―「国語教育」臨時増刊号('82.2)をめぐって  山下 明
○〈新連載 国語教育講座 第一回〉母国語教師の条件  夏目武子
○〈文教研 例会レポート〉井伏鱒二『川』の検討  橋本伸弥
○文教研 東京例会彙報
○『文学と教育』総目次(二 )
○新人会員(3月)
○〈目〉  富山M
○〈春夏秋冬〉玉川上水に独歩をたずねて  (S)
○〈休憩〉
○〈目〉  富山M
○編集後記  (S)
○〈扉・31頁写真〉国木田独歩の文学碑(武蔵野市桜堤)・独歩の森  編集部写真班

『文学と教育』第125号 (1983.8)   小特集 写生文と近代小説の文章表現―第32回全国集会
○〈巻頭言〉「非行」の原因を問わない“対策主義”  福田隆義
○文教研、学術協力団体となる!!
《小特集 写生文と近代小説の文章表現―第32回全国集会》
 ○〈基調報告レジュメ〉文学的イデオロギーとしてのリアリズムとロマンティシズム  熊谷 孝
 ○ホトヽギスと写生文論  夏目武子
 ○『千鳥』の再評価―鈴木三重吉の世界  佐藤嗣男/
○〈文教研 例会レポート〉近代散文芸術の成立過程を追って  橋本伸弥
《私の教室》
 ○芥川龍之介の『芋粥』を読み合う―高校一年  金井公江
 ○『朽助のゐる谷間』の授業  渡辺由美
《文学史の中の児童文学》
 ○藤村の童話  宮沢 薫
 ○私と児童文学  山上英男
○文教研 東京例会彙報
○『文学と教育』総目次(三 )
○〈座談会〉戦後の教育史を語る  熊谷 孝・荒川有史・福田隆義・夏目武子・鈴木益弘・山下 明・(司会)佐藤嗣男
○〈座談会資料〉教育三法をめぐって  熊谷映子
○文学史一九三六年前後―島木健作『再建』の世界を中心に(その二)  荒川有史
○〈綴じ込み付録〉私の大学・第32回全国集会プログラム
○〈春夏秋冬〉夏目武子氏広島を行く  T
○〈会員動向〉講演・執筆
○〈休憩〉
○〈綴じ込み付録〉第32回全国集会プログラム 「写生文と近代小説の文章表現―文学教師の条件(二)」
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉三重吉記念碑(広島・ハノーバー公園)  編集部写真班

『文学と教育』第126号 (1983.11)   総特集 第32回全国集会総括
○〈巻頭言〉研究と実践の統一を  福田隆義
《総特集 第32回全国集会総括―写生文と近代小説の文章表現》
 ○〈基調報告 記録〉言文一致と近代散文の可能性  熊谷 孝
 ○〈講演記録〉日露戦争から大逆事件へ  芝崎文仁
 ○〈講演記録〉文学事象としての大逆事件―徳冨蘆花『謀叛論』を中心に  荒川有史
 ○寺田寅彦の『団栗』を読む―変形ゼミナール参加の記  佐藤嗣男
 ○写生文論(夏目報告)を聞いて  鈴木哲夫
 ○坂本四方太の生涯  伊藤洋子
 ○「ホトヽギス」掲載の漱石作品  井筒 満
 ○鈴木三重吉の『千鳥』を再評価する  高田正夫
 ○『千鳥』と広島  中野斉子
 ○〈『千鳥』以後―漱石の場合(1)〉『草枕』  金井公江
 ○〈『千鳥』以後―漱石の場合(2)〉『二百十日』  森山昌枝
 ○〈『千鳥』以後―漱石の場合(3)〉『三四郎』  樋口正規
 ○〈『千鳥』以後―三重吉の場合〉「赤い鳥」第一年次の検討  宮沢 薫
 ○〈ゼミナール〉文学教育教材としての文学史一九〇六年―Sさんへの手紙  山上英男
○『最後の授業』奪還―井筒論文を読んで  香川智之
○〈連載 国語教育講座 第二回〉母国語文化と母国語への愛情を  夏目武子
○文教研東京例会彙報
○『文学と教育』総目次(四 )
○〈春夏秋冬〉地震、八王子を襲う!
○〈会員動向〉講演・執筆
○新入会員
○〈休憩〉
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉八王子・大学セミナー・ハウス本館  編集部写真班
○カット  小関敏子

『文学と教育』第127号 (1984.2)   小特集 再び“なぜ、今、芥川文学か”
○〈巻頭言〉原点を問い直す視点  佐伯昭定
○〈連載 国語教育講座 第三回〉母自主編成の立場に立って―『一五少年漂流記』・『走れメロス』を中心に  夏目武子
○文学事象としての大逆事件―徳冨蘆花『謀叛論』を中心に(その二)  荒川有史
《小特集 再び“なぜ、今、芥川文学か”》
 ○芥川文学と『謀叛論』―熊谷孝氏の「なぜ、いま、芥川文学か」を読む  佐藤嗣男
 ○芥川と児童文学―『蜘蛛の糸』から『杜子春』へ  山下 明
 ○『奉教人の死』の主題的発想―疎外状況下の個としての人間の問題  沼田朱実
《『芥川文学手帖』に執筆して》
 ○小学校教師にもぜひ  福田隆義
 ○ことばの芸を考える  内貴和子
 ○見よ、集団執筆の威力を  高田正夫
○〈文教研 例会レポート〉“芥川文学と私”を問う  井筒 満
○〈私の教室〉対話を持てる子に  荒川由美子
○〈資料〉井伏文学の成立過程―『幽閉』から『山椒魚』『炭鉱地帯病院』まで  高澤健三
○文教研東京例会 彙報
○『文学と教育』総目次(五 )
○〈春夏秋冬〉『芥川文学手帖』余話
○〈会員動向〉執筆
○新入会員
○〈休憩〉
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉芥川龍之介ゆかりの“大川の水”(隅田川)  編集部写真班
○カット  小関敏子

『文学と教育』第128号 (1984.5)   井伏鱒二の世界へのアプローチ
○〈巻頭言〉教育臨調/文教懇の欺瞞性―文学教育の視点から批判する  さとう・みつる
《井伏鱒二の世界へのアプローチ》
 ○初期の井伏鱒二の文学観―「物悲しき人生への努力」と「記述的表現」を中心に  佐藤嗣男
 ○井伏文学研究の最近の動向―熊谷孝氏著『井伏鱒二』以後の研究書を中心に  井筒 満
 ○井伏文学を身近なものに―『炭鉱地帯病院』の授業をとおして  高田正夫
 ○井伏文学の教材化―小学校の場合  福田隆義
○〈文教研 例会レポート〉核状況下の倦怠―戦後井伏文学の検討  山上英男
○〈私の教室〉『伊勢物語』抄を読む  森田高志
○文学史一九三七―『生活の探求』論争史を中心に  荒川有史
○民話「かさじぞう」の文学史的考察  駒井美恵子
○〈文学教育運動史 資料〉おおらかな「毛抜」(劇評)  熊谷 孝 
○〈春夏秋冬〉ひっそりしていた井伏邸
○〈休憩〉井伏鱒二と石地蔵
○文教研東京例会 彙報
○『文学と教育』総目次(六 )
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉井伏鱒二家の門標  編集部写真班
○カット  小関敏子・他

『文学と教育』第129号 (1984.8)   日本近代文学における異端の系譜―井伏文学を中心に
○〈巻頭言〉文学教育とブンガク教育  福田隆義
《日本近代文学における異端の系譜―井伏文学を中心に》
 ○〈第33回全国集会 講演/レジュメと資料若干〉鴎外・龍之介から鱒二へ  熊谷 孝
 ○戦後井伏文学の出発点―『侘助』と『トカトントン』(太宰治)と  山下 明
 ○井伏文学の周辺・文学史一九三八―『さざなみ軍記』と『鴉』(伊藤永之介)と  荒川有史
 ○〈シンポジウム〉『黒い雨』の再評価  (提案)熊谷 孝/(話題提供)高田正夫・佐藤嗣男・荒川有史/他    
《『井伏文学手帖』に執筆して……》
 ○文学の中の人間たち  芦部寿江
 ○隠し味のすばらしさ  鈴木哲夫
○〈私の教室〉「文学」―大学の一般教養科目  佐藤嗣男
○〈文教研 例会レポート〉文学教育と“人間”  香川智之
○〈私の読書〉古在由秀「教育の目標はもっと遠くに」・犬養道子『人間の大地』・上田耕一郎『第三の危機』  井筒 満
○〈国語教育講座 第四回〉教科書の中の「言文一致」  夏目武子
○〈春夏秋冬〉広島講演、旅は道連れ……  (S)
○〈休憩〉芥川とピーターパン  Y
○文教研 東京例会彙報
○『文学と教育』総目次(七 )
○〈綴じ込み付録〉第33回全国集会プログラム 「日本近代文学における異端の系譜―井伏文学を中心に」
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉荻窪の井伏鱒二家  編集部写真班
○カット  小関敏子・他

『文学と教育』第130号 (1984.11)   第33回全国集会を終えて 日本近代文学における異端の系譜
○〈巻頭言〉異端の文学との対話を  福田隆義
○文学教育意識の喚起を―文学教育研究者集団 1984年度研究計画  常任委員会
《第33回全国集会を終えて 日本近代文学における異端の系譜―井伏文学を中心に》
 ○〈シンポジウム〉「日本の教育と文学教育」をふりかえって  山下 明
 ○ゼミナール〉『山峡風物誌』の印象の追跡  (報告者)金井公江・森山昌枝・樋口正規・山上英男
                             (チューター)夏目武子・佐藤嗣男
 ○文学教師の方向感覚―その資質と条件を問い直す  荒川有史
《私の教室》
 ○文学教育への試み―小学校高学年を担当して  宮沢 薫
 ○わが内なる文学教師像  高田正夫
 ○新米教師雑感  鈴木日女美
 ○小学生の母親が思うこと  椎名伸子
○〈国語教育講座 第五回〉『君死にたまふことなかれ』―異端の文学としての位置  夏目武子
○〈文教研 例会レポート〉文学教育意識の見直し  井筒 満
○〈春夏秋冬〉ハチと涙とひなまれ と  T
○新入会員紹介
○〈おしらせ〉復元された高瀬舟・『文学と教育』誌代値上げについて
○文教研 東京例会彙報
○『文学と教育』総目次(八 )
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉東京八王子大学セミナーハウス講堂  編集部写真班
○カット  小関敏子・他

『文学と教育』第131号 (1985.2)   出版記念研究集会 井伏文学の魅力―『多甚古村》を中心に
○〈巻頭言〉中流意識からの自己回復  福田隆義
《『井伏文学手帖』出版記念研究集会 井伏文学の魅力―『多甚古村』を中心に》
 ○銃後意識から不沈空母意識へ―<現代史としての文学史>の視点から  熊谷 孝(談)
 ○井伏と児童文学―『ドリトル先生アフリカゆき』を中心に  福田隆義
 ○〈ゼミナール〉『多甚古村』の印象の追跡  (チューター)荒川有史/(報告者)高田正夫・香川智之・鈴木哲夫
○〈九月例会報告〉『井伏文学手帖』と私  佐藤嗣男
《私の教室》
 ○小学校低学年の文学教育―『かさじぞう』を中心に  川浦節子
 ○『世間胸算用』巻三ノ三を読む  鈴木日女美
○〈国語教育講座 第六回〉平和教育としての文学教育―『山椒魚』『鼻』を中心に  夏目武子
○〈文教研 例会レポート〉文芸認識論のとらえ直し  香川智之
○〈読書コーナー〉イギリスの平和教育  M
○〈休憩)  (S)
○〈春夏秋冬〉『空気がなくなる日』の映画化
○会員動向(論文執筆)
○文教研 東京例会彙報
○新入会員紹介
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉東京荻窪の井伏鱒二家  編集部写真班
○カット  小関敏子

『文学と教育』第132号 (1985.5)   討論=文芸認識論の諸問題   
   ○〈巻頭言〉「私」は「旗手」になれるか  佐伯昭定
○太宰治語録―付/太宰治の文学的イデオロギーの底流  熊谷 孝
《討論=文芸認識論の諸問題》
 ○〈第一部〉文学における内容と形式―<文学的現実>と<文体>とによる組みかえ
          (チューター)熊谷孝/(発言者)井筒 満・佐藤嗣男・荒川有史・夏目武子・椎名伸子・高田正夫
 ○〈第二部〉文学の対象と科学の対象
          (チューター)熊谷 孝/(発言者)椎名伸子・荒川有史・山下 明・佐藤嗣男・芝崎文仁・井筒 満・
                  夏目武子・福田隆義・高沢健三・沼田朱実
○母国語ノート  荒川有史
○〈私の教室〉異端の文学系譜をたどる中で高校の場合  森山昌枝
○〈国語教育講座 第七回〉 印象の追跡としての総合読み―森鴎外『高瀬舟』に即して  夏目武子
○〈文教研 例会レポート〉『葉』と『列車』の総合読み  高田正夫
○〈休憩〉うば桜も、桜の花です!・テンダネス教、ご存知ですか?
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(転勤・住所変更)
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉桜の茶室―鴎外・太宰の眠る東京三鷹の禅林寺  編集部写真班
○カット  小関敏子

    
『文学と教育』第133号 (1985.7)   太宰治の文学―戦争の現実と太宰治
○〈巻頭言〉第34回全国集会に期待する  福田隆義
《小特集=春合宿総括 太宰治の文学―戦争の現実と太宰治》
 ○<現代史としての文学史>ということ―熊谷孝氏のコメントを聞いて  (レポーター)井筒 満
 ○『たづねびと』  猪飼由美
 ○『苦悩の年鑑』/『十五年間』  山口章浩
 ○『男女同権』/『トカトントン』  金井公江 
 ○太宰文学にみる<心づくし>と<待つ>姿勢  高田正夫
○〈文教研 例会レポート 4月例会〉『新郎』/『十二月八日』  佐藤嗣男
○〈文教研 例会レポート 5月例会〉戦後の井伏と太宰  樋口正規
○戦後の井伏と太宰 著作略年表  (作成)山下 明
○〈国語教育講座 第八回〉解釈学批判ノート  夏目武子
《私の教室》
 ○文学事始―称して「連想ゲーム」  佐伯昭定
 ○『十五少年漂流記』を教材化して  児玉晴子
 ○対話の条件  荒川有史
○〈綴じ込み付録〉第34回全国集会プログラム
○文教研 東京例会彙報
○『文学と教育』総目次(九 )
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(執筆活動・講演活動・住所変更)
○〈綴じ込み付録〉第34回全国集会プログラム 「戦争の現実と太宰治―日本近代文学における異端の系譜(三)」
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉太宰治の墓(三鷹・禅林寺)  編集部写真班
○カット  小関敏子

