N さんの例会・集会リポート   2009.6.27例会

   芥川「葱」と太宰「燈籠」



文教研のNです。
先日の例会では久しぶりにSさんも出席され、芥川について太宰について、チェーホフについて、文学史的な流れを視野に話が進みました。

最初にSさんが芥川「葱」と太宰「燈籠」について話してくれましたが、若干遅刻してしまった私は大切な話始めがわかっていません。
それでも聞いたお話の中で印象深かったことを書き留めて置きます。

それは“生きていく苦しみ”というものに、どちらも正面から向き合った作品だ、ということでした。
“生きていく苦しみ”とは、たとえば太宰が「志賀直哉には分からない」といったものです。
芥川が「葱」で、センチメンタリズムをも支えに、何とか“生きる苦しみ”から抜け出して生きていこうとする「お君さん」を描いていったこと。
それは動物的なものも含めて生活に足をつけて生きていく人間の「野性の声」、それを詩的に描き出していくことを自己の文学の課題とした、芥川の文学再宣言であったこと。
作品に登場する小説家が「一気呵成に」描かねばならなかった、どうしても今、記録しておかねばならなかったものがここにはある。
それは自然主義文学が描いてきたものとは違う。
だからそんなところはあえて描かずに、だめだといわれた人間の中にキラリと光るものを見つけ出して描いていく。
そして、そんな芥川を乗り越えていこうとした太宰は、更にその中にアウフヘーベンされた人間の真実を発見する。
「燈籠」の「さき子」の一途に生きる人間の姿、その中に“美しさ”を発見する。人間としての真実を発見するというにはそういうことだろう。
それはmeとI との関係で言えば、meの意識的な組み替えである。
どういう他者を自己の中に取り込むか。そうした中で、女給である「お君さん」や下駄屋の娘である「さき子」という、庶民サイドに眼が向いていく。
そして、芥川の場合、その先に大きな変化がやってくるのが「秋」であり、その走りが「葱」なのではないか。
芥川はその過程の中で骨太に「反近代主義」の視点を獲得し、自分の描くべき世界を意識化していく。

最初のSさんのお話の中心はそうしたことだったかと思います。
討論の中ではチェーホフの「かわいい女」から摂取したものの話など興味深いもの、また「田中くんはアソウみたい」という当事者の私たちとしては笑っていられないけれど、なるほど、と思わされたコメントなどもありました。

そんなわけで盛りだくさんだったのですが、後半の話題の中で特に興味深かったのは、Sさんの以下のような指摘でした。
芥川の大正デモクラシーの世代と太宰の“怒涛の葉っぱ”の世代の焦点化の仕方の違いについて。
芥川の“味方の中に敵を”という発想と、太宰の“敵の中に味方を”という発想の生み出されてきた土壌について。
芥川は冬の時代が生み出した作家だ。1920年ごろ、日本は農業国家から工業国家へ変貌していく。大量消費、大量生産、“大衆”という新しい市民層が生まれてくる。<教養的中流下層階級者>はその中に位置づいていく。そうした市民層の広がりの中で、芥川の眼は内側というよりより外側へ向いていく。
一方、暗い谷間の世代としての太宰は、がんじがらめに縛られた状況の中で、自分たちの内側に入り込みながらどう生きていくか、どう抜け出ていくかを思索する。だから一見私小説的に見えるが、実は違う。あくまで自己の内面をmeとして対象化している。自己の内面に材料を求める太宰にとって、そこでメロメロにならないように突き放すところに苦しみがあった。
芥川と太宰の歴史的状況の違い、新たな市民社会を迎えていく状況の中で、市民とは何かという「河童」の問いかけ、そして、虐げられる側から本音で語らせる「燈籠」や「駆け込み訴え」のような“一人語り”の方法が生み出されていくのだ。云々。

だいぶ誤解があるかもしれませんが、私はこのようなこととして受け止めました。
文学の場面規定とはどういうものなのか、あらためてそのことの重要さと面白みを体感した会でした。

〈文教研メール〉2009.7.9 より

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