『文学と教育』第134号 (1985.11)   日本近代文学における異端の系譜―太宰 治
○〈巻頭言〉太宰文学の奪還を―『太宰文学手帖』出版記念研究集会に寄せて  福田隆義
《第34回全国集会総括 日本近代文学における異端の系譜―太宰治》
 ○戦争の現実と太宰治―全体総括  荒川有史
 ○太平洋戦争下の太宰文学―〈ゼミナール〉『新郎』『十二月八日』『待つ』の印象の追跡  佐伯昭定
 ○戦後の太宰文学―〈ゼミナール〉『たづねびと』の印象の追跡  高田正夫
○太宰治と「東北文学」―その探訪記  荒川由美子
○〈国語教育講座 第九回〉黒島伝治『電報』の印象の追跡  夏目武子
《私の教室》
 ○『おおきなかぶ』―小学一年  中野斉子
 ○Tちゃんの顔  山口りか
○〈資料〉こんにちの文学状況と作家の姿勢  熊谷 孝
○〈休憩〉御つりはいらねえよ!事件
○文教研 東京例会彙報
○『文学と教育』総目次(10)
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉太宰治の眠る東京三鷹・禅林寺山門  編集部写真班
○カット  小関敏子

『文学と教育』第135号 (1986.2)   なぜ、いま、太宰文学か    
   ○〈巻頭言〉人、みな、同じものではない  佐伯昭定
○〈国語教育講座 最終回〉太宰文学と文学教育―『走れメロス』に即して  夏目武子
○〈講演記録〉なぜ、いま、太宰文学か―<現代史としての文学史>の視点から  荒川有史
○〈第34回全国集会 総括(その二)〉〈ゼミナール〉太宰文学の原点―『列車』の印象の追跡  文責 高澤健三
                 (チューター)佐藤嗣男・高澤健三・荒川由美子/(報告者)芦部寿江・樋口正規
○〈インタビュー〉『十二月八日』を扱って  樋口正規/(聞き手)編集部
○絵本を媒介とした障害児とのかかわり (一)子どもたちとの出会い  荒川由美子
○テキストを選んで読む権利―『山椒魚』と『おおきなかぶ』と  佐藤嗣男
○〈私の教室〉イヌに食われろ、共通一次  熊谷 孝
○〈文教研 例会レポート〉「タネあかし」のことなど  鈴木日女美
○〈東西南北〉現代若者考
○新入会員紹介
○〈広告のページ〉『太宰文学手帖』正誤表
○文教研 東京例会彙報
○『文学と教育』総目次(11)
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉太宰治と森林太郎の墓(三鷹・禅林寺)  編集部写真班 
○カット  小関敏子

『文学と教育』第136号 (1986.5)   文教研著『太宰文学手帖』の検討を終えて
○〈巻頭言〉心、心、と言うけれど  佐藤嗣男
○〈新連載 続国語教育講座 第一回〉国語教育―私の遍歴  福田隆義
○〈講演記録〉なぜ、いま、太宰文学か―<現代史としての文学史>の視点から(その二)  荒川有史
《文教研著『太宰文学手帖』の検討を終えて》
 ○朗読されることの恍惚と不安……  高田正夫
 ○<戦後の太宰文学>展望  山下 明
 ○『如是我聞』のこと  樋口正規
○文学的イデオロギーとは何か―「太宰治の文学的イデオロギー」(熊谷孝)をめぐって  井筒 満
○絵本を媒介とした障害児とのかかわり (二)教材化のむずかしさと楽しさ  荒川由美子
《私の教室》
 ○「祇園精舎」の暗誦  夏目武子
 ○教師五年目にして思うこと  山口章浩
○〈資料〉リズム感覚  熊谷 孝
○〈例会レポート〉反映論の立場に立つ  香川智之
○文教研 東京例会彙報
○『文学と教育』総目次(12)
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉小倉の鴎外① 北九州市小倉の鴎外旧居  編集部写真班
○カット  小関敏子

『文学と教育』第137号 (1986.7)   第35回文教研全国集会号
○〈巻頭言〉想像的意識による確かな夢を  高田正夫
○〈てい談〉リアリズム志向のロマンチシズム―文教研 第35回全国集会へ向けて  熊谷 孝・夏目武子・山下 明
○〈例会レポート〉全国集会へ向けて―『右大臣実朝』へのアプローチの視点  鈴木日女美
○〈巻末付録〉第35回全国集会プログラム
《文教研著『太宰文学手帖』の検討を終えて
 ○文体と対話しつづける必要  井筒 満
 ○<日中戦争下の井伏と太宰>展望  夏目武子
○〈連載 続国語教育講座 第二回〉言葉体験の端緒的成立を確かなものに―『おおきなかぶ』の教材化を中心に  福田隆義
○絵本を媒介とした障害児とのかかわり (三)『おおきなかぶ』を読む  荒川由美子
○歴史の曲がり角の証言―母国語ノート(その二)  荒川有史
○〈討論〉授業とテストの問題―国語教育・文学教育の原点を探る  (司会)山下 明・夏目武子/(発言)熊谷 孝・他
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(執筆・講演・勤務先変更)
○日本学術会議だより
○〈綴じ込み付録〉第35回全国集会プログラム 「リアリズム志向のロマンチシズム―太宰治『右大臣実朝』を中心に」
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉小倉の鴎外② 北九州市小倉の鴎外旧居  編集部写真班
○カット  小関敏子

『文学と教育』第138号 (1986.11)   第35回文教研全国集会総括小特集 太宰治『右大臣実朝』
○〈巻頭言〉閑話寸言  佐藤嗣男
○〈連載 続国語教育講座 第三回〉教育過程の自主編成―『おしになった娘』(松谷みよ子)の授業を参観して  福田隆義
《〈ゼミナール〉太宰治『右大臣実朝』―リアリズム志向のロマンチシズムを探る》
 ○太宰治の歴史小説意識―『鉄面皮』に見る  樋口正規
 ○アプローチの視点―1・2章に焦点を求めて  山上英男
 ○世代感覚としての<抽象的な思想>への情熱―3・4・5章の表現内容  夏目武子
 ○“コノゴロ和歌ガワカッテ来マシタ”―6・7・8章を中心に  井筒 満
 ○後鳥羽院・相州・広元―9・10・11章に即して  荒川有史
 ○〈特別報告〉『金槐和歌集』と太宰治  森山昌枝
 ○〈特別報告〉『さざなみ軍記』と『右大臣実朝』  福田隆義
 ○〈特別報告〉「12章の描写を中心に」(熊谷孝)を聞いて  山口りか
 ○“アトハ余生ト言ッテヨイ”―13・14・15章の展開  佐伯昭定
 ○作品終章の呼びかけるもの  高田正夫
○〈シンポジウム〉国語教育・文学教育の原点  山下 明
○〈私の教室〉“獅子のごとく”  香川智之
○絵本を媒介とした障害児とのかかわり (四)なぜ「障害児に文学を」なのか  荒川由美子
○文教研 東京例会彙報
○『文学と教育』総目次(13)
○日本学術会議だより 2
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉小倉の鴎外③ 鴎外旧居の胸像  編集部写真班
○カット  小関敏子

『文学と教育』第139号 (1987.2)   文学史を教師の手に―現代史としての文学史 
  ○〈声明〉「国家秘密法」制定に反対する  常任委員会
○〈巻頭言〉教養  さとう みつる
《現代史としての文学史―熊谷孝著『現代文学にみる 日本人の自画像』の再検討》
 ○近代主義の克服  井筒 満
 ○日本的近代の成立  高田正夫
 ○『舞姫』と『浮雲』  金内美智子
 ○君死にたまふことなかれ  山口章浩
 ○『灰燼』『思出の記』  山口りか
 ○『破戒』  椎名伸子
○紅葉と蘆花―『金色夜叉』と『不如帰』  佐藤嗣男
○〈私の教室〉高啓と杜甫―漢詩の授業への試み  鈴木哲夫
○日本人としての存在証明―母国語ノート〈その三〉  荒川有史
○〈連載 続国語教育講座 第四回〉長編の教材化―井伏鱒二訳『ドリトル先生アフリカゆき』を事例に  福田隆義
○〈例会レポート〉太宰治『右大臣実朝』補説  高木春枝
○文教研 東京例会彙報
○日本学術会議だより 3
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉小倉の鴎外④ 北九州市小倉京町の鴎外旧居跡  編集部写真班
○カット  小関敏子

   
『文学と教育』第140号 (1987.5)   文学史を教師の手に(二) 
  ○〈声明〉「国家秘密法」制定に反対する  常任委員会 (再掲)
○〈巻頭言〉現代日本語への関心を  夏目武子
○日本語の壁―母国語ノート〈その四〉  荒川有史
○蘆花と龍之介―近代散文成立への一つの道すじ  佐藤嗣男
《現代史としての文学史(二)―熊谷孝著『現代文学にみる 日本人の自画像』の再検討》
 ○幸徳事件前後  芝崎文仁
 ○『三四郎』  橋本伸弥
 ○『煤煙』  佐藤礼子
 ○『冷笑』  高木春枝
 ○幸徳事件をめぐる一連の詩作品  森田美香子
 ○大正デモクラシーの文学体験―連帯への志向  森山昌枝
 ○『電報』  鈴木日女美
 ○『大導寺信輔の半生』  山口章浩
○〈例会レポート〉豊かな発想をはぐくむために―国語の学力とは何かを問う  山上英男
○〈私の教室〉狂言『木六駄』の世界  小関敏子
○〈続国語教育講座 第五回〉「表現学習」をめぐって―小学校低学年の場合  福田隆義
○〈新刊紹介〉<リアリズム志向のロマンチシズム>の解明―熊谷孝著『太宰治「右大臣実朝」試論』  井筒 満
○井伏鱒二と「若草」  佐藤嗣男
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(執筆)
○『文学と教育』総目次(14)
○日本学術会議だより 4
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉小倉の鴎外⑤ 鴎外の通った第12師団司令部跡  編集部写真班
○カット  小関敏子

   
『文学と教育』第141号 (1987.7)   文学史を教師の手に(三) 
    ○〈巻頭言〉「教育基本法」四十周年における緊張  山下 明
○〈討論〉国語の学力とは何か
       熊谷 孝・井筒 満・荒川由美子・夏目武子・山下 明・樋口正規・佐藤嗣男・荒川有史・高田正夫
○〈続国語教育講座 第六回〉素材主義の克服を―教材選択『あんじゅとずし王』をめぐって  福田隆義
○〈私の教室〉「人生の先輩」に学んだ生徒の作文  夏目武子
○志賀の日本語・芥川の日本語―熊谷孝著『増補改版 太宰治』に寄せて 〈母国語ノート その五〉  荒川有史
○〈例会レポート〉全国集会へ向けて―今、私たちに必要な<リアリズム志向のロマンチシズム>とは  鈴木日女美
《現代史としての文学史(三)―熊谷孝著『現代文学にみる 日本人の自画像』の再検討》
 ○暗い谷間の人間像  樋口正規
 ○『太陽のない街』〈徳永直〉  宮沢 薫
 ○戦後へ  高田正夫
 ○『野火』〈大岡昇平〉  香川智之
 ○『されどわれらが日々――』〈柴田翔〉  沼田朱実
 ○『時間』〈黒井千次〉  金井公江
○井伏鱒二と遊び歌  佐藤嗣男
○〈新刊紹介〉国語教育への根源的問い直し―夏目武子著『国語教育としての文学教育』  佐伯昭定
○蘆花と龍之介―新文体創造への胎動  佐藤嗣男
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(講演・執筆)
○『文学と教育』総目次(15)
○日本学術会議だより 5
○〈綴じ込み付録〉第36回全国集会プログラム 「言文一致再説だ現代日本語の創造を導いた人々」
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉小倉の鴎外⑥ 鴎外橋り小倉城をのぞむ  編集部写真班
○カット  小関敏子

  
『文学と教育』第142号 (1987.11)   第36回全国集会総括―言文一致再説
    ○太宰治のいう、〈待つ〉ということ―秋の公開研究集会へ向けて  熊谷 孝
○熊谷孝『太宰治』・夏目武子『国語教育としての文学教育』 出版記念集会プログラム
《第36回全国集会総括 言文一致再説―現代日本語の創造を導いた人々》
 ○母国語奪還―熊谷孝氏の講演を聴いて  井筒 満
 ○通説〈言文一致〉の再検討―36回全国集会特別報告の記録  荒川有史
 ○『灰燼』から『思出の記』へ―新しい、言文一致への模索  高田正夫
 ○新しい、言文一致への模索―寺田寅彦『団栗』・鈴木三重吉『千鳥』・夏目漱石『三四郎』
                       (司会)夏目武子/(報告)森田美香子、森山昌枝、森田高志
 ○森鴎外『寒山拾得』―変形ゼミナール総括  山下 明
 ○芥川龍之介の文体  鈴木日女美
 ○文学史〈一九二九〉の課題と継承―井伏鱒二『炭鉱地帯病院』/鶴田知也『コシャマイン記』/大岡昇平『野火』  樋口正規
 ○〈座談会〉『右大臣実朝』再説  (司会)荒川有史/福田隆義・鈴木哲夫・宮沢 薫・山上英男・高木春枝
 ○〈討論〉文学教育の原点を問う―花森安治『戦場』  (司会)夏目武子/川浦節子・武藤美知子・山口りか
 ○〈資料〉『戦場』(花森安治)
○〈続国語教育講座 第七回〉『ヴィーチャと学校友だち』―長編の特質を生かして  福田隆義
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(執筆)
○新人会員
○『文学と教育』総目次(16)
○日本学術会議だより 6
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉小倉の鴎外⑦ 勝山公園文学碑  編集部写真班
○カット  小関敏子

     
『文学と教育』第143号 (1988.2)   小特集 公開研究集会の記録―太宰文学が問いかけるもの
○〈巻頭言〉“教師が教師でなくなった日”  佐伯昭定
○〈続国語教育講座 第八回〉「おいたちの記」―小学校高学年の表現学習をめぐって  福田隆義
《小特集 公開研究集会の記録―太宰文学が問いかけるもの》
 ○〈講演〉太宰文学が問いかけるもの  熊谷 孝/(記録・文責)夏目武子  
 ○太宰の文体的発想と作品形象―基調報告 要旨  荒川有史
 ○〈太宰の受け継いだ文学系譜・文体的発想 ①〉森鴎外  井筒 満
 ○〈太宰の受け継いだ文学系譜・文体的発想 ②〉芥川龍之介  佐藤嗣男
 ○〈太宰の受け継いだ文学系譜・文体的発想 ③〉井伏鱒二  高田正夫
 ○〈討論〉<二人の異邦人>(『葉』)の印象の追跡
        (司会・コメンテーター)夏目武子/(話題提供)山口章浩・山口りか
 ○集会アラカルト
《私の教室》
 ○国語科講師、この一年に思ったこと―『平家物語』の教材化を通して  成川日女美
 ○お話は楽しいよ―小学三年生の教室で  中野斉子
 ○一人対四十三人―『飛ぶ教室』にふれて  荒川由美子
○〈資料〉箔のついてきた西鶴論  熊谷 孝
○文教研 東京例会彙報
○新人会員
○日本学術会議だより 7
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉小倉の鴎外⑧ 鴎外旧居  編集部写真班
○カット  小関敏子

『文学と教育』第144号 (1988.5)   文学の科学と鑑賞体験と
   ○〈巻頭言〉二人の作家の死を悼む  佐藤嗣男
○文学の科学と鑑賞体験と  熊谷孝/(記録・文責)夏目武子
○〈ゼミナール〉上田秋成『菊花の約』を読む  (チューター)熊谷孝/(司会補助)夏目武子・、山下 明
○連想 読書雑感―母国語ノート その六  荒川有史
○〈続国語教育講座 第九回〉“文体”意識をはぐくむ試み  福田隆義
○〈再録『芸術とことば』〉マス・コミの時代の芸術家  熊谷孝
○文教研 東京例会彙報
○日本学術会議だより 8
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉小倉の鴎外⑨ 鴎外旧居と胸像  編集部写真班
○カット  小関敏子

  
『文学と教育』第145号 (1988.7)   第37回文教研全国集会号
   ○〈巻頭言〉“私の大学”としての全国集会  山下 明
○〈印象の追跡〉井原西鶴の『人には棒振虫同然に思はれ』を読む  文責 編集部
○例会レポート=鑑賞体験の変革  井筒 満
○〈続国語教育講座 最終回〉民話の教材化―絵物語としての『かさじぞう』  福田隆義
○〈私の教室〉教科書を読んで、悩み、考えたこと  夏目武子
○〈再録『芸術とことば』 2〉文学観・言語観の変革のために  熊谷 孝
○文教研 東京例会彙報
○〈会員動向〉執筆・講演
○『文学と教育』総目次(17)
○日本学術会議だより 9
○〈綴じ込み付録〉第37回全国集会プログラム 「鑑賞体験の変革と文学の科学―文学教育方法論の直接的な最重要課題」
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉上田秋成の墓碑銘拓本と伝自画像(京都・西福寺)  編集部写真班
○カット  小関敏子

  
『文学と教育』第146号 (1988.11)   小特集 第37回全国集会記録―鑑賞体験の変革と文学の科学
  ○〈巻頭言〉初心忘るべからず  福田隆義
《小特集 第37回全国集会記録―鑑賞体験の変革と文学の科学》
 ○文学の科学の対象領域(熊谷孝)
 ○『人には棒振虫同然に思はれ』を読む―ゼミナールに参加して  山口りか
 ○『菊花の約』の人間群像―ゼミナールを終えて   香川智之
 ○〈ゼミナール〉芥川龍之介『黄粱夢』―〈古典の受け継ぎ〉という面から  高澤健三、山下 明、山上英男、沼田朱実
 ○『寒山拾得』の再検討―鑑賞体験の相互変革のために  夏目武子
 ○’88全国集会あれこれ  (S)
○子どもに精神の自由を  荒川由美子
○鑑賞体験の変革―芥川・太宰の作品に即して  高田正夫
○〈再録『芸術とことば』 3〉『芸術とことば』 3=作家の内部―自己凝視  熊谷孝
○文教研 東京例会彙報
○日本学術会議だより 10
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉上田秋成の墓(京都・西福寺)  編集部写真班
○カット  小関敏子

  
『文学と教育』第147号 (1989.3)  
     ○〈巻頭言〉歴史に「こだわり」続ける  高田正夫
○〈再録『芸術とことば』 4〉作家の内部 その二  熊谷 孝
○『芸術とことば』を読む  夏目武子
《例会レポート》
 ○例会あれこれ  成川日女美
 ○リアリズムとは何かを問う  山口りか
 ○付/資料=文学的イデオロギーとしてのリアリズム―鑑賞体験の変革を促す読みのありかたを  研究企画部
○子どもに精神の自由を―「モモからのメッセージ」  荒川由美子
○日教組全国教研に参加して―「教室から飛び出した平和教育」  樋口正規
○関口安義『芥川龍之介 実像と虚像』(洋々社 88.11刊)を読む  荒川有史
○文教研 東京例会彙報
○会員動向
○新入会員
○『文学と教育』総目次(18)
○日本学術会議だより 11
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉京都・詩仙堂のししおどし  編集部写真班
○カット  小関敏子

 
『文学と教育』第148-149合併号 (1989.7)     
  ○〈巻頭言〉岐路に立つ日本の教育  福田隆義
○〈座談〉全国集会の研究課題を展望する  熊谷孝・夏目武子・山下明/(司会)高田正夫
○〈印象の追跡〉『長刀はむかしの鞘』  熊谷孝、山下明、他
○『百三十里の所を拾匁の無心』について―春合宿で話題になったこと一、二  井筒満
○上田秋成『浅茅が宿』―漆間の翁を軸にして  夏目武子
○〈資料〉第38回全国集会案 文学的イデオロギーとしてのリアリズム(転載) 
○〈例会レポート〉偶然と必然と  土肥秀高
《私の教室》
 ○精神の柔軟体操―講義のための準備あれこれ  荒川有史
 ○悲鳴が聞こえる  金井公江
○子どもに精神の自由を―『モモ』の再読  荒川由美子
○〈再録『芸術とことば』 5〉作家の内部 その三  熊谷孝
○樋口正規著『文学教育の主体―文学教師への模索』を読む  高田正夫
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(執筆・著作)
○『文学と教育』総目次(19)
○〈付録〉第38回全国集会プログラム 「文学的イデオロギーとしてのリアリズム鑑賞体験の変革を促す読みのありかたを」
○日本学術会議だより 12
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉上田秋成の墓のある京都西福寺の門  編集部写真班
○カット  芥川敏子
      
『文学と教育』第150号 (1989.11)   第38回文教研全国集会の記録
  ○〈巻頭言〉一五〇号に寄せて―広範な仲間との交流を  福田隆義
《第38回文教研全国集会の記録―文学的イデオロギーとしてのリアリズム》
 ○シンポジウム・残された課題―鑑賞体験の変革を促す読みのありかたを  
              (提案者)熊谷 孝/(意見者)荒川有史・佐藤嗣男・夏目武子/
              (発言者)司会 山下 明・香川智之・芝崎文仁・高田正夫・樋口正規
 ○初日を終えて―福田隆義・佐藤嗣男・山下 明・熊谷 孝四氏の報告・講演を聞く  山口りか
 ○書誌的・伝記的な年代史と、文学的イデオロギーの視点に立つ文学史と  高澤健三
 ○西鶴文学の階級的・世代的基盤―「新興町人」概念の動的なつかみ直しを  森山昌枝
 ○西鶴文学の展開にみる、鑑賞体験の変革と文学的イデオロギーの深化  荒川有史
 ○『多甚古村』から『増富の渓谷』へ  高田正夫
 ○大岡昇平『野火』―“銃”を捨てるために  香川智之
 ○石川達三『熔岩』  夏目武子
 ○きみは「君が代」を歌うか―政治と教育  芝崎文仁
 ○教科書はだれのものか―学習指導要領について  樋口正規
 ○文学の機能に賭けた、臨床心理の作業  荒川由美子
《書評》
 ○『漱石と天皇制』―「多元的思考」による天皇制との対決  井筒 満
 ○『文学教育論批判』の反動性  佐藤嗣男
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(執筆)
○日本学術会議だより 13
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉広島平和都市記念碑  編集部写真班
○カット  芥川敏子


 ……『文学と教育』の活字化は、……一九七〇年、六五号で実現した。……だが、私たちの念願は、活字化にとどまらなかった。それは出版ルートにのせることだった(注:第123号で実現)。というのは、体制側の反動攻勢につれて、私たちの主張はジャーナリズムから締め出されてしまったからである。それにはそれなりの理由があったようだ。たとえば、三三年(一九五八年)版「学習指導要領」の批判である。私たちの批判は、たんにイデオロギー主義的な批判ではなかった。部分修正を迫る批評でもなかった。その根底にある、言語観・文学観、ひいては認識論にまでさかのぼった論理的な批判を展開した。そうした批判をふまえて提起したのが、熊谷孝氏の「国語教育としての文学教育」(『文学と教育』№5)である。当時から体制側は、文学教育という発想を敬遠し、排除しようとしていた。熊谷氏の、コトバの機能的本質からみたとき、文学教育を欠いて、教育・国語教育は成り立たないという主張は衝撃だったに違いない。こうした根底からの批判や主張に対して、体制側追随者はジャーナリズムから締め出し封殺する以外に対応できなかったのだろう。民間教育研究団体からさえ、曲解・誤解される期間がつづいた。その後の文教研理論の展開は、すでにご存知のとおりである。「国語教育としての文学教育」から「文体づくりの文学教育」へ。さらに「文学の科学―文学の科学としての文学教育論」へと深化している。こうした成果をめぐって、より広範な仲間と交流し合いたいと願う、その執念が一五〇号を支えてきたといえよう。(№150「一五〇号に寄せて―広範な仲間との交流を」より 福田隆義記)  


『文学と教育』第151号 (1990.3)
   ○〈巻頭言〉混沌―仲間づくり  金井公江
○「所謂批評の『科学性』についての考察」―一つの中間考察として  夏目武子
○〈例会レポート〉“あそび”の系譜―鴎外・太宰  森山昌枝
○文教研創立の思い出  福田隆義
○子どもに精神の自由を―死者との語らい  荒川由美子
○<インターナショナル>への旅  荒川有史
《私の教室》
 ○激動する時代の中で―文学教師の模索  橋本伸弥
 ○専科教師として  谷川雅子
○〈再録『芸術とことば』 6〉作家の内部―天才とタレント  熊谷 孝
○文教研 東京例会彙報
○『文学と教育』総目次(20)
○日本学術会議だより 15
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉“富士には月見草がよく似合ふ”  編集部写真班
○カット  芥川敏子

  
『文学と教育』第152号 (1990.6) 
   ○〈巻頭言〉文体喪失の時代にあって  夏目武子
○〈変形シンポジウム〉『葉』の虚構性  (提案)熊谷 孝/(司会)夏目武子/
                         (意見)荒川有史・佐藤嗣男・高田正夫・福田隆義・井筒 満・樋口正規
○子どもに精神の自由を―『さっちゃんのまほうのて』  荒川由美子
○〈例会レポート〉体制内知識人批判  椎名伸子
《私の教室》
 ○若い魂の文体反応―芥川文学を通路として  荒川有史
 ○岩音鳴りて―転勤二年目の春に  樋口正規
 ○東北の一分校から  千葉一雄
○〈再録『芸術とことば』 7〉作家の内部―精神分析  熊谷 孝
《尾上文子さんを偲ぶ》
 ○尾上さんと文教研  福田隆義
 ○おふくろさん  鈴木益弘
 ○かけがえのない人  高木春枝
 ○尾上文子さんのプロフィール
○文教研 東京例会彙報
○『文学と教育』総目次(21)
○日本学術会議だより 16
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉山梨県御坂峠の天下茶屋  編集部写真班
○カット  芥川敏子

  
『文学と教育』第153号 (1990.7)   第39回全国集会号
   ○〈巻頭言〉虚構精神の確立のために  福田隆義
○〈変形シンポジウム〉『丹下氏邸』の虚構のあり方  
           (司会)夏目武子/(提案者)熊谷 孝/
           (意見者)荒川有史・佐藤嗣男・高田正夫・井筒 満・福田隆義・山上英男・土肥秀高・岩﨑晴彦
○〈例会レポート〉太宰治『葉』の虚構と文体  夏目武子
○子どもに精神の自由を―人間ってやり直せるんだよね  荒川由美子
○真の対話とは?  井筒満
《私の教室》
 ○なぜ、いま、母国語か  荒川有史
 ○文集『平和を求めて』をめぐって  高木春枝
 ○自然と遊ぶ  千葉一雄
○〈再録『芸術とことば』 8〉芸術の対象と方法  熊谷孝
○〈作品紹介〉さわい みちこ「青マントのおしろ」  (S)
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(講演・創作・執筆
○『文学と教育』総目次(21)
○日本学術会議だより 17
○〈巻末付録〉第39回全国集会プログラム 「政治と文学―虚構精神の確立のために」
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉井伏文学ゆかりの姫谷焼窯跡  編集部写真班
○カット  芥川敏子

  
『文学と教育』第154号 (1990.11)   第39回全国集会記録号   
    ○〈巻頭言〉全国集会を終えて  金井公江
《第39回全国集会の記録 政治と文学―虚構精神の確立のために》
 ○あいさつ  福田隆義
 ○〈基調報告 一〉教組分裂の現状の中の教研活動のあり方を問う  芝崎文仁
 ○〈基調報告 一〉(同上)文教研広島グループの場合  中野斉子
 ○〈基調報告 二〉虚構精神の衰弱と文体の喪失―現代の文学と現代文学と  佐藤嗣男
 ○熊谷孝氏の「談話」を聞いて―〈教養的中流下層階級者の視点〉の文学  山口りか
 ○〈講演とシンポジウム〉表現と表現理解と―日常性・科学性・芸術性  荒川有史
 ○〈講演三題 ②〉文体意識の欠如と文学史意識のブレとひずみ  高田正夫
 ○〈講演三題 ③解釈学復活の今日的意味  夏目武子
 ○〈シンポジウム〉体制内知識人の発想と文体 (1)―日本ロマン派(保田与重郎)の場合  井筒 満
 ○〈シンポジウム〉体制内知識人の発想と文体 (2)―今日のマス・コミ・ジャーナリズム(梅原猛・中村元)の場合  森山昌枝
 ○〈ゼミナール〉井伏鱒二『丹下氏邸』の虚構と文体  香川智之
 ○〈ゼミナール〉太宰治『葉』の虚構と文体  樋口正規
《私の教室》
 ○がんばる子どもたち  千葉一雄
 ○『おじさんのかさ』の教材化―自主編成に向けて  宮沢 薫
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(執筆・新入会員)
○『文学と教育』総目次(22)
○日本学術会議だより 18
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉井伏鱒二『朽助のゐる谷間』ゆかりの大谷池(ダム/広島県福山)  編集部写真班
○カット  芥川敏子

    
『文学と教育』第155号 (1991.5)   
  ○〈巻頭言〉戦争の現実と文学教育  香川智之
○文学にとって主題とは何か―『芸術の論理』他を読んで  夏目武子
○『かさじぞう』―その源流と直接の母体を求めて  福田隆義
○子どもに精神の自由を―児童文学を読みませんか  荒川由美子
《私の教室》
 ○若い魂にみる文体反応の軌跡―ふたたび芥川龍之介作『地獄変』をめぐって  荒川有史
 ○湾岸戦争と古典の授業  成川日女美
 ○番外編 山田太一氏邸訪問記  高田正夫
《読書コーナー》
 ○関口安義氏の近業―『評伝 松岡譲』他  佐藤嗣男
 ○絵本『いやといったピエロ』  山口りか
○〈再録『芸術とことば』 9〉芸術の対象と方法―第二信号系としての「ことば」体験  熊谷 孝
○文教研 東京例会彙報
○日本学術会議だより 19-20
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉富士には月見草がよく似合う(御坂峠・太宰文学碑)  編集部写真班
○カット  芥川敏子

  
『文学と教育』第156号 (1991.7)   第40回全国集会号
  ○〈巻頭言〉第40回全国集会を迎えて  福田隆義
○読者論ノート (1)―W.イーザー『行為としての読書』の批判的検討  井筒 満
○子どもに精神の自由を―出会いの場をつくろう  荒川由美子
○〈例会レポート〉階級論としての世代論―文教研ニュースを中心に  山口りか
《私の教室》
 ○日米学生気質をめぐって  荒川有史
 ○夢は果てず  芥川敏子
○〈再録『芸術とことば』 10〉芸術の対象と方法―表現と理解のあいだ  熊谷 孝
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(執筆・右授業・講演)
○『文学と教育』総目次(23)
○〈巻末付録〉第40回全国集会プログラム 「現代史としての文学史」
○〈第40回全国集会記念特別付録(別刷り・封筒入り)〉定例研究会プログラム('71年9月~12月/'72年9月~12月)
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉井伏邸(広島県福山市)  編集部写真班
○カット  芥川敏子

   
『文学と教育』第157号 (1991.11)   特集 第40回文教研全国集会を振り返る
○〈巻頭言〉コテンの発展的継承を  福田隆義
《第40回文教研全国集会を振り返る》
 ○〈てい談〉虚構論へのひとつの視点―西鶴文学にみる世代意識と虚構精神(一)
                                 熊谷 孝・金井公江・夏目武子・編集部
 ○再び問う、きみは「君が代」を歌うか  芝崎文仁
 ○〈基調報告 1〉現代史としての文学史  荒川有史
 ○〈基調報告 2〉文学史の基調概念としてのリアリズムとロマンティシズム  高澤健三
 ○与謝野晶子『君死にたまふことなかれ』  夏目武子
 ○〈ゼミナール〉芥川龍之介『秋』―大正デモクラシーの文学体験  高田正夫
 ○〈ゼミナール〉井伏鱒二『炭鉱地帯病院』―文学史<一九二九年>  金井公江
○読者論ノート(2)―W.イーザー『行為としての読書』の批判的検討  井筒 満
○文教研 東京例会彙報
○日本学術会議だより 21
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉広島県福山市鞆の仙酔島  編集部写真班
○カット  芥川敏子

『文学と教育』第158号 (1992.3)   第40回文教研全国集会を振り返る その2
○〈巻頭言〉芥川生誕百年にあたって  佐藤嗣男
《第40回文教研全国集会を振り返る その2》
 ○文学的事象としての大逆事件―「愚者の死」(春夫)・「墓碑銘」(啄木)・他  芝崎文仁
 ○〈暗い谷間の人間像〉『右大臣実朝』(太宰治)  樋口正規
 ○〈第二次大戦後〉『かるさん屋敷』シリーズ(井伏鱒二)他  井筒 満
 ○全国集会偶感  荒川由美子
○〈例会レポート〉蘆花作品の印象の追跡  山口りか
○〈私の教室〉『女殺油地獄』<1>―舞台形象への道すじをさぐる  荒川有史
○読者論ノート(3)―W.イーザー『行為としての読書』の批判的検討  井筒 満
○〈再録『芸術とことば』 11〉芸術の対象と方法―文学の機能的本質  熊谷 孝
○文教研 東京例会彙報
○日本学術会議だより 22-23
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉広島県福山市加茂・井伏邸(庭)  編集部写真班
○カット  芥川敏子

『文学と教育』第159号 (1992.7)   小特集 アプローチ徳冨蘆花 
こうち書房 発行
  ○熊谷孝先生を偲ぶ  福田隆義
《アプローチ 徳冨蘆花》
 ○『灰燼』の印象の追跡  金井公江
 ○『思出の記』の改稿をめぐって  夏目武子
 ○『謀叛論』を読む  山口りか
 ○教科書に掲載された蘆花の作品  夏目武子
○〈例会レポート〉西鶴文学の再検討  森山昌枝
○〈私の教室〉『女殺油地獄』<2>―舞台形象への道すじをさぐる  荒川有史
○子どもに精神の自由を―絵地図からのよびかけ  荒川由美子
○読者論ノート (4)―W.イーザー『行為としての読書』の批判的検討  井筒満
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(訃報・執筆活動)
○〈お知らせ〉発行所の変更について
○〈巻末付録〉第41回全国集会プログラム 「現代史としての文学史―世代意識と虚構精神」
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉熊谷孝著『太宰治 「右大臣実朝」試論』(増補版函)  編集部写真班
○カット  芥川敏子

  
『文学と教育』第160号 (1992.12)   熊谷孝・人と学問
○〈写真四葉〉ありし日の熊谷孝
○追悼  福田隆義
第Ⅰ部 熊谷孝を語る
 ○六十年の交流をとおして―マンダノロギーの学問仲間  乾 孝
 ○熊谷孝にとって文学であるもの  伊豆利彦
第Ⅱ部 熊谷孝の世界
 ○[文芸認識論] 芸術コミュニケーション理論への探究  井筒 満
 ○[井原西鶴] 西鶴世代の発見  荒川有史
 ○[森  鴎外] 鴎外歴史小説の再生へ向けて  樋口正規
 ○[芥川龍之介] 教養的中流下層階級者の視点の確立―芥川文学の再評価  佐藤嗣男
 ○[太宰  治] ほんとうの太宰ファン  高田正夫
 ○[井伏鱒二] 「この人は、日本のチェホフじゃないのか……」  香川智之
 ○[児童文学] 読者基盤の形成と児童文学  福田隆義
 ○[文学教育] 文体剥奪に抗して  夏目武子
 ○[『文学と教育』] 「文学教育」生みの親・育ての親  鈴木益弘
 ○[教育研究運動] 文教研と教研運動  佐伯昭定
 ○[国立市民ゼミ] 学校文学教育の失地回復  高澤健三
《第Ⅲ部 熊谷孝の思い出》
 ○戦時下の中学生にも“精神の自由”を―法政大学中等部で  山上英男
 ○宮城時代の先生  千葉一雄
 ○誠実な実践者―国立音大時代からの先生  沼田朱実
 ○熊谷先生と「広島――教育基礎講座」  児玉晴子
 ○エルム荘時代  芝崎文仁
 ○雀色時  金井公江
 ○励ましてもらったこと  山口章浩
 ○熊谷先生の“絶句”  荒川由美子
 ○鑑賞への案内  橋本伸彌
 ○雲の上の苦笑い  山口りか
 ○三歩下がって師の影を踏まず  成川日女美
 ○広島講演、旅は道連れ  S生
《第Ⅳ部 熊谷孝・略年譜と著作一覧》
 ○略年譜  荒川有史編
 ○著作一覧  荒川有史編
 ○[資料紹介]古典の現代的意義  熊谷 孝
○文教研 東京例会彙報
○会員動向
○新刊紹介
○日本学術会議だより 25-26
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉熊谷孝著『太宰治 「右大臣実朝」試論』(増補版函)
○カット  芥川敏子

『文学と教育』第161号 (1993.4)   小特集 第41回全国集会の記録  
  ○〈巻頭言〉文教研の再出発にあたって―基本路線の継承と発展を  福田隆義
《小特集 第41回全国集会の記録 現代史としての文学史―世代意識と虚構精神
 ○文学史の中の近世と近代―西鶴と蘆花に即して  佐藤嗣男
 ○売り渡してはならないもの―西鶴世代との対話  森 徹
 ○徳冨蘆花『思出の記』の印象の追跡  夏目武子
○〈例会レポート〉『羅生門』再読  樋口正規
○〈私の教室〉クマさんの教室風景―英語による母国語再発見  荒川有史
○読者論ノート (5)―W.イーザー『行為としての読書』の批判的検討  井筒 満
○〈再録『芸術とことば』 12〉芸術の対象と方法―芸術的認識  熊谷 孝
○92年度役員一覧
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(新入会員・執筆活動)
○日本学術会議だより 27
○編集後記  (S)
○カット  芥川敏子

  
『文学と教育』第162号 (1993.7)   小特集 私の教室
《小特集 私の教室》
 ○クマさんの教室風景〈その2〉―その臨場感と緊張感  荒川有史
 ○近藤浩一路 漫画『我輩は猫である』  夏目武子
 ○TVドラマ 『早春スケッチブック』の授業  高田正夫
 ○この子たちにはかなわない―悪戦苦闘の二年間  中野斉子
 ○『太陽は四角!』の授業―中3の教室からの報告  野沢俊子
 ○生徒たちへのメッセージ―動乱期に生きて  芝崎文仁
○再び、『羅生門』について(上)―『こゝろ』(漱石)に共軛する下人の倦怠の心情  佐藤嗣男
○子どもに精神の自由を―絵地図への旅  荒川由美子
○〈例会レポート〉<内面に虚構する>とは  岩﨑晴彦
○〈再録『芸術とことば』 13〉本来の読者の鑑賞体験―古典と現代  熊谷 孝
○塚原亮一先生を悼む  福田隆義
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(講演活動・執筆活動)
○訂正 
○〈裏表紙〉第42回全国集会案内 「現代史としての文学史―創造的完結者の視点から」
○日本学術会議だより 28-29
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉芥川龍之介「松江印象記」で賞讃された千鳥城天守閣
○カット  芥川敏子

『文学と教育』第163号 (1993.11)   第42回全国集会の記録 
○芥川龍之介『芭蕉雑記』の教材化〈その一〉―教室での対話を深めるために  荒川有史
○読者論ノート(6)―W.イーザー『行為としての読書』の批判的検討  井筒 満
○再び、『羅生門』について(中)―芥川世代と漱石世代の異質性  佐藤嗣男
《第42回全国集会の記録―「現代史としての文学史―創造的完結者の視点から」》
 ○日本の教育と母国語教育―あいさつにかえて  福田隆義
 ○母国語教育としての文学教育―その視点的立場  夏目武子
 ○文体づくり・仲間づくりの文学教育―その方法原理  樋口正規
 ○〈ゼミナール〉『杜子春』の印象の追跡  (まとめ・文責)佐伯昭定
 ○〈ゼミナール〉『六の宮の姫君』の印象の追跡―現代小説としての歴史小説  (まとめ・文責)金井公江
 ○〈シンポジウム〉古典との対話―芥川『芭蕉雑記』を通路に
         A.詩語の発見  成川日女美・他
         B.連句の世界と浮世草子の世界  鈴木益弘・他
○追悼・井伏鱒二 “倦怠”を課題にした文学者  高田正夫
○〈休憩〉  (S)
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(執筆)
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉芭蕉像(小倉・安国寺蔵)
○カット  芥川敏子

『文学と教育』第164号 (1994.3)   ’93文教研秋季集会の記録
○〈巻頭言〉今だからこそ<教師論>  佐伯昭定
《'93文教研秋季集会の記録 “読み”の楽しさ・むずかしさ―文体との出会い》
 ○ゼミナール=森鴎外『高瀬舟』の印象の追跡  夏目武子
 ○『一〇〇万回生きたねこ』の問いかけるもの―荒川有史「はじめに」を聴いて  朱通節子
○〈例会レポート〉人間のコミュニケーション、その創造性  村上 愛
○〈私の教室〉芥川龍之介『芭蕉雑記』の教材化〈その二〉―創造と鑑賞の秘密を通路に  荒川有史
○読者論ノート (7)―W.イーザー『行為としての読書』の批判的検討  井筒 満
○〈再録『芸術とことば』 14〉古典鑑賞の現代的意義―古典と現代(二)  熊谷 孝
○『母国語ノート』を読んで  山口章浩
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(新入会員・著作・論文)
○『文学と教育』総目次(24)
○文教研既刊図書案内
○日本学術会議だより 31
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉お夏清十郎比翼塚(姫路市野里)
○カット  芥川敏子

 
『文学と教育』第165号 (1994.6)
  ○〈巻頭言〉乾孝先生を悼む  夏目武子
○『おじさんのかさ』をめぐって  福田隆義
○安良城理論をめぐって(上)―「読者論ノート」番外編  井筒  満
○再び、『羅生門』について(下)―芥川の歴史小説の方法  佐藤嗣男
○〈例会レポート〉井伏文学をめぐって―<相互主観性>および<媒介者>という概念について  成川日女美
○佐藤嗣男著『井伏鱒二―山椒魚と蛙の世界』を読む  高田正夫
○〈私の教室〉芥川龍之介『芭蕉雑記の教材化〈その三〉―創造完結者としての芭蕉  荒川有史
○〈再録『芸術とことば』 15〉発展的モティーフの発見  熊谷 孝
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(講演活動・執筆活動)
○日本学術会議だより 32
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉森鴎外胸像(北九州市小倉・鴎外旧居)
○カット  芥川敏子

  
『文学と教育』第166号 (1994.8)   第43回全国集会号
  ○〈巻頭言〉対話精神の回復を  福田隆義
○戦時下の現実を模索する『厄除け詩集』―『仲秋名月』での展開  山上英男
○印象の追跡―内なる仲間との対話  夏目武子
○小学校低学年 読む楽しさを保障する国語教育としての文学教育―絵本『かさじぞう』を中心に  宮沢 薫
○安良城理論をめぐって(下)―「読者論ノート」番外編  井筒 満
○〈サークル紹介「哲学ゼミ」〉心に汗をかきながら  山口章浩
○「私の教室」を求めて  荒川由美子
○〈私の教室〉井伏鱒二『厄除け詩集』の「勧酒」について  芥川敏子
○〈私の教室〉芥川龍之介『芭蕉雑記』の教材化〈その四〉―鑑賞体験の方向差・個人差  荒川有史
○核兵器使用問題に抗議―首相、外相宛に要請文を送る
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(講演活動・執筆活動)
○〈巻末付録〉第43回全国集会プログラム 「母国語文化の画期―井伏鱒二・文学史1929の意味」
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉福山市加茂・井伏鱒二生家下の辻堂
○カット  芥川敏子

  
『文学と教育』第167号 (1994.11)   第43回全国集会記録
《第43回全国集会記録 母国語文化の画期―井伏鱒二・文学史1929の意味》
 ○対話精神の回復を―挨拶にかえて  福田隆義
 ○民族・母国語・母国語文化  井筒 満
 ○文体刺激と文体反応―印象の追跡の方法原理  山口章浩
 ○井伏文体の成立と展開  佐藤嗣男
 ○〈ゼミナール〉『ドリトル先生アフリカゆき』の印象の追跡  文責 佐伯昭定
 ○〈報告と質疑〉『厄除け詩集』  山上英男・芥川敏子
 ○〈ゼミナール〉『へんろう宿』の印象の追跡  文責 樋口正規
○〈私の教室〉芥川龍之介『芭蕉雑記』の教材化〈その五〉―芭蕉と其角の相互主観性  荒川有史
○〈書評〉荒川有史著『西鶴―人間喜劇の文学』を読んで  土肥秀高
○再説『厄除け詩集』―『仲秋名月』段階の創作詩について  山上英男
○〈サークル紹介「横浜読書会」〉対話を重ねて  高木春枝
○〈サークル紹介「読書会 ロージナ」〉「ロージナ」の十二年  香川智之
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(執筆活動)
○『文学と教育』166号『厄除け詩集』年表の訂正
○日本学術会議だより 33(抄)-34(抄)
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉井伏鱒二生家の白壁(広島県福山市)

『文学と教育』第168号 (1995.3)   ’94文教研秋季集会記録
  ○〈巻頭言〉新春雑感―思想の混迷と文学の役割  樋口正規
《特集 文教研秋季集会記録 “読み”の楽しさ・むずかしさ―母国語文化との出会い》
 ○『おじさんのかさ』補論―成人読者の視点から  福田隆義
 ○戦後の井伏文学  佐藤嗣男
 ○井伏鱒二『かきつばた』の印象の追跡  文責 夏目武子
○〈ブックレビュー〉関口安義著『評伝 成瀬正一』  佐藤嗣男
○〈私の教室〉芥川龍之介『芭蕉雑記の教材化〈その六〉―其角の視座  荒川有史
○〈私の教室〉『コシャマイン記』を読む  香川智之
○読者論ノート (8)―W.イーザー『行為としての読書』の批判的検討  井筒 満
○社会現象としての「一寸法師」物語  佐伯昭定
○井伏鱒二 初期の詩二つ―『厄除け詩集』未収録作品「粗吟断章」「レギーネを愛す」を見る  山上英男
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(講演・報告・執筆活動)
○日本学術会議だより 35
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉福山城全景(広島県福山市)

   
『文学と教育』第169号 (1995.6)
  ○〈巻頭言〉文教研と太宰文学  夏目武子
○佐野洋子作・絵『だってだってのおばあさん』を読む  福田隆義
○「平太郎殿」(『世間胸算用』巻五ノ三)を読む―詐欺師と嘘つきと  土肥秀高
○〈例会レポート〉西鶴『世間胸算用』―作品相互の照射を通して見えてくるもの  成川日女美
○〈私の教室〉芥川龍之介『芭蕉雑記』の教材化〈その七〉―時期区分の視座を通路に  荒川有史
○〈私の教室〉『羅生門』雑感  橋本伸弥
○読者論ノート (9))―W.イーザー『行為としての読書』の批判的検討  井筒 満
○続 『コシャマイン記』を読む―旧友への手紙  香川智之
○井伏鱒二 初期の詩二つ(承前)―『厄除け詩集』未収録作品「粗吟断章」「レギーネを愛す」を見る  山上英男
○〈サークル紹介〉日曜に集まるから<日曜会>  村上 愛
○〈再録『芸術とことば』 最終回〉マス・コミ時代の芸術家―〔付〕あとがき  熊谷 孝
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(講演・報告・執筆活動)
○『文学と教育』168号「井伏鱒二初期の詩二つ」訂正
○日本学術会議だより 36
○編集後記
○〈扉写真〉『コシャマイン記』の世界(雪原に羊蹄山を望む)
○カット  芥川敏子

  
『文学と教育』第170号 (1995.8)   第44回全国集会号
  ○〈巻頭言〉今こそ文学教育を!  福田隆義
○太宰文学への視角―研究論文アラカルト  高田正夫
○『トカトントン』の印象の追跡  夏目武子
○西鶴―人間喜劇の文学〈その一〉  荒川有史
○『母国語ノート』(荒川有史著)の書評をめぐって―「母国語」とは何か  井筒 満
○〈私の教室〉過去に学ぶ  荒川由美子
○〈サークル紹介〉佐野洋子の作品を読む会  鈴木益弘
○〔付〕佐野洋子の作品リスト(福田隆義編)
○〈再録〉西鶴の創作方法と喜劇精神  熊谷 孝
《荒川有史著『日本の芸術論』を読む》
 ○楽しく厳しい思索の書  樋口正規
 ○世代に受け継がれる創造の歴史  芥川敏子
 ○古典をもつ作家の系譜  高澤健三
 ○“対話精神の文学史”  香川智之
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(講演・執筆)
○〈付〉文教研 第44回全国集会プログラム 「太宰治と西鶴―異端の文学にみるリアリズムの系譜」
○日本学術会議だより 37
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉山梨県御坂峠の太宰治文学碑  編集部
○カット  芥川敏子

 
『文学と教育』第171号 (1995.11)   第44回全国集会の記録
《文教研 第44回全国集会の記録 太宰治と西鶴―異端の文学にみるリアリズムの系譜 》
 ○異端の文学に見るリアリズム―あいさつにかえて  付
 ○近世文学と近代文学の接点を探る―太宰治と西鶴を例に  佐藤嗣男
 ○印象の追跡―読みの方法原理  成川日女美
 ○『平太郎殿』(井原西鶴『世間胸算用』)の印象の追跡  文責 井筒 満
 ○太宰文学への視角  高田正夫
 ○太宰治『男女同権』―印象の追跡  文責 夏目武子
○西鶴―人間喜劇の文学〈その二〉  荒川有史
○太宰治とプレスコード  夏目武子
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(講演活動・新入会員)
○『文学と教育』総目次(24)
○日本学術会議だより 38
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉西鶴『万の文反古』巻三ノ三「代筆は浮世の闇」(挿絵)
○カット  芥川敏子

『文学と教育』第172号 (1996.3)   ’95年文教研秋季集会の記録
   ○〈巻頭言〉明日へ向けての思索  金井公江
《文教研秋季集会の記録 〈精神の故郷〉を見なおす―戦後文学の出発》
 ○戦後児童文学の原点―岩倉政治『空気がなくなる日』・壺井栄『あたたかい右の手』  夏目武子
 ○太宰治『たづねびと』の印象の追跡  文責 井筒 満
○佐野絵本の原点―『すーちゃんとねこ』を中心に  福田隆義
○〈私の教室〉自分をみつめる  荒川由美子
○〈私の教室〉いま、思うこと  森田高志
○〈私の教室〉山田洋次の映画づくりから学ぶ(上)  香川智之
○対話精神と文学教育の重要性―荒川講演を聞いて  樋口正規
○西鶴―人間喜劇の文学〈その三〉  荒川有史
○〈閑話休題〉井伏鱒二文学碑除幕式の後に  佐藤嗣男
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(新入会員・執筆活動・講演活動)
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉井伏鱒二文学碑  編集部
○カット  芥川敏子

   
『文学と教育』第173号 (1996.6)   小特集 佐野洋子の世界
○〈巻頭言〉不可能を可能にしようとする夢を  夏目武子
《小特集 佐野洋子の世界》
 ○佐野洋子の世界  児童文学を読む会
 ○佐野洋子の作品(作・絵)リスト
 ○『一〇〇万回生きたねこ』前後―初期(一九七〇年代)の絵本  福田隆義
 ○『おぼえていろよおおきな木』―印象の追跡  西平 薫
 ○『空とぶライオン』―印象の追跡  鈴木益弘
 ○〈作品紹介〉『さたしのぼうし』  雨宮偉子
 ○〈作品紹介〉『おれはねこだぜ』  子安紀子
 ○〈作品紹介〉『ふつうのくま』  櫻井清子
 ○〈作品紹介〉『わたしクリスマスツリー』  新澤初江
○〈例会レポート〉熊谷孝『芸術の論理』の再検討―虚構論を軸として  山崎 圭
○山田洋次の映画づくりから学ぶ(中)  香川智之
○西鶴―人間喜劇の文学〈その四〉  荒川有史
○読者論ノート (完)―W.イーザー『行為としての読書』の批判的検討   井筒 満
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(執筆活動)
○〈裏表紙〉第45回全国集会案内 「現代史としての文学史だ虚構精神とは何か、を問う視点から」
○編集後記  (S)
○カット  芥川敏子

  
『文学と教育』第174号 (1996.8)   第45回全国集会号
○〈巻頭言〉明日への行動選択の足場を確かなものに  福田隆義
《第45回全国集会に向けて》
 ○“児童観”の今日的課題  夏目武子
 ○「映像と言語」雑感  高田正夫
 ○児童文学と成人文学と―ケストナー・ドストエフスキー・トルストイたちの<よびかけ>を聞く  荒川有史
○〈春夏秋冬〉不良老年のつぶやき―森田高志「いま、思うこと」につなげて  佐藤嗣男
○〈例会レポート〉『皇帝の新しい着物』と『コシャマイン記』  橋本伸彌
○〈ブック・レビュー〉『太宰治全作品研究辞典』・他  佐藤嗣男
○山田洋次の映画づくりから学ぶ(下)  香川智之
○喜劇精神と単純化と―広島・第19回教育基礎講座・講演記録  井筒 満
○井筒講演を聞いて―広島講演随行記  土肥秀高
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(新入会員・執筆活動・講演)
○編集後記  (S)
○カット  芥川敏子

  
『文学と教育』第175号 (1996.11)   第45回全国集会の記録
《第45回全国集会の記録 現代史としての文学史―虚構精神とは何か、を問う視点から》
 ○文教研の初心―挨拶にかえて  福田隆義
 ○文学教師の条件―虚構精神に触れて  夏目武子
 ○印象の追跡―言語メディアと映像メディアと  高田正夫
 ○文教研運動の原点をさぐる―「児童文学と成人文学と」の課題を射程に  荒川有史
 ○〈ゼミナール〉『皇帝の新しい着物』の印象の追跡(上)  文責 井筒 満
 ○〈ゼミナール〉『コシャマイン記』の印象の追跡  文責 金井公江
○〈春夏秋冬〉『二百十日』の跡を行く  佐藤嗣男
○寅さんファンはつらいよ  香川智之
○想像する力―沖縄・全国高校生平和集会  岩﨑晴彦
○文教研 東京例会彙報
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉漱石『二百十日』の碑(熊本県・阿蘇)
○カット  芥川敏子

  
『文学と教育』第176号 (1997.3)   ’96年文教研秋季集会の記録
○〈巻頭言〉いまどきの学生気質  佐藤嗣男
’96年文教研秋季集会の記録 文学との出会い―心に残る作品を》
〈変形シンポジウム 佐野洋子の世界〉
 ○一九七七年前後をめぐって  井筒 満
 ○『一〇〇万回生きたねこ』の魅力  芥川敏子
 ○『一〇〇万回生きたねこ』との出会い  福田隆義
 ○ことばと絵のダイナミズム  鈴木益弘
〈ゼミナール 芥川龍之介『芋粥』の印象の追跡〉
 ○『芋粥』の印象の追跡  文責 成川日女美
○〈例会レポート〉冬合宿で学んだこと―国語教師としての文学教育・「一寸法師」に即して  加藤 彰
○児童文学と成人文学と―文教研の初心にふれながら 〔付〕訂正と反省  荒川有史
○『皇帝の新しい着物』の印象の追跡(下)  文責 井筒満
○人と人との心のつながり  荒川由美子
○〈私の教室〉『多甚古村』日誌(一)   香川智之
○井伏鱒二初期の短編『祖父』のことなど―新編全集に収録されなかった作品  高澤健三
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(執筆活動・口頭発表)
○『文学と教育』総目次(26)
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉「ここに鶴田知也眠る」(北海道・八雲町)
○カット  芥川敏子

  
『文学と教育』第177号 (1997.6)   小特集 古典への誘い
○〈巻頭言〉クールな眼と熱い心  井筒 満
《小特集 古典への誘い》
 ○芭蕉俳論を読む〈その一〉―愛読と濫読との間  荒川有史
 ○『芭蕉自筆 奥の細道』ノート―“かるみ”への道をさぐって  森山昌枝
 ○「平太郎殿」と「平太郎の讃談」―近世初期の真宗信仰にふれて  土肥秀高
 ○〈哲学ゼミ研究紹介〉連歌論『さゝめごと』を読む  福田隆義
 ○〈哲学ゼミ研究紹介〉『筑波問答』冒頭の魅力  子安紀子
 ○〈哲学ゼミ研究紹介〉印象の追跡の方法を学ぶということ  松浦麻紀子
○〈例会レポート〉森鴎外『山椒大夫』の検討  村上 愛
○〈私の教室〉『多甚古村』日誌(二)   香川智之
○〈書評〉正木信一著『「平家物語」内から外から』  成川日女美
○〈書評〉関口安義著『特派員 芥川龍之介―中国でなにを視たのか』  佐藤嗣男
○プレスコードと<ウォーナー伝説>と太宰治『トカトントン』に触れて  夏目武子
○本誌176号(前号)訂正
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(執筆活動)
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉「五月雨や色紙へぎたる壁の跡」(京都・落柿舎の芭蕉句碑)
○カット  芥川敏子

『文学と教育』第178号 (1997.8)   第46回全国集会号
○〈巻頭言〉二十一世紀に生きる子どもたちを見すえた母国語教育を  福田隆義
《第46回全国集会資料》
 ○〈特別報告〉のための覚え書 子ども・共同体・説話  荒川有史
 ○『山椒大夫』(森鴎外)の検討のために  成川日女美
 ○〔付〕第46回全国集会プログラム 「文学教育の復権―読者論の視点から」
○広島教育基礎講座レポート 夏目講演を聞いて  山崎 圭
《広島通信》
 ○今年もやっぱり、やってよかった基礎講座  中野斉子
 ○広島教育基礎講座二十年の歩み  澤井充子
 ○広島教育基礎講座に参加して  松浦雅子
○『芭蕉自筆 奥の細道』ノート(続)―“かるみ”への道をさぐって  森山昌枝
○〈インタビュー 荒川有史氏に聞く〉『文学の教授過程』の再評価をめぐって  荒巻りか
○〈例会レポート〉御伽草子『文正さうし』の印象の追跡―『一寸法師』の印象の追跡のための基礎作業  芝崎文仁
○『空気がなくなる日』―文学教育からの“いじめ”問題へのアプローチ  岩﨑晴彦
○〈私の教室〉『多甚古村』日誌(三)   香川智之
○井伏鱒二『祖父』と文芸同人雑誌「人類」(上)  高澤健三
○文教研 東京例会彙報
○会員動向(講演)
○『文学と教育』総目次(27)
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉サドの残る安寿伝説にまつわる安寿塚(佐渡ヶ島・相川町鹿ノ浦)

  
『文学と教育』第179号 (1997.11)   第46回全国集会の記録
《第46回全国集会の記録 文学教育の復権―読者論の視点から
 ○〈挨拶にかえて〉「文学教育の復権」を訴える  福田隆義
 ○母国語教育としての文学教育  佐藤嗣男
 ○読者論の過去・現在・未来  井筒 満
 ○〈ゼミナール〉御伽草子『一寸法師』の印象の追跡  文責 金井公江
 ○〈ゼミナール〉『山椒大夫』(森鴎外)の印象の追跡  文責 樋口正規
 ○媒介するということ  夏目武子
 ○全国集会分科会ア・ラ・カルト
 ○一寸法師絵本比較表
○〈私の教室〉『多甚古村』日誌(四)   香川智之
○〈連載〉井伏鱒二『祖父』と文芸同人雑誌「人類」(下)/【付表】「人類」の内容   高澤健三
○〈連載〉芭蕉俳論を読む〈その二〉―太宰治と芭蕉の間  荒川有史
○彙報(1997年度文教研役員・東京例会)
○編集後記  (S)
○カット  芥川敏子

『文学と教育』第180号 (1998.3)   ’97年秋季集会の記録
  《’97年秋季集会の記録 文学を読むということ―読者論の視点から》
 ○〈ゼミナール〉絵本『マーシャとくま』の印象の追跡  文責 西平薫
 ○〈コメント〉ミハイル・ブラートフ(再話者)とエフゲーニ・ラチョフ(画家)  福田隆義
 ○ロシア児童文学研究者・翻訳家 松谷さやか氏訪問記  朱通節子
 ○『文学の教授過程』の再検討―『マーシャとくま』の検討を通して  夏目武子
 ○香川智之氏特別報告《文学を読むということ・私と文学教育》―『ラヂオの時間』の“さわやか”な感動を  芥川敏子
○太宰治『たづねびと』について―友への手紙  佐藤嗣男
○芭蕉俳諧を読む〈その三〉―芭蕉像変容の契機  荒川有史
○黙ってはいられない―『21世紀の国語科学習指導要領』を読んで  荒巻りか
○〈私の教室〉進学校で思うこと  橋本伸彌
○〈私の教室〉教師と生徒の間には……?  子安紀子
○〈私の教室〉『多甚古村』日誌(五)  香川智之
○『夜更と梅の花』の初出をめぐって―文芸誌「人類」時代の井伏鱒二  高澤健三
○東京例会彙報
○会員動向(執筆活動)
○カット  芥川敏子

  
『文学と教育』第181号 (1998.6)   井伏鱒二生誕百年記念号
○〈巻頭言〉内なる対話  金井公江
○井伏鱒二と“プロレタリア文学”―転機としての一九二八年を中心に  高澤健三
○『朽助のゐる谷間』から見える近代  岩﨑晴彦
○戦中の井伏文学―『多甚古村』前後を中心に  夏目武子
○最近の『かるさん屋敷』論をめぐって  井筒満
○井伏鱒二とトオマス・マン―<芥川と『トビアス・ミンデルニッケル』>にも言及して  佐藤嗣男
○〈例会レポート〉『屋根の上のサワン』を読む  樋口正規
○〈私の教室〉『多甚古村』日誌(六)  香川智之
○〈私の教室〉内部を耕す―『太陽は四角!』の授業  村上愛
○芭蕉俳論を読む〈その四〉―第二芸術論者の芭蕉像  荒川有史
○さようなら 岡宏子先生  荒川有史
○文教研事務局移転のお知らせ
○東京例会彙報
○会員動向(執筆活動・新入B会員)
○〈扉写真〉井伏鱒二と関係のある「新文化」

  
『文学と教育』第182号 (1998.8)
○〈巻頭言〉子どもたちの「自分さがし」に手を  夏目武子
○〈座談会〉大人も子どもも、本来の感情を取り戻そうよ!―文学教育の現場から今の時代の子供を語る
   荒川由美子・荒巻りか・井筒 満・岩﨑晴彦・金井文代・椎名伸子・高田正夫・中野斉子/(司会)佐藤嗣男
○居場所を探そう―短大からの発信  荒川由美子
○〈私の教室〉障害児学級は文学教育精神で  中野斉子
○『多甚古村』日誌(七)  香川智之
○広島講演随行記―第21回教育基礎教座に参加して  成川日女美
○広島通信 広島の子どもたちに  澤井充子
○〈連載〉南吉童話の成立(上)―<文学史一九二九>の位相の下に  佐藤嗣男
○〈連載〉芭蕉俳論を読む〈その五〉―第二芸術論者の芭蕉俳諧批判を斬る  荒川有史
○第47回全国集会プログラム 「内なる対話の回復を!―井伏鱒二と芭蕉の世代感覚」
○カット  芥川敏子

『文学と教育』第183号 (1998.12)   第47回全国集会の記録
○〈巻頭言〉文学教育の 研究者、、、集団であること  夏目武子
《第47回全国集会の記録  内なる対話の回復を!―井伏鱒二と芭蕉の世代感覚》
 ○文学史における井伏文学の位置―文学史〈一九二九〉の意味  高澤健三
 ○〈ゼミナール〉『屋根の上のサワン』の印象の追跡  文責 橋本伸彌
 ○芭蕉の時代  井筒満
 ○『奥の細道』の虚構性  鈴木益弘・森山昌枝
 ○〈ゼミナール〉<風流の>歌仙の印象の追跡  鈴木益弘
○〈私の教室〉心の「仲間」づくりを求めて  松浦麻紀子
○芭蕉俳諧を読む〈その六〉―人間疎外とたたかう文学(廣末保)   荒川有史
○『文学と教育』総目次(28)
○東京例会彙報
○編集後記  (S)
○カット  芥川敏子

  
『文学と教育』第184号 (1999.3)   小特集 ケストナーの世界―1998年秋季集会の記録
○〈巻頭言〉文学教育を抹殺して「生きる力」が育つか  福田隆義
《小特集 ケストナーの世界―1998年秋季集会の記録》
 ○ケストナーの世界  井筒 満
 ○〈ゼミナール〉『飛ぶ教室』を読む  文責 村上 愛
 ○ケストナー作品の邦訳(初期)  夏目武子
○〈私の教室〉教師五年目  金井文代
○短大からの発信―聞くことの難しさ  荒川由美子
○〈例会レポート〉「すゞしさを」の歌仙を読む  文責 森田高志
○芭蕉俳諧を読む〈その七〉―民衆詩としての芭蕉俳諧   荒川有史
○南吉童話の成立(中)―『権狐』と『ごん狐』  佐藤嗣男
○東京例会彙報
○会員動向(講演・報告活動)
○編集後記  (S)
○カット  成川日女美

『文学と教育』第185-186合併号 (1999.8)   ケストナー特集号 
   ○国家主権の思想こそ=国柄変わったことの意味―「君が代」問題に考える  芝崎文仁
    ---------------     
《特集 ケストナーの世界への誘い》
 ○ケストナー語録と若干のコメント  井筒 満
〈作品紹介〉
 ○エーミールと探偵たち  成川日女美・村上 愛
 ○ファービアン―あるモラリストの物語  高澤健三
 ○点子ちゃんとアントン  夏目武子
 ○五月三十五日  佐伯昭定
 ○飛ぶ教室  金井公江・橋本伸弥
 ○エーミールと三人のふたご  岩﨑晴彦
 ○動物会議  森田高志
 ○ふたりのロッテ  朱通節子、西平 薫
 ○わたしが子どもだったころ  樋口正規
 ○一九四五年を銘記せよ―ケストナーの終戦日記  鈴木益弘
 ○サーカスの小びと  荒川由美子・中野斉子
〈資料〉
 ○エーリヒ・ケストナー略年譜
 ○ケストナー作品別邦訳図書リスト(戦後)  福田隆義
 ○初期の翻訳状況  夏目武子
    ---------------
○芭蕉俳諧を読む〈その八〉―芭蕉一座の成立と展開(廣末保)  荒川有史
○〈私の教室〉『多甚古村』日誌(八)   香川智之
○第48回全国集会プログラム 「現代にとって“虚構”とは何か」
○’99秋季集会の案内  「政治と文学―なぜ、いま、ケストナーか」
○東京例会彙報
○会員動向(執筆活動・講演・講座活動)
○編集後記  (S)
○カット  成川日女美

  
『文学と教育』第187号 (1999.11)   第48回全国集会の記録
  ○〈巻頭言〉自分の言葉で考え、自分の頭で学びとる―全国集会のあいさつから  夏目武子
《小特集 第48回全国集会の記録 現代にとって“虚構”とは何か
 ○現代にとって<虚構>とは何か  佐藤嗣男
 ○一九三〇~四〇年代の文学―ケストナー文学を中心に  井筒満
 ○『飛ぶ教室』の印象の追跡  荒川由美子
 ○太宰治『津軽』と“風土”  高澤健三
○Vorbild(フォアビルト)をさぐる―第22回教育基礎講座(広島)に参加して  富永真理子
○芥川龍之介と菊池寛―触発する作家と作家  佐藤嗣男
○芭蕉俳諧を読む〈その九〉―<対象の声なき声>の源流をさぐる(広末保・熊谷孝・佐藤嗣男・藤田省三)  荒川有史
○お詫びとお知らせ
○会員動向(執筆活動・講演・講座活動)
○本誌184、185-186号の訂正

 
『文学と教育』第188-189合併号 (2000.8)
○抵抗文学としての『厄除け詩集』  佐藤嗣男
○『駈込み訴へ』と聖書  荒川由美子
○〈続 第48回全国集会の記録〉『津軽』の印象の追跡  文責 橋本伸弥
《1999年秋季集会の記録》
 ○今、なぜ、ケストナーか/〔付〕ケストナー作品の翻訳状況年表  夏目武子
 ○『点子ちゃんとアントン』  井筒 満
 ○<ケストナーの経歴と作品>メモ  作成 芝崎文仁
○岩倉政治氏、逝く―二〇〇〇年五月六日  夏目武子
○〈連載〉芭蕉俳諧を読む〈その十〉―<軽み>への道程(山本健吉)  荒川有史
○文教研 1999年度東京例会
○会員動向(執筆活動・講演活動・その他)
○複写される方へ  学術著作権協会  (毎号掲載。本「総目次」中、次号以下においては省略。)
○第49回全国集会プログラム 「雪がなだれになる前に―ファシズム下の抵抗文学」
○編集後記  (S)
○〈扉写真〉聖ゲオルグ教会(独・ミュンヘン市)/ルイーゼロッテとともに眠るE.ケストナーの雪に覆われた墓  編集部写真班

『文学と教育』第190号 (2000.11)   第49回全国集会の記録 
  《第49回全国集会の記録 雪がなだれになる前に―ファシズム下の抵抗文学
 ○ケストナー文学の視点的立場  井筒 満
 ○ケストナー詩の印象の追跡  鈴木益弘
 ○太宰治『駈込み訴え』の印象の追跡  成川日女美
○文学的抵抗の精神―井伏文学を考える  佐藤嗣男
○〈ケストナーの邦訳詩〉ノート―「カスタニエン」「コギト」掲載詩をめぐって  夏目武子
○第23回広島教育基礎講座レポート 鴎外文学の魅力―歴史小説を中心に  中野斉子
○近世偽書の条件〈その一〉―芭蕉俳論に即して  荒川有史
○文教研 研究例会
○会員動向(執筆活動・講演活動・その他)
○編集後記  (S)

  
『文学と教育』第191号 (2001.4)   2000年秋季集会の記録
  《2000年秋季集会の記録 子どもの心をいつまでも―見て、考えて、仲間とともに》
 ○文学教育の可能性―今、私にできること  樋口正規
 ○『エーミールと探偵たち』  井筒 満
○森田草平『煤煙』―近代主義の落とし穴  佐藤嗣男
○文学教育よもやま話 文学教師の条件  福田隆義
○〈連載〉近世偽書の条件〈その二〉―芭蕉俳論に即して  荒川有史
《追悼》
 ○熊谷敬子様を悼む  夏目武子
 ○熊谷敬子様の想い出  荒川由美子
○文教研 研究例会
○会員動向(執筆活動・講演活動・その他)

  
『文学と教育』第192号 (2001.8)   第50回全国集会号
    《往復書簡》
 ○『芥川龍之介 その文学の、地下水を探る』を読んで―佐藤嗣男への手紙  高田正夫
 ○<共生>を考えた芥川―高田さんへの手紙  佐藤嗣男
《第50回全国集会基調報告 レジュメと資料》
 ○「日本型現代市民社会と文学」  井筒 満
○〈例会レポート〉芥川龍之介『偸盗』  夏目武子
○〈春合宿研究会レポート〉芥川龍之介『藪の中』を読む  金井公江
○人間回復を目指す「授業」の工夫―佐野洋子『一〇〇万回生きたねこ』との対話を通して  西平 薫
○『一〇〇万回生きたねこ』を読みあって―教育相談室から  伊藤洋子
○デンマークを旅して、日本人の私は考えました―アンデルセンの国、福祉大国は別世界?  成川日女美
○〈私の教室〉『俘虜記』を読む  床枝ひろみ
○〈連載〉文学教育よもやま話(2) まぶしかった新卒先生  福田隆義
○〈連載〉近世偽書の条件〈その三〉―芭蕉俳論に即して  荒川有史
○第50回全国集会プログラム 「雪がなだれになる前に 現代市民社会と文学―芥川龍之介から大江健三郎へ」
○文教研 研究例会
○会員動向(執筆活動・講演活動・その他)
○編集後記  (S)

  
『文学と教育』第193号 (2001.11)   第50回文教研全国集会の記録
    《第50回文教研全国集会の記録 現代市民社会と文学―芥川龍之介から大江健三郎へ
 ○〈あいさつ〉第50回集会を迎えて  夏目武子
 ○〈基調報告〉日本型現代市民社会と文学  井筒 満
 ○〈ゼミナール 1〉芥川龍之介『六の宮の姫君』  文責 金井公江
 ○〈ゼミナール 2〉大江健三郎『奇妙な仕事』  文責 高澤健三
○みたび<文体づくりの国語教育>―広島・教育基礎講座に参加して  荒川由美子・中野斉子
○現代市民社会の中で―「つくる会」教科書採択阻止の市民運動にかかわって  山本直美
○〈連載〉文学教育よもやま話(3) 私と「学習指導要領」  福田隆義
○〈連載〉近世偽書の条件〈その四〉―芭蕉俳論に即して  荒川有史
○文教研、ホームページを開設!
《付録》
 ○文学教育研究者集団研究集会の歴史
 ○文学教育研究者集団秋季集会の歴史
○文教研 研究例会
○会員動向(執筆活動・講演活動・その他)
○編集後記  (S)

   
『文学と教育』第194号 (2002.4)   2001年秋季集会の記録
    ○〈巻頭言〉文教研の歴史を ウェブサイトで  夏目武子
○戸坂潤再読―その大衆論をめぐって  井筒 満
○芥川文学へのアプローチの視点―松本常彦氏の書評にふれて  佐藤嗣男
《2001年文教研秋季集会の記録 自立した市民とは何か―『エーミールと探偵たち』のその後》
 ○〈ゼミナール〉ケストナー『エーミールと三人のふたご』  文責 成川日女美
○心の癒しと芭蕉文学  荒川由美子
○〈私の教室〉迷走する自主編成  中野斉子
○〈連載〉文学教育よもやま話(4) 『サクラ読本』一期生の弁  福田隆義
○〈連載〉近世偽書の条件〈その五〉―芭蕉俳論に即して  荒川有史
《藤村生誕百三十年記念企画》
 ○島崎藤村『若菜集』―思い乱れて嗚呼恋の  佐藤嗣男
○文教研 研究例会
○会員動向(執筆活動・講演活動・その他)
○編集後記  (S)

 
『文学と教育』第195号 (2002.7)
   ○『マルセル・ライヒ=ラニツキ自伝』を読む―「祖国としての文学・ドイツ文学」  井筒 満
○心の癒しと芭蕉文学(二)  荒川由美子
○〈私の教室〉平家物語を読む  夏目武子
○〈ブック・レビュー〉親子二代―倉本初夫著『商人という生き方』  荒川有史
○〈連載〉文学教育よもやま話(5) 人間が人間として処遇されなかったころ  福田隆義
○〈連載〉近世偽書の条件〈その六〉―芭蕉俳論に即して  荒川有史
○文教研ウェブサイト・コーナー(1)
○第51回文教研全国集会プログラム 「現代市民社会と文学 Ⅱ―<文体の喪失>を越えて」
○研究例会彙報
○会員動向(執筆活動・講演活動・その他)
○編集後記  (S)

『文学と教育』第196号 (2002.11)   第51回文教研全国集会の記録
○〈巻頭言〉「期待される人間像」の今日版  夏目武子
《第51回文教研全国集会の記録 現代市民社会と文学 Ⅱ―<文体の喪失>を越えて》
 ○〈基調報告〉戦後の近代主義との対決  井筒 満
 ○〈基調報告〉文体の喪失と回復  佐藤嗣男
 ○〈ゼミナール〉大江健三郎『芽むしり 仔撃ち』  文責 高澤健三
○文体づくりと課題意識―広島・教育基礎講座に参加して  小荒さち子
○〈連載〉文学教育よもやま話(6) 文学に力を借りる  福田隆義
○〈連載〉近世偽書の条件〈その七〉―芭蕉俳論に即して  荒川有史
○〈連載〉文教研ウェブサイト・コーナー(2)―文教研基本用語解説 Ⅰ
○『文学と教育』半年刊に !!
○文教研 研究例会
○会員動向(執筆活動・講演活動・その他)
○編集後記  (S)

『文学と教育』第197号 (2003.7)   2002年秋季集会の記録
   《2002年秋季集会の記録 自立した市民となるために》
 ○〈ゼミナール〉ケストナー『わたしが子どもだったころ』  井筒 満・高澤健三
○若者の声に耳傾けた「教育改革」か  夏目武子
○真の伝え合いとは何か―「学習指導要領」における「伝え合う力」批判  井筒 満
○「心の癒し」考―『鬼の橋』にふれて  荒川由美子
○佐藤春夫『殉情詩集』―紀の国の五月なかばは  佐藤嗣男
○〈ブック・レビュー〉『CとTの物語・文学の授業をよむ 「ちいちゃんのかげおくり」 小学3』  あらかわ ゆうし
○〈連載〉文学教育よもやま話(7) 教材体系<自主編成の資料>として  福田隆義
○〈連載〉近世偽書の条件〈その八〉―芭蕉俳論に即して  荒川有史
○第52回文教研全国集会プログラム 「太宰治とケストナーにみる戦争の現実―現代市民社会と文学 Ⅲ」
○文教研 研究例会
○会員動向(執筆活動・講演活動・その他)
○編集後記  (編)

 
『文学と教育』第198号 (2003.11)   小特集 ケストナーにみる戦争の現実―第52回全国集会の記録
《小特集 第52回全国集会の記録― ケストナーにみる戦争の現実》
 ○ケストナーと二つの戦後  井筒 満
 ○〈ゼミナール〉『ケストナーの終戦日記』  文責 金井公江
○「現代市民社会と文学」をめぐって  夏目武子
○『侏儒の言葉』雑感  橋本伸弥
○〈広島・教育基礎講座に参加して〉<おくのほそ道>をたどる―人間芭蕉とともに  荒川由美子
○〈連載〉文学教育よもやま話(8) 教科書採択の「今昔」  福田隆義
○〈連載〉近世偽書の条件〈その九〉―芭蕉俳論に即して  荒川有史
○文教研 研究例会
○会員動向(執筆活動・講演活動・その他)
○編集後記

『文学と教育』第199号 (2004.5)  2003年秋季集会の記録
  《2003年文教研秋季集会の記録 1949年、『動物会議』は開かれた―ケストナーの<市民と戦争>》
 ○〈ゼミナール〉ケストナー『動物会議』  文責 金井公江
○金子光晴『こがね虫』 海は私の前に新鮮な霧を引裂く  佐藤嗣男
○〈私の教室〉『平家物語』を読む その2―課題をもらう  夏目武子
○〈連載〉文学よもやま話(9) 記憶をたどる―「読み聞かせの時間」と民話  福田隆義
○〈連載〉近世偽書の条件〈その十〉―芭蕉俳論に即して  荒川有史
○〈告知板〉文教研、ケストナー紹介本に挑戦!  (編)
○文教研 研究例会
○会員動向(新入会員・執筆活動・講演活動・その他)
○編集後記  (S)

 
『文学と教育』第200号 (2004.8)   200号記念特別号
  ○『文学と教育』200号に寄せて  夏目武子
《『文学と教育』200号記念 特別企画》
 ○〈特別インタビュー〉<文体づくり>をめざし続けて―福田隆義、荒川有史両氏に聴く  聴き手/文責 荒巻りか
 ○熊谷孝・乾孝の仕事をめぐって―アジア太平洋戦争末期における抵抗精神  井筒 満
 ○〈再録①〉『武学答問書』(大西一男=熊谷孝編著)抄
 ○〈再録②〉兵法家の言葉―松宮観山について  佐川映一(=熊谷孝)
 ○〈再録③〉未来に生きる過去―習慣と伝統  予科教授 乾孝
○1930年代の笑い・喜劇・及びユーモア―井伏鱒二・太宰治の「ユーモア小説」を考える  佐藤嗣男
○〈裏表紙〉第53回全国集会の案内 「<喜劇精神>を支えとして―戦争の現実を生き抜いた太宰治とケストナー」
○文教研 研究例会
○会員動向(執筆活動・講演活動・その他)
○編集後記


 ……一二三号から長年の念願かなって、出版社(みずち書房、一五九号から現こうち書房に)から発行。表紙(デザインは斉藤茂男氏)がカラー印刷になった冊子を小脇に抱えて部屋の中を歩き回ったのは昨日のことのような気がするのだが、今回で二百号を迎える。/一つのサークルの機関誌ではある。が、喜劇精神でそれぞれの時代の厳しさに向き合い、問題提起し続けてきたことに、文教研ウェブサイト、電子図書館はじめ他のサイトを通して新しい共感が寄せられている。『文学と教育』バックナンバーや会員の著作を注文してくださる方々、文学と文学教育に情熱を傾ける人々との新しい形での連帯が始まっていることを実感する。(№200「『文学と教育』200号に寄せて」より 夏目武子記)

▼一号ずつ積み重ねて、二〇〇号、――四十六年の道のりであった。▼人間四十六歳といえば、もっとも脂ののった時期かも知れぬ。とは言え、教師は教師で教師臭くなり、専業主婦は主婦でいかにも主婦然となり、気づけばわれ何者ぞといったところか。▼ささやかなれど、<私という人間>をいま改めて検証し直し続けるためにも、更なる二〇〇号を、である。(№200「編集後記」)


『文学と教育』第201号 (2005.5)  『ケストナー文学への探検地図』刊行記念/小特集 第53回全国集会の記録
  《『ケストナー文学への探検地図』刊行記念/小特集 第53回全国集会の記録》
 ○ケストナー本の刊行にあたって  『ケストナー文学への探検地図』編集委員会
 ○〈基調報告〉ケストナーの一九三八年前後  井筒満
 ○〈ゼミナール〉『オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』  文責 山上英男
 ○〈ゼミナール〉太宰治f「禁酒の心」  文責 成川日女美
○〈私の教室〉卒業生のMさんへ  荒川由美子
○〈連載〉文学よもやま話(10) 「強制」と「統制」―いつかきた道  福田隆義
○〈連載〉西鶴と芭蕉―ふたりの俳諧師〈その一〉  荒川有史
○芥川龍之介『桃太郎』―お前たちも悪戯すると、人間の島へやってしまふよ  佐藤嗣男
○上川淳先生 ありがとうございました  あらかわ ゆうし
○文教研 研究例会
○会員動向(執筆活動・講演活動・その他)
○編集後記  (編)

  
『文学と教育』第202号 (2005.8)   第54回全国集会号
  ○ケストナー『ファービアン』をめぐって(上)  井筒 満
○〈第53回全国集会の記録 ゼミナール〉太宰治「黄村先生言行録」  文責 橋本伸弥
○〈私の教室〉『平家物語』を読む その3―私の学習ノート  夏目武子
○〈連載〉文学よもやま話(11) 三十年めの「学年会」  福田隆義
○〈連載〉西鶴と芭蕉―ふたりの俳諧師〈その二〉  荒川有史
○〈復刻〉筆跡と人柄―実際家の為の書相学  乾 孝
○文教研 研究例会
○会員動向(執筆活動)
○第54回全国集会プログラム 「未来に生きる過去―太宰治とケストナーの喜劇精神」
○編集後記

  
『文学と教育』第203号 (2005.11)   2005年秋季集会号  
  ○ケストナー『ファービアン』をめぐって(中)   井筒 満
《第54回文教研全国集会の記録 小特集》
 ○<未来に生きる過去>をめぐって―中間総括の視点から  荒川由美子
 ○〈ゼミナール〉ケストナー『長靴をはいた猫』  文責 高澤健三
○〈連載〉西鶴と芭蕉―ふたりの俳諧師〈その三〉   荒川有史
○〈私の教室〉蔵原伸二郎(上)―『定本岩魚』と飯能  森田高志
○〈雑感〉対話の精神をもつということ―飼いならされた人間にならないために  山本直美
○お知らせ(『文学と教育』、年2回発行に!・2005年度常任委員、決まる)
○〈裏表紙〉2005年文教研秋季集会案内 「〈ゼミナール〉ケストナー『雪の中の三人男』の印象の追跡」

  
『文学と教育』第204号 (2006.7)   第55回全国集会号
  《文教研春合宿研究集会 特別報告の記録》
 ○<歴史社会学派>の西鶴論―熊谷孝論文に即して (特別報告)荒川有史・(司会)井筒 満・(記録者)小出陽子
○太宰治、三鷹から発信す  佐藤嗣男
○ケストナー『ファービアン』をめぐって(下)   井筒 満
○〈私の教室〉蔵原伸二郎(中)―『定本岩魚』と、その周辺  森田高志
○〈連載〉西鶴と芭蕉―ふたりの俳諧師〈その四〉  荒川有史
○〈裏表紙〉第55回全国集会プログラム 「未来に生きる過去(2)―太宰治と井原西鶴の喜劇精神」

 
『文学と教育』第205号 (2006.11)   2006年秋季集会号 
《特集 第55回文教研全国集会の記録》
 ○〈特別報告〉俳諧師西鶴の笑い  荒川有史
 ○〈ゼミナール〉井原西鶴『大晦日はあはぬ算用』  文責 樋口正規
 ○〈基調報告〉アジア・太平洋戦争末期の太宰文学  井筒 満
 ○〈ゼミナール〉太宰治『貧の意地』  文責 夏目武子
 ○〈ゼミナール〉太宰治『猿塚』  文責 成川日女美
○〈私の教室〉蔵原伸二郎(下)―『定本岩魚』「狐」六編に即して  森田高志
○会員動向(執筆活動)
○文教研 秋季集会へのご案内
○〈裏表紙〉2006年文教研秋季集会プログラム 「我慢にも限度がある―ケストナー『消え失せた密画』を読み合う」

『文学と教育』第206号 (2007.8)   第56回全国集会号
○教育基本法改悪に抗議する  文学教育研究者集団
《2006年文教研秋季集会ゼミナールの記録》
 ○ケストナー『消え失せた密画』  文責 高澤健三
○母国語教育としての文学教育―荒川講演を聴講して/〔付〕講演骨子  荒川由美子
○三八年前の<私の教室>―中学一年生の国語通信から  夏目武子
○〈連載〉日中戦争下における芸術認識論の探究(一)―上野耕三・戸坂潤・乾孝・熊谷孝の所説の検討  井筒 満
○〈連載〉西鶴と芭蕉―ふたりの俳諧師〈その五〉  荒川有史
○〈ブック・レビュー〉関口安義著『世界文学としての芥川龍之介』  佐藤嗣男
○第56回全国集会プログラム 「文体づくりの国語教育―教材化の視点」
○彙報(教育基本法の改悪に、教育関連三法の成立に、抗議する!)
○会員動向(執筆活動・講演その他)
○編集後記  (S)

『文学と教育』第207号 (2007.11)   2007年秋季集会号
○07秋季集会プロフィール
《第56回全国集会の記録》
 ○〈井筒満・基調報告Ⅰ〉「戦後国語教育史と文体づくりの国語教育」を聞いて  成川日女美
 ○〈基調報告Ⅱ〉十五年戦争下の太宰と安吾―安吾の<FARCE>と太宰の<道化>  佐藤嗣男
 ○〈ゼミナール〉坂口安吾「ラムネ氏のこと」  文責 樋口正規
○逆転の笑劇(ファルス)「走れメロス」―「神話」を「民話」に再転換する喜劇精神  岩﨑晴彦
○〈連載〉日中戦争下における芸術認識論の探究(二)―上野耕三・戸坂潤・乾孝・熊谷孝の所説の検討  井筒 満
○〈連載〉西鶴と芭蕉―ふたりの俳諧師〈その六〉  荒川有史
○病床日録  福田隆義
○会員動向(執筆活動)
○〈裏表紙〉2007年秋季集会プログラム 「美しいものを、美しいままに―ケストナー『一杯の珈琲から』を読み合う」
○編集後記  (S)

『文学と教育』第208号 (2008.7)   第57回全国集会号
○第57回全国集会プロフィール 「“自分”を切り拓く“笑い”の文学―太宰治「畜犬談」とケストナー「一杯の珈琲から」を読む」
《特集 ケストナー「一杯の珈琲から」注解―文学教育研究者集団編》
 ○エーリヒ・ケストナー「一杯の珈琲から」の注解にあたって  井筒 満
 ○〔第Ⅰ部=作品の梗概と注〕
 ○〔第Ⅱ部=コラム〕
 ○〔第Ⅲ部=主な参考文献・地図・年表〕
○〈連載〉西鶴と芭蕉―ふたりの俳諧師〈その七〉  荒川有史
○メディア・リテラシーとしての一つの試み―東京杉並区の<夜間塾>問題を題材にして  山本直美
○学習指導要領の改訂に想う―変わらぬ言語技術主義の横行  夏目武子

『文学と教育』第209号 (2008.11)   2008年秋季集会号   
《太宰治没後60年記念 講演の記録》
 ○太宰文学の笑い―「黄村先生言行録」を中心に  佐藤嗣男
《第57回文教研全国集会を受けて》
 ケストナー「一杯の珈琲から」(原題=Der Kleine Grenzverkehr)をめぐって(上)  井筒 満
○〈連載〉西鶴と芭蕉―ふたりの俳諧師〈その八〉  荒川有史
○〈復刻〉科学随筆 「色」など  乾 孝
○〈追悼〉鈴木楊一氏を偲ぶ  依田好照
《文教研50周年記念秋季集会のために》
 ○〈復刻〉『かさじぞう』―その源流と直接の母体を求めて  福田隆義
 ○秋季集会プロローグ
 ○〈裏表紙〉秋季集会プログラム 「民話に学ぶ・民話を生かす―「かさじぞう」(瀬田貞二 再話・赤羽末吉 画)」
○会員動向(執筆活動・講演その他)

『文学と教育』第210号 (2009.11)   2009年秋季集会号
《特集:文教研50周年記念秋季集会の記録》
 ○民話に学ぶ・民話を生かす―「かさじぞう」(瀬田貞二 再話・赤羽末吉 画)
      ・第一部 安房の民話を聞く
      ・第二部 〈ゼミナール〉「かさじぞう」の印象の追跡
○〈連載〉西鶴と芭蕉―ふたりの俳諧師〈その九〉  荒川有史
《ブックレビュー》
 ○芥川の得た<反逆の論理>とは―関口安義著『「羅生門」の誕生』  佐藤嗣男
 ○『平成連句抄 月と花と恋と』を読む』  西平 薫
《特集:福田隆義初代委員長を悼む》
 ○福田隆義氏略年譜
 ○主な著作および論考他
 ○〔付〕国語教育としての文学教育を(再録)
 *「福田さんを偲ぶ会」より*
  ○福田さんの笑顔と瞳  荒川有史
  ○ハンチングの似合った福田さん  鈴木益弘
  ○福田さんへの手紙  佐伯昭定
 *福田さんを語る*
  ○文学教師であること  井筒 満
  ○シャキッとした福田さん  夏目武子
  ○福田先生のこと  荒巻りか
  ○哲学ゼミでの福田さん  成川日女美
  ○子どもの心を持ち続けた人  西平 薫
  ○連衆 隆さんを悼みて  荒川由美子・中野斉子
 *福田さんに捧ぐ*
  ○太宰文学を語る―「眉山」を取り上げて  佐藤嗣男
○09文教研秋季集会プロフィール   (I )
○〈裏表紙〉2009年秋季集会プログラム 「太宰治「女生徒」を読む―<希望を失いかけている人たちへ向けての励ましの文学>として」
○編集後記  (S)

『文学と教育』第211号 (2010.4)   2010―春季号 
  《第58回全国集会の記録》
 ○〔統一テーマ〕〈私〉の中の〈私たち〉を考える
 ○有吉佐和子「ぷえるとりこ日記」  成川日女美
《第57回全国集会を受けて》
 ○ケストナー「一杯の珈琲から」(原題=Der kleine Grenzverkehr)をめぐって(下)  井筒 満
○〈私の教室〉「平家物語」を読む その4―私の学習ノート  夏目武子
○芥川龍之介「羅生門」/「下人」の行方は、誰も知らない―歴史小説を熟読する  佐藤嗣男
○「文教研ニュース」ついに1000号の大台にのりました  佐伯昭定
○文教研HP(ホームページ)に『文学と教育』総目次―創刊号から210号まで
○会員動向
○例会彙報
○編集後記  (S) 

『文学と教育』第212号 (2010.8)   2010―全国集会号
  《第59回文教研全国集会》
 ○プログラム
 ○資料〈熊谷孝著作論考より〉
    ・「羅生門」/別稿「羅生門」
    ・イメージの変革をこそ
    ・母国語文化への愛情が母国語教育のありかたを決定する
《’09年文教研秋季集会(11/15)ゼミナールの記録》
 ○太宰治「女生徒」を読む―ゼミナール参加ノートより  夏目武子
○〈連載〉西鶴と芭蕉―ふたりの俳諧師〈その十〉  荒川有史  
○井伏鱒二と「ジャン・エプスタンの文学論」― 一九二九年の文学状況の中で  高澤健三
○文教研会員動向
○編集後記  (S)
 
『文学と教育』第213号 (2011.3)   2011―春季号 
  《第59回文教研全国集会の記録》
 ○文学の必要性  井筒 満
 ○安部公房「赤い繭」―「読者の視座」に見えてくるもの  文責 高澤健三
《2010秋季集会の記録》
 ○井上ひさし「握手」― 一人一人の人間がいる  文責 成川日女美
○〈私の読書ノート〉小説『悪人』(吉田修一)を読む  山上英男
○文教研会員動向
○編集後記  (S)
  
『文学と教育』第214号 (2011.8)   2011―全国集会号 
  ○第60回文教研全国集会への誘い
○〈例会レポート〉井上ひさし「きらめく星座―昭和オデオン堂物語」「闇に咲く花― 愛敬稲荷神社物語」  成川日女美
○〈私の読書ノート〉井上ひさし「父と暮せば」二題  山上英男
○〈新刊紹介〉長谷川櫂『震災歌集』が問いかけてくるもの  荒川有史
○人間喜劇としての「羅生門」―「劇中劇」を誰と見る?  岩﨑晴彦
 
『文学と教育』第215号 (2011.11)   2011―秋季集会号 
  ○秋季集会へのご案内―井上ひさし「ナイン」を読む
《第60回全国集会の記録》
 ○基調報告の記録① 井上ひさしと太宰治  佐藤嗣男
 ○基調報告の記録② 報告「井上ひさしと太宰治」をめぐって  進行 井筒満/報告者 佐藤嗣男
 ○ゼミナールの記録 太宰治「眉山」を読む  文責 金井公江
副委員長佐伯昭定氏を偲ぶ  荒川有史/夏目武子/野口貴年/朱通節子/西平薫/上田朱/成川日女美
   
『文学と教育』第216号 (2012.8)   2012―全国集会号 
  ○〈座談会〉井上ひさし「ナイン」「握手」をめぐって 高澤健三(司会)/井筒満(報告)/夏目武子/椎名伸子/
  小出陽子/鈴木益弘/荒川由美子/成川日女美/金井公江/佐藤嗣男/西平薫/橋本伸弥/芝崎文仁
○井上ひさし「父と暮せば」をめぐって(上) 井筒満
○太宰治とプレスコード 「惜別」――二つの検閲をくぐって 夏目武子
○短歌と俳句の間――長谷川櫂『震災句集』を読んで
○〈私の教室〉答えのない答えをさがして 松浦雅子
○第61回全国集会プログラム(統一テーマ、日程) 
『文学と教育』第217号 (2012.11)   2012―秋季集会号 
  ○秋季集会への御案内
《第61回文教研全国集会の記録》
 ○基調報告の記録・Ⅰ 森鷗外、太宰治、そして井上ひさし 佐藤嗣男
 ○基調報告の記録・Ⅱ 文学区教育の課題をめぐって
 ○ゼミナール 井上ひさし「人間合格」を読む 文責 椎名伸子
 ○ゼミナール 太宰治「惜別」 文責 高澤健三 
『文学と教育』第218-219号 (2014.3)   2014―合併号 
  《第62回全国集会の記録》
 ○基調報告Ⅰ 井上ひさしと森鷗外 佐藤嗣男
 ○ゼミナール 井上ひさし「夢の裂け目」 文責 椎名伸子
 ○ゼミナール 森鷗外「高瀬舟」 文責 夏目武子
《2012秋季集会ゼミナール》
 ○森鷗外『最後の一句』を読む 文責 橋本伸弥
○井上ひさし「父と暮せば」をめぐって(下) 井筒満
○2013年広島教育基礎講座を終えて 松尾芭蕉『おくのほそ道』への旅 荒川由美子 
『文学と教育』第220号 (2014.7)   2014―全国集会号 
  《2013年秋季集会(11.17)の記録》 
 ○声なき声が聞こえるか――井上ひさし『少年口伝隊一九四五』を読む 文責 中野斉子/荒川由美子
○〈例会レポート〉井上ひさし「紙屋町さくらホテル」の印象の追跡 岩﨑晴彦
○〈私の教室〉「平家物語」を読む その5 夏目武子
○現代に生きるケストナー 井筒満
『文学と教育』第221号 (2014.12)  
  《第63回全国集会の記録》 
 ○基調報告 井上ひさしと森鷗外:異端の文学・井上ひさし――対話の回復と自発的中間組織の創出を 佐藤嗣男
 ○ゼミナール 森鷗外「寒山拾得」――“冬の時代”の鷗外文学 文責 高澤健三
○エッセイ 鷗外の短歌一首と「ぢいさんばあさん」を読んで 山上英男
○〈私の教室〉「平家物語」を読む その6 夏目武子
○森田高志さんを偲ぶ 芝崎文仁
○森田高志さんのプロフィール 
『文学と教育』第222号 (2015.8)  
  《2014年秋季集会(11.16)の記録》 
 ○現代に生きるケストナー:ゼミナール 「動物会議」 成川日女美
○井上ひさし「紙屋町さくらホテル」の改稿――針生の行方はだれも知らない? 岩﨑晴彦
○〈私の教室〉「平家物語」を読む その7 夏目武子
○例会だより(二〇一四年一二月~二〇一五年四月) 荒川由美子
『文学と教育』第223号 (2015.11)  
  ○安全保障関連法に反対する学者の会「抗議声明」に賛同します――文学教育研究者集団
《第64回全国集会の記録》
 ○本物の民主主義を求めて――石田雄『ふたたびの〈戦前〉』との対話 井筒満
 ○ゼミナール 井上ひさし「太鼓たたいて笛ふいて」 文責 椎名伸子
 ○ゼミナール 井伏鱒二「へんろう宿――棄児(すてご)同士が家族をつくる 文責 高澤健三
○〈私の学習ノート〉「平家物語」を読む その8 夏目武子 
『文学と教育』第224号 (2016.7)   
  《2015年秋季集会総括》
 ○基調報告 文学教育の課題をめぐって――SEALDsと私たち 井筒満
 ○ゼミナール 井上ひさし「父と暮らせば」――おとったん、ありがとありました 文責 荒川由美子
○文教研名編集長 鈴木益弘氏を偲ぶ
○広島の読書会 井伏鱒二「へんろう宿」の印象の追跡 中野斉子
○〈私の教室〉「平家物語」を読む その9 夏目武子
○文教研からのお知らせ 機関誌『文学と教育』年一回発刊のお知らせ 委員長 井筒満
『文学と教育』第225号 (2017.7)  
  《2016年第65回全国集会の記録》
 ○基調報告 文学教育と道徳教育をめぐって 井筒満
 ○ゼミナール 『君たちはどう生きるか』(吉野源三郎) 文責 椎名伸子
 ○井伏鱒二「朽助のいる谷間」の印象の追跡 文責 成川日女美
《2016年秋季集会の記録》
 ○ゼミナール 平和をつくる 一人ひとりの暮らしの中から 花森安治「戦場」と大岡昇平「野火」 文責 橋本伸弥
○山上英男氏を偲ぶ 
  山上英男氏のプロフィール/年の離れた兄貴のような 樋口正規/山上先生から託されたもの 成川日女美
○〈私の教室〉「平家物語」を読む その10 夏目武子 
『文学と教育』第226号 (2018.7)  
  《2017年第66回全国集会の記録》
 ○基調報告 文学教育の原点と対話精神 井筒満
 ○ゼミナール 井伏鱒二『さざなみ軍記』の印象の追跡 文責 荒川由美子
 ○ゼミナール 井上ひさし「ナイン」――今こそ、真の〝対話精神〟を文学教育で 文責 西平薫
 ○〈私の教室〉四谷「新道」をめぐって――井上ひさし「ナイン」の舞台 小出陽子
《2017年秋季集会の記録》
 ○<自発的隷従〉からの解放―主体性の回復を目指して―(井筒満特別報告)
  文学教育の課題と「構造化」という視点 文責 金井公江
 ○アンデルセン「皇帝の新しい着物」の印象の追跡
――それからそれへひそひそ伝わってゆきました 文責 成川日女美
○〈私の教室〉『平家物語』を読む その11 夏目武子
 

(Ⅰ) 第1号~第64号(Ⅱ) 第65号~第122号(Ⅲ) 第123号~第225号

HOME文教研の歴史『文学と教育』バックナンバー一覧機関誌『文学と教育』初期機関誌から